15話 入学式前に —花音Side
「やっぱドキドキする~! 念願の星ノ天!」
隣を歩いている舞がそんなことを言い出した。葉月と東雲さんは前を歩いている。
「中等部の受験も受けたんだけど、あたしその時落ちちゃってさ! だから、高等部で受かって良かった~! って思ってたんだよね!」
「そうなんだ?」
「花音は今回初受験?」
「うん、中学の担任に勧められて」
「首席とるぐらいだもんね! 相当、期待の星だったわけだ!」
東雲さんのルームメイトの舞は、話してみると意外と外見とは違っていい子だった。明るくて、驕ったところもない。話していて気持ちがいいくらいハッキリしている。これからの学園生活に期待しかないキラキラした目を向けてきた。
楽しそう。さっきはいきなり抱きついてきたから驚いたけど、あれは舞なりのスキンシップだったんだね。ただ初対面で抱きつくのは急すぎると思うけど。
学園につくまでの間、どこ出身だとか、どういう系統の服が好きかとか色んな話をして、舞とは随分と打ち解けられた。だから葉月、心配そうに見なくても大丈夫だよ?
チラチラと途中こっちを振り返ってる葉月は、そのたびにホッとしたように微笑んでいた。寮で抱きつかれた時に少し舞に怯えてたのが分かってたみたい。心配させちゃったかな?
学園に着いて、舞と一緒にシンボルの時計塔を見上げる。一昨日も思ったけど、本当大きい……舞も感動している。分かる。何度見ても感動してしまう。外観も昔の作りのままだから歴史を感じるんだよね、この時計塔。
葉月と東雲さんは慣れているからか、サクサク進んで行ってしまった。舞と一緒に慌てて2人を追いかけた。他の生徒はチラチラと葉月と東雲さんを見て遠巻きにしている。まさか、葉月のファンとか? 東雲さんも可愛いし、葉月も綺麗だもんね。
その予想は大きく外れた。舞が東雲さんに遠巻きにされている理由を聞いての東雲さんの返事は「葉月に巻き込まれたくないから」というもの。
「葉月っち……どんだけやらかしたのさ?」
「ん~? いっぱい?」
そんなにいっぱいやらかしたんだね。そういう悪戯とかが好きなのかな? 危ないことじゃなかったらいいか。あ、でも蜘蛛だけは死守しないと。もしまた蜘蛛飼いたいって言ったらどうしよう?
う~んと1人違うことを考えていたら、葉月は舞にも「嫌なら近づかなくていいよ~?」って言っていた。昨日の私と一緒。嫌なら部屋替えてもいいよって言ってたから。こういうとこ気遣い屋さんだよね、葉月。まだ会って3日だけど、それだけはもうわかった。
舞は笑ってその葉月を払いのけていたけど。面白そうだから一緒にいるって、そういう理由なんだ。笑っている舞を見て、私も思わずクスクス笑ってしまった。
クラスが書かれている掲示板のところに行くと、人がサッと綺麗に周りからいなくなった。小声で「小鳥遊だ……」「彼女そういえばどこのクラス?」「一緒になったら面倒だな……」「東雲さんはともかく……他の2人誰?」「小鳥遊のこと教えてあげた方が良くないか?」とか聞こえてくる。本当に有名人なんだね。
クラス表を見ると、私と舞は同じクラスだった。葉月と東雲さんは? と2人に視線を向けてみる。
「葉月、どこのクラスだった?」
「ん~? いっちゃんと同じ~」
「じゃあ、あたしと花音が一緒だね。何だ、2人とはバラバラか~」
舞の言う通り、バラバラみたい。でも東雲さんは「葉月と違うクラスはありえないからいいんだけどな……」と疲れた声を出していた。ありえない? どうしてだろう? 舞と2人で首を傾げていると、東雲さんが説明してくれる。
「葉月とあたしが一緒のクラスなのは決まっていることなんだよ」
「どゆこと、一花?」
「いっちゃんが私のストッパーだからね~」
「他にこいつを止められるやつがいないんだ」
「「なるほど」」
すごく納得してしまった。朝、実力行使で止めてたもんね。でもクラスの名簿って口出しできるものなの? と口に疑問を出してくれたら、葉月の家の力らしい。寄付金を一番多くこの学園に出しているから、そういう口出しが出来るみたい。知らない世界に片足を突っ込んでしまった気がした。本当にそういうのあるんだ。
「じゃあ、一花が葉月っちと一緒にいるのは家の命令?」
「こいつの実家の人から頼まれたっていうのはあるな。あたしとこいつの家は古くからの付き合いだし。あたし自身も幼等部からこいつとは一緒にいるからな。こいつの扱いは、まぁ慣れている」
「いっちゃん、好きだもんね~私のこと」
「お前……もう一辺言ってみろ……」
「いっちゃん! 私はいっちゃんが大好きだよ!」
「そんなことは聞いてないわ!」
微笑ましいやり取りを2人がして、思わずこっちも口元が緩んでしまった。家の付き合いもあるかもしれないけど、どう見ても2人は仲良しだもんね。
あ、でも舞が葉月の家のこと聞いてしまった。昨日と同じくつまらなそうに「お金持ち」とぶっきらぼうに舞に伝えてる。一気に機嫌悪くなっちゃった。
「いや、だから何かの会社経営してるとか……」
「さあ? 興味ないから」
「あ~舞? そこはちょっと勘弁してくれないか? こいつ、簡単に言えば今実家と喧嘩してるみたいなもんだから」
「あ~……何か訳あり?」
「訳ありでもなんでもないよ? ただ、関係ないだけ」
……もう明らかにそれ以上聞くなという拒否をしている。喧嘩……かぁ。東雲さんとは仲が良さそうなのに、家族とは喧嘩中。そんなに酷い喧嘩をしているのかな……私は自分の家族とは仲がいいから、どういう理由があるのか分からない。
笑ってるのに目が全然笑ってない葉月を見てしまうと少し心配になる。東雲さんに不機嫌になったことを指摘されて、むーって膨れていた。そんな不機嫌な葉月も慣れているのか、東雲さんは片手でその頬を潰してたけど。
「あ~2人とも。教室にもう行った方がいいぞ。反対側だろ? このバカはあたしが何とかするから」
「そっか。じゃあ、花音。葉月っちは一花に任せよ。あたしらが何とかできるわけじゃないしさ」
「え? う、うん……そうだね。じゃあ、葉月。また後でね」
舞に促されて、自分たちのクラスの方へと足を向けた。後ろでは東雲さんが葉月に何かを言っている声が聞こえたけど、内容までは聞き取れない。
「事情があるっぽいね、葉月っち」
隣の舞がそんなこと言ってきた。
「そう……みたい」
「まあ、仕方ないよ。あたしだって人のこと言えないしさ」
「そうなの?」
「だって、あたし妾の子だもん」
……え?
軽く言われたから、聞き間違いかと思って、舞を勢いよく見てしまった。「ビックリしすぎ」って笑ってるけど、えっと……笑っていい事なの?
「ママはまあ、いわゆるパパの愛人。でもパパはあたしを可愛がってくれてさ、家に呼んでくれたんだよ。ママは縛られるのが大嫌いな人だからね、お金だけもらって、あたしのことはポイってパパに押し付けたの」
え、え、ええ? そんな理由で? だって自分の子供を? 混乱してる私を無視して、舞は何でもないことのように話していく。
「でも感謝かな。おかげで贅沢な思いはさせてもらったからね。まあ、正妻とその子供はあたしのこと煙たがってるけど。今回寮に入るってなった時に嬉しそうだったし」
「そう、なんだ……」
「だから、色々と家によっては事情があるってことだよ。葉月っちも何かしら事情があるってこと! あんまり花音は気にしなくていいって! それにお金持ちの方がこういう話は多いんだからさ!」
ポンポンと明るい調子で肩を叩いてくる。……私の知らない世界だ。舞は気を遣ってくれたのかな。さっき私は普通の家庭だって教えたから。だからさっき会ったばかりの私に、言いにくいこと教えてくれたのかな。
「あーほら! そういう暗い顔しちゃ駄目だって! まあ、そんな話しちゃったあたしも悪いけどさ!」
「ご、ごめん。でも何で、私に?」
「だって、花音疎そうだもん、この手の話。言っとくけど、本当に多いからね? あたしはまだ恵まれてる方。だってパパはあたしの味方だからね! 正妻の子供たちの方が醜い争いしてるよ、誰が継ぐんだ~って。他の家でもそんな感じ。今でも政略結婚とかしてる家もあるからね」
そそ、そうなの?
「この星ノ天だって例外じゃないんじゃない? 派閥争いとかありそうだよね。政財界の子息子女の集まりなんだよ? ないはずがないって。妙な上流階級気取りの人たちが絶対いる」
え、え、ええ? そそそうなの? やっぱりそうなの? 一気に不安を煽らないで?
「……でもそんな家柄を抑えて、葉月っちの家が寄付金トップとはね。果たしてどんな大物やら」
「大物だって……分かるの?」
「あたしのパパもそこそこ稼いでるよ? それでも寄付金は聞いたら中ぐらいだって。この学園の生徒の数の中だよ? それなのにトップだって言うんだから、絶対大物だと思う」
そ、そうなんだ。……いたたまれない。私、ゼロなんだけど。逆に貰っている立場なんだけど。それに……大物。葉月の家族ってどんな人達なんだろう……。
「だから、葉月っちについていけば、絶対そういう面倒臭いことには巻き込まれないってわけさ! そういう派閥とか面倒臭いことに巻き込まれないで、この学園生活を楽しめる! 葉月っちと知り合えて超ラッキー!」
「え……えええ……」
最後にものすごく魂胆を明かされて、どういう反応すればいいのかな、舞? 「あっはっは!」と笑ってまた肩を叩いてきた。
「だから花音も実はめっちゃラッキーだってことだよ! 家には色々と事情があるもんだって思って、皆で一緒に学園生活楽しもうよ!」
事情があるものだって思って、か。でもその舞の明るさが、少し暗くさせていた心を晴れやかにした気がする。
「うん、そうだね」
「よっし、少し笑ったね! あ、そういや昨日寮生から聞いたんだけどさ! 星ノ天の生徒会メンバーってイケメン揃いらしいよ! 明日になったら見にいこうよ!」
「気が早いなぁ」
「イケメンとか可愛い子とかって見るだけで幸せじゃん? ああ、明日が楽しみ~」
「それより私は入学式の答辞のことで頭がいっぱいなんだけどなぁ」
舞とくだらない事とか話していると、不思議と気分が明るくなっていった。
葉月の家族のことはやっぱり触れないことにしよう。きっと私なんかじゃ踏み込めない事情があるんだろうから。
そっとそのことは心の隅において、入学式に出席した。
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