157話 文化祭が終わって
ん…………。
あったかい。
これ……知ってる。
花音の手だ。
ゆっくり目を開けると、思った通り花音がいた。
柔らかく微笑んで、見下ろしている。
「ごめん……起こしちゃったね」
「ん~……」
いつものように頭を撫でてくる。
心地いい。
「いっちゃんは……?」
「それが……またお姉さんに捕まって」
また捕まったんだ。いっちゃん、ガンバ。
あれ、何か忘れてるような……。
「あ……」
「ん?」
「メイド長……」
「さっき帰ったよ」
「そう……」
本当に嵐のようだったな……そういえば今何時? 花音がいるってことは帰り? あれ? 今日文化祭……イベント……。
だんだん思考がクリアになっていく。
舞は、一緒じゃない?
「……舞、いない?」
「舞? 舞は寮に戻って休むって。今日の文化祭ではしゃいでたからね。歌手の人も呼んでたから」
「……文化祭どうだった~?」
「成功、かな。皆、喜んでくれたみたい」
「そっか~……よかったね~」
「来年は葉月も一緒に楽しもうね」
来年……かぁ……遠いね。
というか、朝から私寝てたんだ。なんか喉乾いた。
「喉乾いた……」
「何か飲む?」
「ん~……水でいい~……」
のそのそと起き上がると、花音がコップに入れた水を渡してくれる。ゴクゴク飲んだら、大分潤った。
飲み終わってふうと息をつくと、飲み終わったコップを花音が下げてくれる。
「まだ飲む?」
「ん~……いい~」
窓を見てみると、もう日は落ちていて暗くなっている。首を傾げて部屋の時計を見てみると、もう19時過ぎていた。面会時間は過ぎてるのに……と思って、いっちゃんがいるとそれは関係なかったと思い直した。
「ご飯まだなんだよね? 帰るときにメイド長さんが言ってたよ。看護師さんに言えば持ってきてくれるって、食べる?」
「ん? ん~……」
そういえば昼から何も食べてないんだった……確かに空いてるけどな~。 チラッと花音を見ると、きょとんとした顔をしてくる。
花音のご飯食べたいな~……無理だけど。仕方ないや。
「食べる……」
「じゃあ、今頼んでくるね」
花音が頼んでくれて、しばらくして看護師さんがご飯を持ってきてくれる。ソファの方で食べるって言ったら、そっちのテーブルに用意してくれた。
あ~これ、おいしくないんだよな~……というか、病院に来てわかった。花音のご飯にもう私毒されてますね。全然味感じないんだもん。
目の前のご飯を箸でつついてると、隣の花音が不思議そうに首を傾げていた。
「食べないの、葉月?」
「……おいしくないんだもん」
「食べなきゃだめだよ?」
「花音のご飯以外食べたくないんだもん」
あ~あって肩を落としてたら、隣で何故か花音が顔を手で押さえて丸まっていた。
え~? 何故にいきなり? しかも小声で「不意打ちすぎるよ……」って言ってるし。何が不意打ちなのか、分かりませんよ~。お腹は空いてるけど、全然食欲湧かなくて困ってるのに~……。
あ、復活した。なんで若干、頬赤いの~? あ~、なるほど。不意打ちで会長のこと思い出したんですね~。ごちそうさまです。
復活した花音が私の箸を取って、ご飯を取ってくれた。
「ご飯は退院したら、ちゃんと作ってあげるから。今は我慢して、ね?」
「ん~……」
「はい、あーんして。食べさせてあげるから」
むー、仕方ないなぁ。そんなニコニコした顔で言われたら断れないじゃんか~。
結局全部食べさせてもらったけど。うぇ~。なんかゴム食べてる感じ~……早く退院できないかな~。
食べ終わってから、花音がハーブティー淹れてくれた。あれ、そういえば花音は食べたの?
「花音はご飯食べたの~?」
「うん。ここに来る前に一花ちゃんと一緒に」
あ、そう。ならいいけど。
うん? よく見るとちょっと疲れてる感じ?
紅茶に口をつけていた花音の顔に、そっと手を添えて覗き込むと、目をパチパチとさせてこっちを見てきた。
「どうしたの?」
「疲れてる~?」
「……ちょっとだけね。今日は色んな来賓の人たちも来たから」
まぁ、そうだよね。政財界の人たちがいっぱい来たはずだもんね。気疲れかな。
カップを置いた花音が私の手を握って、そのまま頬を押し付けてきた。疲れてるなら、舞と一緒に帰って休めばよかったのにな。
「今日ぐらい来なくてよかったんだよ~、花音?」
「顔少しでも見たかったから……」
……う~ん。やっぱり、心配そうな顔してるね。どうしたもんかな~っと考えてると、今度は体を寄せてきて肩に頭を乗っけてきた。スリスリしてくる。いや、可愛いんだけどね。
握られてない方の手で花音の頭をナデナデすると、花音が体重を預けてきた。帰って休んだ方が良くないかな?
「いっちゃん来たら帰りなよ~花音。今日は勉強しないで休んだ方がいいよ~?」
「うん……でも、もう少しだけ……」
ふうと息をついて、花音は擦り寄ってくる。うん、これ疲れてるね。
いっちゃん、来ないな~。花音を連れて帰ってほしいんだけども。いつまでお姉ちゃんに捕まってるのかな~。
扉の方に視線を向けるけど、全く来る気配がない。
あれ、でもそういえば今日はイベントだったよね。おかしいな。イベントがそんな疲れることだったのかな。今まで見てきたイベントは、そんな疲れる内容じゃなかったと思うけども。
「ねぇ、葉月……」
「うん?」
扉の方を見ながら花音の頭をナデナデしていたら、肩に寄り掛かってる花音が俯いたまま話しかけてきた。
「大財閥の人って大変なんだね……」
「いきなりな~に?」
「今日ね……会長のお母様も来てたんだけど」
会長の? それはまた、大変だね。あの人鬱陶しいんだよね。子供の時、家に来てたもん。何かと私も絡まれてたし。
それをおじいちゃんが追い払ってたんだよね。何であの人があんなに絡んできたのかさっぱり分からないけど。「葉月ちゃんの好きな服って何かなぁ?」とか「葉月ちゃんの好きなとこ連れてってあげるよ?」とか、何かと私を連れ出そうとしてたんだよ。おじいちゃんがいない時は、メイド長が止めてたけど。
「会長の婚約者だって子も連れてきてたの……学園の同学年の子」
昔の事思い出していると、予想外の事を花音が言ってきた。え、ん? 婚約者? 会長に?
「……葉月のことも言ってたよ? 本当は葉月と会長を結婚させたかったけどって」
「はい?」
会長と私が? あ……ありえなさすぎる……っていうか、何か合点がいったわ。子供の時のあの発言はそう言う事だったわけね。会長と私をくっつけたかったわけだね、なるほど。
って、冗談じゃない! 何考えてるの、おのおばさん! 魂胆見え見えですけどもね! 鴻城ですね! 鴻城の権力が欲しいんですね! 引退してるとはいえ、おじいちゃんのコネと発言力はいまだ健在ですからね!
「諦めたから、今日来た人を婚約者にしたんだって」
いや、諦めてなかった方がすごいんだけどね。会長のお母さん、鴻城を敵に回してどうすんの……鳳凰潰れてるよ、とっくに。
「ただ、会長は寝耳に水だったみたいで……」
「うん? 知らなかったの?」
「そうみたい。悔しそうだったから」
まあ、そうですよね。会長はもう花音の事好きですからね。
ふいにギュッと握られてる手が強くなった。
「だけど、会長のお母さんは会長の言う事全然聞いてくれなくてね。会長の意思は関係ないって言って、このまま話は進めるって、その婚約者の子を連れていこうとしたんだよ」
「それは……強引だね~」
「葉月もそう思う? 私もあんまりだなって思ったの……会長が悔しそうにしてるから、さすがに言い返しちゃった」
……あの、今何て? 誰が? 誰に言い返したの?
「会長の意思を無視するなんて、それでも親ですか? って言い返したら、さすがに会長のお母さんもポカンとしてたよ。ふふ。あの顔見て少しスッキリしちゃった」
いや、あの……ふふって。花音強し。
「……でも思ったの。これが会長たちの世界なんだなぁって」
う~ん……それはどうかなぁ。いや、もちろんそういう部分はあると思うけど……。
でも花音が会長と上手くいっても、家同士の何かとか何も問題無さそうだけどね。言い返してスッキリしてるからね。
考えてると花音が握っている手をもう片方の手で包んできた。ん?
首を傾げたら、少しこっちを見上げてくる。
「葉月も……いつか無理やり結婚させられるのかな?」
え、うん?
「それはないけど?」
「そうなの?」
「そうだね。ありえないかな~」
「でも……鴻城って名家でしょ?」
はて? 確かにそうですけども、私継がないし。
「カイお兄ちゃんが鴻城継ぐからね~。私は関係ないかな~」
「……そう……なんだ」
一瞬目を大きくして、ホッとした感じで花音がまた体重を預けてくる。いや、でも花音? 何でいきなり私の話になったのかな? ま、いいか。
それにしても婚約者ね~。
「花音~、その会長の婚約者って誰~?」
「うん? 違うクラスの子。でも確か、レイラちゃんの友達の子だったかなぁ」
レイラの友達ね~……全然分かんない!
でもなぁ、会長にその気がなくてもな~。
チラッと肩にいる花音を見下ろす。
花音も会長に婚約者いるってショックだったんじゃない? そりゃ、好きな人に婚約者がいればショックだよね~。
う~ん。
このままいけば花音と会長は上手くいくのは確定でしょ。
でも……万が一。
……仕方ない。
うん、仕方ない。
花音の幸せのために一肌脱ぎますかね。
要はその婚約者がいなければいいんだもん。
災難だったね、婚約者さん。
悪いけど、花音の為に潰させてもらうよ。
よりにもよって、会長に目をつけたのが運の尽きだったね。
「葉月? 今、何か変な事考えてない?」
おっと、顔に出てたかな。
でも、大丈夫だよ、花音。そこまで酷いことはしないよ。ただ、ちょっとだけ、退場してもらうだけだからさ。
「そんなことないよ~、花音」
ニッコニッコしながら花音に応えてると、いっちゃんとお姉ちゃんがいきなり扉を破って突っ込んできた。いっちゃんがお姉ちゃんに抱きつかれて逃げようとしてるが、お姉ちゃんがいっちゃんの体を離さないで、スリスリしている。
いや~、あいかわらずいっちゃん大好きだね。「離せっ! バカ姉!」っていっちゃんが離そうとして、「はあ~……一花ちゃんの罵倒くせになるわ~」って危ない事言ってるけど、大丈夫?
その後、先生がやってきてお姉ちゃんは連れられて行ったよ。いっちゃんはげっそりしてたね。
いっちゃん……お疲れ。
お読み下さり、ありがとうございます。




