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156話 会長の婚約者 —花音Side


1万字超えてしまいました...長くなってしまい、すいません。

 


「この度は星ノ天(ほしのそら)学園文化祭にお越しいただき、ありがとうございます」

「いやこれはご丁寧にありがとう」


 忙しい。

 目が回るほど忙しい。


 来る来賓の方たちへのお出迎え。そして挨拶。さらにその方たちを、最初に来賓室へ案内しなければならない。そこから先は学園長と先生方へとバトンタッチだ。


 先輩たちも世間話をしつつ、各々対応していっている。さらに合間に各クラスのイベントの進捗具合とかの報告も入ってきて、若干のトラブルも起こりつつも、何とか対応している状況。業者さんも入っているから、その方たちとのやり取りもしなければならない。


 星ノ天の文化祭、すごすぎる。会場の規模もそうだけど、来賓の方々の対応も。下手なことは話せないし。


 ハアと思わず息を吐いてしまったら、近くにいた東海林先輩がポンポンと肩に手を置いてきた。


「もう少しで来る予定の来賓の人たちは終わると思うから」

「はい、頑張ります。すいません、溜め息ついてしまって」

「いいのよ、気持ちは分かるわ。午後からはゆっくりしなさい。あなたは初めての文化祭なんだから」

「先輩たちだけに迷惑かけられませんよ。ちゃんと私も手伝います」

「迷惑どころか十分役に立ってるわ。こういう時はちゃんと先輩を頼りなさい」


 どこかおかしそうに、ポンポンと今度は頭に手を置かれてしまった。だめだなぁ。東海林先輩たちの役にちゃんと立ちたいのに。


「花音」


 聞き慣れた声で呼ばれて、そちらの方を見ると、一花ちゃんが見たことない大人と一緒に歩いてくる。あれ、もしかして。


東雲(しののめ)様。ようこそ、星ノ天学園文化祭へ」

「ああ、椿さん。随分と久しぶりだね。一花と葉月ちゃんが大分迷惑かけているみたいで、申し訳ないな。それにしても会うのは2年ぶりか。綺麗になったね」

「そう言ってもらえると自信が持てます。ありがとうございます」


 隣にいた東海林先輩がお辞儀をして挨拶したから、私も慌ててお辞儀をする。やっぱり一花ちゃんのご両親。


「父さん、あたしは迷惑かけているわけじゃないぞ。それは葉月に言ってやれ」

「それで一花ちゃん。葉月ちゃんのルームメイトってこの子なの~?」

「母さん、あのな。いきなりそっちに話を振らないでくれ。あたしは断固として寮長に迷惑をかけてないということを、ちゃんと父親に説明を――」

「初めまして~。一花ちゃんの母です~」


 全く一花ちゃんを無視して、一花ちゃんのお母様がズイっと乗り出してきた。


 若い。とても3人を生んだ人に見えない。お兄さんとかなり年が離れているって言っていたのに。しかもお兄さんはもう結婚している。とてもあのお兄さんのお母様に見えない。同い年ぐらいに見える。


「初めまして。桜沢花音と言います。一花ちゃ――一花さんにはとてもお世話になっています」

「あら~逆よね~? 葉月ちゃんをどうせ荒っぽくいつも止めているんでしょう? そんな一花ちゃんが迷惑をかけてしまってごめんなさいね~」

「いや、だからな! なんであたしが迷惑かけてることになってるんだ!? あたしじゃなくて葉月なんだが!?」

「ばかね~一花ちゃん。あの葉月ちゃんを、ちゃんと、周りに被害を与えないで止めることが、あなたの役割でしょう? 聞くと先生方も生徒も迷惑がっているそうじゃない~? 何のためのストッパーかしら~?」

「うぐっ!」


 ツンツンツンと強めに一花ちゃんのおでこを指でついているお母様。一花ちゃんはそんなお母様にたじたじになっている。こんな姿を見ることが出来るなんて……舞にも見せてあげたかった。


「まあまあ、一花も頑張っていることを、僕たちはちゃんと知っているよ」

「だめよ~あなた~。一花ちゃんが自分で決めたことなんだから~。ちゃんと出来ていないことは教えてあげないとね~」


 おっとりとした口調でニコニコした様子なのに、言っていることは随分とスパルタだ。


 一花ちゃんも「た、確かにまだ完全に止められていないな」って考えてるし。いや、あの一花ちゃん。皆、一花ちゃんには感謝しているとは思うよ。葉月が悪戯した時に、代わりに必死に謝ってるの一花ちゃんだからね。


「そう仰らないでください。一花さんは本当によくやってくれていますわ。私も寮で大変助かっていますから」


 東海林先輩が苦笑しながら助け舟を出していた。本当に、一花ちゃんには今回の文化祭の準備でも助けてもらっていますしね。


 やっぱり娘が可愛いのか、東海林先輩の言葉を聞いて、ご両親は随分と嬉しそうだった。一花ちゃんも少し照れて恥ずかしそうにしている。可愛い。こんな一花ちゃんは初めて。舞に是非見せてあげたい。


「桜沢さん。お2人を案内してくれる?」

「はい、分かりました。学園長がお待ちですので、どうぞこちらへ――あ、一花ちゃんはどうする?」

「……そうだな」


 確か舞と昨日の夜に約束してなかった? ライブのゲストで有名な歌手の人来るから一緒に見るって。そういえば、時間ももうすぐのはずだと思うけど。


 一花ちゃんもそれに気づいているのか、時計を見ていた時だった。



「あら? 随分と珍しい人物が来ていること」



 高価そうな洋服に身を包んでいるご婦人が、1人の女子生徒を連れてこっちにやってくる。誰だろう? あの子のお母様?


 首を傾げていたら、何故か一花ちゃんのお母様がその人に向き直っていた。


「これはこれは~。お久しぶりですわね~。鳳凰のお噂はかねがね聞いておりますわ~」


 ほうおう……あれ、え?! 鳳凰!? 鳳凰ってまさか会長の!?


 1人驚いている間に、今度は会長の声が後ろから聞こえてくる。どうやら先ほどの来賓の方への案内が終わって、こっちに戻ってきたみたい。苦虫を潰したかのような顔でその人に近寄っていた。


「何故いるのです? 面倒だから来ないと言っていたではありませんか」

「気が変わってね。それに、あなたにちゃんと会わせたい子もいたものだから来たのだけど――まさか会いたくない人間にも会うとは思っていなかったわ」


 ジロッと会長のお母様――だと思う人は、一花ちゃんのお母様を睨んでくる。


 この2人知り合い? 一花ちゃんのお母様はニコニコしているけど、2人の纏う雰囲気が違いすぎて戸惑ってしまうよ。


 一花ちゃんがそれに気づいたのか、私の制服を引っ張ってきた。


「大丈夫だ。昔からこの2人は険悪だ」


 ……それって大丈夫なの?


 だけどそっか。一花ちゃんも会長も、幼等部からこの学園にいるんだもんね。年が2つ離れているとはいえ、昔からの知り合いなんだ。もうバチバチと、火花が飛んでいる幻覚まで見えてくるよ。


鴻城(こうじょう)の恩恵にまだあやかっているそうね」

「あら~。まだそんな変なことを仰っているのね~。鴻城家とは確かに親しくさせていただいているけど~」


 鴻城……葉月の実家のことだ。思わず耳を傾けてしまう。


「そうそう、聞いたわよ~。如月(きさらぎ)からの援助を受けているそうね~。そちらのご子息に感謝することね~。沙羅ちゃんは反対だったそうよ~?」


 沙羅……ちゃん……って如月沙羅さん!? 葉月の叔母さまの!? ちゃん付け!? それだけで一花ちゃんのお母様凄すぎるよ!!


 またまた1人で内心驚いていると、会長のお母様はさっきより厳しく、一花ちゃんのお母様を睨みつけている。迫力がある……。


「あなたが沙羅さんに変なことを話したからじゃないかしら?」

「あら~話をすり替えないでくれないかしら~? あなたが余計な欲を駆り立てるから、当時の鴻城家当主を怒らせただけの話じゃないの~。それを沙羅ちゃんが聞いて怒ってるだけよ~?」


 強調するように、一花ちゃんのお母様が話している。ニコニコした顔なのに、声に棘があるのが分かる。


 でも当時の当主? 鴻城のご当主っておじいさまのことだよね? 何でそんな含みのある言い方をするんだろう?


 一花ちゃんのお母様は「それに~」と話し続けた。


「勘違いしているみたいだけど~、私たち東雲もね~、鴻城に媚びを売っているわけじゃないわよ~? ただ合致しているだけよ~」

「合致ですって?」

「葉月ちゃんが大事ってことがね~」


 ここで葉月の名前が出てくるの?


 お母様は隣の一花ちゃんの頭に手をポンと優しく置いている。会長のお母様が、今度は一花ちゃんをギロッと睨んでいた。


「よく言うわね。そこの娘を鴻城家に取り入らせたくせに」

「鴻城家に預けているだけよ~? 一花ちゃん自身が決めたことだしね~。私たちにとって一花ちゃんは大事な大事な娘で、それは絶対変わらないわ~」


 ナデナデと愛おしそうに一花ちゃんの頭を撫でているお母様。恥ずかしそうに「やめろ」と一花ちゃんはその手を払っていたけど……どうしよう。こんな時に思う事じゃないかもしれないけど、今の一花ちゃんが可愛すぎる。だって耳赤くなってるんだもの。舞に見せたい。


 それにしても預けてるんだ……確かに鴻城の人たちととても親しそうだったけど。


「だけど、もう鴻城家に手を出すのはやめにしたのね~?」


 いきなり話が変わったけど、え、どうしてそういう話になったの?


 可愛くなっている一花ちゃんをつい眺めてしまったら、一花ちゃんのお母様は、会長のお母様の隣にいる女子生徒に視線を向けていた。


 そういえばこの子、どこかで見たことあると思ったら、レイラちゃんといつも一緒にいる子じゃないかな? 私自身あまり話したことないけど。


 どうして会長のお母様と一緒にいるんだろう? 会長も怪訝そうな目でその子を見ている。面識がないのかな?


「その子、宝月(ほうづき)家の娘よね~? どうしてあなたと一緒にいるのかしら~?」


 え、宝月って……今、次の総理大臣に近いって言われているあの政治家の宝月(ほうづき)宗次(そうじ)のこと? え、え? この子、娘さんだったの?


 その子のことを話題に振ったら、会長のお母様が肩を竦めながら、隣にいるその子に視線を向けていた。



「翼の婚約者よ」



 生徒会一同で「「「え?!」」」と思わず注目してしまったよ。会長も目を見開いてる。いやだって、会長に婚約者がいたなんて知らなかったから。


 そんな私たちを余所に、会長のお母様はその子の肩に手を置いていた。


「本当は葉月さんが翼の相手には相応しいと思っていたけれどね。どっかの誰かさんが余計なことをしてくれたおかげで、彼女にはあれ以来近づけなくなってしまったから。それでどうしようかと思っていたけど、まあこの子なら要領もいいし、家柄も十分だから、今日は翼に会わせようと思ったのよ」


 ちょ、ちょっと待ってください……? 今何て仰いました? 葉月と……会長を婚約させようとしたってことですか、それは? そしてそれが出来なくなったから、その子を会長の婚約者にしたと……?


「まあ~葉月ちゃんのことは自業自得だと思うけどね~。でも意外だわ~。その子を選ぶだなんてね~」

「そんなことないわよ。この子の父親とは昔から懇意にしてあげていたしね。面識はあったのよ」


 そう、なんだ。会長は心底驚いているようにその子を見てるけどな。けどハッとしたように、自分の母親に視線を戻していた。


「待ってください! 俺は何も聞いて――!」

「それはそうよ。言う必要はないでしょう? もう話は進めているし。あなたが大学を卒業したら、結婚することにしたわ」


 確定事項のようにお母様は言い放つ。会長は悔しそうに歯を食い縛っていた。苛立ちも隠せていない。そうか、いきなり『婚約しました』なんて言われたら戸惑うよね。


「叔母様っ! さ、さすがにそれは横暴ではっ!?」


 たまらず近くにいた月見里(やまなし)先輩が声を張り上げたけど、会長のお母様は面倒臭そうに手を払っていた。


「横暴? 変なことを言うわね。翼の将来は私が決めることよ。部外者は黙っていなさい」

「あら~相変わらずね~。その身勝手なところ。でも私もその男の子に賛成かしら~。本人の意思も聞かずに結婚しろっていうのは、横暴じゃないの~? いつの時代~?」

「ふんっ。あなたには関係ないでしょう。首を突っ込まないでくれないかしら」


 一花ちゃんのお母様の言葉にも聞く耳持たずという感じで、会長のお母様は顔を横に逸らしている。


 もしかして、前にもこういうことあったのかな。葉月と結婚させたがっていたみたいだし、鴻城の人たちにもこういう態度取ってたのかな。


 けれど、私も少し横暴だと思う。


 だって会長、すごく悔しそう。

 何も言わないで歯を食い縛って、拳を握りしめている。


 鳳凰のために頑張っている会長を知っている。

 勉強も、皆への気配りも。

 絵を描くという好きな事を我慢して、頑張っているのを知っているから。


「あなたは今まで通り、私の言う事を聞いていればいいのよ。そうすれば鳳凰だって安泰なんだから」


 それはあんまりだ。

 会長だって1人の人間なのに。

 人形じゃないよ、お母様。


 会長に対するその言葉がどうしても許せなかった。

 会長は生徒会の仲間だから。

 不器用だけど励ましてくれる、本当は優しい人だって知っているから。


「そんなの間違ってます」


 ついハッキリ言葉に出してしまうと、皆が一斉にこっちを見たのがわかった。


 だけど無理。

 一言この人に言ってやりたい。


 怪訝そうな目でこっちを見てくる会長のお母様を、真正面から見据えた。


「あなたは?」

「生徒会役員の桜沢花音です。すいません、私が口を挟むことではないと思いますけど、言わせてください」

「ああ、あなたが……庶民の出の……」


 庶民という言葉で、東海林先輩が少し動いたのがわかった。大丈夫です。もうそんなのは気にしてませんから。


 だから、東海林先輩より一歩前に足を進めた。


「そうですね。ここにいる方々に比べると私は庶民の生まれです」

「……それで? 私が間違っているとさっき聞こえたのは聞き間違いかしら?」

「いいえ? はっきりそう言いました」

「おい桜沢……」

「会長は黙っていてください」


 きっと会長はお母様に何も言えない。お母様を大事に思っているから。本当は優しい人だから。


 けど、会長の意思すら聞かないで言う事を聞けっていうのは違う気がする。


「何故、会長の意思を確認しないんですか?」

「どうしてあなたにそれを答えなければならないのかしら?」

「確かに、私に答える必要はありませんね。だけど生徒会の尊敬する先輩が、実のお母様に人形のように扱われているのを見るのは、ハッキリ言って気分が悪いです」

「あなたが気分が悪くなろうが関係ないのだけどね。他人の家のことに余計な口出しをするのは余計なお世話というものよ、おわかり?」

「余計なお世話というのは重々承知していますが、会長にだって選ぶ権利があるはずです。ましてや結婚相手ともなると」

「権利? 馬鹿なことを言うのね。鳳凰の跡取りがそんなこと言ってどうするのよ。この子との縁談は将来的にも翼には良縁なの。財力も権力もね。そこに翼の意思は関係ないわ。行くわよ」


 取りつく島もない。

 会長のお母様は婚約者だというレイラちゃんの友人を促して、踵を返した。そんなお母様にさらに胸がモヤついた。


 会長の意思は関係ないって、そう言ったから。



「会長の意思を無視するなんて、あなたはそれでも母親ですか?」



 会長のお母様の後ろ姿にそう言葉を放ったら、怖い目つきでこちらを振り返ってきた。


 だけど、そう思うから。

 私の両親は私の意思をちゃんと尊重してくれている。

 それがすごく心強いし、嬉しい。


「会長はあなたの人形ですか?」

「あなたね……何で関係ないあなたにそこまで言われなきゃならないのよ」

「私だってここまで言いたくありません。それにあなたの事も知らないし、こんなことを言うのはお門違いだって分かっています。けど、会長の意思を聞かないで無視するのは違うと思います。そんなにその子と結婚させたいわけですか? それは会長を思ってのことですか?」

「ハア……鳳凰の存続のために決まってるでしょうが。翼は鳳凰の跡取りなのよ。その相手がどこの誰かも知れないとなると、世間の評判にも――」


 世間……? 世間のために、この人は会長を無理やり結婚させようとしているの?


 モヤモヤっとまた胸の奥がざわついてしまう。


 これが会長のことを思ってとかだったら、これ以上何も言わなかったのに。さっきの『将来的にも翼には良縁』という言葉は、会長を想っての言葉じゃなかったというの? この人は会長のどこを見ているというの? 母親なのに。


「会長がどこの誰を選ぼうと、ちゃんと世間の人は会長自身を見てくれると思いますけど?」

「あなたはまだ子供だから分からないのよ。だから葉月さんは適格だったのに。鴻城の孫娘と年齢が近いだなんて、これで縁が結べればどれだけ良かったか。そうすれば鴻城の権力もあって、鳳凰の家格もグンと上がったっていうのに……」


 ……ここで葉月の名前が出てくるの?


 自分の中でどんどん沸点が煮詰まっていくのがわかった。


 この人、そんな理由で葉月と会長を婚約させようとしたってこと? 葉月を葉月として見ていないじゃない。


 見ているのは葉月の後ろの鴻城という名前。

 葉月をブランドか何かと勘違いしているわけ?

 しかも、会長のこともどう見ても道具としか見ていない感じだし。


 思わず笑みが零れてくる。

 ああ、だめ。

 もう怒りでおかしくなりそう。


 ニコッと会長のお母様に笑いかけたら、何故か会長たちがビクッと体を震わせていた。


「会長?」

「な……なんだ……?」

「会長に今、心底同情します。哀れなお母様をお持ちですね」


 私がそう発言したら、周辺の温度が下がった気がする。


 会長のお母様も最初ポカンとした表情をしていたけど、次第に顔を真っ赤にさせていった。


「あ、哀れ……? 今、あなた、私のことを哀れって言ったかしら?」

「言いましたけど?」

「あなたみたいな庶民に、どうしてそんなことを言われなきゃならないの!?」


 激怒している。それも当然だろうけど。私は明らかに今バカにしましたから。


「哀れ以外に言葉が見つかりません。すいません」

「なっ!? なぁっ……!?」


 素直に謝ったら、言葉が出てこなくなったようだ。大丈夫かな?


「権力だ、家格だって拘っているのが、哀れに思えてなりませんから。自分の息子さんのこともよく見えてないようですし」

「どこが見えてないですって!?」

「人一倍陰で頑張って、誰よりも周りにいる人のことに気を配って、しかもそれが鳳凰の家のため。そして自分の好きなことを我慢してまで、それらを頑張ってやっている自慢の息子さんを信じないで、家格や権力に拘っている姿を哀れ以外にどう見ろと?」


 ニッコリと首を傾げて会長のお母様を見ると、また目を大きく見開いている。一歩後ろで誰かの笑い声も聞こえてきたけど、気のせいかな?


「良かったです。葉月との婚約が無くなって。会長も葉月との婚約は嫌そうですし、私も葉月の友人として、こんな哀れな方が義理の母親になってほしくないですし」

「はっ!?」

「会長? 嫌ならはっきり婚約は断った方がよろしいんじゃないかと思います。会長はもっと自分の気持ちを正直にお母様に伝えた方がいいと思いますよ。それとも会長は、そういう権力やら家格やらがないと、鳳凰を引っ張っていけないんですか?」

「あら~それは大丈夫じゃないかしら~? だって翼くんが如月の援助を取り付けたんでしょ~? 魁人君がどこか嬉しそうにしてたわよ~。ちゃんと内容もしっかりしていて、可愛い後輩が優秀になっていたって~」


 後ろから楽しそうに一花ちゃんのお母様が口を挟んできた。今わかった。さっきからの笑い声、一花ちゃんのお母様だったんだ。


 会長のお母様は呆けたように会長とこっちを見比べている。自分が思ってるより会長がしっかりしているって思ってくれたのかな?


 まあ、いいか。うん、この姿見れて少しスッキリした。


「ふふ、じゃあ大丈夫ですよね。それより一花さんのお母様、お父様。随分待たせてしまってすいませんでした。学園長のところにご案内します」


 あとは会長次第。会長がちゃんとお母様と話すべきだと思うし、私も彼女に言っているのが侮辱だということに変わらないからね。


 でも本当良かった。葉月と会長が結婚とかならなくて。この人が葉月と身内になったら、葉月が爆発しそう。会長も毎日葉月と喧嘩しそうだし。


 踵を返して一花ちゃんとご両親に振り返る。東海林先輩は困ったように笑っていたけど、あの一花ちゃん? 何でそんな目を輝かせて見ているの?


「ちょちょっ――ちょっと待ちなさい!」


 会長のお母様が呼び止めてきた。言い逃げ出来そうになかったや。少し振り向き直すと、やっぱり顔を真っ赤にしていた。まいったな~。


「あああ……あなたね……よくもこんなところで、私をバカにするような発言してくれたわね……」


 こんなところ?

 周りを見ると、いつの間にか人垣ができていた。全然気付かなかったよ。バカにしたのは事実だけども。


「やめてくださいっ、こんなところで!」

「黙りなさいっ! 大体あなたもなんです!? 何も言わないで、こんな品格も何もない女の言う事を黙って聞いていて! あなた、こんな小娘1人言う事を聞かせられないの!? 学園で何をやっているのっ! 鳳凰の跡取りの自覚があるのっ!?」


 止めに入ろうとしている会長にギャアギャアと言い始めた。


 そこに鳳凰の跡取り云々というのは関係ないのでは? しかも他人に言う事を聞かせるのが、跡取りとしての自覚なのだろうか?


 なるほど。会長の偉そうな態度とかは、このお母様の教育があったからなのかもしれないね。


 出会った頃の会長を思い返していると、会長のお母様はこっちをギッと睨んできた。さっきよりも迫力はあるけど、あれ、さっきより怖くないな。


「この私を侮辱するなんていい度胸ねっ! たかが庶民が鳳凰に歯向かったこと後悔しなさい! 家族諸共、路頭に迷わせてあげるわ!」


 それは困る。お父さんはサラリーマンだけど、今の仕事に誇りを持っているし、お母さんはパート先の職場が気に入っている。詩音と礼音も育ち盛り。


「あらあら~。それはだめよ~?」


 さてどうしようかと思っていたら、今度は一花ちゃんのお母様が私の横に立って、肩に手を置いてきた。思わず見てしまったら、さっきと同じようにニコニコと笑っている。


「何であなたが出てくるのよ!? 東雲は関係ないでしょうがっ!」

「やかましいわね。さっさとその下品な口を閉じなさい」


 ええっ!? さっきまでおっとりした口調だったのに、ガラッと雰囲気が変わっちゃったけど!? あまりの豹変にこっちがポカンとなっちゃうんだけど!?


 え、あ、あれ? なんで一花ちゃんのお父様どんどん下がっていくの? しかも一花ちゃんを腕で抱えてるし、一花ちゃんは何故かプルプル震えてるし。


 そっちに視線を向けてしまっていたら、一花ちゃんのお母様が私より一歩前に出て「ちっ」と明らかに舌打ちしていた。なんで!?


「さっきから本当やかましいったらないわ。それで、何? この子に事実を言われて、カッとなって気に入らないから、家族を路頭に迷わす? 権力の使い方間違えすぎていて片腹おかしいわ。ああ、違うわね。金に物を言わせて、好き勝手やろうとしてるのよね。クズすぎるにもほどがある」

「あんたに関係なっ――」

「そもそも、あなたにそんなことが出来る権限があるとお思い? この際だから言わせてもらうけどね、あなたこそ家格云々言えない立場だと自覚なさいな」

「な……何ですってぇぇ……」


 わぁ……これは修羅場っていうやつなのかな。周りにも他の生徒やその親御さんたちとか集まってきて、一種の見世物みたいになってるんだけども。


「鳳凰家当主には本当困ったものだわ。面倒臭がってこの女の好きにさせているんだから。あなたの現状を見るに、あの人も全然変わっていないのねぇ。葉月ちゃんの件で懲りなかったのかしら? あの子に取り入ろうとして、鴻城から酷い目にあったのをお忘れ?」

「あれはっ! あんたが!」

「私は何もしていないわよ? 逆に止めてあげてたんだけども? それはもう大変だったわよ。彼女の逆鱗に触れておいて、鳳凰家が今でもあることに感謝してほしいぐらいだわ」


 グッと会長のお母様が口を結ぶ。でも彼女って、誰のことを言っているんだろう?


「それに、この子の家族を路頭に迷わせるねぇ。忠告してあげる。やめておいた方がいいわよ?」

「何を――」

「ふふ、知らないだろうけど、花音ちゃんのお母様のことを沙羅ちゃんが随分と気に入っていてね。何かをしたら、今度は如月の逆鱗に触れてしまうことになるんじゃないかしら?」

「はあっ!?」


 ……はい?

 え、ええ? お母さんを如月さんが!? そんな話聞いたことないんだけど!? 会長のお母様も驚いているようだけど、私も驚いてますよ!?


 驚いている私を余所に、一花ちゃんのお母様はこっちをチラッと見て、嬉しそうに笑っていた。


「だけど……私も花音ちゃんのこと気に入っちゃったわ。さすが一花ちゃんが選んだ子」


 一花ちゃんが……選んだ?


「あなたがこの子とこの子の家族に何かしら手を出すというのなら、東雲も黙ってあげないわよ? 東雲と如月。両方相手にするのかしら、鳳凰は?」


 一花ちゃんのお母様のこの発言で周りが騒めいた。


 会長のお母様はもう顔が真っ赤だ。フルフルと震えている。会長の方は逆に青褪めていってるけど、だ、大丈夫ですか?


 だけど分かる。圧倒的に一花ちゃんの家の方が鳳凰より上なんだ。家格の違いが私にはさっぱり分からないけど、今、一花ちゃんのお母様は私を守ってくれている。


「蘭花ぁ! 鴻城が後ろにいるからって、好き放題言ってくれるわねっ!? 東雲なんて鴻城の腰巾着のくせにぃ!」

「鴻城の力に頼ったことなんてないわよ。そんなもの必要ないもの。なんなら東雲だけの力で鳳凰を潰してあげましょうか? 如月の手を借りるまでもない」

「出来るものならやってみなさいよ!?」

「母さん、もうやめてくださいっ!!」


 慌てて会長が両方のお母様たちの間に入っている。血の気がない。本当に大丈夫ですか!?


 その会長は一花ちゃんのお母様に向き直り、顔が見えないぐらいにお辞儀をしだした。


「母が大変無礼を。申し訳ありませんでした」

「あなたも大変ね。こんな母親を持っちゃって。じゃあ、あなたに聞こうかしら? 鳳凰は東雲を敵に回す覚悟があるということね」

「それは母の戯言です。鳳凰にその意思はありません」

「そう。それならよかったわ。だけど花音ちゃんとその家族に手を出すようなら黙っていませんからね? もしそんなことが起きたら、鳳凰家の名前は歴史から消えることになることを覚えておきなさい」

「肝に銘じておきます」


 怖い。一花ちゃんのお母様の迫力が凄すぎる。私を守ってくれるのはありがたいけど、そこまでしなくても大丈夫なのにという思いが、もう心の中で暴れている。


 歴史から消えるって何!? そこまで東雲家って凄かったの!? 医療の先端を走っている家じゃなかったの!?



「さ~て言いたいことは言ったし~。それじゃあ花音ちゃん。案内お願いね~」



 またガラっと雰囲気を変えたお母様が、私の背中を促すように押してきた。


 後ろでは会長のお母様が何かを言っているような声が聞こえてきたけど、一花ちゃんのお母様が全くそちらに振り向きもしない。


 顔だけ振り向くと、会長が慌てて母親を押さえているのが見えた。可哀そうに思えてくるんですが!?


「あ、あの。ここまでしなくても」

「いいのよ~。あの女とは昔からこんな感じだしね~。それに自分が権力を持っている人間だって勘違いしているのも昔のままだし~。鳳凰家当主に愛想尽かされてるから、彼女には何か出来る権限なんてないのよ~。せいぜい好き勝手に買い物出来るぐらいじゃないかしらね~」


 そうなの!? そして自分はまるで違いますって言い方! 一花ちゃんのお母様はどんな権力持っているというの!?


「花音ちゃんは考えなくていいことよ~? あとお母様のこと自慢に思っていいわよ、これ本当に」

「え?」

「あなたのお母様、本当に大したものね~。沙羅ちゃんから話を聞いただけだけど。あんなに目をキラキラさせている沙羅ちゃんを見るの、久しぶりだったわ~。私も一度お会いしてみたいわね~」


 おおおお母さん!? 如月さんに何をしたの!? というか何を言ったの!? あの如月さんの目をキラキラさせたってどういうこと!?


「それにしても宝月ね~。まさかあそこの娘を婚約者にしてくるとは……あの狸も中々よね~」


 ボソッと呟くように言う一花ちゃんのお母様。


 宝月。

 会長の婚約者。


 一花ちゃんのお母様は何事もないかのように、婚約のことには何も言わなかった。あくまで私のことを守ってくれただけ。


 お金持ちの人って婚約とか普通なのかな。前に如月さんが葉月の婚約者だって勘違いしたときも思ったけど。家同士の繋がりとか大事なのかな、やっぱり。


 葉月も、



 葉月も、いつか誰かと婚約するのかな。



 ……有名な名家のご子息とか?


 鴻城の家の人たちは葉月のことを大事に思ってくれているようだから、無理やり結婚とかはなさそうだと思うけど……でも鴻城は名家だし。


 会長のお母様は会長のことを思ってというより、鳳凰の権力とかを重視して婚約の話を進めているみたいだけど、葉月の場合はどうなんだろう?


 葉月のことを思って……鴻城の人たちも誰かを見繕ったりするのかな。



 ……嫌だな。



 葉月の隣に知らない誰かが立っている。


 私じゃない誰かが立っている。



 そんなことを想像するだけで、モヤモヤが止まらない。




 葉月の温もりに縋りたくなって、たまらなくなった。


お読み下さり、ありがとうございます。

東雲家は鴻城家同様、細かい設定はつけておりませんので、スルーしていただけるとありがたいです。

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