153話 会長がやってきた
「あー……入っていいか?」
現れたのは会長でした。
でもなんで? 珍しいね。「いいよ~」って返事すると、中に入ってくる。顔の怪我とかもう治ってるみたい。ちょっと目元の部分がまだ紫っぽいけど。
窓際にいる私を一瞥して、勝手にソファに座っていた。
え~、なんで勝手に座ってるの~? まぁいいけどさ。なんか真剣な顔つきだし。
私も花音にお茶を頼んで向かいのソファに座ると、会長がこっちを見てくる。……なんでしょう?
「………………」
無言。何か用があったんじゃないの?
「ん~? 何か用があるんじゃないの、会長?」
「…………」
気まずそうに視線を逸らしてるよ。え~本当になんなのかな?
「会長、どうぞ。紅茶で良かったですよね?」
「……ああ」
なんで花音だと反応するのさ!?
あ、惚れてるからですね。すいませんでした。いや、でもじゃあ、何でここにきたの?
「はい、葉月」
「はちみつ入れた~?」
「入れたよ」
花音も私の隣に腰掛ける。会長がチラッと花音に視線を送って、すぐ逸らしたよ。あ~……自分の隣が良かったのかな? 違うかな?
紅茶を一口飲んでから会長を見ると、会長もまた飲んでいた。
えっと……会長? 話があるの、ないの、どっちなの? ふうと息を吐いて会長を見た。
「それで~? 用があるの~、ないの~?」
「……」
だから何で黙るのさ。さっぱり分かりません!
そしたら隣で花音がクスっと笑った。んん?
「会長、お礼を言いにきたんじゃないんですか?」
え、なんで?
「お礼~? なんの~? この前バッダ送ってあげたこと~?」
「違う……って、あれはお前か!?」
「そだよ~、おいしかったでしょ~?」
「誰が食うか!?」
おいしいのに。ちゃんと調理法と食べ方書いた紙も一緒に送ってあげたのにさ~。でも、じゃあなんのお礼? 会長はツッコミでしか声出さないの?
「はぁ……葉月、そんなことしたら駄目だよ」
「おいしいのに?」
「そんなに食べたいなら、今度料理してあげるから。他の人に送っちゃだめ、ね?」
え? 花音、あれ料理してくれるの? 段々強くなってってない? こっちがびっくりなんだけど。ほら、会長もさすがに驚いて、口がポカンと開いてるよ?
「あのね、葉月。会長はこの前助けてくれたことにお礼言いたいんだって」
「ん~? そうなの~?」
「…………はぁ……ああ」
全く、そんな感じしないんだけど。なんでお礼言うのに、溜め息ついてるの?
でも、お礼ね~。別にいいんだけど。それに、あの時は自分も止めなかったしね~。途中からは忘れちゃってたし。花音が「仕方ないなぁ」って顔で会長見てるよ。
「会長、ちゃんと言葉にしないと伝わりませんよ?」
プイって花音から顔を逸らしてる会長。子供か!? 前に私のことガキだって言ってたくせに、今の会長の方がガキだよ! 思わず私だって溜め息ついちゃうよ。ハァ……。
「いいよ~、お礼なんて。それで~? 用ってそれだけ~?」
「……お前、怪我はどうなんだ?」
「怪我? 平気だよ~。まだ退院出来ないけどね~」
「そうか……」
あ、ちょっとホッとしてる感じ。……会長も見てたもんね~。
ん? 何、何でいきなり居住まい正してるの?
「……桜沢、ちょっと外せ」
「え?」
「こいつと2人で話したい」
会長と2人で? 何の話さ?
……何やら真剣な目で見てくるね。仕方ない。
「花音、ちょっといっちゃんの様子見てきて~?」
「葉月まで……」
「多分いっちゃん、お姉ちゃんにこねくり回されてると思うから~、助けてきて~?」
「……わかった」
仕方ないよ。さすがにこんな目で見られちゃね。
渋々といった感じだったけど、花音はいっちゃんのところに行ってくれたよ。
扉を出ていった花音を見送ってから、会長に向き直る。さて、何かな~?
「それで~? な~に、話って?」
「……まず礼を言う。助かった」
なんで2人になった途端に素直になるのさ。ちょっと面喰らっちゃったじゃん。
「だから、いいってば~。それが話なの~?」
「違う」
ズバッと否定してくるね。一体なんなの?
首を傾げてると、会長はまっすぐ私を見てくる。ふうっと静かに息を吐いて、口を開いた。
「……俺はお前のことを頭おかしいと思ってた。今でも思ってるがな」
「あっそう。それで?」
「……だけど、あの時のお前はどうかしてると思った」
「そうだろうね」
「なんであの時避けなかったんだ?」
……そう思うのが普通だね。
だから、にっこり返してあげる。
「避けようとしたけど、遅かったんだよ~」
「本当にそうか? だとして、何であんなに平然としてられたんだ?」
会長は怪訝な目で見てくる。疑問を次々口にする。
だからちょっと、本当のことを教えてあげるよ。別に隠してるわけじゃないからね。それで納得すると思うよ?
「会長。私はね、少し体質が人と違うんだよ」
「体質だと?」
そう、体質だ……多分。
「私はね、痛覚がないんだよね」
「は!?」とさすがにポカンとしてる会長。
でも、そうなんだよ。
私は痛みを感じないんだよね。
「だから、刺されても平然としてられるんだよ。これで納得したかな~?」
「……だからって、あんな無茶をするのか?」
「会長には言われたくないな~。あんなにボコボコになってまで、花音のこと庇ってたくせに~」
「それは……」
本当、さすがは会長だね。私が行くまで散々庇ったんでしょ? あんな数人相手にして、花音が無傷なのが不思議なくらいだもん。
ああいうやつらは本当に好き勝手やってくるからね。上手く挑発して、相手の矛先を自分に向けたんじゃないの?
誇っていいよ、会長。
あなたが、花音を守ったんだよ。
私は途中からそっちは忘れてたからね。
「会長の怪我が軽くて本当に良かったよ」
会長が目を見開いて私を見てくる。
でも本心だよ?
だって、花音の恋人になる人だもんね。
花音にはさ、笑っててほしいんだよ。
好きな人と幸せになってほしいんだよ。
だから、その相手に怪我してほしいとは思えないんだよ。それが会長だとしてもね。
会長はハアと息をついて、こっちをジト目で見てくる。
「お前にそれを言われると複雑なんだが」
「やだなぁ会長、本心だよ?」
「どうだかな」
ふんっと言って、さっき花音が淹れてくれた紅茶を飲んでから、ゆっくりカップを置いた。私も甘い紅茶を飲んで一息つけてると、会長がポツリと話し始めた。
「お前……あんまりあいつを泣かせるなよ」
ん? あいつ?
「……桜沢だ。酷かったぞ」
「……そっか」
「お前がなんであんな振る舞いをしたかは俺には分からねえし、本当は俺だってお前には近付きたくない。何されるかわかったもんじゃないからな」
そうか……会長は今日。
「でも、あいつがあんな風に泣くのは……見たくない」
それを言うために来たんだね。
「あいつの為にも、あまり、ああいうことはするな。あいつは笑ってればいい」
同感だね。
でも、
約束はできない。
「……善処するよ」
会長は紅茶を飲み干してから学園に戻っていった。やっぱり、今は忙しいらしい。あと家に変な物をもう送ってくるなって言われちゃったよ。それは、あれだね。リクエストですね。つまり送ってほしいんだね!
今度は何、送ろうかな~って考えていたら、花音に止められた。顔に出てたらしい。怖い笑顔で「ここに玉ねぎ持ってきてもいいんだよ?」って言われたら逆らえませんね。
あといっちゃん、キスマーク顔中についてるよ。
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