152話 確かめるように
あれから数日。私はまだ入院している。
窓際に立って、夕焼けの空を見上げた。きれいなグラデーションになっている。
傷は思ったより深くて、まだ完全に塞がっていない。塞がるまでは退院できないから、めちゃくちゃ退屈なんだよね。
舞が渡してくれた漫画つまらないし。恋愛よりバトル系がよかったよ。そう言ったら「わがままだね!?」って言いながらも、今度持ってきてくれるって言ってた。
退院はもう少しかかるって言われたからさ~。その間めちゃくちゃ暇なんだよ~。何か作るとか、しでかすもここじゃできないからさ~。24時間監視されてるから、すぐストップかかるもんね~。むー。
いっちゃんにもしこたま怒られた。
あのイベント、実は警察が駆けつけてくれる予定だったらしい。私が行く必要全くなかった。
警察に相談しようとしていたお兄さんたちから私も話を聞いて、花音たちの所に駆け付けたんだけど、もしかしたら、あの人たちが通報してくれたのかもしれない。「お前の怪我はしなくていい怪我だったんだよ! ちゃんと話を最後まで聞くこと覚えろ!」と、いっちゃんに説教された。
だって、あの時花音が怪我するんじゃないかって思っちゃったんだもん。仕方ないじゃん。
最初はいっちゃんが喜ぶと思って、花音の同室受け入れたけど……今じゃすっかり花音のご飯にほだされましたからね!! 花音には是非幸せになってほしいと、心から思っているのだよ!
と、考えていたら、次のイベントのこと思い出した。
そういえば、文化祭は明後日にあるらしい。
私はもちろん行けないけど、その日はいっちゃんもここにはこない。文化祭でイベントがあるんだって。それが楽しみなんだもんね、さすがに邪魔できないよ。ここだったら看護師さんや先生たちがいるから、安心して見ておいで~って言ったら、すごく不安そうな顔されたよ。信用ないわ~。仕方ないけど。
いっちゃんもそろそろ来るはずだな~って思いながら、夕焼け空を見る。星もいいけど、こっちの空もいいよね~。快晴の透きとおった青も好きだけど~。
ぼーっと空を見ていると、コンコンとノックされた。
あ、きたかな~と思って「入って~」って言うと、入ってきたのは花音だった。あれ、また今日も来たの? 生徒会忙しいんじゃないの? あれから毎日いっちゃんと舞と一緒にきてるけど、大丈夫なの?
「ん~? 花音、いっちゃんは~?」
「さっき、お姉さんに捕まって連れられてっちゃった」
苦笑しながら、花音はソファにカバンを置いていた。いっちゃん、捕まっちゃったんだね。いっちゃんのお姉ちゃん、いっちゃんのこと大好きだもんね。
「舞は今日、葉月に頼まれた漫画買ってくるって。明日持ってくるって言ってたよ」
「バトル系~?」
「うん。人気のある漫画を買ってくるから、間違いないはずだって」
「ふ~ん」
本当かな~。この前の恋愛漫画も人気あるって言ってなかった~?
「葉月、起きて大丈夫なの?」
「平気~」
「お茶淹れようか?」
「ん~、今はいいや~」
「そっか」
花音は前より過保護になった気がする。
私の様子を伺っている感じで、心配してるのがすごく伝わってくる。あんな場面見せちゃったから、分かるけども。
それに。
「葉月……」
「ん~?」
後ろからいきなりギュッと抱きしめられる。お腹に手を回してきて、肩口に顔を摺り寄せてきた。
……こうやって甘えてくるようになったんだよね。それはそれで可愛いんだけどさ。
「花音~?」
「ごめん……少しだけ……」
お腹に回された手をポンポンと撫でてあげると、キュッと力を込めて、花音はまるで確かめるように抱きしめてきた。
これ、知ってる。
いっちゃんもあの頃こうだった。今でもそう。
いっちゃんは私に触れるとき、探るように、確かめるようにしてくる。
花音みたいに抱きしめてきたりはしなかったけど。
心配で、不安で。
だけど確かめたくて。
恐る恐る、私に触れてくる。
だから花音の手を解くことはできない。
いっちゃんを知ってるから。
多分花音は私が刺されるところを見て、不安で、心配で、そんな恐怖を抱えてしまったんだと思う。あの頃のいっちゃんもそうだったから、きっとそう。
だからこうして触れてくる。
探るように触れてくる。
確かめるように触れてくる。
ギュッと抱きしめてくる。
花音の好きなようにしてあげる。
今回あんな姿も見せてしまったから。
少しでも安心できるなら、それでいい。
他の恐怖が芽生えない様にしないといけないから。
だって、いっちゃんとレイラはそれ以上に恐怖しているんだ。
私の昔を知っている人間全員怖がっている。
今の花音以上に怖がっている。
花音はあの時の私の様子を聞いてこなかった。
花音は私にあまり踏み込んでこない。
今はそれが都合がいい。
今で、これなのだ。
もし花音が踏み込んできたら、
きっと壊れてしまう。
優しい花音は壊れてしまう。
知らなくていい。
そのままでいい。
そのままでいてほしい。
「ねぇ、葉月……」
「ん~?」
「……もうだめだよ」
「…………」
「……危ない事……だめだよ……」
肩口からポツリと花音が囁く。
……約束……できないなぁ。
返事の代わりに、お腹にある花音の手をポンポン叩くしかできない。
話題を逸らすために、違うことを聞いてみた。
「花音~?」
「……ん?」
「生徒会忙しいんじゃないの~?」
「……大丈夫……先輩たちには話してあるから」
「でも文化祭、明後日でしょ~?」
「帰ってからやってるから、平気だよ」
帰ってからやってるの? でも、いつもの勉強もきっとしてるでしょ?
…………ちゃんと休んでるの?
「無理にここに来なくてもいいんだよ~花音?」
「葉月……迷惑?」
「迷惑じゃないけど……でも、ちゃんと休まないとだめだよ~?」
「……大丈夫。舞と一花ちゃんも手伝ってくれてるから。それほど大変じゃないよ」
「そう?」
「そう」
いっちゃんたちも手伝ってるのか。いっちゃんがそばにいるなら、大丈夫かな。
コンコン
と、会話が終わった時に扉がノックされる。うん?
「いっちゃん?」
「一花ちゃんなら、ノックしたらすぐ入ってくると思うけど」
確かにいっちゃんは、一応ノックしてから勝手に入ってくるね。
――――全然入ってくる気配がないんだけど。
「……幽霊?」
「葉月、冗談でも言わないで?」
花音がちょっと怖い笑顔で言ってきた。あれ、幽霊苦手だったの? 知らなかった。
花音が私から離れて扉を開けにいってくれた。
「えっ? 会長?」
え、なんで?
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