151話 確かめたくて —花音Side
「そうか、目が覚めたのか」
お昼休み、生徒会室で書類の確認をしている会長たちに、葉月が目を覚ましたことを伝えたら、皆が心底安心したような表情をしていた。先輩たちも心配していたから、本当によかった。
一花ちゃんのお兄さんが言ったように、昨日葉月はちゃんと目を覚ましてくれた。目を開けている葉月を見て心からホッとしたら、また泣いちゃったけど。
でも、葉月がいつもと同じように笑顔でいてくれたから、胸の辺りが温かくなったよ。
それに普段は甘えてこないのに「頭撫でて~」って言ってきた。思わず嬉しくなっちゃって、撫でてあげると気持ちよさそうに目を細めていた。
あの顔を見て、心底ホッとしちゃった。よかった、ちゃんと葉月はここにいるんだって。
「退院はいつ頃になりそうなのかしら?」
「まだかかるそうです。完全に傷が塞がるまで、入院しなきゃいけないらしくて」
「そうか。確かに、小鳥遊はすぐ無茶しそうだもんね。鴻城の家の人たちが心配しているんだろうな」
月見里先輩と九十九先輩、阿比留先輩はそれぞれ何故か納得していた。
確かに鴻城のお家の人たちは心配してそう。でも、きっとすぐよくなる。お姉さん特製の薬塗ってるしね。
東海林先輩は「いい機会ね」と、先ほど淹れた紅茶を飲んでいた。
「これに懲りて、もう少し大人しくなってほしいものだけど」
ハアと溜め息をつく東海林先輩には言えないな。昨日もあの後すぐに、「飽きたから帰る」って動き出そうとしたんだよね。一花ちゃんと舞が全力で止めていたけど。
苦笑してから、私も紅茶を一口飲む。今日も葉月のところに行くつもりだけど、1回寮に寄ってからにしよう。葉月の好きなハーブティーの葉を持って行ってあげたら、きっと喜ぶだろうから。
「あいつはもう話せるのか?」
紅茶を飲んでハーブティーの事を思い出していたら、まだ顔に痣を残している会長が躊躇いがちに聞いてきた。もうほとんど痛みはないらしいから良かった。さすがは一花ちゃんのお姉さんの薬。……どんな成分なのか気になるところ。葉月もお姉さん特製の薬塗ってるし。
「はい。昨日もちゃんと受け答えしていましたよ」
「……そうか」
どうしたんだろう、そんなことを聞いてくるなんて?
首を傾げていたら、隣の月見里先輩が困ったように笑っている。
「翼、ちゃんと小鳥遊にお礼を言いたいんだってさ」
「え?」
「……別にそういうわけじゃない」
「素直じゃないわね。一応助けてもらったって言っていたじゃないの」
呆れたように東海林先輩が会長にツッコんでいて、会長が不機嫌そうに東海林先輩を睨み返している。
そっか、お礼か。そういえば、私もちゃんとまだお礼言えてない。昨日は葉月が起きているだけで感動しちゃったから。
結局会長はそれきり不機嫌そうに口を閉じてしまった。「後で翼も小鳥遊に会いにいくと思うよ」とフォローする感じで月見里先輩は苦笑している。葉月にちゃんとお礼言いたいけど、普段されていることを思って悔しいのかなと勝手に想像しちゃった。
私がいる時に会長が来たら、葉月にちゃんと話を聞くように言わないとね。変なこと会長にしそうだから。
□ □ □
「た~のも~! 葉月っち~! 今日は漫画持ってきてあげたよ~!!」
ガラッと勢いよく舞が病室のドアを開けると、葉月はベッドに腰掛けて、一花ちゃんのお姉さんが葉月の腕に包帯を巻いていた。傍にはあの近藤さんが立っていて、3人ともきょとんとした顔を向けてくる。
「舞、ここは病室ですのよ? 騒がしくしてどうしますの」
「うっ……ご、ごめんなさい」
今日はレイラちゃんも一緒。一花ちゃんはお兄さんのところに寄ってからこっちに来るって言っていたから、さっき別れちゃったんだよね。
お姉さん、一花ちゃん、今はいませんよ。そんなにキョロキョロしなくても、すぐに来ますから。
「どっかで見たことあると思ったら、レイラ?」
「お久しぶりですわ、涼花さん」
レイラちゃんが綺麗にお姉さんにお辞儀している。そっか、レイラちゃんもお姉さんに面識あるもんね。
お姉さんは葉月とレイラちゃんを交互に見ていた。
「何よ、いつの間にか仲直りしていたのね」
「別に仲違いしてたわけでもないけどね~」
興味なさそうに、葉月は包帯で巻かれた自分の腕をぶんぶん振り回そうとしていた。ってだめだよ、葉月、そんなことしちゃ!
そう思ったと同時に、お姉さんが葉月の頭をパコンと叩いてた。
「また傷開くでしょうが!」
「むー! ただ調子見てただけだもん!」
「調子はこっちで見てるんだから、あんたは何もしなくていいのよ! 今日だけでもう2回も開いてるのよ!? 毎回呼び出されるこっちのことも考えなさい!」
「それはね、涼花お姉ちゃん。腕の傷が悪いんだよ。勝手に開いてしまうんだよ」
「それは私の縫合が悪いと言いたいのかしらね!?」
「そうとも言う」
仲良さそうにお姉さんに頭をグリグリやられている葉月に、私も舞も少しポカンとしてしまったよ。仲良いんだね。というより、今、お姉さんと一花ちゃんに血の繋がりを感じてしまった。葉月へのツッコミ方がそっくり。
隣に立っていた近藤さんが、葉月からお姉さんを離していたよ。疲れているように見えるけど、大丈夫ですか?
「先生。葉月ちゃんは患者ですからね。患者相手に暴力振るわないでください」
「暴力はんた~い」
「どの口が言うのかしらね!?」
「この口です」
「あー、腹が立つ! 縫ってしまいたい!」
「やだなぁ、涼花お姉ちゃん。そんなことされたら、涼花お姉ちゃんをからかえないじゃないか!」
「からかってるんじゃないわよ!?」
「ほらほら2人とも。そこまでにしてくださいね。レイラちゃんはともかく、他の2人が困惑していますからね」
尚もお姉さんをからかう葉月から、首元の白衣を持って引き剥がす近藤さん。
悔しがってるお姉さんをお構いなしに、「それじゃあ、ごゆっくり~」と病室から出て行ってしまった。近藤さん……すごく手馴れている感じ。
「はあ。相変わらずですわね、涼花さんも」
「一花のお姉さん、昨日見た時と感じが違うんだけど」
「涼花お姉ちゃんは裏と表がハッキリしているからね~」
ベッドにいる葉月がドアの方を見ている舞にそう声を掛けていた。それより葉月? 私、さっき聞き捨てならない事聞いたんだけどな。
ベッドに近づいて顔を覗き込んだら、葉月が首を傾げてきた。
「葉月、今日傷開いたの?」
「ん? んーまぁ」
きょとんとした目を向けてくる葉月の頭に手を置いて撫でてあげると、また目をパチパチさせてくる。
「だめだよ、無茶したら」
「してないよー? 勝手に開いたんだもん」
昨日の今日で、どうしたら傷が開くんだろう。心配になるよ。
「そうだよ、葉月っち。花音の言うとおりだって。いい機会だから少し大人しくしてなよ。ほら、これでも読んでさ!」
舞がベッドの向かい側に回って、持ってきた漫画が入っている紙袋をベッドの上に置いていた。珍しそうに、葉月はその中の一冊を手に取っている。
「何、これー?」
「ふっふ! これ、今人気の恋愛漫画! 実家から昨日送ってもらったんだよね!」
「ふーん……」
パラパラとその本を捲っているけど、興味はなさそう。
これは舞の提案なんだよね。少しでもこういうの読ませて、葉月に恋愛に興味を持たせるって。私は今じゃなくていいと思うけどな。葉月の体の方が心配だから。
レイラちゃんもその紙袋の中から一冊を取り出して眺めていた。
「葉月に恋愛はまだ早いんじゃありませんの?」
「レイラも読んでみる? これ、おススメだよ!」
「そうなんですの?」
舞、レイラちゃんにもおススメしてる。そういえばレイラちゃんのそういう話は聞いたことないな。
レイラちゃんにあらすじを説明している舞に、少し苦笑してしまった。これ、舞のお気に入りの漫画なんだな。葉月に恋愛を持たせるっていう目的、本人が忘れているよ。
「そうだ、葉月。ハーブティー持ってきたの。飲む?」
「んー。飲むー」
パラパラと漫画を捲っている葉月の横で、私もハーブティーを持ってきたバッグを隣のサイドテーブルに置いた。このポッド、使っていいのかな? というか入ってる? コンセント抜けてるけど。
「ポッドにお湯入ってないんじゃないの? あたし、入れてくるよ!」
コンセントを入れようとしたら、舞がそれに気づいてそう言ってくれた。すると、レイラちゃんがまた案内すると言い始めた。そんなレイラちゃんを半目で見る舞。前回迷ったから、かなり不信感を抱いているみたい。
「大丈夫ですわよ。給湯室ならここに来るときに見ましたもの」
自信満々に息巻くレイラちゃんが「行きますわよ!」と張り切っていて、舞は折れた感じだ。渋々といった様子でポッドを持って、レイラちゃんの後を追っていった。大丈夫かな?
「花音~いっちゃんは~?」
2人を見送っていたら、葉月が漫画を捲るのを止めて、こっちを見上げてきていた。私もベッドの縁に座って視線を合わせる。
「お兄さんのところ。もう来ると思うよ」
「……ふーん」
また漫画を捲り始めた。興味がなくなったみたい。
漫画を読む葉月。
動いているのを見てホッとする。
目を開けているのを見て安堵する。
つい3日前までは意識がなかったのに。
「葉月」
「んー?」
振り向いた葉月をそっと抱き寄せた。今は消毒の匂いがする。
だけど、温もりを感じられた。
「花音~?」
「ごめん……少しだけ……」
ギュッと腕の傷に触らないように、葉月の背中に腕を回した。
葉月は固まってしまってたけど。
ごめんね、いきなり。
だけど、少しだけ温もりを感じさせて?
ここにいるんだって、実感したいから。
ちゃんと確かめたいから。
葉月の右肩に顔を埋めた。
温もりがちゃんと伝わってくる。
大丈夫。
ちゃんと葉月はここにいる。
今はもう血塗れじゃない。
青褪めた顔じゃない。
ポンポンと背中を撫でてくる手も温かい。
それがすごく安心した。
「どしたの~?」
心配そうな声。
そうだよね。いきなり抱きしめたら心配になるよね。ああ、そうだ。
「葉月……」
「ん~?」
「助けてくれて、ありがとう……」
「…………」
葉月は何も答えなかった。
代わりにまた背中を撫でてくれる。
だけどね。
もうだめだよ?
あんな危ない事、しちゃだめだよ?
擦り寄るように葉月の肩に顔を押し当てる。
寮に帰ったら、この温もりは感じられないから。
どうしても葉月がいなくて寂しくなってしまうから。
だから今だけ。
今の内に、もっとこの暖かさを感じていたい。
この安心する温もりを感じていたい。
抱きしめている間、すごく安心した。この数日で1番かもしれない。葉月も何も言わないでポンポンと背中を撫でてくれる。
舞たちが戻ってくるまで、私は葉月を抱きしめていた。
そのあと一花ちゃんも戻ってきたけど、あの、一花ちゃん? キスマークがべっとりとほっぺたについてるよ? お姉さんに遭遇しちゃったの?
お読み下さり、ありがとうございます。




