150話 涙
コンコン
と、扉からノックが聞こえた。
先生が私を1回見てから、「どうぞ」と返事をしてくれる。
ガラッと扉が開かれて、現れたのはいっちゃんだった。
「兄さん、葉月は?」
「今目が覚めたばかりだよ」
それを聞いたいっちゃんがこっちに目を向けたから、ヘラっと笑うと、心底ホッとした表情になった。
「いっちゃ~ん」
「何がいっちゃ~んだ。ふざけるな」
あれ? なんでそんなにいきなり怒りだしたの~?
「ひどいな~いっちゃんは~。まだちょっとぼんやりしてるのに~」
「そうかそうか。それぐらいがお前は大人しいから、もう少しぼんやりしてろ」
「寂しいくせに~」
「悪いが本心だぞ」
「なるほど。本心で寂しいんだね~」
「やかましい。誰もそんなこと言ってないわ」
え~、本当は寂しかったんでしょ~。
そんなやり取りをしてたら、先生がクスクス笑っていた。んん?
「2人のコントを見るのは久しぶりだったけど、あいかわらずテンポがいいね」
「何言ってるんだ、兄さん。コントじゃないって言ってるだろ」
「ハハっ。まあいいじゃないか。僕は好きだよ、2人のコント」
「いっちゃ~ん。先生が望んでるよ~? ツッコんで~?」
「誰がやるか。お前は黙ってろ。それより兄さん、その……こいつ、今起きたんだよな。面会は平気か?」
「あまり長い時間はだめだけど、誰かきたのかい?」
あー……っていうように視線を逸らしたいっちゃん。ん~? 誰~? 先生も首を傾げているよ?
「その……学園の友人たちだ」
花音と舞? 私の友達って言ったらその2人だけだしね。
先生が苦笑して、いっちゃんの頭を撫でてあげてる。お~兄妹っぽい。「子ども扱いはやめてくれ」って若干いっちゃんの頬が赤くなってる。かっわい~。
「昨日の子たちか。葉月ちゃんの傷に触るか心配してるんだね。大丈夫だよ。もし異変があったら呼びなさい。ここだったら、すぐ対処できるからね」
「そ、そうか。じゃあ呼んでくる」
いっちゃんが花音と舞を呼びにいって、先生も邪魔になるからって病室から出て行ってしまった。
花音、来たのか~。
どんな顔しようかな~。
すぐコンコンって音がなったけど、早いね!? 全然考えられなかったよ!?
「葉月っち~~~!!!」
ガラッて勢いよく扉を開けて入ってきたのは舞だったよ。大きい声だからビクッてなっちゃった。勢いよくベッドにダイブしてきた。
舞! 元気ありすぎだよ!!? 一気に覚醒したよ!
「くぉら!! そんな勢いよく抱きつくな!!」
「だって、一花!! 心配だったんだよ! 葉月っち、平気?! もう大丈夫なの!?」
「落ち着け! うるさくするな!」
なるほど、いっちゃんが心配したのは騒がしくなることだね! 私の怪我じゃないね!
「舞~、平気だよ~?」
「う……うわ~ん!! よかったよ~!! だって、あの時葉月っち、気づいたらいないんだもん! 一花から連絡きたら怪我してるって言うしさ~!! あたしのせいだって思って~!!」
そういえばそうだね。舞ほったらかして出ていったもんね。大丈夫だからさ~、そんな号泣しないでよ~。もういっちゃん、ちょっと止めて~。
いっちゃんが「大丈夫だって言っただろうが」って、呆れて舞を無理やり剥がしてくれたよ。部屋にあるソファに誘導していってくれた。この病室は特別室だからね。広いんだよ。
そっちについ視線を運ばせていたら、ベッド横に誰かいた。
目線を上げてみると、こっちを心配そうに見ている。
うん。
寝てるから舞で隠れて見えなかったよ。
ああ……やっぱり。
大丈夫だよ。
だから、そんな泣きそうな顔しないでよ。
「花音……」
今にも泣きそうな花音がそっと近づいてきて、恐る恐る手を握ってきた。
キュッと握り返してあげる。
もう限界だったのか膝から崩れ落ちて、肘をベッドにのせ、私の手を自分の額に当てていた。ポロッと溜まっていた涙が頬を伝っていく。
「っ……」
「大丈夫だよ~?」
「……ふっ……ぅ……」
「平気だよ~?」
目をギュッと閉じて、涙を次から次へと溢れさせている。握ってくる手も僅かに震えていた。
大丈夫だからね。
泣かなくていいからね。
握られている手を動かして、花音の頬にそっと触れる。
やっと顔を上げてくれて、それでもポロポロ涙をこぼしながら、辛そうにこっちを見てきた。
親指でそっと頬についた涙を拭うと、擦り寄るように頬を寄せてくる。
「葉月……」
「ん~?」
声を震わせてこっちを見てくる。わずかに微笑んであげると、ちょっとだけホッとしたような顔になった。
「…………よかった」
だから、大丈夫だって言ったでしょ?
「私は元気だよ~、花音~」
「うん……うんっ……」
いっちゃんが安心したような顔をしていて、舞はまだ号泣している。
花音の頬を撫でている手が、ギュッと強く握られた。
泣かないで。
もう泣かなくていいからさ。
泣いてほしくなくて、私はそうだって思ったことを言う。
「花音~、ね~、頭撫でて~?」
私が意外なこと言ったのか、泣いてた花音がきょとんとした顔してきた。
へへ~。涙止まったね~。
「撫でて~?」
またお願いすると、目元に涙を少し残しながらだけど、やっとクスって笑ってくれた。
「……いいよ」
うん。やっぱり花音は笑ってくれてた方がいいよ。
花音が身を起こして、ベッドに座って手を伸ばしてくる。ふわっと最近慣れ親しんだ手が、ゆっくり頭を撫でてくれた。
感触が心地いい。
「プニプニしてる~」
「葉月……それ、前に言ったらダメだって言ったよね?」
「そうだっけ~?」
「そうだよ、もう。次からはだめだからね」
「は~い」
「ふふ」
花音に笑ってほしくて、冗談をいう。
少しの間、花音が笑ってる姿を見ながら、優しい手の感触を味わった。
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