149話 先生との会話
あれ~……。
なんだっけ……?
スッと目を開いていく。
ああ……ここ……。
「お目覚めかな?」
先生が見下ろしてくる。
……ああ。ここは、いっちゃんの病院だね。いつも使われる病室だ。
そっか。
そっか~。
「気分はどうだい?」
「………………ふつ~」
先生を見上げる。困ったように笑っていたけど。
ああ、花音たち……大丈夫だったかな~。いっちゃんも怒ってるかな~。
「……せんせ~」
「ん?」
「……いっちゃん、怒ってた~?」
「それはもうカンカンだよ?」
ものすごい蹴りがきそうな気がするな~。
「せんせ~……」
「ん、何?」
「花音……と会長は~?」
「大丈夫だよ。花音さんは無傷だし、鳳凰君は打撲と、ちょっと口切ったぐらいで済んだよ」
「……そう」
まあ、ご都合主義のおかげかなぁ……よかったね~会長~。花音も怪我してなくてよかった~。
あ~でも、久しぶりにこんなにスッキリしたな~。
したけど、花音に見せちゃった。
怖かっただろうな~。
でもあのお兄さんが悪いよね~。
何にも持ってなかったら、あそこまでしなかったんだけどな~。
まあ、無理か……。
「葉月ちゃん」
うん? な~に、先生?
「思い出してたのかな?」
「……そう」
「そっか。良ければ、何を思い出してたか、聞かせてもらえる?」
「……花音怖かったかな~って」
「そうだね。怖かったんじゃないかな」
そだよね~。血なんて見せるもんじゃないや~。
……泣いてたな~。
そだよね~。怖いよね~。
カタッと、先生が椅子に腰かけた音が聞こえたから視線を向けると、穏やかな顔でこっちを見ていた。
「僕もね、会ったよ、花音さんに」
「……花音に~?」
「うん。彼女はとっても優しい子だね」
そだよ~。花音は優しいんだよ、先生。
「君が気に入るのも分かるかな」
「……奥さんに言っておくね~。先生が女の子気に入ったって」
「それは勘弁してほしいかな」
苦笑してハハッと笑ってるけど、駄目だよ~。花音には会長がいるからね~。
「ただ、やっぱり衝撃が強かったみたいだね」
……まあ……そだね。実際の人間が血を流している場面なんて、衝撃が強いだろうね。
「一花にはそばにいてもらってるよ。安心して。何かあったら、すぐ対応出来るようにはしておくから」
「ん~……」
そうだね。その方がいいや。先生はそれが専門だからね~。そこは任せるよ。いつもは話すの嫌だけど、そこだけは信頼してるかな~。
「すごく心配してたよ、葉月ちゃんのこと」
「……そう」
そういえば、あれから何日経ったのかな?
「せんせ~? 眠ってどれぐらい~?」
「あれからまだ2日しか経ってないよ」
え~……2日も経ってたの~? それはそっちでも心配かけたかな~。
「手術はちゃんと成功してるからね。君、上手く避けたね?」
「なんのこと~?」
「覚えてないの?」
ん~? 覚えてるけど、無意識じゃないかな~? そんなこと考えてなかったもんね~。
ああ、でもナイフ抜いた時の血の量見て、これ大丈夫だって思ったよ~? ふふ、でも残念だったな~。
「一花が駆けつけなかったらどうしてた?」
「ん~? 大丈夫だと思った~」
「どうして?」
「さあ? そう思った」
「他の人たちはどうしようとしてたかな?」
他の人? ああ、お兄さんたちのこと?
「遊ぼうと思った~」
「どう遊ぶつもりだったのかな?」
「さあ? 適当に~」
そだな~。どう遊ぶかは考えてなかったな~。
何故か先生はちょっと厳しい目をしているけど、本当考えてなかったよ~? でも、もっと面白くしたかったな~。何ができたかなぁ?
色々と想像して、笑いが零れた。
「葉月ちゃん……君、今どこにいるかちゃんと分かってるかい?」
思わずきょとんとしてしまったよ。うん? なんで、このタイミングで?
「ここにいるけど?」
「本当に?」
え……本当……だけど……。
あれ。
本当に?
あれ?
「葉月ちゃん……君、ちゃんとここにいるかい?」
先生がすごく厳しい目で見てくる。
ここ……ここ……?
こっち……?
あれ? 違う?
向こう?
うん? じゃあ、なんで私?
「一花を……呼んでこようか?」
いっちゃん。
ああ、そうだ……いっちゃん……。
思考が戻ってくる。
そっか……まだ引っ張られてたな~……。
「平気~……」
「本当?」
「平気だよ~?」
違う、違う。
大丈夫。大丈夫。
ちゃんと自覚できる。
そうだ。
私は今ここにいる。
まっすぐ先生を見ると、先生がグッと眉間に皺を寄せて険しい目で見てくる。
大丈夫。
まだ大丈夫。
ちゃんと自分がおかしいのが分かるから、大丈夫だよ、先生。
「……ねえ、葉月ちゃん。今回、どうしてあんなに彼らを煽ったのかな?」
止めなかったから。
「彼らからも話は聞いてるんだよ。君が彼らを極端に煽ったっていうのは分かってるんだ」
その方が早かったから。
「彼らを煽って、君はどんなことをしたかったの?」
自分の“欲”に溺れたかった。
「その結果を、君はちゃんと分かってやってたんだよね?」
そうだね。ちゃんと分かってた。
「……君、昔に引っ張られてきてないかい?」
そうだと言ったら……先生はどうするの?
「何も答えてくれないね、葉月ちゃん」
「……ねぇ、先生」
「……何だい?」
「私はね~……ちゃんと……分かってるよ~?」
「……何をかな?」
分かってるよ……。
ちゃんと、
まだ、
「自分がおかしいこと分かってるよ~……先生……」
先生が苦しそうに表情を歪めた。
でも、分かってるから。
「だから……まだ大丈夫だよ~……」
「葉月ちゃん……」
「だから、昔に戻ってないよ~……」
ちゃんと分かるから。
だから大丈夫。
まだ大丈夫。
あの時決めたから、
その時まで大丈夫。
「葉月ちゃん……君は、本当は何を隠しているの?」
……先生、やっぱり分かってたんだね~。
でもね、それは言えないよ~。
「……何も隠してないよ~、せんせ~」
苦く笑うしかできなかった。
先生はそれを見て、悲しそうに眼を閉じた。
ノックが聞こえた。
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