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147話 いない現実 —花音Side

 

 会長は鳳凰の迎えの人が来て家に帰っていった。運転手さんが酷く落ち込んでいたけどね、自分がもっと早く迎えに来ていればって。運転手さんは悪くないと思うけど。


 会長の怪我はすぐに治るらしい。それに、あのお姉さんお手製の薬ももらっていた。湿布での効力は私も知っているから、会長の怪我もすぐ良くなるはず。


 だけど、明日には東海林先輩たちを心配させそう。ううん、きっとすると思う。会長のあの怪我も全部私を守ってくれたせいだ。ちゃんと説明しないと。


 私と一花ちゃんは、一花ちゃんが用意してくれた車で寮に帰ることになった。今日はもう葉月は目が覚めないということだったから。それに舞も心配しているだろうし。


「ああ、一花ちゃん。待ってください」


 車に2人で乗り込もうとした時に、近藤さんが看護師の姿に戻って駆け寄ってきた。どうしたんだろう。手に何か持っているみたい。


「これ、葉月ちゃんの服。どうします? こっちでいつものように処分しますか? それとも鴻城(こうじょう)のお家の方に返します? たまに欲しがりますよね、あの方たち」

「……そうだな」


 うーんと悩み込む一花ちゃん。近藤さんが持っていたのはさっきまで葉月が着ていた服。あ……このパーカー着てたんだ。暗かったから分からなかった。


 初めて葉月と会った時に貸してくれたパーカー。それが今は血塗れで見る影もない。きっとナイフで刺されたから、穴も大きく開いているんだろうな。


 自然とその服に手が伸びてしまった。一花ちゃんと近藤さんがきょとんとした顔を向けてくる。


「花音、どうした?」

「……これ私がもらっていいかな? 洗って、直せるようなら直すよ」

「直すんですか?」

「これ、葉月が気に入っていたパーカーですから」


 部屋の中ではいつもこれを着ていた。外に出る時も。着やすいらしい。物にあまり執着しない葉月だけど、結局これはいつも着ていたから、口ではそう言ってないけど気に入っているものだと思う。


 「では渡しておきますね」と、近藤さんが服を渡してくれた。パーカー以外の服も何とか洗って直せるかもしれない。その服を持って車に乗り込む。服に着いた血はもう乾いていた。


 けれど、刺されたのが現実だと教えてくれる。


「捨ててもいいんだぞ?」

「……出来ないよ」


 隣の一花ちゃんが気を遣ってかそう言ってきたけど、でも捨てるなんて出来ないよ。血で汚れてしまったけど、このパーカーが葉月との最初の思い出だから。今日の出来事も、記憶に残ってしまったけど。



 寮に着くころには深夜を回ってしまっていた。舞、起きてるのかな。


 車から降りて、運転してくれた人にお礼を言う。何故か驚かれてしまった。

 入口に向かおうとしたところで、一花ちゃんがその人に呼び止められていた。


「一花様、あの者たちの処遇はいかように?」

「ああ、そうだったな。きっと兄もあの人たちも、事情を聴きたがるだろう。ひとまず、いつもの場所に放り込んでおいてくれ。明日にでも兄に最初に行かせる」

「かしこまりました」


 あの者たち……? 誰の事だろう?

 首を傾げて2人を見てしまっていたら、一花ちゃんがそれに気づいたのか、その運転手さんに何かを言ってから近寄ってきた。


「花音たちに絡んだ連中だ。気にするな」

「え、う、うん……」


 そういえば、あの男の人たち、どこに連れていかれたんだろう? それにどうして一花ちゃんが大人たちに指示を出しているのかな? 葉月も秘密をいっぱい持っているけど、一花ちゃんも実は謎だよね。


 深夜の寮は静まり返っていた。そういえば、こんな時間に寮の中を歩くのは初めてかも。


「寮長には明日にでもあたしから事情を言っておくから、心配するな」


 何から何まで本当に一花ちゃんにはお世話になりっぱなしだなぁ。そんなところまで気を回さなくても大丈夫だよ。


「大丈夫。東海林先輩には私の方から話すよ。会長も話すと思うし。それにしても、舞は起きてるかな?」

「さあな。いつもは起きている時間だが」


 そうなんだ。舞って夜更かしするんだね。そこまでは知らなかったな。


 一花ちゃんにドアの前でお休みと言おうとした時だった。



「花音……本当に大丈夫か?」



 ドアを開けようとした私の方を振り向いて、心配そうな表情をしている。


「……大丈夫だよ。今日は本当にありがとう、一花ちゃん」


 一花ちゃんがいなかったら、来なかったら、きっと葉月は手遅れだった。一花ちゃんが来てくれたから、葉月は助かった。あのまま為すすべもなく、私は葉月を止められなくて。止血もきっと間に合わなかった。


 だから、ありがとう。


 微笑んで一花ちゃんにお礼を言う。


 ちゃんと伝わったかな?

 本当に感謝してるよ。

 葉月を助けてくれてありがとう。

 私じゃ何も出来なかった。

 ただ震えることしか出来なかった。


 一花ちゃんが複雑そうな表情で見てくる。だけどもう夜も遅い。明日も葉月のところに行く予定だから、今日はもう寝た方がいいと思う。私も学校が終わったら、すぐに行くつもりだし。目が覚めた葉月に会いたいから。


 「お休み」と言って、部屋の中に入る。

 部屋は暗くて、静まり返っていた。当たり前か。葉月がいないもの。


 奥のドアを開けて、電気をつけた。テーブルの上には葉月が飲んでいたであろうコップにジュースが半分入っている。それとは別に、もう一つコップがあった。きっと舞が飲んでいたものだね。


 仕方ないなぁと思いながら苦笑して、それを片付けようとした時、




 ポタリと、雫がテーブルに落ちた。




 どんどん、ポタリポタリと雫がテーブルに落ちていく。


 さっきまであんなに泣いたから、もう出ないと思っていたのに。

 

 葉月の眠っていた顔を見て安心したのに。



 だけど、涙がまた溢れてくる。



 だって、



 だって葉月がここにいない。



 いつも葉月はいたのに。


 帰ってきた時にここにいたのに。



 シンと静まり返る部屋にいることで実感する。

 葉月がここにいない現実を実感する。

 葉月が刺されて、血塗れになったことが思い出される。


 どうしてこんなことになったんだろう。

 今日もいつもと同じ日のはずだったのに、


 挨拶を終えて、ここに帰ってきて、



 いつものように葉月が「おかえり」って笑顔で言ってくれるはずだったのに。



「ふっ…………ぅ……」



 ポタポタと涙が流れてくる。嗚咽が混じる。


 ふと、手に持っていた葉月の血塗れのパーカーが、涙で霞む視界に入ってきた。

 ギュッと思わずその服を握りしめてしまう。


 どうすればよかったの?

 あの時、どうすればよかったの?


 やっぱり後悔が渦巻いていく。



「花音っ! 聞いたよ、一体どうして葉月っちがっ――って、どうしたのさ!?」



 ガチャッと勢いよくドアが開いたと同時に、舞が部屋に入ってきた。……鍵、閉め忘れてた。


 泣いている私を見て、舞は酷く慌てたように私の隣に膝をついて、顔を覗き込んでくる。


 だけど、ごめんね、舞。止まらない。止まらないの。涙が止まらない。


「かかか花音っ!? ちょっ、大丈夫!? 何々、もしかして花音もどこか怪我してって――な、何、これ? 血?」


 私が持っている葉月の血塗れの服を見て、舞は更に慌てているようだった。だけど私は答えられなくて、ギュッとその服を握りしめる。


「落ち着け、舞。花音はどこも怪我してない」

「だ、だだ、だけど一花……」


 一花ちゃんも来たみたい。ごめんね、さっきも慰めてくれたのに。


 だけど1人になって、

 また不安になって、


 寂しくなった。


 一花ちゃんはまた優しくポンポンと頭を撫でてくれる。隣の舞も背中をゆっくりと撫でてくれた。


「何回でも言ってやる。葉月は大丈夫だ。すぐに目を覚ます」

「っ……わかっ……てる……分かってるの……でも……」

「怖かったよな。そうだよな、あんな姿見たんじゃな……だけどな、花音。またいつもの日常に戻る。すぐにその日常は戻ってくる」

「そ、そうだよ! 葉月っちのことだから『花音~ご飯~』とか言ってくるよ、きっと! すぐ目を覚まして、あたしの分のおかずとか横取りしてくるさ!」


 一花ちゃんも舞も必死に私を慰めてくれる。

 その優しさにまた胸がギュッと痛くなった。


 そうだね。

 葉月が目を覚ましたら、きっとそうなる。

 またいつもの日常に戻ってこれる。


 結局、そのまましばらく涙は止まらなかった。


 だけど2人はずっとそばにいてくれて、その日は舞が一緒に寝てくれた。



 明日、葉月が目を覚ましていますように。


 明日、葉月の笑顔が見れますように。



 そう願って眠りについた。


お読み下さり、ありがとうございます。

これで6章終わります。次話から7章に入ります。

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