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146話 一安心 —花音Side

前話4話分のあらすじ。

花音を助けにきた葉月が、不良たちを煽り刺されました。そこに一花が葉月を止めにやってきて、病院に花音と一緒に向かったところです。

 


「ここは……?」

「あいつ専用の病室だな。向こうにシャワーがあるから、ひと浴びしてくるといい」


 葉月専用の病室……? どうしてそんな病室があるんだろう?

 そして、とても大きくて立派な部屋なんだけど、ここ本当に病室なの?


 泣きじゃくった私が病院に着いて、連れてこられたのはどう見ても特別室。というか、テレビドラマで出てくるようなVIPの部屋。ベッドも大きいし、それとは別にソファもあるし、テーブルもあった。


 葉月専用の病室という気になる単語が出てきたけど、一花ちゃんは無理やり私をそのシャワールームに押し込んだ。


「さっさと浴びてしまえ。脱いだ制服は預かるからな。明日からは……そうだな、葉月の制服でも借りろ。あいつとサイズは変わらないだろう?」

「え、いや、一花ちゃん……それは……」

「あいつも当分はここに入院だ。学園にも行けないからな。使えるものは使ってしまえ。もちろん、花音の制服のクリーニングが済んだらすぐに返す」


 強引だ。いつにもまして一花ちゃんが私に強引だ。


 確かに、制服は一応あと一着しか予備のがないから仕方ない。それにさっきまでずっと慰めてくれていたから、私も何も言えない。


 でも葉月が今は手術中なのに、ここでこんなことしてていいのかな……。できれば、手術室の前で待っていたいんだけど。


 そんな私の考えはお見通しなのか、一花ちゃんが私の服を脱がせようとしてきた。慌てて体を隠すと、逆に「無理やりやってやろうか?」と凄まれてしまう。


 別の意味で怖い。たとえ一花ちゃんが私より体も背も小さいとはいえ、普段の葉月の悪戯を、荒っぽい方法で止めているのを見ているもの。敵う気がしない。


 仕方ないから服を脱いでシャワールームに入ると、これまた立派なシャワールーム。え、これバスルームの間違いじゃないのかな?


 ふうと息をついて、シャワーを出してお湯を頭から被る。自然と足元に視線を向けたら、赤い水が流れていった。


 葉月の血。

 髪にもついてたんだ。

 だから一花ちゃん、あんなに頑なにシャワー浴びろって言ってたのかな……。


 予定ではもうすぐ手術も終わるらしい。早い。

 そんな簡単な手術なのかな。あんなに血が流れていたのに。でも一花ちゃんのお姉さんだしな。優秀だって言ってたし。


 大丈夫、だよね? 早く顔を見て安心したい。


 会長は会長で今治療を受けているらしい。一応レントゲンも撮ってくれるとか。大怪我じゃなければいいな。


 色々渦巻いていた心の中が、少しお湯の温かさでほぐれた気もする。だからといって、葉月の顔を見るまでは安心出来ないけど。


 シャワーから出ると、脱衣所には一花ちゃんが用意してくれた服があった。そして言っていた通りに、着ていた制服は無くなっている。ありがたいんだけど、何から何までしてくれて申し訳ないよ。




「大丈夫だ、心配ない。手術ももうすぐ終わる。それが終わってから帰るから、お前は先に寝ていろ」


 シャワールームから出ると、ソファで一花ちゃんが誰かに電話していた。“帰る”って言っていたから、舞かな?


 電話を切って、私に気づいた一花ちゃんが近寄ってきてくれた。


「サイズは大丈夫みたいだな」

「うん……ありがとう。えっと、この服って……?」

「ああ、葉月のだ。一応、季節ごとにメイド長がここに用意しているからな」


 メイド長さんが季節ごとに? そんなに葉月はこの病室に来ているの?


 でも、高等部では、今までここのお世話になっていることなかったはずだけど。


「中等部まではしょっちゅうここを使っていたんだ。川から落ちたり、爆発に巻き込まれたり……いや、あれはあいつが自分で爆発させたんだったな」


 当時を振り返ってるのか一花ちゃんは思案顔になっているけど、ちょっと聞き捨てならないよ!? 


 爆発って、もしかして月見里(やまなし)先輩と東海林先輩が言っていた中等部の生徒会室爆破のこと!? それにもしかして巻き込まれてたの!? そこまで危ないことだったの!?


「花音と同室になってからは、そこまでのことはやっていないからな。感謝していると言っているだろう?」

「え……で、でも私は何も……」

「無茶をしなくなった。そういうバカなことをやって、花音に心配させたくないんだろうさ。そこら辺はあいつも分かっているんだろう」


 そう、なのかな。でもそれって、私じゃなければそういう無茶をするってことじゃないのかな。



「それと、余程玉ねぎが嫌いなんだな、あいつ。中等部まで四六時中一緒にいたが、全く気づかなかった」



 ――そっち!?

 確かに葉月が悪戯したら、反省してほしくて出しているけど!


「花音は問答無用であいつに玉ねぎを食べさせるからな。いや、本当に感謝している」


 しみじみとそんなに言われても。これは……どういたしましてと言う事なの?


 うんうんと頷いている一花ちゃんにどう反応しようか考えてて、ふとそこで気づいた。一花ちゃんも服が血塗れだ。


 葉月を止めたあの時、葉月は暴れて刺された腕を振り回していた。その時の血が私の制服、そして一花ちゃんの服にもいっぱいついたんだろう。葉月のことで気が気じゃなくて、気づくのが遅れてしまった。


「一花ちゃん。一花ちゃんもシャワー浴びてきたら? 服も……替えた方がいいよ。舞が驚くよ」

「ん? ああ、そうだな……忘れていた」


 ツカツカと歩き出して、何故かクローゼットみたいな場所から一花ちゃんは服を取り出す。あ、あれ? ここ葉月の病室なんだよね? 一花ちゃんの服もあるの?


 と思っていたら、何故かその服を床に叩きつけていた。何で!?


「あ――んのバカ姉めがっ!! こんなん着れるか!!」

「えっと、一花ちゃん?」


 声を掛けると、ハッとしたように私に振り向く一花ちゃん。コホンとわざとらしく咳払いをしている。


「あーいや、その、すまん。ちょっとここで待っててもらえるか。着替えてくる」

「え? あ、うん。わかった」


 床にたたきつけた服をクローゼットに放り込む一花ちゃん。


 ……み、見えちゃった。その服に“Love Love Ichika”の文字が入っているのを。見なかったことにしよう、そうしよう。


 気まずそうに一花ちゃんが病室から出ていった。だ、大丈夫だよ。誰にも言わないから。お姉さんが一花ちゃんにあの服をあげていたことは、誰にも言わないから。


 ハアと、1人になってソファに腰を下ろした。


 葉月、本当に大丈夫かな。

 会長も怪我の具合どうだったんだろう。


 目を閉じると、血塗れの葉月を思い出す。


 どうしようもなく不安になる。

 ギュッとたまらず、膝の上に置いた両手を握りしめてしまう。


 すぐあの葉月の笑顔が見れる。

 きっと見れる。

 このまま見れなくなる、なんてことない。

 大丈夫って一花ちゃんが言ってた。

 一花ちゃんのお姉さんは優秀なお医者さんだから、だから大丈夫。


 どうしようもない恐怖に負けないように、必死で心の中で大丈夫と唱え続けた。そうしないと不安に押し潰されそうで。


 一花ちゃんが来るまで、必死に大丈夫と言い聞かせていた。


 

 □ □ □



 ポンといきなり肩に手を置かれて、また体が跳ねる。振り向くと、着替えた一花ちゃんが心配そうに私を見下ろしていた。いつのまに戻ってきてたんだろう?


「一花ちゃん、いつ……?」

「10分前ぐらいから戻ってたぞ。全然気づいてなかったな。寝たのかと思って黙ってたが、違ったか」

「ご、ごめん……」

「そろそろ手術も終わるはずだ。まあ、麻酔で寝ているだろうが顔ぐらいは見れるだろ、どうする?」

「……もちろん、行くよ」


 一目でも葉月の顔が見たい。


 頷く私をやっぱり心配そうに一花ちゃんは見てきたけど、それ以上は何も言わずに、私を手術室のところまで案内してくれた。




「会長……?」


 手術室の前の長椅子に腰掛けていたのは会長だった。包帯で頭や腕を巻かれ、それに腕まで三角巾で吊るしていた。やっぱり酷い怪我だったんだ。


「帰ってなかったのか?」

「……手術しているやつがいるのに、帰れると思うのか?」


 驚いている様子の一花ちゃんに、不機嫌そうに返している。


「会長、怪我は……」

「大丈夫だ。骨まで折れていないらしい。数日は腫れるらしいがな」


 心配で怪我の様子を聞くと、会長は平気そうに、吊るしていた腕を上げたり下げたりしていた。あんなに殴られたりしていたから、余裕そうにしている姿を見ると、少し安心する。そのまま手術室の方に視線を向けていた。


「あいつの方が酷いんじゃないのか?」


 会長も葉月のことが気にかかるみたい。


「まあ、酷いと言えば、あなたよりは酷いわねぇ」


 ちょうど手術室から、一花ちゃんの手術着姿のお姉さんが出てきて、さっきの会長の言葉が聞こえてきたのか、そんな返答が返ってきた。びっくりした。いきなり出てきて、そんなことを言いだすんだもの。


 でも、酷い……?


 その言葉がますます不安になってくる。隣の一花ちゃんは肩を竦めて、呆れたようにお姉さんを見ていたけど。


「あんまり不安にさせることを言うな」

「一花ちゃ~ん! 褒めて褒めて~!! もうぜ~んぶ綺麗に繋げちゃったんだから~!!」

「ハア……分かった分かった。よくやった。それで、大丈夫なんだな?」

「当ったり前じゃない! 誰がやったと思ってるのよ~?」

「だそうだ、会長。心配するな。花音もな」


 その事実に少しだけ安心した。本当によかった。


「そうか……」


 心なしか会長も安堵しているように見えた。そうですよね、あんな血の量を見たら、会長も不安になりますよね。葉月のことを問題児に見てるけど、内心心配しているのを知っているもの。


「一花ちゃ~ん! 褒めてってば~!!」

「ええ~い! 鬱陶しいわ!!」


 一花ちゃんに突撃してくるお姉さんと、手術を終えた葉月が手術室から出てきたのは同時だった。ごめん、一花ちゃん。助けられない。


 ストレッチャーに乗せられた葉月は、一花ちゃんが言っていたように麻酔で眠っているみたい。近寄ったら、近くにいた看護師さんが止めてくれた。


「大丈夫ですよ、葉月ちゃんは」

「え?」


 よく見たら、私が怪我した時に一花ちゃんのお姉さんと一緒にいた看護師さんだ。確か、近藤さん?


「全く、毎回お騒がせしすぎなんですよ、この子は」


 寝ている葉月を優しい目で見つめている。

 私もつられて葉月を見た。血の気が引いた青褪めた顔じゃなくなっている。


 よかった。

 よかったよ。


 そっと葉月の手を掴んでみたら、ちゃんと温もりを感じられた。


 また涙が目に溜まっていくのが分かる。

 これは安心の涙だ。


 まだ眠っているけど、

 まだあの笑顔を見られたわけじゃないけど、

 ひとまずは安心できた。


「大丈夫ですよ、ちゃんと目も覚ましますからね」

「……はい」


 涙を流した姿を見かねたからか、近藤さんが私に声を掛けてくれる。その言葉が優しく沁み込んできた。


 肩に今度は誰かの手が乗せられた。一花ちゃんの小さい手じゃない。その人物を見上げると、会長が心配そうに目元を歪ませながら見下ろしてきた。


 病院に来る前から、今日はずっと泣いているのを見られているから、心配かけてしまったかもしれない。


「……ごめんなさい。もう平気です」

「……そうか」


 涙を拭って、また葉月に視線を戻す。


 葉月。

 早く目を覚ましてね。

 大好きなオムライス作ってあげるから。

 甘くしてあげるから。


 寝ている葉月を、近藤さんと他の看護師さんが病室に連れて行った。きっとさっき一花ちゃんが言っていた葉月専用の病室だろう。


 見送っていたら、後ろで一花ちゃんに抱きついていたお姉さんが、ボソッと呟いているのが聞こえてきた。


「全く……本当、あの子はバカね」

「本人が、一番分かってるだろうさ。でも、止められなかったんだろ。大分溜まってるみたいだったからな……やっぱり先に縛っておけばよかった」

「もー、一花ちゃんのせいじゃないんだからねー!! あーでも、そんな責任感強いところも好き!!」



 ……どういう意味だろう?



 思わず一花ちゃんとお姉さんの方を見たら、「というかいつまで抱きついてるんだ、離れろ、バカ姉が!!」と、一花ちゃんがお姉さんを蹴り飛ばすところだった。


 会長が何とも言えない顔で2人を見ていたけど、私もどうしたらいいのか分からないよ、一花ちゃん。

お読み下さり、ありがとうございます。

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