140話 聞いてないよ?
途中、注意書きの話数ありますので、前書きに入れさせていただきます。
冷えていく。
頭がどんどん冷えていく。
『文化祭前の乱闘事件』?
会長が怪我をする?
もし、
もし、花音がそれに巻き込まれたら?
花音も怪我をする?
電話が鳴った。表示を見るといっちゃんだった。
周りには黒服の男たちが数人倒れている。
通話状態にした。
『お前、今どこにいる!?』
いっちゃんの切羽詰まった声が聞こえる。
『場所を言え! そこを動くな!』
いっちゃんの焦っている声が聞こえる。
ねえ、いっちゃん。
『葉月っ! 答えろ!』
いっちゃん、ねえ……。
「………………聞いてないよ、いっちゃん?」
電話の向こうで、息を呑んだ音がした。
「……どういうこと、いっちゃん?」
『……違う。大丈夫だ。これはそういうのじゃ――』
「…………何でこういうイベントだって黙ってたの、いっちゃん?」
『落ち着け、葉月……とにかく今すぐそこに行く。場所を――』
「ねえ、いっちゃん……」
周りの倒れている人間が呻いている。
「ここは……現実なんだよね…………?」
いっちゃん、ここは現実なんだよね?
私ここにいるもんね?
いっちゃんもいるもんね?
『葉月っ、落ち着け……』
「いっちゃん……もし会長が怪我したら……」
『葉月っ! 聞くんだ!』
「誰が花音を守るの?」
花音を守る人いなくなっちゃうよ?
だって、ここ現実だよ?
会長怪我しちゃったら、どうするの?
その後、その絡んできた人たちどうするの?
ご都合主義が起こるの?
でも、ここ現実だよ?
『はづっ――』
通話を切った。地面に投げ捨てる。
「お嬢様!」
「葉月お嬢様、どうか落ち着いてください!」
ああ……また面倒なのがきた。
目の前には自分についてる監視の数人。周りに倒れている人間も私の監視の人間。鬱陶しい。
頭が冷える。
どんどん冷える。
「邪魔、しないで~?」
邪魔しないで? 会長と花音のとこ行かなきゃいけないからさ~。
顔が青褪めている監視の人が、グッと歯を食いしばって、私を取り押さえようと向かってきた。回し蹴りで1人の顔を蹴り上げて、もう1人の鳩尾に思いっきり手刀を入れた。他の人も同じように倒していく。
全員が倒れ込むのを見て、歩き出した。
花音たちはどこにいる?
失敗した。さっき聞いておくんだった。でもさっきの携帯は使えない。いっちゃんが止めに来る。
思い出せ。
思い出せ、思い出せ。
花音と電話した時、後ろから音が聞こえた。
電車のアナウンスだった。
何て言ってた?
思い出せ。
そこに花音たちはいるはずだから。
目を閉じる。花音との会話を思い出す。
目を開けて、その駅に向かった。
駅について、辺りを見渡す。
多分……花音が電話をかけてきたのはここのはず。
花音の後ろで聞こえたのは、駅のアナウンスの音だけじゃない。あのお店の歌も聞こえてきてた。だから、ここのはず。
でも、ここから先は分からない。
会長が食事するとしたら、普通のレストランではないはず。
目を閉じる。記憶を探る。
子供の時に叔母さんに連れられてきたことがある。
記憶を探る。
ここら一帯の高級レストランの場所を探る。
もし、会長だったら、鳳凰の系列のところに行くはず。
探る。探る。
子供の時の記憶と、今と、鳳凰の系列の名前を照らし合わせる。
目を開ける。
とりあえず、そこに向かおう。
お店にはもういない。さっき出ていったと言われてしまった。まだ近くにいるかもしれない。会長は帰りに車を呼んでるはず。
だったら、それを待ってる間に絡まれた?
周辺を歩く。雑踏に飲み込まれる。
お酒を飲みに来た大人たち、大学生。いろんな人間がすれ違った。
会長だったらどこに車を呼ぶ?
降りた場所?
お店からまた戻った?
でも、私が通った時はいなかった。
声が聞こえる。
「なあ、さっき奥に連れてかれたの星ノ天の制服じゃね?」
「なんかやばい雰囲気じゃなかった?」
「警察呼んだほうがいいかな?」
男女数人の話が聞こえた。
思わず口角が上がった。
「ねえ、お兄さんたち~。それどこ~?」
聞いた場所は自分がいた道路より1本奥の道だった。
お兄さんたちが見たという場所をどんどん進んでいく。奥に行くほど薄暗くなっていった。どうやら路地裏に連れ込まれたらしい。消えかかっている灯が所々の壁に付いている。
――うん? 音?
奥に行くほどに、何かの音が聞こえてきた。
ああ……どうやらイベントは起きたらしい。
「会長!」
花音の声が聞こえてきた。
あは…………。
み~つけた。
「やめてください! なんでこんなことっ!」
「おっほ~気が強いね~」
壁を曲がった向こう側から、花音と知らない誰かの声が聞こえてきた。ゆっくり歩を進める。
曲がった先に、4人ぐらいの男たちが会長と花音を取り囲んでいた。男たちの向こうに、呻いて倒れてる会長を抱き抱えている花音が見える。袋小路だ。逃げ場がない。
でも、
「みーつけた」
私が声を出すと、男たちが振り向いた。奥の花音と会長が目を見開いている。
みつけたよ。2人とも。
「は、葉月!?」
「たかな……し……!?」
男たちがニヤニヤしながら、こっちを見てきた。ザワザワと胸の奥が燻る。
でも駄目。
まだ我慢。
意識。意識。
自分に言い聞かせながら、ゆっくり足を動かした。
「なんだ~? もしかして、坊ちゃんたちのお友達か~?」
「意外と可愛いんじゃね?」
何か言ってきたけど、その男たちを無視して横切り、花音たちのところまで歩み寄った。近くに行って膝をつく。花音と会長が呆けている感じで私を見てきた。
「小鳥遊……お前……何で……?」
驚きでいっぱいの会長に手を伸ばす。顎を上げて、じっくり見てみる。
イケメンの顔が酷いことになってるよ。鼻からも口の端からも血が出てるし、頬とか目の辺りも若干腫れあがっていた。結構殴られたかな。「何すっ――!?」って言ってる会長の顔を動かしながら、口の中まで開けさせて、どんな状態か見てみる。歯が折れているとかはなさそうだ。僅かに口を切っただけみたい。
「おいおい」「なんだ~?」って後ろから聞こえてくるけど気にしない。
会長は腕も抑えていた。少しお腹の部分の方も触ってみたら顔を歪ませた。
なるほど……これは、蹴ったり殴られたり、散々やられた感じだ。でも致命傷はないみたい。よかった。会長も攻略対象者だからだろうか。レクリエーションで花音に起こったみたいなご都合主義が起こったみたいだ。普通、こんなに殴られたら、骨の一本でも折れると思うけど。
「……葉月」
震える声の花音を見たら、今にも泣きそうだ。
大丈夫。
大丈夫だよ、花音。
もう大丈夫。
だから、
そんな顔しなくていいよ。
僅かに微笑んで、花音の頬にそっと指を添わせて撫でてから、手を離してあげた。花音の目に涙が溜まっていく。
「おいおいお~い」
「俺たちを無視しないでくれる~?」
「ねえ、君も星ノ天なのかな~?」
…………やっぱり待てないよね。
私はゆっくり立ち上がった。
花音が心配そうな顔で見上げてくるから、ニコニコ笑ってあげる。
でもね。
もうね。
頭が冷える。
どんどん冷える。
けどもう、心臓はこれ以上なく熱くなっていて。
止まらない。止めない。
私の“欲”が騒ぎ出す。
「ねえ~……お兄さんたち~?」
振り向いて、男共に笑いかけた。
もう抑えない。
「私と一緒にあ~そ~ぼ~?」
“欲”に身を委ね、思考も一気に染め上がる。
頭から、花音のことだけ消していた。
お読み下さり、ありがとうございます。




