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136話 レイラちゃんとのひと時 —花音Side

 


「ハア……」


 思わずため息が零れてしまう。今は書類を先生に届けるところ。


 文化祭の準備も本格的になってきて、この書類は文化祭の時に招待する予定の保護者の人たちのリスト。この人たちに事前に挨拶にいくことになっている。遠方の方たちは電話で済ませる予定だけど。


 結局あのデート以降、葉月の様子は全くもって変わっていない。


 それどころかハグも段々慣れてきたのか、前みたいに戸惑う様子もなくなっている気がする。いや、私はハグできるのは嬉しいからいいんだけど。葉月の寝顔も見れるし。


 ただあの無防備に寝られると……ため息しか出てこなくなる。それに最近、一花ちゃんへのヤキモチも増大している気もするし。


 この前は大変だった。いきなり葉月が一花ちゃんが変だって騒いだからびっくりしたけど。


 でも、その時の2人のやり取りが、やっぱり2人にしか分からないことを話していて……少し、いやかなりモヤっとしてしまったよ。


 いつもの葉月へのお説教だったのにな……けど、一花ちゃんを心配している葉月の姿がとても羨ましくて……だから自然と溜め息も出ちゃうよ。


「そんなに溜め息ついていると幸せが逃げますわよ?」

「え……? ってわっ!?」

「わって……何をそんなに驚いていますのよ」


 い、いやだって、すぐ近くにレイラちゃんがいるからだよ!? あ、あれ……珍しい、すごく呆れている。それにしてもいつのまに。そしてどうして私の腕を取っているんだろう?


 ついその掴んでいる手とレイラちゃんの顔を見比べてしまったら、逆にレイラちゃんが溜め息をついていた。


「壁とぶつかる趣味があったなんて知りませんでしたわ」

「え?」


 指を差された方に視線を向けたら、レイラちゃんの言う通り目の前は壁だった。あ、本当だ。目の前に壁がある。ってそうじゃない……ぶ、ぶつかるところだった。


「ありがとう。全然気づかなかったよ」

「珍しいですわね。よそ見をして歩いているなんて」

「あはは、つい考え事しちゃって。レイラちゃんは職員室に用事があるの?」

「わたくしはお父様に用事があったんですのよ。そうしたらあなたが前を歩いていて、びっくりしましたわ。壁があるのに、真っすぐそこに歩いていくんですもの」


 それは、そうですね。いきなり壁に向かって突き進んでいたら驚くよね。いや、私も驚いているんだけどね、気づかなかったことに。


 思わず苦笑してレイラちゃんに返してしまうと、レイラちゃんは肩を竦めていた。


「それで、何か悩み事ですの? 花音が壁に気づかないくらいに考え込んでいる姿なんて、珍しいですわよ」

「え、そ、そんなに考え込んでいるように見えたの?」

「それはもう。頭を捻っているようにしか見えませんでしたわ」


 そんなに分かりやすかったのかな?「職員室までは一緒に行きますわ」と言って、レイラちゃんは隣に並んでくる。学園長室、隣だもんね。


 でも新鮮かも。レイラちゃんと2人って初めてだし。いつも舞が一緒だったしね。それに葉月や一花ちゃんも(葉月はレイラちゃんをからかっているだけだけど)。


 今ではすっかり普通になっちゃったな。最初は私の事を名前で呼ばないで、庶民って言ってたのに。


「どうしましたの?」

「ううん。ただ、レイラちゃんとこんなに仲良くなれてよかったなって思って」


 ふふって笑って返したら、レイラちゃんは照れたのか顔を真っ赤にさせている。可愛い。


「べべべ別に、仲良くなったわけではありませんわよ!? ただ、あなたのご飯は認めなくないわけで……」

「レイラちゃんが私の作るものを認めてくれただけで嬉しいよ、ありがとう。そうだ。舞と一花ちゃんも今夜ご飯食べに来るんだけど、レイラちゃんもどうかな?」

「し、仕方ありませんわね。そこまで言うなら、行ってあげないこともありませんわよ!」


 耳まで真っ赤にさせながら、つんとそっぽを向いているレイラちゃん。本当、レイラちゃんは反応が可愛いよね。


 クスクス隣で笑ってたら、何故かレイラちゃんがコホンと咳払いをした。


「……大丈夫そうですわね」

「え?」

「いえ……てっきり葉月のことで、何か悩ましいことがあったのではないかと思っただけですわ」


 葉月の名前が出てきてドキッと心臓が跳ねてしまう。そそそそんなに分かりやすかった!? そんなに葉月のこと考えてる表情だった!? 考えてたけど! 舞にも前に指摘されたけど!


「一花もいるから、葉月も大丈夫だとは思いますけどね」


 ……あれ、これ違う。私の気持ちに気づいたわけじゃない。


 隣のレイラちゃんの少し悲しく笑っている表情を見てそう思った。これはきっと、葉月の過去のことに繋がること。


「レイラちゃんは……」

「はい?」

「レイラちゃんは、どうして葉月たちと離れていたの?」


 つい、ずっと疑問に思っていたことを口に出してしまうと、レイラちゃんは一瞬目を丸くしてこっちを見てくる。口に出してしまって、自分でもハッとしたのがわかった。


 私……あんなに葉月の過去のことは聞かないようにするって決めてたのに。


「ご、ごめん。言わ――」

「……ただ逃げただけですわよ、わたくしは」

「え?」


 言わなくていいよって言おうとしたところで、レイラちゃんが苦笑しながら小さい声でそう返してくる。


 逃げた……? 葉月から?


「怖くて、逃げ出して、逆恨みして……そうすることでわたくしは自分の身を守ったんですわ」

「守った……?」

「一花みたいな強さは……わたくしには無かったということです」


 とても悲しそうに、レイラちゃんがポツリポツリと呟いてくる。一花ちゃんみたいな強さ……?


「一花が羨ましかったですわ」


 意外。レイラちゃんが一花ちゃんを羨ましいと思っていたなんて。レイラちゃんの思わぬ発言に私の方が驚いてしまう。一花ちゃんと話していても、そんな素振りなかったから。


「ストッパーになることも、何の迷いもなく決めていた一花が……羨ましかった。わたくしだって葉月と一花の幼馴染なのに、だけど、何も出来なかった。逃げることしか出来ませんでしたわ」


 それは後悔しているということなのかな。


 語るレイラちゃんはとても寂しそうに見える。きっとレイラちゃんと葉月たちとの間で何かあった時のことを思い出している。一体何があったというの?


 気になる気持ちがまた胸の中で燻っていく。そんな私の気持ちに気づいたのか、レイラちゃんは困ったように笑っていた。


「こんな言い方されたら気になりますわよね、ごめんなさい」

「……ううん。こっちこそ、ごめんね。言いたくないこと……なんだよね?」

「言いたくないというより、言葉にするのがまだ怖いんですのよ。結局わたくしはあの頃から何も変わっていないのかもしれませんわ……」


 ギュッとレイラちゃんは自分の手で自分の腕を握っていた。


 言葉にすると怖い事って……ますます気になってくる。だけどこれ以上は聞けないと思った。だってレイラちゃんの顔が若干青褪めていて、少し震えているようにも見えたから。思い出したっていうこと? 葉月との過去の事は怖い事なの?


「レイラちゃん、大丈夫?」

「何がですの?」

「だって顔が青いよ」


 心配になってそう言ったら、レイラちゃんはハッとするような表情になって、腕を押さえていた手を頬に当てていた。


「無意識でしたわね……」


 え、血の気が引くのって意識して出来ることなの? という心の中の疑問は封じたよ。レイラちゃんは天然さんのところがあるよね。


「こんなんじゃ、いつまでも変えられませんわ。もう後悔したくありませんのに」

「え、後悔?」

「え? あ、い、いえ。忘れてくださいな」


 ハアと溜め息をついていたレイラちゃんに思わず聞き返したら、狼狽え始めちゃった。後悔って何のことだろう?


 そのレイラちゃんはわざとらしくコホンと咳払いしていた。全く誤魔化せてないけど。


「レイラちゃん、何か後悔しているの?」

「ななな何も後悔なんてしておりませんわよ!! ほら花音、職員室に着きましたわよ! では、御機嫌よう!! 放課後に舞と一緒に部屋に伺いますわ!」


 サササッとそれはもう見事な速さで学園長室の方に向かってしまったレイラちゃんに、呆気にとられてしまったよ。切り替えが早すぎる。


 だけど、後悔……か……。

 それはきっとさっきレイラちゃんが言っていた、逃げてしまったっていう事かな。


 葉月との過去は口に出すと怖い事で、レイラちゃんはそれから逃げてしまった。それを後悔しているってことだよね。


 一花ちゃんは葉月に対して過保護。

 レイラちゃんは怖がっている。


 何を心配して、何を怖がっているの?


 知りたい。

 ちゃんと知りたい。


 でも葉月は知らなくて大丈夫って言ってくれた。

 それはきっと知ってほしくないことで。


 葉月とのデートの時の顔が浮かんでくる。あの優し気な瞳が思い出される。


 大丈夫。

 知らなくても大丈夫。


 必死で心の中でそう唱える。だけど、どうしても知りたいという感情が溢れてきた。



 夜、レイラちゃんをいつものようにからかう葉月を見る。レイラちゃんはやっぱり泣きそうになりながら舞に慰められているけど、ふと、その目が気になった。


 葉月を見る表情が、たまに安堵しているように感じられたから。


「花音、どうかしまして?」

「え? あ、ううん、何でもないよ。それよりデザート食べる?」

「それはもちろん、いただきますわ!」

「むー! 何でレイラが先なの~!? 花音~私も~!」

「ふふ、はいはい」


 膨れる葉月を宥めてデザートのプリンを皆に出してあげると、レイラちゃんも葉月も途端にキラキラと目を輝かせている。


 こんなに仲良さそうなのに、最近までは口も聞いていなかったなんて信じられない。


「レイラと葉月っちはこういうとこ単純で同じだよね」

「それはお前もだがな。それよりあたしの分を取ろうとするな」

「だって一花の違う味じゃん! いいでしょ、一口くらい!」

「だったら取る前に一言言え!」


 舞は舞で一花ちゃんにチャレンジしようとしているけど怒られていた。そんな舞を見て、葉月とレイラちゃんも一花ちゃんのプリンを取ろうとしだして、その後は皆まとめて一花ちゃんにお説教されていた。そんな皆の様子に思わず笑ってしまったけど。


 葉月に気持ちを知ってほしいとか、葉月たちの過去に何があったのかとか、そういうことを忘れられる時間だった。


 皆でワイワイやって、本当に楽しかった。


 このまま、ずっとこんな時間が続くと思っていたの。


 葉月が私のことをどう思っているのかとか、

 葉月の笑顔にドキドキさせられたり、

 レイラちゃんをからかう葉月や舞を、一花ちゃんがお説教したり。


 そんな毎日がこれからも続くと思っていたの。



 だから、



 それが壊れる日が来るなんて、この時は思っていなかった。


お読み下さり、ありがとうございます。

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