134話 伝えたくなる —花音Side※
お店を出たら、案の定葉月が寮に帰るかどうか聞いてきた。
うん、これも想定内。だから前に決めてた通りにマグカップを買いに行こうって誘導したら、葉月は今まで忘れていたのか「そういえば」と言っていた。忘れてたんだ?
とりあえず近場のデパートに行くことにして、2人でその場所まで歩いていくことに。
歩いていたら、一組のカップルが向かい側から歩いてくるのが視界に入った。あ……手を繋いでいる。仲良さそうにそのカップルは手を繋いで私たちの横を通り過ぎていく。
彼女の方も、彼氏さんの方も幸せそう。
手、か。
チラッと横の葉月を見ると、気分良さそうに周りをキョロキョロしながら歩いている。
少しでも……意識してくれるかな?
緊張しながら、葉月の手をそっと握ってみる。さすがに気づいた葉月がこっちを見てきた。でもこれだけじゃきっと変わらないよね? だから指も絡めてみると、パチパチと目を瞬かせてくる。
「花音~?」
「葉月が何もしないようにね」
誤魔化すように言い訳を述べてみたけど……でも葉月、これは友達同士でもしないからね?
胸をドキドキさせながら思っていると、
「プニプニしてる」
……それ前にも言ってたよね? また太っているって言いたいのかな?
「今度言ったら玉ねぎね」
「もう言いません」
即座に狼狽えだした。絶対今を乗り切るためだけに言った感じ。
そ、そんなにプニプニしているかな……と少し落ち込んでいると、葉月が握った手をギュっギュッと握り返してくる。そんなにプニプニしているの!? 確認してるの!?
横の葉月を見ると、握った手を持ち上げてまたギュっギュッとしてくる。面白そうに見ているね。そして全っ然意識してないね、これは。
……いっか。嫌がったりしている様子はないし。それに葉月と手を繋ぐの……温もりが伝わってくるから嬉しいし。ハグで意識してくれないのに、これで意識する方がおかしいか。
思わず苦笑してしまったら、それに気づいた葉月が首を傾げながらこっちを見てきた。そのきょとんとした顔が可愛いなって思っちゃった。どうやったら葉月は意識してくれるのかなぁ。
□ □ □
手を繋いだままデパートに向かうと、ペットショップが目に入る。可愛い子犬や子猫がいて2人で立ち止まって見ていたら、後ろからたまたま来ていた皐月さんに声を掛けられた。一花ちゃんが一緒じゃないことに驚いているみたい。
「じゃあ、今日は花音ちゃんとデートなわけだ」
さささ皐月さん!? そんな生暖かい目で見ないでください! 葉月はきっとデートだって思ってないわけで……。
「うん、そ~。可愛い花音とデートなの~」
「葉月……!?」
葉月!? うそ、デートだと思ってくれていたの!?
思わず声をあげて葉月を見ちゃったけど、本人はニコッと笑いながら何て事ないように皐月さんと話している。こっちは、可愛いとか言ってもらったことにも心臓張り裂けそうなのに。
勝手に熱くなった頬を片手で冷ましていると、皐月さんが自分の店を宣伝してきた。皐月さんの経営しているお店……た、高いのかな? と思っていたら、それを察したのか、皐月さんが笑いながら大丈夫だって言ってくれたから行ってみることに。
お店に着くと私たちと同じ世代の子たちや、大学生っぽい人たちも来ているみたいだった。店内を見てみるとお洒落な雰囲気。可愛いアクセサリーやインテリアもあるし、これは人気があるんじゃないかな。値段も、うん。私でも買える。葉月も物珍しそうにキョロキョロ見渡していたよ。
皐月さんはお店の人と話があるみたいで裏方の方に行ってしまったから、私と葉月は目当てのマグカップ置き場の方に行くことに。あれ、でも少し分かり辛いかも。ああ、この辺にある……あれ、少し離れた所にもあるな。とりあえず近くのマグカップを見てみることにした。
「どうしようか、葉月?」
「んん~。飲みやすいの~。いっぱい入るやつがいい~」
「じゃあ、これとか?」
「ちょっと小さいよ~」
確かに割ったマグカップはもう少し大きいかな。サイズが大きいのはあっちなのか。丁度いいサイズのが向こうにあったから行ってみる。あ、このカエルのデザイン可愛い。
「葉月、このカエルさんのやつとかどう?」
「むむ。カエルは食べたい派です」
また言ってる。そんなにおいしいのかな。でもさすがにカエルさんは調理できないなぁ。
「マグカップだからね。このカエルさんと今度から遊んでね」
「むー」
「舞がこの前倒れちゃったでしょ?」
「むむ……仕方ないなぁ」
思い出したのか、また何か企んでいる顔になっちゃったな。これは余計なことを言ってしまったのかも。ごめん、舞。
心の中で舞に謝りつつ、そのマグカップを買うことにして会計を済ませると、丁度良く皐月さんが戻ってきた。
「どう、いいもの見つかったかしら?」
「んふふ~! これ~! カエルさん!」
「ふふっ。よかった、気に入ってくれたものがあって。他に何か気づいた事とかある? 参考に聞いておきたいんだけども」
「そう、ですね……」
気づいたこと、か。そうだな、商品の置いている場所とかかな。マグカップとかサイズごとに違う場所にあったから少し探すのが大変だったかも。と素直に感想を述べたら何故か皐月さんが目を見開いてきた。えっと、あれ? おかしなこと言ったかな?
「花音ちゃん……少し奥で話さない?」
「え?」
「少しだけでいいから、もう少し感想聞きたいな。いいわよね、葉月ちゃん?」
「うん?」
「じゃ、葉月ちゃんはここら辺を少し見て待っててね」
「へ? いや、あの、皐月さん!?」
葉月の返答を聞かずに腕を取られて、何故か私を奥の従業員の人たちの休憩室みたいなところに連れ込んだ皐月さん。
葉月もあっというまの出来事だったからか、ポカンとしながら引っ張られていく私を見ていた。さ、皐月さんがこんな強引な人だったなんて。
それから皐月さんに興味津々という感じで感想を求められてしまったよ。そ、そんなにすごい事言ってるつもりじゃないんだけどな。きっと誰もが思うような感想だったと思うんだけど、それでも皐月さんは熱心に聞いてきて、途中から従業員の人も集まって……なんでこんな大事みたいになってるんだろう?
それからしばらくしてから、「とっても参考になったわ、ありがとう」と満足顔の皐月さんと一緒に従業員さんに見送られて葉月のところに戻ったよ。つ、疲れた。皐月さんはまた従業員の人たちと会議をするらしい。
「花音ちゃん、これからも感想とか時々聞きたいから連絡先教えてくれない?」
「え? は、はい……いいですけど」
そんな満面の笑顔で言われたら断れないよ。ま、まあ、感想言うだけならいいよね。そんなことで皐月さんの役に立てるなら、と連絡先を交換した。
それに……皐月さんも昔の葉月のこと知ってるんだよね? いつか聞いてみたいな。子供の頃の葉月のこととか。邪な考えが思い浮かんだのは言うまでもないけれど。
「花音~喉乾いた~」
「じゃあ、どこかで買ってバス停の近くの公園行こうか。さすがに私も疲れちゃった」
何故か少し頬を膨らませている葉月を見てたら癒されたよ。
そんな膨れた葉月の手をまた握って、外のジュースを売っているお店に連れていく。ふふ、やっぱり甘いモノ頼んでる。でもそれおいしいのかな? 100%のはちみつジュースって、すごくドロドロしてそうだけど。
帰りのバスの時間までまだ余裕があったから、近くの公園のベンチに座ってジュースを飲むことに。私はシンプルにオレンジジュース。一口飲んでホッと一息吐いた。
やっぱり皐月さんとお話をしたのは、さすがに緊張してたみたい。葉月の従兄の婚約者の人だもの。悪い印象与えたくないしね。
隣の葉月を見ると、さっき買ったはちみつジュースを振っている。コップの下にきっとはちみつ溜まっちゃったんだろうな。
けど、今日はどうだったかな? 葉月、楽しめたかな?
「ねえ、葉月。今日楽しかった?」
そう聞くと、一瞬目を丸くしてから、満面の笑顔をくれる。
「うん、楽しかった~。花音は~?」
「……うん。私も楽しかった」
楽しかったよ。葉月のことも少し知れたし、それに皐月さんとも思いがけない交流があったしね。だからよかった。葉月が楽しんでくれたなら。
今回のデートで葉月を意識させることは出来なかったかもしれないけど、でも葉月を楽しませるのは成功だったみたい。その笑顔だけで私は満足だよ。
ふふって笑っていると、どうしてか葉月が唐突に自分のリュックに手を入れてガサゴソし始めた。ん? どうしたの、いきなり?
首を傾げていると、そのバッグから小さい細長い箱を取り出してくる。あれ、ラッピングされて……。
「花音~。これあげる~」
「えっ?」
え、え? 思わずその箱と葉月を交互に見てしまったけど、そうなるよ。なんでそんないい笑顔なの? あ、あげるって?
戸惑っていたら、葉月は私の手を取って、その箱を渡してきた。
「あけて~?」
「え、え?」
「はやく~」
楽しそうに見てくる葉月に促されてラッピングを解いていく。
あれ、私なんでこれを今開けてるんだっけ? えっと、プレゼントってこと? でもなんで……誕生日でもなんでもないのに。
まだ混乱しつつその箱を開けてみると、可愛い桜の形のネックレスが視界に入ってくる。
ネックレス? 可愛いけど、でもどうしていきなりこれを? 突然のプレゼントだから、驚きの方が勝ってしまう。
「葉月……これ……どうしたの……?」
「さっき買った~、お姉ちゃんのとこで~」
「なんで……」
買う理由が、ないよね……?
「花音に絶対似合うと思ったんだもん」
嬉しそうに笑ってくれる葉月。
……だめ……それ、反則。
瞬間、心臓が暴れ出す。
たまらず顔を伏せてしまう。口元に当てていた手で顔を隠した。
だ、だって……。
「花音~?」
突然顔を隠したからか、葉月は聞いてくる。
「嬉しくない~?」
そんなわけない。
「気に入らない~?」
そんなわけないよ。
だって、
葉月が私のことを考えて、それで買ってくれたものだもの。
「あ……りがと……嬉しい……」
嬉しいよ。
こんなに嬉しいの初めてだよ。
これを買う時、私のことを考えてくれたんだね。
私に似合うと思って買ってくれたんだね。
そう思うと、胸の奥がこれでもかというぐらいに、ギューっと締め付けられていく。
そのことが、今、何より嬉しいんだよ。
私のことを考えてくれた時間があることが、本当に嬉しい。
「ありがとう、葉月」
顔を上げて、葉月の顔を見ると少し目を丸くしてた。
嬉しすぎて、少し涙声になっちゃったけど、でも本当に嬉しいんだよ。嬉し涙が出そうになるなんて、こんなの初めて。人って嬉しすぎると泣けてくるんだ。
そっとその箱の中にあるネックレスを見つめる。
好きな人が自分のことを考えてくれるプレゼントって、こんなに嬉しいことだったなんて思いもよらなかった。
あ、あれ……でも本当にいいのかな? だって、誕生日でもなんでもないわけだし、夏祭り前もあの花飾りをくれたけど、でもあの時は普段のお礼って言っていたし。
「でも……本当にもらっていいの……?」
少し不安になって聞いてみると、何故かまた目を大きく見開いている。あ、あれ? どうしたの?
でもすぐに、いつもの笑顔に戻って笑いかけてくれた。
「もちろんだよ~花音。つけてあげる~貸して~?」
「え?」
ヒョイっと私の手の中にある箱からそのネックレスを手に取る葉月。と思ったら、腕が私の首の後ろに回ってきた。
自然と葉月の綺麗な顔が近づいてきて、胸の鼓動もさっきより早くなった。
綺麗。
魅入られる、とはきっとこのこと。
ずっと見ていたい。
近づきたい。
カチャっと留め金が止まる音が聞こえた。
すぐ近くで、葉月が微笑んでくれた。
その笑顔に縛り付けられる。
「すっごい似合ってるよ~花音」
嬉しそうな葉月。
どうしよう。
今、すごく伝えたい。
キュッと無意識に葉月の服を手で掴んでしまう。
少しポカンとしているように見えた。
「……葉月」
好き。
好きだよ。
葉月が好き。
こんなに胸が熱くなるのは、葉月だけ。
こんなに胸を締め付けられるの、葉月だけ。
私が好きなのは、葉月なんだよ。
「葉月……私……」
気づいて、ほしい。
ちゃんと好きだって知ってほしい。
私の事、意識してほしい。
その笑顔を、誰にも向けないでほしい。
ピピッピピッピピッ……。
携帯のアラーム音が鳴ってハッとする。と同時に、パッと反射的に葉月の服を掴んでいた手を離してしまった。
あ、あれ……私、今……。
カアアアと頬が熱くなっていくのを感じる。
葉月は葉月でアラームが鳴った携帯が入っているリュックと私を交互に見てきた。と、戸惑っている。たまらず自分の顔を手で隠してしまう。
わ、私……言うところだった。
今、告白しそうになった。
しかも束縛付き。絶対、葉月には重すぎる発言しそうになった。
「えっと、あの……花音? 大丈夫?」
「………………大丈夫です」
自分でもよく分からず敬語で返事してしまうと、さらに葉月が困惑している空気が伝わってきたような気もする。でもすぐ携帯を弄る音が聞こえてきた。あれ、何も今のことに関して感じてない?
横を盗み見ると、平然としたように見える葉月が、多分一花ちゃんに返事を送っているのが視界に入ってきた。
……こっちは、すごくドキドキしているのに。
しかもその後も何も感じてないかのように、「花音~。もうバス来るよ~。いこ~?」と促された。
葉月、さっきの何にも疑問にも思ってないのかな?
でも何を言おうとしたとか……しかも私がそのあと顔真っ赤にしたこととか、それすらも何で聞いてこないのかな? 全く、私のことは眼中にないってことかな?
そんな葉月に少しモヤっとしてしまったから、その夜は葉月の嫌いな生の玉ねぎのサラダを出してあげた。涙目で見上げてきた。可愛い。
「かかか花音? 何で!?」
「八つ当たりだよ。ごめんね、葉月」
にっこり笑って返してから、葉月の柔らかい頬を少し引っ張ってあげた。
全っ然気にもしてなさそうなんだもの。
少しは気にしてほしいな。
どうして赤くなったのか考えてほしいんだけどな。
まあ、私が勝手に思っているだけだから、葉月は何も悪くないんだけどね。
葉月がそういうことに鈍そうなのはもう知っているよ。
興味ないものだし、鈍くもなるよね。
でも葉月、ちょっとは気にしようね?
お読み下さり、ありがとうございます。




