128話 甘える
会長がすでに花音に恋してる。
つまりこれってどういうこと?
2人はもう両想い?
「ねえ、いっちゃん」
「なんだ?」
「ゲームでは卒業式が最後なの?」
「そうだ。そこで主人公が告白して、好感度がマックスだったら攻略対象者が受け入れる。それでハッピーエンドだ」
「ハッピーじゃないのもあるの?」
「そうだな……でもバッドとも言えない。ただ主人公が振られて、それを主人公が納得して別々の道をいく、みたいな感じだな。まあ告白しない選択もあるが、それは友情エンドだな」
ふ~ん。ハッピーじゃないのもあるんだね。
「今の時点で両想いだったら?」
いっちゃんが肩を竦める。
「あたしが知ってるのは、あくまでゲームではこういう流れだったというだけだ。今の時点で両想いでも、あたしらはどうすることも出来ん。現実でもそうだろ。告白するかしないかなんて、その当人たちの問題だ」
正論でした。確かにそうだね。結局は本人たちが行動していくんだもんね。
花音のお菓子を口に入れる。今日はかりんとう。こんなのも作れる花音は本当にすごいね。
そういえば、結局私たちを閉じ込めた犯人も分からずじまい。3人ぐらいから伝言ゲームみたいに伝わってったんだって。元になった子が結局分からなかったらしい。すごく印象が薄い子だったみたい。ま、全然被害がなかったからいいんだけども。
それよりも、ちょっと気になってることがあるんだよね。
あの時、なんで花音は私のことを甘え下手だと言ったんだろうか? 私、十分甘えてると思うんだけど。お菓子にしたって、ご飯にしたって。果てはお風呂後の髪も乾かしてもらってますよ?
「たっだいまー!」
あ、舞と花音が帰ってきた。今日は2人でショッピングにいってたんだよね。2人とも満足そうな顔してるね。
「おかえり~花音~」
「うん、ただいま。葉月」
「葉月っち? あたしも帰ってきたんだけどな~?」
「舞、ナンパどうだった~?」
「してないよ!? なんでした前提で話するの!?」
「お前……部屋にまたナンパの極意の新しい本置いてっただろうが」
「なんで知ってるのかな!?」
いや、堂々と机の上に置いてあったよ。あれ、隠してたの?
パリポリとかりんとうを口に入れながら、「見られた」ってショック受けてる舞を見る。
「お茶淹れよっか。みんな何飲む?」
「ハーブティーがいい」
「ふふっ。葉月、あれ本当に好きなんだね」
……だって、ホッとするから。
「一花ちゃんと舞は?」
「あたしも葉月と同じで大丈夫だ」
「あたしは紅茶がいいなー」
「うん。じゃあ、ちょっと待っててね」
帰ってきたばかりなのに花音はよく働くね。舞なんてだらけてるよ?
花音が淹れてくれたハーブティーを一口飲む。……これ、やっぱり落ち着く。
「花音は淹れるのも完璧だな。メイド長が淹れるハーブティーと丸っきり同じだ」
「ありがとう。でも全部書き記してくれた通りだから、みんなでも同じように淹れられると思うよ?」
「ねえねえ、一花。それそんなにおいしいの? 一口ちょうだい?」
「お前、花音に別の紅茶淹れてもらったんだから、そっちを先に飲め」
「いいじゃん! 一口ぐらい!」
でも確かに、メイド長が淹れるハーブティーと一緒なんだよね。花火の時のような熱さだし。一口飲む度に、懐かしい味が広がって、じんわりと染み渡る。ん?
「花音? な~に?」
「……ううん。何でもない」
花音が微笑みながらこっちを見ていた。なんだか嬉しそう。
……考えるとこれも甘えてるんじゃないのかな? 何かをしてもらうって甘える行為じゃないの? 花音の甘え下手ってどんな基準なのか分からない。
というか、こんなに甘えてるのに、会長と一緒にされるのはちょっと嫌。違う……かなり嫌。
チラッと花音を見る。花音も同じハーブティーみたい。
甘える……甘える……やっぱり甘えてると思うんだけど。
自分のハーブティーを見つめた。
――どうにか会長と違うことを証明したい! 何故かって? あんなバ会長と同じにされたくないからです! 中等部での会長を知ってるから特に! あの時の会長たちのやりたい放題ときたら! どんだけ、私の邪魔をしてくれたと思ってるのさ!
まず、体育館に行ってしでかそうと思ったら、自分たちが中でパーティーやるから帰れでしょ~。それから、屋上バンジーやってたら、何故か他の気に入らない生徒に私と同じことやらせようとしてたでしょ~。それからそれから……思い出すのめんど~だからいいや。
とにかく! 今は改心したかもしれないけど、当時の私のやりたいことを、たびたび邪魔してくれたことはまだ許せません! せめて違うことを分からせるために、花音のいう甘えるをやって見せたい!
……だけど、花音の甘えるがさっぱり分かりません!!
とりあえず落ち着くためにこれ飲もう。あ……ホッとする。
「ねえ、葉月っち?」
「ん~?」
「さっきから何で百面相してんの?」
あれ? 全部顔に出てた?
「考えてると思ったらちょっと怒ったり、首傾げたり、あ、そうだったっていう顔したり、最後には面倒臭くなって、それ飲んだら落ち着いてって、見てて飽きないけどさ」
全部顔に出てた。いっちゃんも呆れてるし、花音も苦笑してる。
あ、そうだ。舞で甘えるを試せばいいんじゃない? そうだよ! 考えるのなんて私らしくないじゃないか!
「舞~」
「ん~? どしたどした~?」
「ど~ん」
「おっ! どしたの急に?」
とりあえず舞に抱きついてみた。頭をグリグリしてみる。
「どしたの? いきなり甘えてきて?」
あ、これ甘えるにやっぱり入るのか。礼音の真似してやってみたんだけど。でも、忘れてた。
すぐ舞から離れた。
「お? もういいの?」
「胸ないの忘れてた」
「喧嘩売ってるのかな?!」
「前、本に書いてあったよ? 揉まれると大きくなるらしいよ?」
「あるよ!? だからちゃんとあるよ!?」
「揉んであげようか?」
「ちゃんと恋人できたら揉んでもらうし!」
「じゃあ、無理だね~」
「その悲しそうな顔やめてくれないかな!?」
だって、ずっとそう言ってるけど出来てないじゃん。ん……あれ? なんかヒンヤリする。
何故か花音が怖い笑顔に変わってた。え? なななんで? しかも何も言わない! 怖い! なんで!?
「あ……あの、花音?」
「ん? な~に、葉月?」
「あの……何か怒ってる?」
「怒る? なんで?」
こ、こっちが聞いてるのに!? なんで!? さっきまで普通だったのに!! いっちゃん! なんで!? って助けを求めたら、知らん顔してた。
「ほ、ほら! 葉月っち! あんまり酷いこと言うからだよ! だから花音も怒ってるんだよ!?」
酷いこと? やだな~舞、何言ってるの?
「事実だよ?」
「反省してない!?」
「事実だよ?」
「しかも2回も言った!?」
「事実だもん」
「ふぇ~ん! かの~ん!!」
舞が花音に抱きついて、頭をよしよしと撫でられている。あれ? 戻った? 何だったの?
まぁいっか。怒ってないならいいや。なんで怒ったのかさっぱりだけど。
あれ? 結局1つしか試せなかった。まぁ、いいや。最終的に違う事を証明してみせようじゃないか。
□ □ □
さて、ご飯も食べてお風呂も入った。今日はあと寝るだけですね。
今日はどうしようか。最近あの薬飲んでないけど、あ、嘘です。飲んでます。でも昼間に飲んで、午前中に寝ることはなくなったんだよね。
「葉月」
「ん~?」
「ちゃんと髪乾かさなきゃだめだよ。こっちきて?」
花音がベッドの上でドライヤー持ってスタンバイしてる。花音に乾かしてもらうの気持ちいいんだよね。
トテトテと近づいて花音の前で背中を向けた。クスっと笑ってるのが頭の上から聞こえてきた。ブォ~ってドライヤーの風を当てながら手で髪を梳いてくる。
ん~気持ちいい~至福~。
「はい、終わり」
「ん~ありがと~」
「どういたしまして」
あ~気持ちよかった~。
またトテトテと自分のベッドに戻っていく。ベッドの上に登ってボフンと枕に顔を埋めた。サイドテーブルに置いてあった携帯を取って、何かないかな~と思って検索する。まだ寝るの早いんだもん。花音が先に寝てくれなきゃ、あの薬も飲めないしね。
「ねぇ……葉月?」
ドライヤーを片付けた花音が戻ってきて、私のベッドに座った。ん? どしたの?
「ん~?」
「どうして、昼間いきなり舞に抱きついたの?」
え? なんで今その話?
振り返ると、花音がちょっと怖い笑顔になってた。へ? なんで?
「……な……なんとなく……?」
「そっか……なんとなくか……」
え、な、何……? なんで空気がひんやりしてるの?
「……葉月? もう舞にああいうこと言っちゃだめだよ」
え、舞の言うとおりのことで怒ってたの? あれ?
「本人、結構傷ついてるからね?」
「………………はい」
有無を言わさぬその笑顔で言われると、返事が「はい」しか言えなくなるんですけど!? 怖い!
でもすぐ頭を撫でてきて、いつもの困ったような笑顔に変わってた。あれあれ……? さっきまでの見間違いだった? って思うくらい切り替えが早かった。
「……おいで、葉月?」
――今度はそっち?! なんでこの流れで?!
「ね?」
でも、そう言って柔らかく微笑む花音の誘惑に抗えず……少し戸惑いながら最近の習慣になりつつあるハグをしてもらった。
…………無理。
これ、やっぱり眠くなる。
心地いい。
意識が落ちる瞬間、
花音が耳元で何か言った気がする。
「もっと素直に甘えていいんだよ……葉月……」
結局その日は薬を飲まなかった。
お読み下さり、ありがとうございます。




