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127話 郊外学習イベント

 

「いっちゃ~ん、残りのお弁当食べたいんだけど~」

「やかましい。後で食べろ」

「私の口は卵焼きを求めてるんだよ? それを阻止するなら、たとえいっちゃんでも戦争を起こそうじゃないか」

「はぁ……じゃあ、ここで食ってしまえ。卵焼きだけな」


 わーい。やったー。

 いそいそとお弁当を開ける。あーんして手で取った卵焼きを口に入れた。ん~。今日の卵焼きは甘辛だ~。ちょっとピリッとする~。でも、んまし~。モグモグ。


 花音はあの後「ありがとう」ってお礼を言って、私たちと別れた。


 何で1人であんなところにいたのかというと、クラスメイトに先生があそこで待ってるって言われて呼び出されたらしい。後でその子に確認してみるって言ってた。その子も誰かに伝えてほしいって言われたみたいだから、犯人じゃないと思うけどね。


 いっちゃんが代わりに買ってくれていたお茶を流し込んで、人心地落ち着いた私はお弁当をしまいこんだ。帰ったら、夕飯出来る前にた~べよっと。


「満足したか。じゃあ行くぞ」

「ふぃ~。おいしかった~」


 周りの私のクラスメイトはさっきから奇異な目で私を見てくる。いきなりお弁当広げだしたし、何よりお昼から全身汚れてるからね。でも、今日のは不可抗力なんだけどな~。


 いっちゃんが私の手首につけてあるロープを引っ張って歩き出した。あれ? いっちゃん、皆はあっちに行ってるのに、何で逆方向に行くの?


「いっちゃん? なんでこっち?」

「今からイベントだ」


 分かりやすく簡潔に言われた。なるほど。

 逆方向に行くと、舞が向こうから歩いてきた。クラスメイトも一緒だ。


「あれ、一花。って葉月っち!? 何その恰好!?」

「舞~。これはね~汚れたんだよ~?」

「見れば分かるけどね!! どうやったら、そこまで汚せるわけ!?」

「天井を匍匐前進すれば一発だよ?」

「やっぱり意味が分からないんだけど!?」


 本当のことだよ? というか、舞、声大きいよ。周りのクラスメイトの子がびっくりしてるよ?。


 ……あれ、なんか違うな。これ、尊敬してる目かな。「よくあの小鳥遊さんに突っ込めるね」って顔に見えてきた。


 ハアといっちゃんが溜め息をついている。


「舞~花音は~?」

「花音? さっき先に行っててって言われてさ。会長いたから、声掛けてくるって。すぐ来ると思うよ?」


 ほ~ほ~、じゃあ、もうイベント始まってるかもしれないわけね。だから、いっちゃん早歩きだったんだ。


「そういう2人こそ、なんでここに?」

「気にするな。あたしが見たい絵が向こうにあるから来ただけだ」


 いっちゃん、こういう時は息をするようにさらりと嘘をつくね。私無理。


 舞と別れて花音たちがいるところに向かった。ねえ、いっちゃん。いくら見たいからって引っ張りすぎだよ!? さっきから転びそうなんですけど!!




「会長、絵画詳しいんですね」


 しばらくすると花音の声が聞こえてきた。いっちゃんがストップして、ソロリと向こう側を覗き込んでいた。完全な覗きだね。私もいっちゃんの頭の上から覗き見る。


 1枚の絵の前に、会長と花音がいた。


「これぐらい知っておかないと恥を掻くからな」

「はあ。そういうものなんですね」

「お前もこの学園に通ってるんだから、少しはこういうことにも視野を広げろ」

「普段の勉強で手一杯ですよ」

「だったら教えてやるから覚えろ」

「なんでそこまで……」

「結構奥が深いから面白い」


 へ~、会長絵画好きなんだね~。私、全く興味ない。というか、久々に会話聞いたら、かなり親密な感じじゃない? 会長が前より尖ってないというか。


 花音がクスクス笑って、会長がそんな花音を怪訝な顔で見ていた。


「何で笑う?」

「ごめんなさい。なるほどって思いまして。つまり面白いことを伝えたいんですね」

「……っ……悪いか」

「いいえ。会長がのめり込む魅力があるというのは伝わりましたよ」


 ふんっと会長が若干頬を赤くして、花音から顔を逸らしていた。それを見た花音が肩を竦めて苦笑している。


「会長自身では描かれないんですか?」


 あ~そうだよね~。そんなに好きなら自分で描けばいいのに。


 だけど、それを聞いた会長の様子が変わった。


「…………無理だな」


 え、なんで? 誰でも描くことは出来るよ? 好きにすればいいのに。筆とキャンパスさえあればいいじゃん。あと絵具と。


「どうして?」

「……そんなの決まっている。俺が鳳凰だからだ」


 なんで? それと描くこと関係あるの?


「俺は鳳凰の後継者だ。それにふさわしい振る舞いが求められる。だから絵を描くなんて行為はできない。そんなのは暇人がやることだし、それを仕事にする人間がやることだ」


 吐き出すように会長が話している。


「俺にそんな暇はない。将来何万という人間の生活を支えていかなきゃいけないからな」


 ……会長って真面目だったんだね~。ちゃんと将来のこと考えてたんだ~。


 私は鴻城(こうじょう)を継ぐつもりは丸っきりないからな~。全部カイお兄ちゃんに押し付けたけど。鴻城と養子縁組する予定のはずだしね。今は如月の会社で修行中なんだよ、カイお兄ちゃんは。まあ、鴻城の教育も受けてるけども。


「……会長」

「……」

「確かに、会長にはそういう責任があるかもしれません」


 花音が静かに話し始めた。


「だけど、会長。その何万という人が会長を支えてくれるんじゃないですか?」


 会長が目を丸くして花音を見ている。けれど、その目が厳しいものに変わっていった。


「……何も知らないのに、よくそんなこと言えるな」

「確かに私には分かりません。会長の言うふさわしい振る舞いというのも正直分かりません」

「なら――」

「だけど……一人で背負うことは違うと思います。一方だけが支えるなんて、そんなの崩れてしまいますから」

「…………」

「少なくとも、生徒会の先輩たちは会長を支えてるじゃないですか。もちろん私もです」

「それは……」

「会長が好きなことを少しでもやりたいなら、皆で協力して時間を作りますよ?」

「だから……それは暇人がやることで……」

「暇じゃない人も趣味で描いてると思いますが?」

「……それを仕事で」

「会長は絵で生活したいんですか?」

「それは……違うが……」


 畳みかけるね、花音。会長が圧倒されてるよ。かなり目が泳いでますね。


「好きな事をやってはいけない――なんて違うと思いますけどね。まあ、好きな事の種類にもよるとは思いますけど」


 花音の優しい微笑みが、会長にまっすぐ届いてる気がする。


「たまには私たちに甘えてください」

「甘える……?」

月見里(やまなし)先輩はいつも心配そうにあなたを見てますよ? 他の先輩たちもですけど」

「……あいつらが?」

「はい」


 へ~そうなんだ~。まるでいっちゃんみたいだね。


 会長が少し戸惑う感じで花音を見てる。花音が仕方ないなぁって感じで会長を見ていた。あの顔知ってる。玉ねぎ減らしてってお願いした時の顔だ。



「会長は甘えるのが下手ですね……葉月みたい」



 え、私? 甘えてると思うけども? ほら会長も驚いてるよ?


「あいつは周囲に十分甘えてると思うが?」


 はい、その通りです。


「……いいえ。葉月は甘えるのが下手ですよ。こっちから手を差し伸べないと、すぐにそっぽ向きますからね」


 いや、あの、花音? そんなことないけども? ねえ、いっちゃん――って、うん。こっち全く見てない。しかも若干プルプルモードに入ってる。


「……そうなのか? あいつが?」

「ふふ、会長と葉月は似ていますよ。だからいつも会うと喧嘩するんじゃないですか?」


 え、違うよ? 会長が先に喧嘩吹っ掛けてくるんだよ? 私悪くないもん。だから嫌がらせするんだもん。


「あれは……あいつがおかしいことやってくるからで……」

「そういうところもそっくりですね。葉月も会長が悪いって言いますからね」


 だってそうだもん。私悪くないよ。むー。

 ふふっと笑った花音が会長の顔を覗き込んでいた。


「会長、よかったら、学園にいる間だけでも絵を描いてみませんか? その時間は私たちが作ります」

「お前……」

「出来たら見せてください。会長がどんな絵を描くか楽しみです」

「……それじゃ強制だろ」

「ええ。甘えるのが下手な人にはこれぐらいが丁度いいんですよ。葉月で経験してますからね」


 だから花音、私、普通に甘えてると思うんですけど~?


「あ、すいません会長。私そろそろ戻りますね。多分戻ってこないから、皆、心配してると思うので」

「は?」

「それじゃ。東海林先輩たちには私から言っておきます」

「お、おい――」


 やっばっ! 花音が来る!


 プルプルモードのいっちゃんを抱えて、私は花音から身を隠した。あ、よかった。気づかないで行った。


 ハァと息をついて全く動かないいっちゃんを降ろす。ふと、残された会長が視界に入った。


 会長は耳まで赤くした顔を手で隠していた。


 あれ……? 


 あれって、


 花音も最近やってる。



 ああ、そうか。





 会長、花音に恋してるんだね。




お読み下さり、ありがとうございます。

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