126話 やっぱり助けてくれるのは —花音Side※
「え、先生が?」
「ああ、ここに来てほしいってさ」
今日は校外学習。有名な美術館に来ている。
だけど、お昼休憩の時に、クラスの男子にいきなり、案内マップの場所を指されながらそう言われた。
一体何の用だろう? 彼も誰かから伝言で言われたみたいだけど。その男子にお礼を言って、舞たちに向き直った。
「ちょっと行ってくるね」
「え、1人で?」
「大丈夫だよ。舞たち、まだお昼ご飯残ってるでしょ?」
舞には今日お弁当作ってきたけど、ユカリちゃんとナツキちゃんは学園が用意したお弁当を口に運んでいる。3人にはすぐ戻ると言って、先生が待っているという場所に足を向けた。
1人その場所へ向かいながら、葉月と一花ちゃんは今日のお弁当喜んでくれたかなと思い出す。
それにしても、今日の朝は4人分のお弁当を作ったから慌ただしかったな。おかげで葉月たちに渡すのが美術館に到着してからになっちゃった。今日はエビフライ入れたから、一花ちゃんは喜んでくれていると思うけど……葉月は、うん、喜んでくれていると思う。いつもの卵焼きも入れておいたし。少し辛みも足してみたけど。
ふと、おいしそうに食べている葉月の姿が頭に浮かんで、胸が熱くなった。
最近、夜寝る前にハグする回数を増やしている。
葉月は訳が分からなそうにしながらも、チラチラとこっちの様子を見ながら抱きついてきてくれる。それがまた可愛くて仕方がないんだけど。
でもこっちから言わないと、葉月は自分から甘えてきてはくれないんだよね。
葉月自身も……ハグは嫌がってはいないみたいなんだけど。「おいで?」って言って抱きしめてからは、スリスリと甘えてくれるんだけどな。
もっと甘えてきてくれたら、嬉しいのに。
だから私から言ってるわけだし。葉月は意外とそういうところはキッチリしているから。
他人との線を引いているところがある。舞みたいにしてくれればいいんだけどな。
もっと、素直に甘えてきてくれればいいのにな。
気づいてないみたいだけど、葉月は甘えるのが下手みたいだから。
ハグもそうだけど、他にも色々と。こっちから言わないと、葉月からは何も言わない。よくよく考えて見たら、普段の身支度も、何を食べたいかも、私から聞いていた。
これをやってほしいとか、何かをしてほしいとか、あまり葉月からは言わない。玉ねぎ食べる時だけぐらいかも。全力で逃げようとするからね。
でも、私が作ったモノに文句を言ったことはない。ネクタイとか寝ぐせを直すのも、不器用ながら最初に直そうとはしているみたいだし。思い出してみると、結局、私から聞いていた。
ハグするようになってから、それがハッキリとわかった。
いつもこっちの様子を伺っているんだもの。
いいのかな? って、確認するように見てくる。
こっちから促さないと、葉月はきっと甘えてきてはくれない。
それはつまり、私のこと全く意識してないということなんだけども。ハグしていても葉月は私のこと意識してない。安心しきって寝ているから。
嬉しくもあり、少し悲しくもありで内心複雑。
ハアと軽く息が出てしまった。
でも、ハグはやめたくない。葉月を抱きしめると、それだけで嬉しくなってしまう。
他にも何か意識してもらう方法ないかな、と考えてたところで、伝言で言われた場所についてしまった。
「えっと……どこだろ?」
案内マップの言われた場所に着いたけど、先生は見当たらない。キョロキョロと辺りを見渡す。それにしても、どうしてこんなところに呼び出したんだろう、何の用事なのかな?
先生が呼び出した場所は案内マップの端も端。目の前にはマップに書かれていない廊下もある。職員さんの人たち用かな?
「先生?」
声を出して呼びかけてみる。うん、反応ない。どうしようか? あれ、奥の部屋開いてる?
よくよく見ると、奥の壁にある扉が開いていた。あそこにいるとか? 一応、確認してみようかなと足を向けた。
……やっぱりいないよね。
扉の前に行って、部屋の中を見てみる。これは倉庫なのかな? 段ボールがいっぱいある。でも誰もいない。
何かおかしいな――
ドン!
そう思ったところで、背中を思い切り誰かに押された。「きゃ!」と思わず悲鳴をあげてしまう。そのまま、その部屋に転んで入ってしまった。
いたた、と膝を打ってしまって顔をしかめると、後ろからガチャッと何かが閉まる音が聞こえる。え、あ、あれ? まさか……。
後ろを振り向くと、さっきまで開いていた扉が閉まっていた。
と、閉じ込められた? なんで?
慌てて立ち上がって、扉をガチャガチャと動かすけど開かない。
「ちょ……だ、誰!? 開けて!」
閉めたであろう誰かに叫ぶけど、その誰かの足音は遠ざかっていった。
なんで? 一体誰が?
疑問でいっぱいになってしまったけど、それよりどうしよう。あ、携帯電――しまった。カバンの中だ。お昼ご飯の途中だったから、カバンは舞たちのところに置いてきてしまっている。
……本当、どうしよう。なんでこんなことに。
そもそもどうしてこんなことを。誰の仕業? また生徒会の先輩たちのファンの子とか? いや、でもレイラちゃんたちの嫌がらせ以来、そういうのは全く無かったし。
ああ、だめだ。今はここからどうやって出るか考えないと。また舞が心配しちゃう。自分がついていかなかったからだって。
改めて周りを見渡す。この扉以外に出入口はないみたい。
段ボールで隠れて見えないとかないかな、と思って少し覗いてみるけど、やっぱり壁だった。
「どうしよう……」
時間が経てば、さすがに舞やユカリちゃんたちが、疑問に思って探しにきてくれるとは思うけど、でも心配もかけたくないんだよね。
本当、どうしよう。
そういえば……こんな時、いつも葉月が来てくれるけど。
生徒会勧誘の時も。
レクリエーションの時も。
助けてくれる葉月を思い出して、慌ててかき消すように頭を振った。
そんな都合よく来てくれるはずないよ。
葉月と一花ちゃんだって、今頃お昼のお弁当を食べて――。
「か~の~ん~」
声が聞こえて、思わずビクッて肩が跳ね上がる。
え、あれ? でもこの声って……。
でも、この部屋には誰もいない。
キョロキョロとまた周りを見るけど、やっぱり誰もいない。え、幻? 私が聞きたい声だから、ついに幻聴を聞くようになっちゃった?
「花音~上だよ~」
違う。間違えるはずない。
これ、葉月の声。
でも上?
言われるまま上を見て、ポカンと口を開けちゃったよ。
「えっええっ!?」
はは葉月!? なんで通気口の奥にいるの!?
「葉月っ!? 何してるの、そんなところで!?」
「花音こそ、こんなところで何やってるの~?」
「そ……それはその……」
閉じ込められたって言ったら、葉月も心配するかな。いやでも、それ以外に何も言う事が見つからないし。
何て言おうか迷ってたら、葉月はその通気口を無理やり開けて、下に飛び降りてきた。「うえっ」って言いながら、着地した時にバランスを崩して転んでいる。危ないよ!?
慌てて近寄ると、何でもないかのように立ち上がってくれた。よ、よかった。怪我はしてないみたい。
よく見ると、葉月の制服は大変なことになっている。通気口を通ってきたからかな、白い制服がもう真っ黒。
「それで~? 何でこんなところにいるの~?」
「それは……その……」
首を傾げて、不思議そうに見てくる葉月。どの道、ここにいる理由は話さないと、葉月も結局出られないよね……。
「閉じ込められたみたいで……」
ちょっと言いにくいけど、でも事実なんだよ。閉じ込められちゃって。
誰がそんなことを、とは聞かずに、葉月がキョロキョロと辺りを見渡し始めた。そして扉の方に目を向けて歩き出す。何をするつもりなんだろう?
葉月の後ろについていくと、扉の前に停まって、何かを鍵穴に入れ出した。カチャカチャとやっているけど、それで開くの?
少しカチャカチャと葉月が動かしてたら、ガチャっと鍵が開いたような音が聞こえてくる。思わず呆けてしまった。だって、え、開いた?
すごいと思っていたら、葉月が取っ手をガチャガチャと動かしていた。あれ、やっぱり開かない? 葉月は葉月で機嫌悪そうにむーって頬を膨らませてるし。
「開かないの?」
「う~ん。無理っぽい。鍵は開いてるんだけどね~」
「そっか……」
鍵は開けたんだ。それだけでもすごいと思うけど。でもやっぱり開かないってことは、向こうに何かあるってことなのかな。葉月でも開けられないんじゃどうしようもないし。その葉月もうーんうーんと考えこんじゃってる。
葉月の顔も真っ黒。どうして葉月はあんなところにいたんだろう? また悪戯? こういう場所で? ただ、その綺麗な顔も今は台無しだからね。
「葉月、こっち向いて」
「んー?」
気になるからハンカチを取り出して、こっちを向いてくれた葉月の顔を拭っていく。ちょっと苦しそうだけど、我慢して。
「こんな真っ黒になって……何で葉月あんなところにいたの?」
「ん~? 花音と同じ理由~」
同じ理由?
「えっ!? 葉月も閉じ込められたの!?」
「そだよ~」
そんな何でもない事のように。いや、葉月にとっては何でもないことなのかも。現に違う部屋に閉じ込められたはずなのに、今そこを脱出してここまで来てるし。
「そだよ~って……だからって行動力ありすぎるよ、葉月は」
私は右往左往するしか出来なかったのに。でもさっきみたいに飛び降りるとかやめてね。着地した時に怪我でもしたらどうするの。まあ、来てくれて嬉しかったけど。
あ、おでこにもまだついてる。葉月がまた動き出そうとしていたから止めた。
「待って、おでこにもついてるから」
「んー?」
ああ、腕の制服で拭おうとしてる。今取ってあげるから。
そこにハンカチを持って行こうとしたところで、いきなり葉月が動きを止め、目を丸くして、ジッと自分の腕時計を見てた。どうしたんだろう?
「どうしたの?」
「これ忘れてた~」
これ? ただの腕時計じゃ?
首を傾げていると、徐にその腕時計を外して何かをしてから、「いっちゃ~ん」とそれに向かって声を出し始めた。一花ちゃん? いや、何で時計に向かって話しかけ始めたんだろう?
「葉月? 何で一花ちゃん? それにそれ、時計でしょ?」
「え~近くまで来てるとは思って~。いっちゃ~ん、返事して~?」
どういうことかさっぱり分からないけど、そんな私に構わず葉月は一花ちゃんに呼び掛けている。でも一花ちゃんからの返答はない。代わりにザーって音が何故か時計から流れていた。それもどういう仕組み?
「いっちゃ~ん」
『やかましい! お前、今どこにいる!?』
え、ええ!? 一花ちゃんの声!? 時計から聞こえてくるけど何で!?
葉月と時計を交互に見てしまったけど、葉月は満足そうな顔をしていた。
ふ、不意打ち。その顔が可愛いと思ってしまったから、一気に顔が熱くなる。構わず葉月は一花ちゃんと話しだしちゃったから、バレなかったとは思うけど。
しばらく話して、一花ちゃんが来てくれることになったみたい。時計を着け直して、私に向き直ってくれた。
「花音~。いっちゃん今来るって~」
まるで「褒めて~」って言いたそうなその顔。
だから……可愛すぎるから。
「う、うん……それ、すごいね……」
「えへへ~。前に機械弄りに嵌まった時あったの~」
「そうなんだ……って、それで出来るものなのかな?」
機械弄りで出来るものなの? 葉月が色々作るの好きなのは知ってるけど、これも葉月が作ったって事? もしかしたら葉月ってすごい人なのかな?
しばらくして葉月の言うとおりに、一花ちゃんがその扉を開けてくれた。と同時に、何故か葉月に一花ちゃんの綺麗な飛び蹴りが披露されたけど。あの、一花ちゃん。それは少し理不尽に思えちゃったよ。
その一花ちゃんは急いで来てくれたみたいで、少し息を切らせながら、葉月を睨んでいた。
「何だ、その恰好は!?」
「いっちゃん、何を言っているんだい? 見ての通り、真っ黒になったんだよ!」
「どうやったらこの短時間でそんな汚せるのかを聞いてるんだよ!?」
「あそこ通ったら一発だよ、いっちゃん!」
すごく自信満々に通気口のところを指差す葉月。その指の差した方を見て、一花ちゃんは疲れたようにハアとため息ついている。これは何かを諦めたような顔だね、一花ちゃん。あ、こっち向いてくれた。
「花音は大丈夫か?」
「少し転んだだけだから大丈夫だよ。来てくれてありがとう、一花ちゃん」
「それならいいが、でもどうしてここにいるんだ?」
そうだよね、気になるよね。でも私が一花ちゃんに答える前に、葉月が代わりに「花音も閉じ込められたんだって~」と答えてくれた。それを聞いた一花ちゃんは難しい顔になっちゃったけど。
「ねえ、花音~? 犯人の顔見なかったの~?」
「それが……後ろからいきなり突き飛ばされちゃって。急いで振り向いたんだけど、扉が閉まっちゃって見れなかったの」
「ふーん、それも私と同じかー」
それもって葉月もそうだったの? でも何で葉月がそんなことされたんだろう。自分で言うのもなんだけど、私の場合は犯人が先輩たちのファンとか考えられるけど、葉月の場合は違うよね? 逆に皆が葉月を遠ざけているくらいだし(関わりたくないみたいだし)。
「他に心当たりはないのか? 誰かにここに来るように言われたとか……それだったら、そいつが何かしら知っているかもしれないが?」
一花ちゃんはまだ難しい顔をしながら聞いてくる。
でもな。伝言してくれた男子も、誰かに頼まれただけみたいだったから。
「戻ったら一応聞いてみるよ」
「ああ、葉月ならともかく、花音を閉じ込めるのはな……さすがに気になる」
「いっちゃん? どうして私だとともかくなの?」
「お前がそれを聞くのか?」
何とも呆れた様子で葉月を見ている一花ちゃん。葉月は葉月で分かっているようで、えへへと笑いながら「分かんなーい」と言って一花ちゃんを見ていた。これは絶対分かってるって顔だね。葉月のこの解決力は本当にすごいと思う。
もうお昼の時間もお終わりそうだったから、2人とはその場でお礼を言ってから別れた。舞たちが心配しちゃうからね。
案の定、帰りの遅い私を舞たちは心配してたみたい。閉じ込められたことは言わなかった。余計心配させるだけだから。
一応伝言してくれた男子に誰に言われたかを聞いたら、違うクラスの子だって言われたよ。その子にも聞いたんだけど、その子も違うクラスの子に伝言されたって言っていた。
結局犯人は分からずじまい。
そのあと2、3人に聞いたけど、最後に聞いた子は記憶に残ってないみたいだった。
怪我とかはしてないから良かったけど、でも誰がこんなことをしたんだろう?
その犯人が分かるのは、
もっと先の話。
お読み下さり、ありがとうございます。




