125話 閉じ込められた?
あれからたまに、花音が寝る前にハグしてくれるようになった。
前触れもなく「おいで?」って言われて、え、何で? って思いながらも、あの心地よさが忘れられなくて、花音の腕の中に包まれる。そうすると次の日の朝まで寝れるから、あの薬を飲む量が減った。
いっちゃんがすごく満足そうにうんうん頷いていたから、眼鏡の片方を黒く塗りつぶしたら、本気の蹴りが私のお腹を直撃した。だって、ちょっとイラっときたんだもん。
「今日~、いっちゃん?」
「そうだ、今日だ」
目の前にある美術館を前にしていっちゃんが、ニンマリとしながら腕を組んでいた。
今日は校外学習の日。
花音と会長のイベント日だ。
そういえば前の夏祭りのイベントを詳しく聞いていないや。どんな内容だったんだろ。
……まあ、いっか。もうだいぶ経つし、花音も無事会長に恋をしたわけだから、あとは2人の仲が深まっていって、最後に結ばれるはずだしね。
「ねえ、いっちゃん。今回はどんなイベント?」
「何言ってる。言ったら見る意味ないだろ?」
「でも、いっちゃんは知ってるんでしょ?」
「そりゃあな。前世で10回はゲームクリアしてるからな」
何回もやったんだね。そんなにやって飽きなかったのかな? 私だったら絶対飽きてる。
あ、レイラだ。今日は取り巻き達を数人連れていた。
「あ、葉月、一花ちゃん」
花音が周りにいる生徒の中からやってきた。あれ、舞は?
「花音。舞は~?」
「向こうでクラスメイトと一緒にいるよ。私もすぐ戻るけど、これ葉月に渡し忘れてたから」
「ん~?」
花音が渡してくれたのはお弁当。ああ、そういえば今朝もらってなかった。
「あと、これ一花ちゃんの分ね」
「いいのか?」
「うん。よかったら食べて? お昼はクラス毎で別れるらしいから」
「頂こう」
いっちゃん嬉しそう。そうだよね~。最初に会った時から花音のご飯、さらに美味しくなったもんね~。今日は学園が用意してくれる予定だったけど、断然花音のお弁当の方がおいしいもん。
お弁当を渡して「じゃあ、私戻るね」って言って、花音はクラスメイトの方に戻っていった。途中、会長と何か話してたけど。
今日は会長が生徒会代表で来てる。他のメンバーは来ていない。もう完全に会長ルートに入ったって、いっちゃんがこの前言ってた。前より距離が近い気がする。
向こうで話している2人を見て、意味なく胸がざわついた。
「……ねえ、いっちゃん」
「ん?」
「花音は……このままいけば会長と上手くいくんだよね?」
「……まぁ……多分な。まだ分岐点はあるから絶対とは言えないが」
「……そっか」
上手くいけばいい。
このまま何事もなく。
笑ってる2人を見て、そう思った。
あと、半年だ。
担任の呼ぶ声が聞こえて、私といっちゃんはそっちに向かった。
今日来た美術館は国でも有名な大きな美術館だった。午前と午後で回る場所があって、クラス毎に回ることになっている。午前はいっちゃんに手首にロープ繋がれて回ったよ。多分午後もそうなるけど。
お昼は花音のお弁当食べた。小さいエビフライが入ってて、いっちゃんが噛みしめるように食べてたよ。
喉乾いたなぁって思ってカバンの中を見たら、何も無かった。買い忘れたみたい。
「いっちゃん、喉乾いた」
「ん? 持ってないのか?」
「うん。買うの忘れてた」
「あたしもないぞ。買ってくるか?」
「いいよ、いっちゃん。私が買ってくるよ。そのエビフライゆっくり食べたいんでしょ?」
「お前を一人で行かせろと……?」
「それぐらい大丈夫だよ」
「……まあ、お前も全部食べてないしな。すぐ帰って来いよ?」
そうだよ~。心配する気持ちは分かるけども。でも私だってお弁当優先するよ。さっさと買って戻ろ~。
いっちゃんに許可貰って自販機を探す。あれ~? 確か来るとき見たんだけどな~。こっちじゃなかった?
キョロキョロしながら右往左往する。実家ほどじゃないけど、ここも結構な広さだ。自販機~? どこ~? 早く戻って、残してる卵焼き食べたいのに~。
あ、あった。何だか随分奥まで来てしまったけど、やっと見つかった。いっちゃんと自分のお茶を買って戻ろうとしたんだけど、今度は帰り道が分からなくなってしまった。
ありゃ~迷っちゃった? 私の舌はもう卵焼きを求めてやまないのに。確かこっちから来たはず~。
また右往左往しながら、進んでいく。あ、確か来る時にあんな扉を潜ったような……と先にある扉を潜った時、
ドンッ
背中から強く誰かに後ろを押されて、「どぅわ!」と、前のめりに買ってきたお茶を床に落としながらすっころんだ。
ええ~? な~に? 何事~?
ガチャッと入ってきた扉から音が聞こえて、扉の方を振り向くと、その向こう側から、誰かが立ち去る足音が聞こえてきた。
立ち上がって扉を開けようとすると、ガチャガチャと音がするだけで一向に開く気配がない。
え~つまり……閉じ込められた? 何故に?
部屋の中を見渡すと色んな段ボールや絵画があった。ここは倉庫の部屋だったらしい。
え~……いっちゃんに怒られるんですけど~……。「やっぱり大丈夫じゃなかったな」って言われる未来しか見えない。
まあ、鍵閉めたぐらいじゃ私には意味ないけどね~。
扉の鍵穴に、ポケットに入れておいた針金を出して入れてカチャカチャとする。すぐにガチャっと音がしたよ。楽勝だね。
さて、戻りますかって開けようとしたら開かなかった。何故に!? ガチャガチャという音しか出ない。うえ~……マジか~……向こうで何かつっかえてる? めんど~……。
仕方ない。さっきチラッと視界に入った部屋の天井の通気口を見る。どのみち、いっちゃんには怒られるからね~。
置いてあった段ボールをえっこらほっこら積み重ねていく。自分が乗っても大丈夫か確認しながら、通気口を開けて登った。うえ~。やっぱり汚れてるね~。制服白だから降りたら目立つわ~。
匍匐前進してせっせと進む。とりあえず降りられそうなとこあったら降りて~、そっから戻ればいいよね~。
しばらく進むと光が見えた。おっ、あそこから降りれるかな~?
えっほえっほとその場所まで進んでみる。見るとどこかの部屋みたいだった。お~これで出られる~。と思ったら、何故か花音がそこにいた。何故に?
「か~の~ん~」
呼んでみるとビクッと肩を震わせて、キョロキョロしてる。
「花音~上だよ~」
やっと上を見上げた花音がポカンと口を開けながら、「えっええっ!?」と声を挙げていた。まあ、そりゃびっくりするよね。
「葉月っ!? 何してるの、そんなところで!?」
「花音こそ、こんなところで何やってるの~?」
「そ……それはその……」
んん? 何で口籠るの? まあ、いいや。とりあえず降りよ~。
その部屋の通気口を無理やり開けて、下に降りた。「うえっ」っと着地したときにバランス崩れて転んじゃったけど。花音が慌ててきたけど、大丈夫だよ、これぐらいはね。子供の時はしょっちゅう忍者ごっことかやってたからさ。
「それで~? 何でこんなところにいるの~?」
「それは……その……」
だからなんで口籠るの~? 何か変なことでもやってたの~?
「閉じ込められたみたいで……」
……なんですと? 花音も? これはどういうことかな?
……まっいいや。考えるの後にしよ~。いっちゃんに怒られるからね~。
キョロキョロして扉に向かう。「えっ葉月?」って言いながら花音もついてきた。
さっきみたいに鍵穴に針金突っ込んでカチャカチャする。すぐにまたガチャっと音がした。花音がそれを見て唖然としてたけど。
さて、こっからだな~。さっきみたいに開かないとか? あ、やっぱり開かないや。むー。つまり、私と花音を閉じ込めた犯人は一緒? 何でこんなことしたの?
「開かないの?」
「う~ん。無理っぽい。鍵は開いてるんだけどね~」
「そっか……」
やっぱりまた上に登って――って、花音も今はいるからな~。制服ガッツリ汚れちゃうし。花音、大事にしてるもんね~。お母さんたちに買ってもらった制服だからね~。
どうしようかな~。これ壊しちゃだめかな~。いっちゃん怒るよね~……というか、いっちゃんも探してると思うんだよね~。どうにかして、ここにいるって知らせられないかな~。携帯、カバンの中なんだよな~。
う~んう~んと考え込んでたら、花音が「こっち向いて」って言ってきた。んん? 花音? 今考え中なんだけど?
振り向いたらハンカチで顔を拭かれた。というか、花音! ちょっと雑!
「こんな真っ黒になって……なんで葉月あんなところにいたの?」
「ん~? 花音と同じ理由~」
「えっ!? 葉月も閉じ込められたの!?」
「そだよ~」
「そだよ~って……だからって行動力ありすぎるよ、葉月は」
え~。だって大人しく閉じ込められる訳ないじゃん。さっさと出る方法試した方が早いじゃん。
「待って、おでこにもついてるから」って言われたから、服で拭おうとしたら、いつもしてる腕時計が目に入った。
あ、これあったんだった。すっかり忘れてた。中等部に入った時は結構使ってたんだけどね~。まだ使えるかな。
「どうしたの?」
「これ忘れてた~」
首を傾げてる花音を放っておいて、時計を外す。カチカチカチと表面を3回押すと、ザーって音が聞こえてきた。お、いけるんじゃない?
「いっちゃ~ん」
なんでいきなり話し始めたんだろうって顔してるよ、花音。
これね~トランシーバーみたいな機能もあるんだよね~。いっちゃんの時計と通信できるんだよ~。でも使える距離が限られてるから使わなくなっちゃったんだよね~。
誰が作ったって? 私です。
元々カイお兄ちゃんから貰った時計を弄り回して、こんな機能あればいっちゃんに迎えに来て貰えると思ったんだよね~。
「葉月? 何で一花ちゃん? それにそれ、時計でしょ?」
「え~近くまで来てるとは思って~。いっちゃ~ん、返事して~?」
ザーと音が流れる。ありゃ……無理か?
「いっちゃ~ん」
『やかましい! お前、今どこにいる!?』
おっ、繋がった。花音も時計から声がしてびっくりしてるよ。
「いっちゃん、これはね。のっぴきならない事情があってね~?」
『いいから、さっさと場所を言え! まさかこれが使えるとは思わなかったけどな!』
「分かんないから、来て~?」
『はあ!?』
「誰かに閉じ込められちゃったんだよ~。来て~?」
『閉じ込められた? お前が?』
「花音も一緒~」
『花音もだと?』
「多分扉の前に何かあるか、つっかえ棒みたいなのあるから~。その扉探して~? 壊していいなら壊すけど~」
『だめだ。そこで待ってろ。すぐ行く』
「りょ~か~い」
そこでまたザーって音が流れた。時計をまたカチカチと押して付け直す。
「花音~。いっちゃん今来るって~」
「う、うん……それ、すごいね……」
「えへへ~。前に機械弄りに嵌まった時あったの~」
「そうなんだ……ってそれで出来るものなのかな?」
出来たよ? 何事も挑戦なんだよ、花音。
それからすぐにいっちゃんが扉を見つけて、私たちを部屋の外に出してくれた。制服が真っ黒になっている私を見て、何故か速攻蹴られたけど。
結局犯人は分からずじまい。
花音も背中を押されて閉じ込められたんだって。誰がこんな意味のないことやったんだろうね。
特に私を閉じ込めるとか、余程準備した部屋じゃないと私は閉じ込められないよ? 全部防弾ガラスにしたりとか、格子をつけとくとか。それに花音がいなかったら、自力で脱出できたしね。
何の目的か分からないけど、残念でしたね、犯人さん?
「なんなのあの子……なんでここに……」
お読み下さり、ありがとうございます。




