124話 そばにいられる理由 —花音Side
「よっ! 葉月っち! 具合ど……う……?」
ガチャ、という音とともに、舞が元気よく部屋に入ってきたけど、私が寝ている葉月を抱きしめているのを見て固まってしまった。
そ、そうだよね。ビックリするよね。
「展開……早くない?」
「ち、違うんだよ、舞? これはね……」
「おい、舞。早く入れ。というか何だ、展開……って……」
舞を押しのけて部屋に入ってきた一花ちゃんも、私と葉月を見て目を丸くして固まってしまう。そそそうだよね。びっくりするよね。
「あ、あのね。一花ちゃん。これはその……葉月寝ちゃって……起こすのもどうかなと」
ものすごく言い訳みたいになってしまった。自分で言っててそう思う。
いや、あの、言い訳なんだけど……でも葉月を起こすのもなって思ってたのも事実でね? ま、まあ……もう少し……その、抱きしめてたいなっというのも事実なんだけど……。
葉月を起こさないように小声で話す私に、一花ちゃんが驚いている様子でゆっくり近づいてきた。
どどどどうしよう。前に葉月がふざけて私を押し倒した時に、一花ちゃん蹴り飛ばしてたよね。でも葉月、今は気持ちよさそうに寝ているわけで。
違う心配をしていたら、その一花ちゃんはゆっくり葉月に手を伸ばして、ポスっと頭に手を置いていた。あ、あれ?
「……また?」
「また?」
「またって、一花?」
私と舞が思わず反応してしまったら、一花ちゃんは驚いた様子で私を見てきて、すぐに葉月に視線を戻していた。
「――試す価値あり、か」
「あの、一花ちゃん?」
私の肩に頭を乗せている葉月に、また手を置いてポンポンと叩いている。その視線が、とても安心しているように見えたんだけど、気のせい?
「なあ、花音」
「え、何?」
「たまにで、いいんだ。たまに、こうやってこいつを寝かしつけてくれないか?」
え、喜んで?
――じゃなくて、え、ええ!? まさかの一花ちゃんのお墨付き?
ちょっと予想外で、こっちが驚いて一花ちゃんを見てしまう。その一花ちゃんは、優し気な表情で寝ている葉月を見ていたけど。舞も驚いたようで、一花ちゃんを凝視していた。
「いい一花? どうしたの、急に?」
「いや、こいつがこうやって寝るの珍しいんだよ」
「珍しい、の?」
いつも、気持ちよさそうに寝ていると思うけどな。
あの雨の日も、鴻城の屋敷にいった車の中でも、それに海に行く前に拗ねて膝枕してあげた時も、こういう風に寝ていたと思うけど。
「珍しいさ。こいつがこんな気持ちよさそうに寝ているのなんて、あたしは数年ぶりに見た」
「数年って一花、葉月っち、いつもこんな感じじゃない?」
「いや……数年ぶりだ。この前の鴻城の家に行った時の車で、本当に久しぶりに見た」
舞も葉月の寝顔を見ながら疑問に思ったみたいだけど、一花ちゃんはすぐ否定していた。一花ちゃんはずっと葉月と一緒にいたわけだけだから、その一花ちゃんが言うんだからそうなのかも。
「どうやら、葉月にとっては花音のそばが気持ちよく寝れるみたいだな」
……あの、一花ちゃん?
そんな嬉しくなる事、いきなり言わないで?!
そんな一人で納得したようにうんうん頷かないで!? 思わず抱きしめてる葉月の肩に顔を埋めちゃうから! 不意打ちでそんな事を言ってくるから、顔熱い!
嬉しいに決まっている。
私のそばだと気持ちよく寝れるとか、何それ。
それだと、私以外のそばだとよく寝れないみたいじゃない。
それが本当だったら、こんな嬉しいことない。
「だから、たまにでいいんだ。頼めないか?」
「う……うん。わかった」
もう、喜んで! って大きな声では言えないけど。でも舞には絶対気付かれてるけどね。オホンとわざとらしく咳払いされましたから。
その日はずっと葉月は起きなかった。次の日の朝までぐっすり。起きたら驚いていたもの。そしてさすがにお腹空いたみたいで、朝から3杯もご飯おかわりしてたからね。体調も良くなったみたいでよかった。
でも、これからは一花ちゃんのお墨付きも貰えた訳だから、遠慮なくハグはできる!
――と思ったのは間違いでした。
□ □ □
「あのね、葉月」
「ん~?」
いつものように葉月の髪を乾かしてから、さあ、ハグしてあげようと思ったところで、言葉に詰まってしまった。
――考えてみたら、理由ないよね!? 葉月にハグする理由がないよね!? この前は葉月の方からハグしてほしいって言われたから、ハグしたわけだし!
言葉が止まってしまった私を不思議そうに見てくるけど、どうしたものか。
「花音、どしたの~?」
「えっと……その……」
たまらず視線を外してしまった。
この前みたいに甘えてきてくれたら嬉しいんだけど、葉月は普段ああいう甘え方はしないんだよね。舞はすぐ甘えてくるんだけどな。
で、でも、葉月は私のそばが寝れるらしいし、一花ちゃんのお墨付きも貰った訳だし。一花ちゃんに言われて今までの葉月が寝てしまう時を思い出したら、確かにハグの時や膝枕の時が寝てくれてた……と思うし。
「花音~?」
葉月は分からないもんね、そうだよね。寝てたもんね。もう、これは無理やりにやってみるしかない!
「お……おいで?」
つい前のように「おいで?」って言ってしまった。
……いやいや、私!「おいで?」って! 他に言う事思いつかなかったからって、「おいで?」って!?
ほ、ほら、葉月も目をパチパチさせて見てくるよ! も、もうこうなったら、このまま押し切ってみよう!
「おいで、葉月?」
「う……ん?」
微笑んで少し腕を広げると、何故か葉月がチラチラとこっちを見ながら、ゆっくりやってくる。戸惑いつつも、この前みたいに恐る恐るといった感じで、私の背中に腕を回してきてくれた。
か、可愛い……。可愛すぎるよ。
一気にそんな葉月に胸を締め付けられてしまう。
私も自分の腕を葉月の背中に回して、この前みたいに優しく背中を撫でてみる。
抱きしめるだけで、一気に幸福感に包まれた。
「あの、花音……?」
「……ん?」
「どしたの?」
「なんとなく……かな」
戸惑ってる葉月。けど葉月も避けようとはしなくて、そのまま抱きしめてくれる。
それがまた嬉しくなる。
「葉月、眠たくなったら言ってね?」
「……うん」
これで本当に眠たくなったら、一花ちゃんの言う通りになる。私のそばで気持ちよく寝れるっていうなら、そうしてあげたい。
キュッと背中に回してる腕に力を込めて、さらに体を密着させた。心臓の方はうるさいままだけど、やっぱり葉月を離したくなくて、つい力が入ってしまう。
スリッとこの前みたいに、葉月が顔を肩口に擦り寄らせてきた。
それ……可愛いからね、葉月。他の人にはしないでね?
しばらく背中を撫でてあげてたら、葉月の腕の力が弱まってきた。
「葉月、眠い?」
「……ん~」
まだ眠ってはいないけど、かなり怪しい。このまま寝られたら、さすがに私の力じゃ葉月をベッドの上まで運べないよ。
「そろそろ寝ようか?」
「んー……」
葉月とのハグをやめて、体を少し(残念だけど)離して顔を見ると、明らかに目がトロンとしている。今にも寝そう。
ベッドに誘導してから、布団を体に掛けてあげた。
「おやすみ、葉月」
「……おやすみ~」
もう耐えられないのか、葉月は目を閉じて寝息を立て始めた。
無邪気に、気持ちよさそうに眠りだす。
「本当に……寝ちゃった」
あどけない寝顔を見て、心がすごく暖かくなる。
本当に、私のそばが、葉月が気持ちよく眠れる場所だったらいいな。
そっと、眠っている葉月の頬に手を添えた。
頬の柔らかさが指に伝わってくる。
それだけで、また心臓は騒がしくなった。
どうやったら、葉月、私を見てくれる?
どうやったら、意識してくれる?
「私のそばが……眠れる場所なら……」
それなら、
「それだけは私のものでいいかな?」
それなら離れないでいてくれるかな?
少しでもそばにいたくて、
離れたくなくて、
それすらもしがみついていたくなる。
そばにいる理由がほしいから。
昨日より今日。
今日より明日。
想いはどんどん膨れ上がる。
「おやすみ……」
葉月の髪を一撫でした。
柔らかくて細い感触を感じられることに、胸の内が温かくなった。口元が自然と緩んでしまう。
1つ、葉月のそばにいられる確かな理由が出来たことが嬉しかった。
葉月、寝る時はそばにいるからね。
葉月が気持ちよく眠れるなら、そばにいるから。
その日以降、葉月が夜中に起きることは減っていった。
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