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123話 ありがとう —花音Side※

 

「一花、葉月っちは?」

「まだ寝てる」


 次の日、葉月と一花ちゃんは学校に来なかった。

 朝に舞が一花ちゃんに2人で休むと言われたらしい。私は早めにいつも登校しているから、舞に聞かされて驚いてしまった。葉月の具合が悪くなったから休むことにしたんだとか。全然そんな素振り、昨日の夕飯食べる時はなかったのに。


 心配だから、今日は生徒会を休んで、早めに舞と2人で帰ってきた。そうしたら、一花ちゃんがそう教えてくれたのだ。


「風邪とか?  熱は大丈夫なわけ?」

「心配ない。熱もないから安心しろ」


 舞も心配だったみたいで、矢継ぎ早に一花ちゃんに問いただしていたけど、彼女は肩を竦めて答えていた。


 この感じだと本当に大丈夫そう。一花ちゃんがそう言ってくれると、安心するよ。妙に説得力があるから。


 今日のご飯は胃に優しいものの方がいいかもしれない。ずっと寝てたなら、まだ何も食べてないよね。


「じゃあ、今日の夕飯の食材買ってくるよ」

「え、いいよ、花音! あたしが行ってくるって!」


 舞が何故か慌てるように、腕を引っ張ってくる。あの、舞? 何をそんなに慌ててるの?


「買ってきてほしい食材書いてよ! あたしと一花で行ってくるからさ!」


 なるほど。2人で買い物行きたいんだね。……スーパーだけど。


 いきなり自分の名前を呼ばれて、一花ちゃんは目を丸くしている。そうだよね、舞のそんな思惑は知らないものね。


「ん、あたしもか? まあ、構わないが……」

「だって、せっかく生徒会なしで早く帰ってきたんだから、花音にもちゃんと休んでほしいじゃん!」

「それも、そうか?」

「そうだって!」


 舞の言葉に不可解そうに首を傾げている一花ちゃん。けど、舞も必死だし。ここは舞を後押ししてあげようかな。


「ありがとう、舞。じゃあ、折角だからお言葉に甘えようかな。今リスト書いてくるね」


 私がそう言うと、舞は途端に目を輝かせてる。これ、舞の気持ち知っていなかったら気づかなかっただろうな。ものすごく嬉しそう。思わずつられて、こっちまで笑顔になるよ。


 リストを書いた紙を渡して、一花ちゃんと舞は買い物に行ってくれた。今日は一花ちゃんに海老グラタンも作ってあげよう。きっと買い物リスト見て気づいたよね。どこか期待するような表情で見てきたもの。


 そんな2人を見送って、私は一花ちゃんと舞の部屋に入っていく。もちろん葉月の様子を見るため。まだ寝てるなら、起こさない方がいいとも思うし。熱はないって言ってたけど、少しでも顔は見たい。


 舞のベッドの上で横になっている葉月を見ると、途端に胸がギュッと締め付けられた。ぐったりしているから、心配になる。


 近づいて、ベッドの縁に腰掛けてから顔を覗き込んでみた。思ったより顔色は良さそう。良かった。目を閉じてるから、寝てるのかな。


「葉月……」


 一応声を掛けてみると、すぐにゆっくり眼が開いていった。起こしちゃったかな?


「……大丈夫?」


 ぼーっと視界が定まらないような感じで見てくる葉月。ゆっくりと目を何度か瞬いていた。


「学校来てないんだもの……心配したよ?」

「……何時?」

「もう夕方」


 視線を窓の方に移して、それでもやっぱりまだ眠いのかぼーっとしていた。やっぱり起こさない方が良かったかも。


「……いっちゃんは?」

「今、舞と一緒に買い物行ってくれてるよ」

「……そう」

「大丈夫? 一花ちゃんから少し体調悪いって聞いたんだけど?」

「平気~……」

「そう?」


 ゆっくりとした動作で起き上がってきた。本当に大丈夫なのかな? 体を動かすのも辛そうに見えるんだけど。


 心配になって見ていると、葉月はいつものようにへにゃりと笑ってくれる。


「花音~、平気だよ~」

「……それなら良かったけど」

「部屋戻ろ~……」


 あまり心配そうに見るのも、かえって葉月は気を遣うのかもしれない。


 自分たちの部屋に戻って、葉月はすぐ自分のベッドにボフンと体を沈めていた。


「本当に大丈夫?」

「ん~……」


 いかにもだるそうに返事をしてくる。

 熱とかはないって話だったけど。


 部屋着に着替えてから、近寄ってまたベッドに腰掛けた。軽くベッドが軋む音がする。寝ている葉月の額にソッと手を置いてみた。確かに熱くはないみたい。だるいだけかな。


 そのままいつものように頭を撫でてあげた。葉月は頭撫でられるの好きだもんね。


 他に何か出来ないかな。とりあえず、今日は脂っぽいものはやめておこう。早くいつもの葉月みたいに元気になってほしいな。


 撫でてあげていたら、ゆっくりこっちに顔を向けて、そして気持ちよさそうに目を細めていた。


 この顔、好きだなぁ。


 撫でながらそう思っていたら、葉月がゆっくりその撫でていた手を自分の手で掴んでいた。


「葉月?」


 どうしたんだろう、いきなり? 自分の顔の前まで私の手を持って行って、じーっと見つめながら両手でムニムニと触られる。ちょっとくすぐったい。だけど突然そんなことされると、どうしたんだろうって思っちゃうよ?


「えっと……葉月? どうしたの?」


 再度聞いてみると、やっとこっちを見てくれた。どうしてそんな視線を泳がせているのかな?


「……プニプニしてる」

「……どういう意味かな?」


 さすがに一瞬言葉に詰まってしまった。

 それって太っているって言いたいのかな? 葉月、私のことそう思ってたの? 体重、中学の時と変わってませんけど?


 そんな言葉が出てくるってことは、思ったより元気だってことだよね。からかってくるんだもんね、元気だね。


「もう……」


 これ以上太っていると思われたくなくて手を離そうとしたら、何故か葉月がその手をまた掴んできた。


 どうしたんだろう? 

 目をパチパチとさせて葉月を見ると、葉月もポカンとしながら、こっちを見上げてくる。


 そして首を傾げるから、私もつられて首を傾げてしまった。


「あの、本当にどうしたの?」


 問いかけても、葉月は自分で掴んだ私の手と、私の顔を交互に見てくる。とても困惑している様子で。


 あの、葉月? 何か言いたいから掴んだんじゃないの? もしかして何か食べたいものあるとか? 何でそんな不思議そうに交互に見てくるの?


 だから思わずそのまま聞いてしまった。


「何で葉月がそんな困った顔してるの?」

「う……ん……そうなんだけど、ね」

「何かしてほしいの?」


 尚も困惑している様子で、首を傾げたままの葉月。


 食べたいものあるなら、何か作ってくるけど。そういえば、今日はお昼ご飯食べたのかな? 寝ていたなら何も食べてないんじゃ――



「ハグ――して、ほしい……」


「えっ?」



 今、なんて?


 そっちばかりに頭を働かせていたら、予想外のことを言われた。


 え、ハグ? ハグって言ったの? 何で葉月が驚いているのかは分からないけど、それはつまり……抱きしめてほしいってこと?


 顔が一気に熱くなるのを感じて、もう片方の自分の手で顔を隠す。


 お、落ち着いて。

 絶対、今のハグしてほしいに深い意味はないはず。今の葉月は具合が悪いんだから。


 弱っている時にただ人の温もりがほしいんだよね。弱っている時って、不安になるものね。私も子供の時に風邪引いた時は、お母さんに抱きしめてもらって安心してたし。きっと葉月のもそう……なはず。いや、絶対そう。


 だから、期待しちゃいけない。


 必死に言い聞かせて、ハアと息を吐いてから手をどかした。どこか不安げに見てくる葉月を見て、思わず苦笑してしまう。


「……いいよ。おいで?」


 いいよ。

 葉月がそれで安心できるなら。


 掴まれてた手を一旦外して少し腕を広げると、戸惑っている葉月がそこにいた。


 どこか心細げに見えるけど、戸惑いつつもゆっくり自分の体を起こして近づいてくる。


 そんな葉月が可愛くて仕方ないのは、もう重症かもしれない。


 恐る恐ると言った感じで、私の背中に腕を回してきた。体が密着して葉月の温もりと香りに包まれて、自然と胸の奥の鼓動も早くなってしまう。私もゆっくり葉月の背中に腕を回した。


 本当、細くて柔らかい。


 温もりと匂いと、そしてその柔らかさにキューっと胸の奥が締め付けられる。ドクンドクンと、鼓動が心臓を叩いてくるのを止められない。


 ギュッと葉月の腕の力が更に強くなって、さらに体が密着する。甘えるように私の首筋に顔を埋めてきて、息がかかってくる。その息がくすぐったくて、体を少し震わせてしまった。


 それ、反則だよ。


 ゆっくりと、前と同じように宥めるように背中を撫でてあげた。そうすると、葉月は落ち着くみたいだから。


 ギュッと抱きしめると、そのたびに胸が熱くなる。


 葉月の温もりと、香りが、これ以上ないくらいに私の胸を締め上げてくる。

 嬉しくなって、幸せな感覚が私を包み込んでくる。


 スリッと顔を寄せてくるたびに、心臓が張り裂けそう。


 これ、無自覚だよね?

 他の人にも、こういうことしているの?

 それは、ちょっとやだなぁ。


 ねえ、葉月。

 他の人にはしないで。

 私だけににしてほしいよ。


 こんな幸せ、


 私以外に与えないで?


 もっと葉月の暖かさを感じたくて、背中に回している腕に力を込める。


 独り占めしたくて、葉月の柔らかくて細い体を、背中を撫でてあげながら抱きしめる。


 ああ、もう……。

 気持ちが目一杯溢れてくる。


 好き。

 好きで好きでたまらない。

 離したくない。

 このままずっと抱きしめてたい。

 ずっと、葉月のこの暖かさを感じていたい。


 しばらくすると、私の背中に回された腕の力が緩まっていくのを感じた。


「……葉月?」


 どうしたんだろう? そう思って、肩口に顔を置いている葉月に声を掛けてみる。返事はなく、代わりに耳元で葉月の寝息が聞こえてきた。


 ……寝たの? この前の夏休み最後の日もこんな感じだったような。


 しっかり葉月は私に体重を預けている。動けない。動いたら、それこそ葉月を起こしてしまいそうで。


 でも寝ちゃうってことは、やっぱり私のこと意識してないね。地味にやっぱりショック受けるなぁ。女の子同士でも、ここまで密着のハグとかスキンシップでもやらないと思うんだけどな。


 耳元に聞こえてくる葉月の寝息に、思わず一人苦笑してしまった。そんな葉月が落ちてしまわないように、支えるように抱え直して、今度は髪を梳くように、頭も撫でてあげる。


 この肩にかかる葉月の重みも、嬉しく感じる。

 今、確かに私の腕の中に葉月がいるんだもの。


 そう思うだけで、胸がこれ以上なく熱くなる。嬉しくなる。幸せな気持ちになる。


 伝えたいな。

 ちゃんと伝えたい。

 好きだよって伝えたい。


 葉月。

 私、葉月を好きになれただけで幸せだよ。

 こんな素敵な気持ちを教えてくれてありがとう。

 こんな幸せを教えてくれてありがとう。


 できれば、私を好きになってほしいな。

 私を好きになってくれたら、ちゃんとお返しするね。

 葉月がくれている幸せを、ちゃんとあなたに返したいから。


「…………好きだよ」


 寝ている葉月に小声で呟く。

 変わらず寝息が届いてきた。


 ズルいね、私は。

 でも起きている時に、今はまだ伝えられない。


 嫌われるのが怖いから。

 この温もりが離れるのが怖いから。


 だから、


 私が伝えるその時まで、



 他の人を好きにならないで?



 そっと、葉月の頭を撫でる。


 起きる様子はない。




 しばらく、寝ている葉月を抱きしめたままでいた。


お読み下さり、ありがとうございます。

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