122話 眠れる場所
私がちゃんと眠れるのは、上手く自分の中の“欲”が『発散』された時だけ。
中等部の時は大丈夫だった。
色んな事やってたから。
自分の“欲”が発散された時はグッスリ眠れた。
あとはものすごく疲れた時だけ。
眠れない日の方が圧倒的に多いけど、それでも上手くやっていた。
でも、眠らないと“欲”が溜まる。だから、たまに眠る薬を使って無理やり眠っていた。
それでバランスを保っていた。
だけど、高等部に上がってからは『発散』が上手くいかなくなった。
小さい“欲”で消化してるだけで、圧倒的に足りていない。
自然と飲む量は増えていった。
けれど、
あの雨の日、
私は数年ぶりに『発散』をしないで、薬を飲まないで、疲れてもいないのに眠りについた。
先生は言った。
『眠れる場所を見つけたんだ』
たまたまだと思った。
本当に、たまたまだと思ったんだよ。
「葉月……」
声が聞こえる。
優しい声。
落ち着く声。
目を開けると、花音がいた。
「……大丈夫?」
あれ……どうしたんだっけ……確か昨日、舞と部屋交換して……いっちゃんに見張ってもらって……。
「学校来てないんだもの……心配したよ?」
学校?
ぼーっとする。結局昨日もよくは寝れてないから、浅く寝て起きてを繰り返す。だからぼーっとする時間が最近は圧倒的に多い。
「……何時?」
「もう夕方」
ぼーっとしてたらそんな時間になってたのか。いっちゃん、今日声掛けなかったんだ。いなくなってたの気づかなかった。
「……いっちゃんは?」
「今、舞と一緒に買い物行ってくれてるよ」
「……そう」
「大丈夫? 一花ちゃんから少し体調悪いって聞いたんだけど?」
体調?
ああ、いっちゃん、そういうことにしたのか。
「平気~……」
「そう?」
のそのそと起き上がる。花音が心配そうに見てくるから、いつものようにヘラヘラ笑ってあげた。
「花音~、平気だよ~」
「……それなら良かったけど」
「部屋戻ろ~……」
花音に言って、自分たちの部屋に戻った。
モヤモヤする。胸がざわつく。
ベッドにボフンと体を沈めさせた。「本当に大丈夫?」って花音が声を掛けてきたから「ん~」って返事をして枕に顔を埋める。
やばいな~。今いっちゃんいないから。せめて少しでも寝れればいいんだけどな~。そうすればモヤモヤちょっとなくなるんだけど、多分……でも、あの薬は多分今いっちゃんが持ってるし。
キシっとベッドが鳴る音が聞こえて、ふわっと温かい感触が頭を撫でてきた。
花音の手だ……。
気持ちいい。
花音の細くて柔らかい手が、指が、ゆっくり髪を梳きながら私の頭を撫でてくる。
これ、
落ち着く。
閉じてた目を開けて、花音を見上げる。
部屋着に着替えた花音が、また心配そうな顔で覗き込んできた。
……なんでだろ。
なんで、こんな落ち着くのかな。
『眠れる場所を見つけたんだ』
先生の言葉が蘇る。
そんなわけない……そんなわけ……。
でも、この手は気持ちいい。
いっちゃんでもこんな落ち着くことなかった。
なのに、なんで花音だと落ち着くんだろ。
花音の撫でてくる手をそっと掴んでみた。「葉月?」とどうしたんだろうという顔で私を見てくる。私はその手をぼーっと見つめる。
不思議。普通の手なのにな。両手で掴んでムニムニしてみる。何にも変わったところなんてないのに。
「えっと……葉月? どうしたの?」
手から花音の顔に視線を移すと、ちょっと戸惑っていた。あ、何にも考えてなかった。いきなりこんなことしたら、誰だって戸惑うよね。でも……何て言おう。
「……プニプニしてる」
「……どういう意味かな?」
馬鹿正直に花音に言ったら、ちょっと怖い笑顔になった。いや、他に言う事見つからなくて。太っているって意味じゃなくてね?
花音が「もう……」って言って手を離そうとしたから、反射的にギュッと掴んでしまった。
あれ……? なんで……?
花音もきょとんとしてしまっている。私も固まってしまった。
なんで……やだって思ったんだろ?
自分でも首を傾げる。花音も首を同じように傾げていた。
「あの、本当にどうしたの?」
いや、その……自分でも分からなくてですね。寝てないせい?
花音の手と花音の顔を交互に見て首を傾げる。そんな私を見て、花音もどうしたらいいのか分からないみたい。いや、うん。ごめん。私も分からないんだよ。
「どうして葉月がそんな困った顔してるの?」
「う……ん……そうなんだけど、ね」
「何かしてほしいの?」
何か? いや、特に何かしてほしいわけではないんだけども。
何か――――
「ハグ――して、ほしい……」
……あれ?
今、自分何て言った?
どうしてか自然と口に出てた。はて?
花音も「えっ」って言ってる。ごめん、花音。私も自分で今「えっ」ってなってる。でもなんか勝手に口が……って花音、何でもう片方の手で顔隠してるの?
ハアっと息をついて、苦笑して私を見てきた。若干頬が赤いけど。えっと、呆れてる?
「……いいよ。おいで?」
そう言って私が掴んでた手を離してから、腕を広げてきた。
あ、あれ? いいんだ? え、でもいいのかな? なんで自分でもそんなこと言ったのか分かってないんだけど。でも、自分で言っちゃったしな。いっか。
少しだるさが残る体を起こして、ソッと花音の細い体に腕を回す。花音も私の背中に腕を回してきた。
あったかい。
キュッと力を込めると、体がさらに密着して、花音の心臓の鼓動が伝わってきた。
……? 若干早いような気がするけど、前、こんなんだった? まあ、いいか。
いい香り……同じシャンプーとボディソープ使ってるんだけどなぁ。これ何の香水なんだろ?
思わず首筋に顔を埋める。花音の体がピクッと跳ねた。
ホント……なんで……。
もっとその香りと温もりを感じたくて、腕に力を込めて、甘えるように顔を埋めた。
背中を撫でてくる花音の手も心地いい。
なんで……こんな落ち着くのかな。
なんでこんな、
安心するんだろう。
温もりが、
香りが、
手が、
全部が心地いい。
あれ……眠くなってきた。
『眠れる場所を見つけたんだ』
眠れる……場所……。
ここが……?
段々瞼が落ちてくる。
その温もりと香りに包まれて、
その心地よさに身を委ねて、
私は意識を手放した。
次の日の朝まで熟睡した。一回も起きなかったらしい。胸のモヤモヤが大分無くなっていた。
そんな私を見て、いっちゃんがすごく安心したような顔をしてたから、その顔をムギュって両手で挟んだら怒られた。
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