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121話 忘れちゃいけないことだった —花音Side

 

「え?」

「また……2人で分かんない話してた」


 この日もいつもの日常のはずだった。


 さっきまで私に怒られてシュンッとしてたはずの舞が、悔しそうな表情でキッチンに入ってくる。


 帰ってきて、部屋のドアを開けて固まってしまったよ。葉月が舞を押し倒しているんだもの。


 さすがに黙って見てられないかな。自分の好きな人が違う人に覆いかぶさっている姿って中々ヒヤッとさせられるんだね、勉強になりました。思わず怒っちゃったけど。


 それで私はご飯を作ろうと、葉月と舞と一花ちゃんを部屋に残して、キッチンにやってきた訳だけど……食材を洗っていたら、その舞がやってきて、そんなことを言い出した。


「分かんない話って?」

「分かんないよ……また寝てないとか、ドア越しだったからよく聞き取れなかったし。花音の話もしてたみたいだけど?」

「え、私?」

「葉月っちが覚えてないとか言ってたような気もする。一花が何か確認してた。何ともなかったか? とか何とか……心当たりある?」


 心当たり? 分からないけど、葉月が覚えてないとかなら、夏休みの最後の日の話?


 あの時のことを葉月は全く覚えてないみたいだった。

 それに、次の日の朝に葉月自身が私に確認してきたもの。


 『何かしたか』って……。


 今思うと、それってどういう意味だったんだろう?



 まるで何かをすることが決まっていたかのような聞き方。

 もしくは何かをしてしまう、とか?



 ただ寝ぼけていただけだって思ってた。

 怖い夢を見て、だからあんな魘されて。


 でも、あの時の葉月は様子がおかしかった。


 目が虚ろで、息を荒げて、

 こっちの声が全く聞こえてない様子だった。


「花音?」

「あ、ごめん」


 つい、あの時のことを思い出してたら、舞が怪訝な表情で見てきた。いきなり黙り込んじゃったからだよね、ごめん。


「何かあったわけ、葉月っちと?」

「ううん。違うよ、舞。ただ……」

「ただ?」

「葉月、寝ぼけて私にハグしてきた時あったから……その時のことじゃないかなって」

「それって……あたしを部屋から追い出してまで2人で話すこと?」


 う~んと腕を組んで唸っている舞。一花ちゃん、舞を追い出したんだ。だから舞はここにきたんだね。確かに舞の言うとおり、舞がいても支障はないような気はするけど。


 ――もしかして……またあの薬のことを話したとか……?



「すまない、舞」



 カチャッといきなりキッチンルームのドアが開いたと同時に、一花ちゃんが顔を出す。舞と一緒に思わず凝視してしまった。そんな私たちを見て首を傾げてたけど。


「どうした?」

「い、いや、何でもないよ、一花。どどどうしたのさ? 葉月っちとの話終わったの?」

「……それなんだが、今日あいつと部屋交換してくれないか?」


 一花ちゃんの思わぬ言葉に2人で目を丸くしてしまう。


「どういうことさ、一花?」

「今日だけでいい。少し確認しておきたいことがあってな」

「あの、一花ちゃん? 確認って?」

「大したことじゃないんだ。何も無ければそれでいい」


 でも難しい表情だよ、一花ちゃん。何を確認したいの? それは舞もそう思ったみたい。


「そんなんじゃ気になるじゃんか」

「まあ、そうだよな……」


 うーんと一花ちゃんが顎に指を置いて、考え始めてしまう。固唾を飲んで、そんな一花ちゃんの次の言葉を待ってたら、意を決したかのように目を開けて私たちを見てきた。


「あのな、2人ともよく聞いてくれ」


 そ、そんな改まった言い方されると緊張しちゃうよ、一花ちゃん。




「あいつ、どうも今夜、何か企んでいる気がするんだよ」




 はい?


「あたしはストッパーだからな。それを止めたいわけだ」

「あ、あの一花? じゃあさっき2人で何を話――」

「何か企んでいるのを問いただしたが、まあ、案の定口を噤みやがったな。だから今夜だけ、あいつを見張ることにしたんだ。ベッドに括り付けておいて、あたしが隣にいれば、さすがのあいつも何も出来やしないだろう」


 うんうん、と一花ちゃんが満足いくように頷いているのを、ポカンと口を開けて見ていることしか出来なかった。


 た、確かにありえそうだけど……それは確かにありえそうだけど。


「いや、あの一花? でもそんなのいつものことじゃ――」

「甘いな、舞。あたしは長年の付き合いで分かる。あれはとんでもないことをしようとしている」


 なんて説得力のある一言。舞が聞いたっていう会話を知らなかったら、私は仕方ないかもって思ってしまっていたよ。


「――他に理由があるんじゃないの?」


 舞はやっぱり知りたいみたい。それはそうかも。たった一晩だけでも変わるのは嫌だよね。


「ないな」


 一花ちゃんはあっさりと否定している。こんな堂々と言われると、そうかもって思ってしまうんだけど……でも一花ちゃんはこれで通すみたい。他に理由があるはずだけど、知られたくないんだね、きっと。


 それがわかったのか、舞も「……わかったよ。今夜だけね」と引き下がってしまって、結局、その日の夜だけ葉月と舞が交代することになった。


 きっと一花ちゃんの言う交代の理由は違う。

 何かがあったのかもしれない。


 寝てないとか、寝ぼけて私にハグしたことを覚えてない事とか、他にも何か理由があったのかもしれない。


 ご飯を食べ終わって、舞と葉月が交代する。

 部屋を出ていく葉月は、どこか諦めたような表情をしていた。


「あのさ……」

「ん……?」


 寝る時に、葉月のベッドを使っている舞が話しかけてくる。


「一花の……あの理由、違うよね?」

「……多分」

「さすがに気になるよ。葉月っちに何があるのか」


 そうだね、舞。気になるよ。


 だけど、2人ともそれには触れられたくない気がする。

 一花ちゃんも葉月も。


 そういえばレイラちゃんに前に言われた。


 離れた方がいいって。

 私が壊れるからって。


「一花も葉月っちも……仲良くなったんだから、そろそろ話してくれないかな」


 ポツリと寂しそうに舞が呟く声が届いてくる。


「そうだね……」


 舞にそう返すことしかできなかった。


 壁を感じてしまう。こういう時、一花ちゃんと葉月にどうしても超えられない壁を。


 それがとても寂しく感じる。


 舞もそれは同じなんだよね。

 一花ちゃんを好きって以外にも、舞は友達思いの優しい人だから。

 葉月のこともちゃんと大事に思ってるんだよね。


 だけど、舞。

 葉月には色々秘密があるんだよ。


 知らない薬も飲んでいる。

 レイラちゃんに離れた方がいいって、警告されるような過去も持っている。

 葉月自身も知られたくないって思ってる。


 『そのままでいて』って、前に海で言われたの。


 あの時の切なそうな声を思い出す。

 自然と自分の胸の奥も切なくなる。


 葉月。

 あなたには色々ある。

 色々な秘密がある。


 忘れちゃいけないことだった。


 だけど、

 だけどね。


 やっぱり、心配になるんだよ。

 気になるんだよ。


 でもあなたは、

 知られたくないんだよね?


 もどかしい思いを抱えながら、眼を閉じる。



 自分では葉月の力になれない無力感を感じて、その日は中々寝付けなかった。


お読み下さり、ありがとうございます。

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