120話 どうしたもんか……
新学期が始まって、1学期と同じような時間がまた流れ始めた。
花音は生徒会で朝は早いし、夜もちょっと遅い時間に帰ってくる。
ただ、この前帰ってきたときに「おかえり~」っていつものように言ったら、何故かしゃがみこんで顔を隠していた。そしてその様子がいっちゃんのプルプルモードに似ていたんだよ。いつの間に伝染したんだろう。すぐ復活してご飯作ってくれたけど。前より頻度は減ってるけどね。その日は会長と何かあったに違いない。
今月は校外学習がある。いっちゃんが言うにはそれもイベントらしい。美術館に行くだけなんだけどね。ホントただの鑑賞会。
まぁ、今はそんなことより自分の事だ。
正直、夏休み最終日に自分がやらかしたことは、ちょっと大変なのだ。
だから、それ以来ちょっとあれを飲む回数を増やしている訳で……そうすると、つまり量も1回に減るわけで……つまり、いっちゃんに頼まないといけない訳で……
絶対怒られる。
「はぁ……」
「どうしたのさ、葉月っち? 珍しいね、溜め息なんて」
今はいっちゃんが少し読書したいからって自分の部屋に戻ってる。まぁ、昔からいっちゃんは毎日読書する時間を取ってるからね。花音はまだ帰ってきていない。舞が花音のおやつ目当てにこっちの部屋に来てるのだ。
「舞~……」
「どしたどした~?」
「いっちゃんに何かしてきて~」
「いや、何で!? 嫌だよ! 怒られるじゃん! 一花の読書タイム邪魔できないよ、あたし!」
怒られることするっていうことだね。私だったらいっちゃんの髪で遊ぶんだけどな~。
そしたら舞が頭をいい子いい子してきた。
「なんかよく分からないけど。悩み事なら相談乗るよ?」
「舞~……」
「葉月っちの悩み事なんて何かしでかそうとしてるか、玉ねぎのどっちかだろうしね! それに葉月っちのやることを事前に止めたら、それこそ一花に褒められるじゃん! これこそ一石二鳥だよね! あっはっはっ!」
ほう、舞。それは喧嘩売ってるね! そうだよ、最近やらかしてないからね! それこそ、『発散』に舞を使わせてもらおうじゃないか! そうしよう!
「あ、あの……葉月っち? ちょっと目が据わってるんだけど……待って、待って待って! その手に持ってるタバスコどっから出してきたのかな!? 何するつもりかな!?」
「あのね~舞~。タバスコって~目に入ると痛いらしいよ~?」
「いやいやいや! そんなの痛いに決まってるよね!? そして試そうとしてるよね!?」
「やってみよ~! 舞~!」
「ぎゃああああ!! ストップ! 葉月っち! ストップ~! さっき言ったこと謝る! 謝るから!!」
舞の目にタバスコを入れようとして、ガバッと馬乗りになって押し倒した。でも舞は、両手で私が持ってるタバスコの蓋を押さえて抵抗してくる。
「ストップ! 葉月っち! 落ち着いて!?」
「大丈夫だよ~舞~。ほんのちょ~っと、ちょ~っとだけ入れるだけだからさ~!」
「ひいいいい!! 目がマジすぎる!! やばい! 葉月っちがちょっと暴走してる!」
ガチャ
ドアが開いた。
私と舞が「「あっ」」って同時に声を漏らしながらドアの方を見てみると、花音が帰ってきてドアを開けてた。
「…………」
「…………」
「…………」
何故か沈黙が訪れた。
そして、花音がすっごい怖い微笑みを浮かべてきた。
あれ、何これ……今までで一番怖いんですけど……とってもヒヤッとするんですけど。
「……何してるのかなぁ、2人して?」
しかもめっちゃ声が冷たい! 何故に!? 舞もビビッて声出せてないよ!
「い、いや……あの……花音?」
「うん。な~に、葉月?」
「これはその……舞で遊んでただけでね……?」
「ちょっと、葉月っち!? 目がマジだったじゃん!?」
「マジってどういうことかな~、舞?」
「ひっ! かか花音!? なな何か誤解してないかな!? これはあのね?!」
「うん。な~に、舞?」
「これはあの、葉月っちがタバスコをね、かけてこようとしてね!?」
「……じゃあ、どうして2人ともそんな態勢なのかな?」
あ、はい……私が舞を押し倒してますね。
「2人とも。ちょっとそこにちゃんと座ろうか?」
「「は……はい」」
有無を言わさぬ花音の言葉で、私と舞が即座に正座して2人で並んだ。もう早かった。
今の花音めちゃくちゃ怖い! 何これ!? こんな花音初めてなんだけど!? もう空気が怖い!
「舞?」
「はははい……」
「どうして葉月にタバスコかけられようとされてたのかな?」
「そ、それは……その……ちょっとからかってしまいまして」
そ、そうだよ~! 舞が喧嘩吹っ掛けてきたんだよ~!!
「うん、じゃあそこはちゃんと反省しようね? ……あと葉月?」
「は……はい」
「だめだよ? ちょっとからかわれたぐらいで、押し倒してまでタバスコかけようとしちゃ、ね?」
「え~、いやでも……」
「返事は?」
「は、はい……」
――やばい! この有無を言わさない感じ! 返事が強制的に出ちゃう! あとなんで“押し倒したこと”を強めに言ってきたの!?
「何してるんだ、お前らは?」
カチャッとドアを開けて、とてもとても呆れた顔で読書タイムを終えたいっちゃんが入ってきた。座ってる私たちと、立ってる花音を交互に見てる。
「……お前ら、花音に何かしたのか?」
「いや、いやいやいや! 一花! してないよ! してきたのは葉月っちっでね!?」
「いっちゃん! 違うよ! 舞がね! バカにしてきたんだよ!」
「葉月、舞? 今はもう夜だから静かにしようね?」
「「はい」」
「……どんな状況だ、これは?」
「一花ちゃん、ご飯食べた?」
「いや、今からだ。舞を迎えにきたんだ」
「良かったら食べてって? 一花ちゃんの好きなエビチリ作るから」
「いいのか? それなら頂こう」
「あ、舞はパセリで葉月は玉ねぎ食べてもらうからね。ちゃんと食べてね?」
「「えっ!?」」
そう言って颯爽とキッチンに向かってしまった花音を、私と舞が茫然と見ていた。そんな花音を見て、いっちゃんが半目で私たちを見てくる。
「お前ら……本当に何やったんだ? あの花音がここまで怒るの初めて見たぞ?」
いや、いっちゃん。私も初めて見たよ。こ、怖かった。
「は~……災難だった。もう葉月っちをからかうのはやめるよ、あたし」
「むー。舞が悪いんだもん」
「ごめんごめん、葉月っち。あたしも悪かったからさ。仲直りしよ?」
「……仕方ないな~」
「一体何をしたんだ、お前らは?」
ん~。舞の目にタバスコ入れようとしただけ~。あ、そういえば手に持ったままだった。
……でも、ちょっと試してみたかったな~。
自分の手に持ってるタバスコを見てみる。
ゾワっと――背筋が震える。
これ……目に入ったら痛い……?
舞はだめ?
じゃあ……もし……?
ドンッ!!!
瞬間、いっちゃんに押し倒された。
あれ……?
馬乗りになって、私のタバスコを持っていた手首を床に押し付けている。
あれ……? いっちゃん?
「ちょ――一花!? いきなりどうしたのさ!?」
舞が横で慌てている。
いっちゃんの険しい顔が目に映る。
「お前……今、何しようとした?」
今……何……?
パチパチと目を瞬かせていっちゃんを見る。
「……舞、ちょっと花音の事手伝ってこい」
「えっ……う、ん……わかったよ」
厳しい声で舞にそう言ういっちゃんは、私から目を離さない。舞がちょっと戸惑いながら、キッチンに向かっていった。
「葉月」
いっちゃんが見てる。
「葉月、ちゃんと見ろ」
私は目をパチパチさせて、いっちゃんを見る。
「あたしを見ろ! 葉月!」
いっちゃん……いっちゃんがいるよ……?
「……いっちゃん」
「……分かるか?」
「いっちゃんが……いるよ……」
「今、何しようとした……?」
タバスコ……試そうとした。
自分の抑えつけられてる手に視線を向けた。
「……お前、寝てないな」
「……」
「あれ、飲んでるのか? 先月渡しただろ?」
「…………もう……少ない」
「何でだ?」
「…………今……飲む量増やしてる」
いっちゃんが険しい顔で見てくる。
「あれは毎日飲むものじゃない。量を間違えるなって言ったはずだ」
分かってる……でも……。
「花音が……」
「花音? 花音がどうした?」
「花音が……知らない間に、一緒に寝てて……朝起きたら隣にいて……」
「――覚えてないのか?」
「あの夢、久しぶりに見て…………」
「っ……何でもっと早く言わなかった!」
だって、いっちゃん……久しぶりだったんだよ……だから、大丈夫だと思ったんだよ。
「花音は何ともなかったんだな……?」
「魘されてて、ハグされただけだって……」
「そうか」
ゆっくりいっちゃんが離れていく。
「あれは明日持ってくる。今日は舞と交代しろ」
「……わかった」
「花音と舞にはあたしから言っておく。今日はいつ飲んだ?」
「……午前に1回」
「だからお前、授業中にあんなだったのか」
「だって時間が限られてるからさ……」
ハアと息をついて、いっちゃんが立ち上がった。
「今日はもう無しだ。無理にでも眠れ」
「……わかったよ~」
「もう大丈夫だな?」
……うん……大丈夫。
私はちゃんと、
頭がおかしいことが分かるよ。
それからいっちゃんは花音と舞に今日だけの部屋交代を告げて、ご飯を食べてからいっちゃんたちの部屋で眠った。
花音が心配そうにこっちを見ていた。
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