119話 忙しい日々に —花音Side
「会長に決まりですか?」
「そうね」
一年生の行事の一つ、校外学習が今度ある。今はその段取りと、生徒会の中で誰が引率するかを話し合っていた。
私は行事に参加するので、先輩たちの内の一人が行くことになっていたんだけど、会長に決まったらしい。クジ引きで決めるとか、ありなんだ。
でも本当、この生徒会は頼りにされていると思う。こういう行事関係で美術館とのやり取りさえ、教師陣じゃなく生徒会主導なんだから。生徒が行う行事だから、生徒たちに自主的に取り組んでほしいとの学園長の意向らしいけど。今度の文化祭もそうだしね。
引率も決まったし、美術館側との細かな確認も終わった。最近それで忙しかったから、思わずフウと息をつく。
「最近遅かったものね。疲れも溜まってるでしょう」
「そんなことないですよ。それに、これからは文化祭の準備も本格的に入ってくるんですよね?」
「そうだけど、夏休み明けてから随分頑張りすぎじゃない? 少しは休めているの?」
……見抜かれている。苦笑して東海林先輩はポンポンと頭を撫でてくれた。これ、心配してくれているんだ。ご、ごめんなさい。休めてるというか……動いてないと考えてしまって。
だって、葉月はあの時のこと全然覚えてなかったから。
本当に寝ぼけてたみたいで、次の日の朝、恐る恐るといった感じで聞いてきたから。
それより、
ハグしたことに何にも感じてない感じで、それがショックだったなんて言えない。
全く意識してないよね。それはそうだけど、葉月にとって私はただのルームメイトで友達なわけだし、女の子同士のスキンシップでハグぐらいするし、現に舞がそうだし、何なら一緒に寝るのだって全く問題ないわけだし。
こっちは心臓おかしくなりそうなのに。
「今日はもう終わりにして上がろうか。いいよね、翼?」
「そうだな」
月見里先輩にまで明らかに心配されてしまってる。これ、今日はもう帰って休めってことですね。そんなに疲れてる顔してるかな。
大丈夫ですって言おうとしたら、笑顔でにっこり返されてしまった。あ、この月見里先輩は無理。覆せない。
ということで、今日は早めに帰ることになってしまった。ハアと溜め息ついて1人で帰路につく。いつもは東海林先輩と一緒に帰ってるけど、今日は1人でやることがあるらしい。
今日、夕飯どうしよう。何作ったら葉月が喜ぶか……な……。
ピタッと足が止まってしまう。顔を手で覆って、また溜め息をついた。
だめ。もう四六時中、葉月のこと考えてる。もう頭も心も葉月を中心に考えてる。
ユカリちゃんにも夏休み明けてから「花音ちゃん、どこか変わりましたね」って言われてしまったし、そんなに顔にも出てるのかな。
またゆっくりと足を動かし始めた。
そんな分かりやすいんだったら、すぐ葉月にも気づかれてしまう。
気づかれたらどうなるだろう? 前にも考えたことあるけど……やっぱり女の子だから、そういう風には見れないって振られる? もしくは最悪嫌われるとかあるのかな? それは嫌。
でも、気づいてほしいとも思うんだよ。
気づいてくれないと、葉月は一生私のことをそういう風には見てくれない。そういう意味で好きになってくれるとはきっとならない。
あの笑顔を、
あの香りを、
あの温もりを、
あの声を、
あの優しい手を、
他の誰かが独占するのなんて考えたくない。
伝えたい。
私の気持ちをちゃんと葉月に知ってほしい。
知って、ちゃんと私を見てほしい。
そういう対象で好きになってほしい。
だけど、嫌われるのも嫌。気を遣わせるのも嫌。
……やっぱり身動きは今取れない。舞の言うとおり、葉月に少しでも意識してもらうしかないみたい。でもどうやって?
グルグルと頭を巡らせながら、寮に帰りつく。
「おかえり~、花音~」
部屋に帰って、無邪気な笑顔の葉月に出迎えられる。
は、反則すぎる。
その笑顔でキューっと胸が締め付けられて、思わずしゃがみこんでしまった。
「花音~? どしたの~? どっか痛い~?」
「……平気」
心配そうに声を掛けてくれたけど、全然平気じゃない! 顔熱い! その笑顔は本当反則すぎる!
しばらく落ち着くまでしゃがみこんでから立ち上がると、きょとんとした顔で見上げてくる葉月。その顔も可愛い。
「ごめんね、すぐご飯作るね」
「本当に平気~?」
「うん、平気だよ」
急いでキッチンルームに逃げ込んだ。ごめんね、葉月。本当に平気だから心配しなくていいからね。だけど……。
キッチンルームに入って、ハアと溜め息つきながらテーブルに手をついた。
もう全てが可愛いすぎるよ、葉月。
抱きしめたくなるから!
抱きしめたくなるからね、それ!
しばらく1人でさっきの葉月の顔を思い出して、結局夕飯は簡単なモノしか作れなかった。でもやっぱり葉月はおいしいって言ってくれるから、それまた嬉しくなってしまったんだけど。
だけど、あの日。
あの夏休み最後の日。
どうして葉月があんなに苦しそうだったのか、ちゃんと考えるべきだったのかもしれない。
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