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11話 主人公の手料理


 片付けが終わったのは夕方だった。意外とスムーズに片付けが終わったのは喜ばしいことだ。昨日の片付けは夜までかかったのに。自業自得ですけどね。


「終わったー。そしてお腹空いた~」


 ベッドにダイブしながら叫ぶと、花音は自分のベッドに腰掛けながらクスクス笑っていた。


「花音~ご飯どうする~? ちょっと早いけど、もう食堂行く~?」


 この寮には食堂もちゃんとある。朝、昼、晩ちゃんと食べれる。しかもちゃんとコックさんまで雇っているから、料理も豪華だ。そこはやっぱりお金持ちだからだろう。


 言っちゃ悪いけど、自室の部屋のキッチンはただついているだけで、ほとんどの寮生は使わない。そりゃそうだ。ほとんどの生徒がお坊ちゃんお嬢様なのだ。食堂で立派な食事が出てくるんだから、自分で料理をする必要がない。中には、作ることが好きな人もいるけどね。


「うーん……どうしよう……」


 少し表情が曇っている。はて? いきなりどうしたの?


「ねえ、葉月? 葉月も東雲さんも中等部ではどうしてたの?」

「んん? どうって?」

「えーと……ご飯……ずっと食堂?」

「うん。私もいっちゃんも料理は出来ないからね」


 これは堂々と言える。私は料理が出来ない。それに前世でも簡単なものしか作ってないしね。食材を焼くしかやったことないもん。味付けなんてもっての他である。


 それを聞いた花音は、苦笑しながら「そっか」と力なく答えた。んん? ホントにどうしたの?


「……葉月だけ食べてきなよ。私は外で適当に買って食べるから」

「え? やだ。花音と一緒に食べる」

「え、え~と……悪いからいいよ?」


 渋る花音。なんか変。さっきまで普通だったのに。ん、ひょっとして?


「……食堂行くのやだ?」

「っ……!!」


 あ、困った顔になってる。ビンゴ。やっぱりね。お昼に食堂行った時、驚いてちょっと青褪めてたもんね。そういうことか。ちょっと失念していた。少し考えれば分かることだったね。ごめんごめん。


 私たち金持ち組からしてみれば、いわばそれは普通だったが、花音にとってはそうではないだろう。簡単に言えば食堂の料金は高いのだ。


 食堂だけじゃなく、制服も靴もジャージも一流のデザイナーが携わっているから高い。だけど、花音の家は普通の家だ。サラリーマンってさっき言ってたから、給料も普通なのだろう。

 たぶん、毎日あんな金額払い続けてたらすぐ立ち行かなくなる。制服も結構無理して買ったんじゃないだろうか。学費の方は、特待生は無料だからいいだろうけど。


「ん~……」

「あの……葉月? いいよ? 私、自分で何とかするから……」


 私はちょっと考えて、(おもむろ)に立ち上がった。花音がきょとんとしている。ハンガーにかけてある上着を取って羽織ってから、花音に向き直った。


「何とかって?」

「え? あー……食材買ってきて、適当に作って食べようかなって。簡単な料理ぐらいなら出来るから」

「それ、私にも作って?」

「別にいいけど……って、え?!」

「花音のご飯食べたい」

「え、いや。葉月? そんな大したものじゃないから。食堂に出てくるようなご飯じゃないの。とても葉月達みたいな人達に、食べさせられるものじゃないっていうか……」


 おや? 花音さん? 今のは差別発言じゃないかな?

 私はめげずに続ける。


「花音のご飯食べたい」

「いや……だからね、葉月……」

「花音のご飯食べたい」

「その……」

「花音のご飯食べたい」

「あの……」

「花音のご飯食べたい。花音のご飯食べたい。花音のご飯食べたい」

「ス、ストップ! わわわかったから……」


 私はにっこり笑った。なんか勝った気分。


 いや、さっき考えてた時に、前にいっちゃんが言ってた事思い出したんだよね。主人公はお金ないから自炊して、学園にはお弁当とか自分で作って持ってきているって。確か誰かとのイベント? っていうやつで、それを食べるシーンがあるとか。そんなの自分も食べてみたいじゃないか。


「早くいこー。食材買いに行くんでしょ?」

「いや、うん……そうなんだけど……」


 渋々といった感じで、花音が自分の上着を手に取った。



 ※※※


 やってきました、スーパー。籠を手に取っていざ出陣です! あ、手で押すカートある! そっちも使おう。


「待て、葉月。落ち着け。いいか、最初に言っておく。それを押して走るなよ。ここは公共の場だからな」

「やだな~、いっちゃん。分かってるって」

「ごめんね。東雲さんまで付き合ってもらっちゃって」

「い、いや。気にしないでくれ。葉月のバカが何やらかすか心配だっただけだから」


 さて、何故かいっちゃんも一緒にいる。出掛けようとした時に、丁度いっちゃんも出てきたのだ。食材買いに行くって言ったら、自分も行くと言い出した。大丈夫だって言ったら、めちゃくちゃ冷たい目で睨まれた。何故に?


「ねーねー花音。何作るの? 何作るの?」

「え? ん~……そうだな……葉月は何食べたいの? あっ、あんまり難しいのとか凝ったのとかは無理だからね……?」

「ん~? 食べたいもの? ポテチ」

「それはお菓子だ」

「ポッキー」

「それもお菓子だ」

「クッキー?」

「それもって……お前はわざと言っているだろ!?」

「いっちゃん。ここは公共の場だよ? 大きな声出しちゃだめだよ?」

「くっ……こんな時にさっき自分で言った正論を返すこいつがムカつく」

「あはは……まあまあ……でもどうしようか。葉月、食べ物で好きなものは何?」

「好きなもの? ん~? いっちゃん、何?」

「いや、お前に聞いてるんだぞ? ハア……いつもお前が食べてるのだとそうだな……食堂では卵料理ばっかり頼んでないか?」


 そういえばそうかも。卵は栄養がいっぱいだからね。前世ではよく食べてたから、こっちの世界でも普通に食べていた。


「卵だって、花音」

「あたしは普段お前が食べているものを言っただけだぞ? ちゃんと考えろ。桜沢さんがわざわざ聞いてくれてるのに」

「ずっと一緒にいたいっちゃんが言うことに間違いないから、それで合ってるよ、多分」

「お前は自分の好きな食べ物ぐらい自分で考えないのか? 普段、変なことばっかりに頭使うくせに」

「コオロギはおいしいよね」

「やっぱやめろ。桜沢さん、卵だ。こいつの好きなのは卵。これで決定だ」

「あはは、了解」


 なんで? コオロギ美味しいよ?


「でも、卵かぁ……それだと、オムレツ? オムライスとか?」

「オムライス! オムライスがいい、花音!」

「え、でも……葉月がいつも食べているようなオムライスとかは作れないよ?」


 花音? さっきも思ったけど、それは差別じゃないのかな?


「花音は何か誤解していない?」

「へ……? な……何を?」

「花音は、私たちが全然違う世界で暮らしている人だと思っていない? だから食べるものとかも違うんだって」

「そ……それは……その……ごめん、ちょっと思ってる……」

「お前は違うよな? さっきコオロギって言ってたし、確か中等部ではカエル焼いて食べてなかったか?」


 いっちゃん、茶々いれないで。けどカエルおいしかった。


「カエルはともかく。私たち、同じ人間だよ? 確かに普段はお金だけはあるから、それにモノ言わせて良いモノ食べたり買ったりしてるけどさ。でも休みの日とかに食べたりするのは、普通のレストランだったりするよ? 回るお寿司とかで食べてるよ?」

「え、そうなの……? でも、レストランって言っても、高級レストランとかじゃ……」

「高級ではないが……ゲテモノ屋に連れていかれた時は死ぬかと思ったな……もうあたしは絶対行かない……」


 いっちゃん、その呟きやめて。花音が青褪めてる。お金持ちが普段そういうモノ食べてるって、違う誤解が生まれてる。


「とにかく! 私は花音のご飯が食べたい!」

「全然話がまとまってないぞ。つまり、お前はこう言いたいわけだな。金持ってるとか持ってないとか関係ないと。誰がどんな食材使おうが料理は料理だと。あと、手作り料理食べてみたいと」

「そういうことだね、いっちゃん!」

「ということらしいぞ、桜沢さん。味とか気にしないで普通に作ってくれれば、こいつ満足すると思うから。それに最後に言ったのが本音だろうから、ホントに気にしないで作ってくれ」

「そ……そう……? ちょっと自信ないんだけど……」

「いっちゃんは食べたくないの?」

「あたしの分まで作るのは負担だろ? あたしはいい。食堂で食べるから」

「花音、いっちゃんの分も追加で」

「お前はあたしの話を全く聞いてないな」

「食べたくないの?」

「い、いや……それは食べてみたいが……」


 だろうね。なんたって主人公の手料理だもんね。


「うう……東雲さんの分もか……プレッシャーがすごい……上手くできるかな……」


 胃を手で擦っている花音はがっくり肩を落としていた。そんな気にしないで、普段通り作ってくれれば何も問題ないのにね。


 それから私たちは色んな食材を買い込んで(いっちゃんに注意されながら)、スーパーを後にした。もちろん食材費は私が出したけど。花音が「自分の分は払うから」って慌ててた姿は可愛かった。



 ※※※


「「おお~~~」」

「あの……ホントに普通のオムライスだからね……? 味のクオリティとか求めないでね……?」


 今、私たちの目の前には、花音が作ってくれたオムライスが並んでいる。それにスープとサラダもついていた。


「すごいね、いっちゃん!」

「ああ、本当にすごいな……見た目も綺麗だし……あたしには無理だな」

「ちょっと2人とも……なんかハードル上がってるから……」


 花音が、これで美味しくなかったらどうしよう、っていう目で見てきた。そんな心配しなくても良さそうだけど。だって凄い良い匂いもしてくるもん。


「食べていい? ねえ、食べていい?」

「お前は少し落ち着け」

「あはは……口に合うといいんだけど……」

「いっただっきまーす!」

「いただきます」


 自信なさげな花音を無視して、私はスプーンで掬って、あーんと大きく口を開けてパクリと閉じた。うっまっ! なにこれ! 超おいしい! いっちゃんも横で一口目を口に入れていた。目をカッと大きく見開いている。


「ど……どう……かな……? やっぱり2人には合わないんじゃ……?」

「んぐんぐ、にゃひひっへふほ? はほん? めひゃひゅひゃほいひいよ!」

「ん……まずは一回飲み込め! 口に入れたまま喋るな!」


 いっちゃんに水を無理やり飲まされた。


「や……やっぱり……そっかそうだよね……」


 何やら誤解して落ち込んでいる花音。私といっちゃんは一回顔を合わせた。


「花音。ねえ花音」

「やっぱり舌が肥えてる2人に食べさせるのはハードルが高いよ……」

「いや、あの桜沢さん……?」

「いいんだ。2人ともごめんね。無理に美味しくないもの食べさせちゃって」

「花音、聞いてくれない? めちゃくちゃ美味しいよ」

「葉月は優しいね。ありがと。でも自分の実力は分かってるから」

「いっちゃん、どうしよう。花音が全く聞いてくれないよ」

「あの、桜沢さん? 本当に美味しいぞ。普段のこいつの言う事は信じなくて大丈夫だが、今回は本当だ」


 さりげなく信じるなって言ってない、いっちゃん?


「……ホント……?」


 上目遣いで私たちを見る花音。私といっちゃんは大きく頷いて肯定する。途端にパァッッと表情が明るくなった。うん、可愛い。


「すっごい美味しいよ、花音!」

「良かった。ホントに良かったぁ」

「こんなに美味しいんだから、もっと自信持っていいと思うぞ?」

「わぁ、東雲さんもありがとう。そう言ってもらえると、ホントに嬉しいよ」

「い……いや……事実だしな……」

「花音もほら、食べよ? 食べないなら花音の分食べるよ?」

「フフ。葉月、食べ足りないなら、おかわり作ってあげるよ。美味しいって言ってもらったから、ちょっと元気出た」

「ホント?! じゃあすぐ食べ終わるから、作って!」

「お前……ちょっとは遠慮しろ。桜沢さんだって今から食べるところだったんだぞ?」

「じゃあ、いっちゃん。残り食べてあげるから頂戴?」

「嫌に決まってるだろうが!」


 すぐに食べ終わった私を見て、花音が機嫌よく2つ目のオムライスを作ってくれた。いっちゃんが花音に謝罪してたけど。というか、こんな美味しいなら毎日食べたい。サラダのドレッシングも花音の手作りで美味しかったし、スープも美味しかった。


 食べ終わって、ちょっとのんびりしてたら、ふと右の腕時計が視界に入った。


「いっちゃん、もう20時すぎてるよ? 部屋戻らなくて大丈夫?」

「ん? ああ、もうそんな時間か、明日に備えなきゃな」

「そういえば、いっちゃんのルームメイトってどんな人? まだ会ってないよね」

「まあ、お前に比べたらまだ普通だと思うぞ? どっかの会社社長の娘だって言ってたな。桜沢さんと同じ高等部からの外部生だ」

「社長令嬢なんだ……やっぱりここの生徒はそういう人達が多いんだよね……」


 花音がハアとため息ついている。まあ、そりゃあね。この学園、無駄に学費高いもん。設備も凄いけど。言っちゃ悪いけど、普通の家庭がおいそれと子供を通わせられないと思う。花音の特待生がちょっと特殊な例なのだ。


「普通に話しちゃってるけど、東雲さんも葉月も親は凄い方たちなんでしょ?」

「凄くはないかなあ。いっちゃんの家は凄いと思うけど」

「いや、私の家はそこまでじゃないぞ?」

「何言ってるのさ。花音も知ってるんじゃない? 東雲病院」

「え? あ、知ってる! 前にテレビでやってた。名医が集まってる病院だって。確かに東雲って苗字だけど……」

「そこの娘だよ、いっちゃんは」

「といっても全然期待されていないがな。兄姉が有能なんで、後継ぎとかはそっちに任せている」

「そ……そうなんだ……葉月の家もそうなの?」

「だから、凄くないって。ウチは普通。ただお金持ってるってだけだよ」

「ほー……持ってるだけねー……」


 私が肩を竦めてると、隣でいっちゃんがジト目で見てきた。何さ、事実だよ。ただ、あの人たちがお金持ってて勝手に援助してくれてるだけだよ。ほら、花音が変な空気になったから、ちょっとオロオロしてるじゃんか。


「まあ、いい。邪魔したな。桜沢さん、ご馳走様。本当に美味しかった。葉月、お前は明日ちゃんと起きろよ。彼女に迷惑かけるなよ」

「ほーい」

「返事ははいだろ」

「はーい」

「ハア……じゃあ、桜沢さん。迷惑かけるがこいつをよろしく頼む。何かあったら、遠慮しないで部屋に来てくれて構わないからな」

「あ、うん。おやすみなさい、東雲さん」

「ああ、おやすみ」


 いっちゃんはそう言って自分の部屋に戻っていった。花音が、空気が変わった私を躊躇いながら見てる。ごめんよ。そんな顔させるつもりはなかったんだけど。


「あの……葉月? ごめん……なんか変なコト聞いちゃったかな?」

「あはは~。こっちこそごめんね~。大丈夫、変なことは聞いてないよ~。ホントにウチは他の人と比べると凄くないってだけだからさ~」

「そうなんだ……」


 この話はこれで終わり。なんだか変な空気になってしまったので、その空気を変えるためにグーっと背を伸ばす。


「ん~! 今日はさすがに片付けとかで疲れたね~。明日は入学式だし、いっちゃんにもああ言われたことだし。お風呂入って早めに寝よっか~?」

「……うん、そうだね。なんだか、今日1日だけで色々あったからね」


 確かに、まだ1日しか経ってない。主人公に会える~って思ったら、昨日助けた女の子で。いっちゃんに理不尽に怒られて、寮長が乱入してきて、部屋片付けて、花音にご飯作ってもらって、それがめちゃくちゃ美味しくて。なんだか濃い1日になってしまった。


 でも明日からは、花音にとってもっと濃い日々が待っているはずだ。


 攻略対象者たちに出会って、仲を深めて、最終的にそのうちの誰かとゴールイン。誰とどうなるかは花音次第。


 だけど、こうやって会ってみると、花音は可愛いけど普通の女の子だ。今も明日からの学園生活に、不安と緊張と期待とで心の中はグチャグチャだろう。昼前にもそう言ってたしね。


 今までの環境とは違う世界に身を置くことになる。自分の常識と違う常識の中で生活をしていくことは、慣れるまでは結構しんどい。いっちゃんや私は前世が違う世界だから、ちょっとその気持ちは分かる気もする。


「ねえ、花音?」

「ん?」


 花音はいい子だ。今日1日しか一緒に過ごしていないし、私だって花音の全部を知っているわけじゃないけど。


「明日から、楽しいといいね」

「っ……!」


 いっちゃんではないけれど、頭がおかしい私も花音を応援したくなった。


「そうだね……葉月……」


 柔らかく微笑む花音は可愛い。

 この笑顔がずっと続けばいいなと思う。

 悲しい顔はしてほしくないなと思う。

 幸せな未来がくればいいなと願う。


「楽しみだねっ」

「うん」


 私もニコニコ笑う。

 花音に不安を与えないように。

 花音が笑っていられるように。


「今日は一緒に寝る、花音?」

「ええ? 1人でちゃんと寝れるよ?」

「ちぇ~残念」

「フフ」



 私たちは暫く冗談を言いながら笑いあった。


お読み下さりありがとうございます。次話、花音視点です。

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