表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/368

117話 まだまだ知らないことだらけ —花音Side※

 


「ほら。礼音も詩音も、お姉ちゃんたちにお礼言おうね?」

「ありあとー……」

「あ、ありがとうございました」

「あっはっは! どういたしまして!」

「もう勝手に抜け出したらダメですわよ?」


 夏休み最終日。詩音と礼音が寂しくて家を抜け出して、いきなり寮にやってきた。


 はぁ、びっくりしたよ。まさか家から飛び出してくると思わなかったから。この前帰った時に遊び足りなかったみたい。その理由は可愛いけど、さすがに5歳と10歳の子供だけでこんな遠くに来るのは心配だから。


 そんな2人を見かねてか、葉月たちが皆で一緒に遊んでくれた。ちょうどレイラちゃんも旅行から帰ってきて、お土産渡してくれていたところに、この子たちがやってきたんだよね。皆に気を遣わせちゃったよ。

 お母さんに連絡したらさすがに怒ってたから、2人とも帰ったら覚悟するように。


「ああ、来たみたい……だ……」


 1台の車が近くにやってきて止まり、人が降りてきた。一花ちゃんが車を手配してくれたんだよね。ここまでお世話になるなんて申し訳ない。一花ちゃんと葉月が2人して降りてきた人を見て、口を開けていた。


「申し訳ありません。予定よりも遅れてしまったようですね」

「い、いえ」


 降りてきたのは鴻城(こうじょう)家のメイド長さん。相変わらず無表情。そして綺麗にお辞儀してくれるから、つられてこっちもお辞儀してしまう。い、一花ちゃん? わざわざメイド長さんに頼んだの? あ、でも驚いてるから違うのかも。


「詩音様に礼音様ですね。こちらにお乗りください」


 何でもないかのように、詩音と礼音に目を合わせて、乗っていたもう1人の人が後部座席へのドアを開けてくれる。


 礼音はもう寝そう。カックンカックンと首を漕がしている。とてもはしゃいでたから疲れたんだね。家に着いたらちゃんとお礼言えるかな。


「詩音、礼音。2人ともちゃんと家に着いたら、この人たちにお礼言うんだよ?」

「んー……」

「分かってるよ、お姉ちゃん……ふぁ」


 乗り込んだ2人に声を掛けると、何とも気の抜けた返事が返ってきた。大丈夫かな? わざわざ2人のために送ってくれるんだからね?……ダメかも。もう礼音は即寝てしまうし、詩音も目を閉じちゃったよ。


 ハアと思わず溜め息をついて、メイド長さんの方に振り返る。


「すいません……」

「大丈夫ですよ。ご心配には及びません。では花音様。お2人は必ずご自宅までお届けしますので」

「は、はい。よろしくお願いします」


 深くまたお辞儀されてしまった。本当に申し訳なさすぎる。鴻城家の方に何かお礼を送らないと。お母さんに相談してみよう。


 あれ、葉月と一花ちゃんが、今度はジト目でメイド長さんを見ているけど、何でだろう?


「何でメイド長がまた来たの……?」

「何を言っているのです、葉月お嬢様? たまたまですよ?」

「たまたま……なのか……?」

「ええ。一花お嬢様。実は沙羅様への用事でたまたまこちらに来ていましてね。そうしたら、一花お嬢様からの連絡がたまたま入りまして。だから、たまたまです」


 そうなんだ。こっちに用事があったついでに来てくれたんだ。


「まあ、全部嘘ですけどね」

「「嘘!?」」


 見事に葉月と一花ちゃんの声がハモッた。ものすごく珍しい。特に葉月がこんなに驚いている姿初めて見るなぁ。しれっと嘘だって言うメイド長さんもすごいけど。


「用事があったのは、花音様にでしたので」

「え? 私ですか?」

「ええ、こちらを。あの時のハーブティーです」

「あ、わざわざありがとうございます」


 わざわざ持ってきてくれたんだ。葉月の言うとおりに、一花ちゃんに花火の後に頼んでみたんだよね。そうしたら連絡してくれて、送ってくることになったっていうのは聞いたんだけど。


「こちらが美味しく飲むための順番と分量ですので。葉月お嬢様には少しぬるめにして出してあげてください」


 ぬるめに? ハーブティーの葉っぱからメイド長さんの方に視線を戻すと、どこか優し気に目元が緩んだ気がした。


「それが一番安心するはずですよ」

「あ、はい。分かりました」


 そうなんだ……知らなかった。いつも紅茶淹れても、それでおいしいって言ってくれてたから気づかなかった。


 それからメイド長さんは葉月と一花ちゃんに一言言って、車に乗り込んで行ってしまった。メイド長さんが運転してくれるんだ。凄いなぁ。


 そんなメイド長さんを2人はすごく疲れたように見送ってたけど。



 □ □ □



 夜になって、お母さんから連絡が来た。無事に詩音も礼音も家に着いたらしい。

 お礼ちゃんとしときたいって話したら、お母さんも同じだったみたい。メイド長さんに近い内に何か送りますって言ったら、何故かカレーのレシピを教えてほしいって言われたんだって。それがお礼になるからだとか。


 そんなのでいいのかなぁ、と思ったら、一花ちゃんにそれで大丈夫だと言われてしまった。何故か目を逸らされたんだけど、本当に?


 一花ちゃんと舞が自分の部屋に戻って一息つく。葉月はゴロゴロしながら携帯ゲームで遊んでたけど。あ、そうだ。


「葉月、早速あのハーブティー飲もうか?」

「ん~」


 キッチンに向かって、早速茶葉が入っている袋を取り出す。ああ、そうだ。一緒に紙を渡されたんだった。


 そこにはビッシリと淹れ方が書かれていた。あ、一花ちゃん用も書いてる。今度淹れてあげよう。えっと、こっちが葉月用か。


 書かれたとおりに淹れてみる。これでいいのかな? 葉月に飲んでみてもらえば分かるかな。


「ありがと~」

「どういたしまして」


 部屋に持っていったら、ニコーって笑ってお礼を言ってくれる葉月。その笑顔に思わず持ってたカップを落としそうになっちゃったよ。本当、心臓に悪い。


 書かれたとおりの淹れ方で淹れたけど、どうかな? と思って、そのハーブティーを口につけた葉月を見ると、


 とても気が緩んでいるような、安心しているような表情をしていた。


 こんな顔も、するんだ。

 思わず目を丸くしちゃったけど、同時にすごく嬉しくなった。


 そっか、これが葉月の安心した顔か。

 これが、メイド長さんが知っている葉月の姿なのかな。


 知らない葉月を知れて、心があったかくなるのを感じる。思わずふふって笑ってたら、首を傾げて見てきたけど。

 ごめん。だって、知れて嬉しいんだよ。


「どしたの~?」

「何でもないよ」


 訳が分からなそうな葉月を置いといて、私もそのハーブティーを一口飲む。これ本当においしい。あれ、結局何の葉っぱか聞かなかったな。今度機会があったら聞いてみよう。



 □ □ □ □



 深夜、ふと何かの音で目が覚めた。

 あ、れ……今何時……?


 うっすら瞼を上げると、まだ暗い。

 もしかして……また葉月が何か飲んでいるとか?


「……っ……ふ……」


 声が聞こえる。

 葉月の声……?


 ゆっくり起き上がって、反対のベッドの方を見てみた。暗いから見えにくい。私もまだ寝ぼけているからボーっとしてしまう。サイドテーブルの携帯を取ってみる。時刻はまだ深夜3時。


「……く……はっぁ……」


 やっぱり、葉月の声。


 パチパチと目を瞬かせて、だんだん視界が暗さに慣れてきた。ベッドから出て、静かに葉月のベッドに近寄ってみる。ベッドにはいるみたい。暑いからタオルケットを体にかけているだけ。それが動いているように見えた。


「葉月……?」


 近寄って見下ろしてみると、苦しそうに眉を寄せて呻いている葉月の姿。


 魘されてる?

 苦しそう。


 苦しそうに呼吸している。荒くなって「ハア、ハア!」と息をしていた。


 ぐ、具合悪いのかな?

 起こした方がいいかも。

 とてもじゃないけど、こんな苦しそうだったら見てられない。


 えっ……?!


 手を伸ばそうとした時、不意にグイっとその手を掴まれて体が反転する。いきなりの事で思わず小さく声をあげた。自然とベッドの上に体が沈む。


 え、え?


 目の前には葉月の顔。

 いつかの葉月の悪戯の時みたいに押し倒された形になった。

 自然と心臓が跳ね上がる。


 けど、辛そう。


 虚ろな目で息を荒くして、こっちを見てきた。

 額には汗が浮かんでいる。


「ごめん……葉月、魘されてるみたい……だったから……」


 何とか言葉を絞り出したけど、ち、近い……顔近い。

 ドクンドクンと自分の胸の奥の鼓動が耳に響いてきた。


「ハア……! ハア……!」


 目の前の葉月の返事がない。

 ただ苦しそうに息を荒くして、視線だけを左右に動かしていた。


 そんな葉月を見て、少し我に返った。

 心配になる。


 一体、どうしたの?

 どうして、そんな苦しそうなの?


「はづ……き……?」


 問いかけても返事がない。ただ「ハアハア」と苦しそうに息をしている。


「葉月……大丈夫……?」


 聞こえてないの?

 どうしてそんなに辛そうなの?


 虚ろな目をしている。

 こっちを見ていない。

 ただ苦しそうに息を荒げるだけ。


 寝ぼけてる……とかじゃない……?


「葉月……? 聞こえてる……?」


 何とかしてあげたい。

 目の前の苦しそうな葉月を何とかしてあげたい。


 けど、どうしたらいいのか分からなくて。

 ただ、胸がギュッと締め付けられるだけで。


 どうしようと思っていたら、ゆっくりと葉月が私の体の上に倒れ込んできた。静かに葉月の体の重さが、私の上にのしかかってくる。


「葉月……?」


 やっぱり聞こえてないみたいで、返事がない。


 ど、どう……しよう……。

 葉月の鼓動が伝わってきて、落ち着いてきていた鼓動が早さを取り戻していった。


「えっ……!?」


 思わず体がビクッと震えてしまう。

 ソッと腰辺りにあった葉月の腕が背中に回されてきた。


 え、ええ!?

 こ、ここで!? 今!?

 やっぱり寝ぼけてる!?


 あ、でも……段々呼吸が落ち着いてきてるみたい。

 さっきより荒くない。


「葉月……聞こえてないの……?」


 すぐ隣にある葉月に再度声を掛けてみても、返事はない。


 息が耳に当たってくすぐったくて、ゾクッとまた自然と体が震えた。


 どどどうしよう。

 で、でも……返事ないし。

 やっぱり寝ぼけているのかな?

 さっきより息も荒くないし。


 何よりハグされると思ってないから、さっきから本当に心臓張り裂けそう。


 葉月の香り。


 葉月の温もり。


 それに包まれるだけで、胸はこれ以上なく熱くなっている。


 だけど、離したくなくて。

 自然と自分の腕が葉月の背中に回っていく。


 こんな幸せ、知らなかった。

 こんなに嬉しいことなんて知らなかった。


 前の自分、どうかしてる。

 よく普通に葉月にハグしてたね、褒めたいぐらい。


 好きな人の温もりが、こんなに幸せなことだったなんて。


 ギュッと思わず葉月の体を抱きしめる。


 心臓はさっきからバクバク状態。

 耳にすごく響いてくる。

 きっと葉月に伝わってる。

 顔だって絶対赤くなってる。

 だってすごく熱いもの。


 必死に落ち着かせようとしても無理。


 けど、離したくなくて、

 まだこの温もりを感じていたくて、

 さっきより強く抱きしめてしまう。


 しばらくすると、耳元で寝息が聞こえてきた。


 ……え、寝たの?

 私の背中に回された腕が緩まっている。

 つられて私も自分の腕を緩めると、葉月の体が静かに横にズレていった。自然と顔が見える。


 寝てる……。

 それはもうさっきまでの苦しそうな顔と正反対で、あどけない寝顔になっている。


 やっぱり……寝ぼけてた、のかな。

 至近距離のその寝顔は反則だけど、でも少し安心した。あんな辛そうなの、見たくなかったから。


 そっと片手でその寝顔に触れてみる。やっぱり汗ばんでいた。


「葉月……」


 どんな夢見てたの?

 怖い夢?

 もう怖くない?


 頬に手を添えると、スリッとその手に頬ずりしてくる。柔らかさが、伝わってくる。


 そ……それ、反則。

 可愛いすぎる。


 ハア……と小さく息を吐いて整えてみた。全く意味なかったけど。


 どうしよう……起きようか? 葉月も寝たみたいだし。

 ここにいると、心臓の病気じゃないかって思うぐらい持たない気がする。


 こんな可愛い寝顔を至近距離とか、鷲掴みされっぱなしだもの。そう思って起きようとしたけど……。


 あ、これ無理。

 緩まったとはいえ、葉月の手がしっかり私の背中の服掴んでる。


 起こすのも――いや、だめ。折角寝たみたいなのに。


 それに。


 ドクンドクンとうるさい音を耳の奥に響かせながら、目の前の寝ている葉月を見つめた。


 もう少し。

 もう少しだけ。

 この温もりに包まれていたい。

 この香りに包まれていたい。


 キュッと自然と葉月の背中に回している自分の腕に力が入って、体が密着する。


 好き。



 好きだよ、葉月。



 静かに目を閉じた。


 温もりと香りに酔いしれる。




 知らないうちに眠りに落ちていった。


お読み下さり、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ