113話 ……気づかれた —花音Side
「あのね、舞。ちゃんと値段を確認してからの方がいいと思うんだけど」
「だ~いじょうぶだって! 心配しすぎだよ、花音は!」
心配になるよ。何着腕に抱えていると思っているの?
今日は舞と2人でショッピング。駅前のデパートに来ているんだけど、舞の買い物すごい。相変わらずどんどん服を取っている。全部買うんだよね。
「とりあえず試着したら? 全部買っても着れないでしょ?」
「確かに! じゃあ、花音。どれがいいかちゃんと見てよ?」
「はいはい」
こういうファッション好きだよね、舞。前もユカリちゃんとナツキちゃんの4人で来た時も1人ファッションショーやってたし。まあ、舞は可愛いから全部似合っているけど。
結局、無難に5着の服で収まった。舞のお父さん、お金持ちで良かったよ。こんなの私みたいな庶民が買ってたら、すぐに破産してしまう。
ただ帰るのもなんだから、2人で人気のパンケーキ屋さんに入った。メニューを見ると、全部おいしそう。この生クリームたっぷりのなんか葉月好きそうだなぁ。舞はイチゴ尽くしの、私は色々なフルーツが入ったのを注文する。
「おいしい」
「あっはっは! 花音も気に入った? あたしもここのパンケーキ大好きでさ!」
舞はここに来た事あったんだ。でも本当においしい。このパンケーキもふっくらもちもち。これどうやって作ってるんだろう。気になる。私が作ってもここまでならない。
食べ終わって、食後に紅茶を飲む。甘いもの食べた後はスッキリさせたいよね。だからストレートにした。口の中の甘さが取れていく感じ。
「花音のお眼鏡にかなった?」
「それはもう。自分でも作りたいな」
「そうすれば葉月っちに食べさせられるもんね~」
「そうだね。葉月は甘党だから」
「そうじゃなくてさ――」
そうじゃない?
舞は、自分で頼んだオレンジジュースの中の氷をストローでカラカラ混ぜながら、意味ありげに頬杖ついてこっちを見てきた。ん? と思わず首を傾げてしまう。どういう意――
「好きな葉月っちに喜んでほしいんじゃないの?」
……え、え?
目を丸くして舞を見てしまうと、「やっぱりね」って苦笑している舞がいた。
ややややっぱり?
あ……でも待って。舞の言う好きって恋愛じゃな――。
「まさか、花音が葉月っちをそういう対象で好きになるとはね」
固まってしまう。
き、気づいてる。
私が葉月を恋愛対象で好きだって気づいてる。
そんな私を、おかしそうに笑って見ている舞。
「分からない方がおかしいって。葉月っちを見る目が全然違うもん」
……そ、そんなに分かりやすかった?
気づかれて、どんどん顔が熱くなっていくのを感じる。
「そ……そんなにバレバレ?」
「もうバレバレ。葉月っちが気づかない方がおかしいくらい」
そんなに!? バレバレだなんて……恥ずかしくなって思わず顔を手で隠すと、「ほら、分かりやすいじゃん」と突っ込まれてしまう。こここれは……その、違う――と言いたいけど、違うと言えない。
「まあ、葉月っち鈍そうだもんね。本人に気づかれるとかはないと思うけど」
舞もそう思ってたんだ。って、何てことないように話しているけど、舞は変だって思わないの?
「……気持ち悪いとか、思わないの?」
「なんで?」
きょとんとしている。逆にこっちがポカンとしちゃうんだけど。
「いやだって……私、女なのに……女の子好きになるとか」
「別に? だってあたしも同性愛者だし」
「はい?」
「あたしも好きな人が女だから、気持ち悪いとか思うはずないじゃん」
……言葉を失うとはこのことでしょうか?
え、ええ? 舞、今なんて? 目を丸くしていると、舞は楽しそうに笑っている。
「驚いてるね? それはそうだよね。でも大丈夫だよ、あたしも花音と同じ。好きな人は女の子」
「い、いや、あの舞? だって前に恋人ほしいって――」
「その人に恋人になってほしいんだよ」
そんなあっけらかんと言う事?
カラカラとまたコップの中の氷を回しだす。
「そりゃあね、あたしだって葛藤はあったさ。当たり前じゃん。好きになったの女の子だよ? 自分が同性愛者だって思ってなかったし」
「それは、まあ……私もだけど……」
「今でも完全に同性愛者なのかって聞かれると、答えに詰まるしね。もし今の恋がダメでも、次に好きになるのが男か女かなんて分からないし」
「それも、そうだね」
「けど今はその子が好き。もうこれは揺るがない。だってその子以外に好きになったことなんてないし」
確かに……それは揺るがないかも。自分もこれが初恋だし、それに葉月が好き。これはもう絶対。違うもの、全然。
けどもし振られて、違う恋をした時に相手が女性かどうかも分からない。次の恋をしてみないと分からない。舞もその子が初恋ってこと?
「舞の好きな人って――」
「一花」
「はい?」
「だから一花なんだよ、あたしが好きなの」
苦く笑っているけど……え、あの? あの一花ちゃん? 何でこんな予想外のこと言ってくるの、舞?
「驚いてるね」
「それは……そうだよ。そんな素振り全然――」
「当ったり前じゃん? バレたらルームメイトなんて解消されるに決まってるし。何年片思いしてると思ってるのさ? 絶対、一花のこと振り向かせるって決めてるから」
な、何年? また分からないワードが出てきてしまったんだけど。
だって星ノ天に入って初めて会ったんだよね? 片思い歴なんて言われたら、私なんてまだ1週間ぐらいなのだけど。
ハアと今度は溜め息ついて、ジュースを飲んでいるけどね?
「あたしさ……」
「うん?」
「実は一花と会ったの、4年前だったりするんだよね」
「はい?」
「4年前のあるパーティーで一花に会って一目ぼれ。一花追いかけて星ノ天受験したの」
ぱ、パーティー!? 私の知らない世界……じゃなくて。え、4年も前から好きだったの?! 長い。長すぎる。普段の舞の言動からは外れているじゃない。
「ルームメイトが一花だって知って気分は有頂天。だけどすぐに告白なんて出来ないって思ったね」
「え、どうして?」
「葉月っちがいるじゃん」
た、確かに。葉月と一花ちゃんはもうセットみたいな感じだから。え、なんでそんないきなり前のめりになっているの?
「だからさ、花音! ここは共同戦線といこうよ!」
「きょ、共同戦線?」
「だってそうじゃん。あたしは一花が好き。花音は葉月っちが好き。葉月っちを花音に振り向かせて、あたしは一花を振り向かせる。そうすれば、お互いにハッピーじゃん!」
そそそれは確かにそうだけど。で、でも葉月を振り向かせるとか、難易度が高いような……。
「そうでもしないとやってられないよ。一花も葉月っちもこう、入り込めない空気ってあるじゃんか」
「それは、確かにそうだけど……」
2人しか分からない話とかもしているし……葉月は秘密が多いしね。あの薬のこととか、過去とか、鴻城のご家族とのこととか。
「葉月っちは色々と訳ありみたいだけどさ、一花が必要以上に葉月っちを心配してるじゃん? 過保護の領域だと思うし、それで何度嫉妬したことか……」
「それはまあ、確かに。仲がいいものね。幼馴染だし」
「でも同じ幼馴染のレイラとは険悪でしょ? もう気になって気になって。3人に前に『何で?』って聞いたことあったけど、それ以上聞けない雰囲気出されちゃってさ。その後は、レイラのことを一花と葉月っちがからかっているのが通常だし」
……まあ、葉月もレイラちゃんをからかっているからね。確かに最初は険悪だった。レイラちゃんが一方的に葉月を怖がっているって印象だけど。
「3人に何があったとか、葉月っちが何で実家であんなに暴れたとか、分からないことだらけだけど……でも葉月っちに恋人とか出来れば、一花だって離れるかもしれないじゃん?」
……ものすごく打算的だったんだね、舞。
でもそっか。それで舞は葉月を一花ちゃんから離したいわけか。
「今のままだったら、絶対変わらないって思ってたんだよ。だけど花音が葉月っちを好きになったなら、状況変わってくると思って。葉月っちとの恋、協力するからさ。だから花音も協力してよ」
「でも舞? 葉月も一花ちゃんも他の人を好きかもしれないよ?」
「一花――はありそうだけど、葉月っちはないね! 断言できる!」
「え、どうして?」
「誰か好きな人がいるんだったら、あそこまで問題行動起こさないっしょ? 気の向くままに悪戯してるじゃん。好きな人に悪戯を仕掛けるっていう小学生男子よりタチが悪いし、もう全体に被害が起きてるじゃんか」
……妙に説得力がある気がする。結果的に周りが確かに被害を被ってしまっている形で、葉月自身にそのつもりはない気はするけどなぁ。
「落とすなら先に葉月っちだと思うんだよ! あれ絶対好きな人いないって! もし葉月っちに好きな人いるって事実が出てきたら、あたしはこのピアス全部捨ててもいいね! 賭けてもいい!」
「そ、そこまで?」
「そこまで!」
断言しすぎじゃない、舞?
「それにさ、花音。葉月っちが他の人に取られていいわけ? あたしは嫌だよ。一花が他の誰かと手を繋ぐとか、キスをするとか」
手を繋ぐ?
キスをする?
葉月が他の人と?
少し想像しただけで、嫌悪感が襲ってくる気がした。
「それは……嫌」
「だからさ。葉月っちと恋人に自分がなればいいってことっしょ」
何か言い包められている気もするけど。
「けど舞? それって告白しろってこと?」
「まさか。脈無しで突撃しても気まずくなるだけじゃん」
ちゃんとそこは分かってるんだ。告白して断られたら、私だって立ち直れないよ。気まずくなるどころじゃない。
「それにあたしだって、ちゃんと葉月っちと花音が上手くいってほしいなって思ってるさ。そこまで馬鹿じゃないって」
「それなら良かった」
「だからまずは葉月っちを意識させないとね。花音のこと恋愛対象にさせないと」
「ちなみに舞は、一花ちゃんにどういうことしているの?」
「抱きついたり、キスしようとしたり?」
――積極的だね?! 想像してなかった!! 指折り数えてるけど、舞、結構一花ちゃんにアピールしてたんだね!?
「まあ、全部空振りだけどね。この前の夏祭りが奇跡だったんだよ。葉月っちが自分でお留守番するって言ってくれたから。いや、葉月っちとも一緒に楽しみたかったとも思ってるけどね。葉月っちは友達として好きだし。でも一花と2人で回れて……楽しかったかな」
思い出して頬を染めながら、嬉しそうに目を細めている舞を見て、あ、一花ちゃんのこと本当に好きなんだなって思ってしまった。いつもの明るい表情と違う。
「けどやっぱり、一花は葉月っちを心配してるからさ。一花に意識してもらうためには、葉月っちをどうにかしないとって思って。……でも」
「でも?」
「一花と葉月っちが両想いだったら、あたしら失恋決定だけど」
……あの2人が両想い……考えてなかった。
「ありそうな気もするけど……一花の葉月っちの扱いを見ていると有りえなさそうな気もするし。微妙なんだよ」
「それは、まあ……」
一花ちゃん、葉月のこと遠慮なく蹴飛ばしたり、投げたり、挙句の果てにはロープで縛っているものね。……とても好きな人に対する仕打ちとは思えない。
「葉月っちも微妙。一花の事好きなのかな? って疑問に思ったりしたこともあるけど、夏祭りの時にあたしと2人で一花が回るって時も逆に送り出してたし……家族? 姉妹? っていう言葉があの2人には合っている気もするし」
確かに。遠慮が一切ないからね。お互いの机の中も勝手に開けたり探ったりだし。……やっぱり2人にプライバシーがないような。
「まあ、もし2人が両想いだったら失恋だけど、最後まであがきたいんだよ、あたしは!」
舞、ポジティブ! 尊敬する!
「って訳だから、花音、とりあえず葉月っちを意識させることに全集中させて!」
「い、意識?」
「そうだね……とりあえず、葉月っちとお風呂入るとか?」
「いきなりハードル上げすぎだから!?」
一緒にお風呂なんて、今出来るわけないでしょう!?
聞くと舞は一花ちゃんのお風呂タイムに突撃したことがあるんだとか。蹴り飛ばされたらしいけど。
とりあえず、暴走気味の舞を押さえて、今後の対策としてはまた後日ということになった。
でも舞が知ってくれて、それに応援してくれて少し気が晴れたかもしれない。
やっぱり同性を好きになってしまったって、どこか負い目があったから。いけない事なんじゃないかって。それは世間の考えに私がすっかり浸透していたってことだけど。
調べると結構いたけどね、同性愛の人たちが。私がまた偏見を持ちすぎてたのかも。
寮に帰って葉月の顔を見て、やっぱり胸が締め付けられる。
嬉しくなる。
暖かい気持ちになる。
この気持ちが、否定されるなんて悲しいと思う。
だって、こんなに幸せな気持ちになるもの。
この笑顔を見て、これ以上ないくらい心が満たされていくもの。
好き。
葉月が好き。
舞の言うとおり、今はこれが揺るがない。
今はこれでいい。
この気持ちが間違っているなんて、考えるだけ無駄かもしれない。
目の前の葉月を見て、そう思った。
……あの、葉月? けどその笑顔可愛すぎるからね? 心臓に悪いからね? 少し、控えめにしてくれると助かるけどなぁ。
お読み下さり、ありがとうございます。




