111話 恋した?
6章入ります。
最近花音の様子がおかしい。具体的には夏祭りの日からだけど。
何がおかしいって?
「花音、か~の~ん~?」
「ん? どうしたの?」
「どうしたのじゃなくて、これ甘くないよ~」
「えっ!?」
クッキーの砂糖と塩が間違えてたり、
「か~の~ん~?」
「ん? どうしたの?」
「どうしたのじゃなくて、そんなに醤油かけてどうするの~?」
「えっ!?」
何故かお皿一杯になるまで醤油かけたり、
「……花音~?」
「ん?」
「そんなに何で玉ねぎ切ってるの?」
「これは、昨日葉月が一花ちゃんのジュースに生卵入れた分だよ?」
「えっ!?」
そして、バレてないと思ってことに気づいてたり……あれ? 最後のはいつも通りかな? いっちゃんがチクったんだよね。
まあ、とにかく花音がおかしいのだ。
ということで、いっちゃんの部屋に逃げ出した。玉ねぎ食べさせられる前に。あれ、舞がいない。ま、いっか。
「いっちゃん!」
「何だ?」
「花音がおかしいんだよ!」
「何がおかしいんだ?」
「玉ねぎ一杯切ってる!」
「……いつもどおりだが?」
「量がエゲつないんだよ~! 3個全部だよ!? 無理です!」
「自業自得だろ」
「今度からいっちゃんのジュースには生卵じゃなくて、納豆入れてあげるから!」
「何も反省してないな!?」
いつものジュースじゃつまらないでしょ?
ってそうじゃないんだよ、いっちゃん。本当におかしいんだって。
とりあえずいっちゃんの部屋のカギをかけて、花音が来ないようにしてから、いっちゃんの真向かいに座る。
「いっちゃん、あのね」
「花音が来たら鍵は開けるぞ?」
「え? 何で?」
「そんな不思議そうな顔をしてるお前が、あたしは不思議でたまらない」
「そんないっちゃんが私は不思議です」
「……それで、続きは?」
「だから、花音がおかしいんだって。ホントだよ?」
ホントなんだよ? 玉ねぎの量も半端ないけど、この前はお肉焦がしたからね。このままだと、花音のおいしいご飯が食べられなくなっちゃうんだよ。
「このままだと、いっちゃんの好きな海老は真っ黒こげになっちゃうよ?」
「それは困る。……だが、そんな心配いらないと思うがな」
「何で?」
「はぁ……とにかくすぐに落ち着くんじゃないか。様子見ろ」
これは……あれかな? いっちゃんは何かを知ってるのかな?
と思っていたら、コンコンってドアから音が聞こえた。ドアの向こうから「一花ちゃん、葉月そこにいるかな?」って花音の声が聞こえてくる。
――花音来た。
いっちゃんが、やれやれといった感じでドアに向かう。いっちゃん!? 幼馴染を売るつもり!?
ということで、いっちゃんがドアに向かった同時に窓から逃げ出した。ふっ、いっちゃん! 私を止めたければ、いつものロープで縛っとくんだったね!
ポケットにしまってた小道具を使って、壁伝いに4階まで上がる。前にこれやって寮の外の壁を縦横無尽に動き回ったら、寮生にビビられたけど、今は逃げる方が先決だ。
「寮長!」
「きゃあああ!!?」
寮長の部屋の窓からニョッと出たら、絶叫された。それを無視して窓から寮長の部屋に侵入する。
「……葉月っち……何でそんなところから現れるのさ」
あれ、舞。寮長の部屋にいたんだね。何でそんな呆れた顔してるの? はっ! そんな場合じゃなかった!
「寮長!」
「あ、なたっ――あなたねえっ……!!」
どうしてそんな怒ってるの?
「常識を考えなさい! それに前にその道具は没収したはずでしょう!? 何でまだあるの!?」
「作った」
「作らないでちょうだい!?」
「それより寮長! 舞! 大変なんだよ!」
「き、聞いてない……」
そうなんだよ。今は花音がおかしくなってることなんだよ! そして玉ねぎをどうにかして回避したいんだよ! もうすぐそこまで迫ってるんだから!
「な~に、葉月っち? 何かあったの?」
「そうなんだよ、舞! 花音がおかしいんだよ!」
「桜沢さんが?」
「そうなんだよ、寮長! 玉ねぎいっぱい切ってるんだよ!」
「……どこもおかしくなくない?」
「そうね。むしろ普通よね?」
むー! なんでいっちゃんと同じ反応なのさ! 3個も切ってるなんて初めてのことなんだよ!? むしろ、なんでさっきより呆れた感じになってるのさ!
「葉月っち、何したの?」
「いっちゃんのジュースに卵入れただけだよ」
「原因分かってるなら反省しなさい!?」
「寮長、何言ってるの? 卵はね、栄養がいっぱい入ってるんだよ。一日一生卵は必須なんだよ」
「東雲さんが哀れだわ……」
「まあまあ寮長。一花なら慣れてるから大丈夫だって」
「それに花音、本当に最近変なんだよ? お肉焦がしたり、砂糖と塩間違えたり」
「それは変ね……」
「……そうだね、寮長。花音がそんな凡ミスするなんて」
「いっぱい玉ねぎ切るようになったし」
「「それは変じゃない(わ)」」
えー!? 一番はそこなんだけど!?
「まあ、玉ねぎは置いといてさ。他に変だなって思う事あるの、葉月っち?」
他……? 他ね~……そうだな~……。
「他~? ん~……ぼーっとしてることも多くなったかなぁ。溜め息も前より多いかも~。この前は顔赤くしてたから風邪かなぁって思ったけど、違うって言われたしな~」
そうなんだよ~。この前勉強してる時にいきなり顔真っ赤にして、机に突っ伏してたんだよね。何事!? って思ったけど、何でもないって言われちゃったし。
私がここ数日の花音の様子を思い出しながら、いくつか挙げていくと寮長と舞が顔を見合わせている。
ん、何?
「まさか……桜沢さん……」
「そうだね、寮長……」
お? どうしたの? 何かわかったの!? 原因が分かれば玉ねぎ回避できるかも!?
「舞~?」
「オホン。葉月っち、よく聞きたまえ」
「うん~?」
「あのね……確証はないけどね」
「ん~?」
「それは一つの病気なんだよ!」
病気……病気!? なんだって!?
「じゃあ、いっちゃんに連絡して病院に連れて行かなきゃね! そうすれば今日、玉ねぎ食べなくて済むし!」
「落ち着きなさい。あとその玉ねぎは食べてあげなさい」
「葉月っち……どんだけ食べたくないの」
「100年は食べたくないよ!」
「具体的だね、葉月っち!?」
そりゃそうだよ! あれを食べるぐらいなら、カエル食べるよ! カエルの方がおいしいもん!
「まあ、とにかく……葉月っち、その病気はね、誰もがなるんだよ」
誰もがなるの? 風邪? インフルエンザ?
とか思っていたら、舞の口から予想外の言葉が出てきた。
「コイの病だよ!! 葉月っち!!」
は?
コイ……鯉……。
「魚?」
「違うよ!? なんでそうなるのさ!? そんなベタなボケいらないから!!」
「小鳥遊さんには経験あるはず――ないわよねぇ」
「葉月っち! 恋愛の方! 恋愛の恋!」
恋……花音が……恋……。
な、なんてこった。
「それじゃあ、玉ねぎ回避できないよ!?」
「「そっち!?」」
「どどどどどうしよう、寮長……そんな理由だったら、玉ねぎ回避できないよ……?」
「……こんなに動揺してる小鳥遊さんは初めて見るわね」
「恋をそんな理由って、葉月っち? これはいいことなんだよ?」
「舞! 他人事だと思ってる! 玉ねぎを前にした花音の怖さを知らないの!? 食べるまでジッとニコニコ見てくるんだよ!? 花音がおかしい理由が恋!? そんなのどうしようもないじゃんか!!」
「葉月っちがここまで流暢に話してるの初めて見たよ……いつも人をおちょくってるのに」
知らないよ! これは一大事だ! そんなのどうしようもない! これは……逃げる! 今日は逃げる! 今日も逃げる! 逃げ続けるしかない! そうしよう!
そう決意したところで、今度は寮長の部屋のドアの向こうからコンコンって響いてきた。
花音の「すいません、東海林先輩。そこに葉月います?」って声が届いてきて、寮長がいっちゃんと同じようにやれやれといった感じで、ドアに向かっていく。
「舞!」
「あ~何かな、葉月っち?」
「私はここにはいませんって花音に言っといて!」
「諦めなよ、葉月っち」
無理だよ! 今日の量はさすがに無理!
逃げるが勝ちって思って窓から出ようとしたら、人の足が飛んできた。
「何度も同じ手を使わせると思うのか!? 馬鹿野郎が!!」
「ウグっ!!!」
いっちゃんの足が私の顔を直撃した。
うっそ!? いっちゃん壁登ってきたの!? どうやって!? あ、手に私が予備で作った小道具ある! 使われた!?
そのままいっちゃんが私の上に馬乗りになって、私の頭をいつものように床に押さえてくる。舞がめっちゃ呆れてる。
「いっちゃん! 私はとても重要な用事があるんだよ! どいて!」
「どんな用事だ、言ってみろ」
「花音から逃げるという用事だよ! あの玉ねぎの量見たら、いっちゃんだってきっと逃げるよ!」
「だそうだが、どうする?」
え、いっちゃん? 誰に言ってるの?
「ちゃんと食べようね、葉月?」
ちょっと顔が青褪めた。怖い笑顔の花音が私を見下ろしてるんだもん。
「か…………かかかか花音……?」
「一花ちゃん、部屋に連れてきてもらっていいかな?」
「ああ。ほら、いくぞ。観念して食べろ」
「いいいいいっちゃん……わかった……今度からはカエル取ってきても食べないから」
「そうかそうか。それは良かったな。さっさと行くぞ」
いっちゃんが私の首元にある服を引っ張って、ズルズル引き摺っていく。ひいっ。いっちゃんの力が強いから抜け出せない!
「寮長! 舞! 助けて!」
「小鳥遊さんの“助けて”を聞くことが出来て安心したわ」
「あ、一花。あたし、もう少し寮長に勉強見てもらってから戻るから。なんなら先に食堂行って食べてて~」
寮長!? 何でそこで安心するの!? そして舞は安定の無視ですね!! いっちゃん! ストッパーの力はこんなことで発揮しなくていいんだよ!!
誰か~~~!!!!
□ □ □
「……かかか花音……これ……何……?」
え、何、この量……さっき見た時より増えてる……私の顔より大きくなってる……。
私の目の前には、もう山のようになってる大量のオニオンスライスがお皿の上に乗っている。そして、向かいでにっこり怖い笑顔の花音が頬杖ついてる。
「いっぱい食べてほしくて、頑張ったよ?」
頑張らなくていいんですよ……頑張らなくていいんですよぉ!!
ニコニコニコニコしてくる花音。もう部屋中のカギがロックされてて逃げ場なし。いっちゃんが花音に鍵渡してた。
チラッと見る。ニコニコしてる。怖くて視線を1回外す。
チラッと見る。やっぱりニコニコしてる。なのでまた怖くて視線を外す。
これ……もう逃げられない……。
舞がそういえば『恋の病』だって言ってた。
恋……恋ねぇ……。
あれ? そういえば、いっちゃんは分かってたっぽいな。しかも花音の様子が変になったのも夏祭りの後だし。
夏祭りのイベントで何かあった?
あれ?
じゃあ……花音が恋したのは会長?
いっちゃんがあんな冷静だったし……これ、ゲームどおりの展開?
「……花音?」
「ん?」
「花音は恋してるの?」
「えっ!?」
花音の顔が一気に顔が赤くなっていく。
わお……これ、舞の言うとおり、ビンゴじゃない?
そっか、花音が会長に恋したのか。
このまま順調にいけば会長と結ばれるんだ。
そっか。
「上手くいくといいね~花音」
「…………えっ?」
これでいい。
これでいいんだよ。
何だか呆けてるけど、花音には笑っててほしいからね。
……でも、この量は食べれません!
「花音~、さすがにこれ無理~。半分で勘弁して~?」
おねだりしたら、花音がポカンとしてから、苦笑した。
「……仕方ないなぁ」
半分まで量を減らすのに成功したけど、結局泣きながら口に突っ込んだよ!
花音! 恋するのはいいけど、玉ねぎだけは勘弁してください!!
お読み下さり、ありがとうございます。




