109話 花火
「さっどうぞ、お嬢様」
目の前には、屋上へと開け放たれたドアの光景。
いや……いやいやいや……おかしいでしょ?
確か寮長、これ最新式のカギだって言ってたんだけど? それで私自身も試して、開けられなかったんだけど?
それをなんで、
なんでたった10秒で開けてるの、メイド長!?
あなた、どこでこんな最新の解錠スキル勉強したの!? それ私にも教えてほしいんだけど――じゃなくて、普段あの家から出てないのにどうやって覚えたの!?
というかこれ開けちゃったら、怒られるの私じゃない? 寮長に怒られるの私じゃないかな?! 何してくれてるの、メイド長!? 私、理不尽に怒られるのは嫌だよ!!
「大丈夫ですよ。ちゃんと終わったら、また元通りにしておきますから」
え? そんなことも出来るの? 教えてほしいんですけど。
メイド長はさっさと屋上に出ていく。ハアと息をついて、後に続いた。まだ花火は上がっていない。
「何時からなのです?」
「……興味なかったから知らないよ~」
「ふむ、少し風がありますね。今温かい飲み物と羽織れるものをお持ちしますので、お待ちください」
「いいよ。戻ろ~。部屋で待つからさ~」
「だめです。お待ちください。あ、でもそこの網から先は出てはなりませんよ?」
何でそこで頑固なの。でも、う……いっちゃんとの約束がなかったら絶対試してたのに……いっちゃんと花音に内緒でコツコツ作ってたバンジー君3号試したい……でも約束……う~……。
「だめですよ」
ぎゃあ! いきなり目の前まで来ないでよ、メイド長! そして、私が何か考えてるか分かってる。う~……仕方ない……。
「わかったよ~……いっちゃんと今日は何もしないって約束したしね~……」
「よろしい」
コクンと頷いて、部屋に戻っていくメイド長。
ねえ、監視にきたんじゃないの? なんで監視対象を放っているの? メイド長が来てから、なんで私ツッコミに変わってるの?
考えても仕方ないやって思って、とりあえず屋上の出入り口の壁に寄り掛かかり、膝を抱えて座った。
ふと、空を見上げる。
海に行った時より星は見えにくい。
だけど多分、時計塔ぐらい高いところだったら綺麗に見えると思う。
少しして、メイド長がポットと紅茶と上着を持ってきてくれた。さっきも飲んだハーブティーだ。
淹れてくれたハーブティーに口を付けた瞬間、
ドンッ!
と、大きな音がして空気が震え、
夜の空に花が咲いた。
「――どうですか、お嬢様。綺麗でしょう?」
メイド長の満足気な声が隣から聞こえる。
久しぶりに見る花火は、確かにメイド長の言うとおり、綺麗だった。
「ん……そだね……」
「感動するでしょう? こういうものをちゃんと見るべきですよ。特にあなたは……」
「……たまになら……いいかもね」
次々に色んな花が咲いていく。
不覚にも少し魅入ってしまった。
「ふむ。口が寂しいですね。何か持ってきましょう」
本当自由だね。でも賛成かな。
「花音が午前に作ってくれたクッキーがあるよ」
「いただいてもよろしいんですか?」
「私の夜のおやつだから」
「そうですか。では取ってきます」
パラパラと遠くで音が鳴っている。
メイド長が淹れてくれたハーブティーをチビチビ飲みながら、花火を見続けた。
カチャっと音がする。
あ、メイド長が戻ってきた。クッキーきた。
「葉月」
え?
この声。
見上げると、そこには花音が私を見下ろしていた。
え、何で? 花音が?
思わずポカンとしてしまう。
いや、だって……イベントは? あ、あれは夏祭りだって言ってたかな?
「さっきメイド長さんに会ったよ。どうしてここにいるのか分からないけど」
「…………」
「クッキーも受け取ってきた。あと露店でたこ焼きも買ってきたから食べよ? 一花ちゃんから葉月にって持たされたんだけどね」
「……あの……花音?」
「ん?」
「随分……早い帰りだね……?」
花音がクスリと笑って、私の隣に腰を下ろした。
「花火ぐらいは、葉月と一緒に見たいなって思ったの」
そんな理由で、早く帰ってきたの??
呆然と見るしか出来ない私に構わず、花音は自分でメイド長が持ってきたポットからハーブティーを淹れて、クッキーとたこ焼きを広げ始める。
「まさか屋上が開いてるとは思わなかったけどね」
「……メイド長が開けちゃって」
「そうなんだ。東海林先輩には言っておくね」
え、これ私がやっぱり怒られるパターンじゃない? どうしてメイドが開けられるってならない?
「大丈夫だよ。葉月がやったとはならないから」
え、そう? まあ、いいや。実際やったのメイド長だし。
「ほら葉月、たこ焼き冷めちゃうよ?」
あ、はい。いただきます。あ、ほどほどに美味しいですね。モグモグ。
――ってあれ? 何かおかしくない? 何で花音がここにいるの? 花火ぐらいはって、1人で帰ってきちゃったの? 会長は?
「あの、花音?」
「ん?」
「会長たちは?」
「花火見てると思うけど? あ、一花ちゃんと舞も結局合流してね。東海林先輩たちと一緒に見てると思うよ?」
「そ、そう……」
夏祭り回って、そのまま花火見てくれば良かったのに。っていうか、イベントどうだったんだろ。
「……花音、お祭りどうだった?」
「うん、楽しかったよ。会長がヨーヨー釣りで失敗して、意地張って何回も挑戦してた。それを東海林先輩が止めてたけど」
クスクス笑ってる花音は楽しそうだね。どんなイベントなのか、いっちゃんに聞いておけば良かったかも。これじゃ分からないや。
「あ、これおいしい」
花音がメイド長の持ってきたハーブティーを飲んで、感嘆の声をあげてる。
「……メイド長が持ってきた」
「そうなんだ。もしかして家から?」
「多分」
「そっか、じゃあきっと高級なんだろうな。私には手が出ないや」
「……いっちゃんに言えば大丈夫だよ」
「一花ちゃん?」
「家との連絡は――いっちゃんがしてくれてるから……頼めば送ってくれる……はず」
「……そっか。葉月はこれ好きなの?」
「……まぁ、懐かしい……かな」
「じゃあ、一花ちゃんに頼んでみるね」
そう言って、またそのハーブティーに口をつけている。ちょっとホッとしてる顔だ。その気持ちは分かる。ホッとするよね、これ。
そういえば、花音。行くときに何か言いかけたけど、あれ何だったの?
「花音……? 夏祭り行くとき、何言おうとしたの?」
「え?」
「寮長に急かされる前。何か言おうとしたでしょ?」
「……あれは……ううん。何でもない」
「そう?」
「うん」
そっか、じゃあいいか。あ、また花火が上がり始めた。
ドンドンって音が響く。
うん。この音も結構来るね。
感動……ね。
本当にたまにはいいかもね……メイド長。
自然と笑みが零れた。
「花音……」
「ん?」
「……綺麗だね」
花火が上がっていく。
様々な花が咲いていく。
「………………うん……」
音が鳴る。空気が揺れる。
「そうだね………………葉月……」
私は気づかなかった。
花火に魅入られて気づかなかった。
ドンッ! と、特大の花火が上がる。
大きな光が、屋上にいる私と花音に届く。
「綺麗………………だね…………」
この時、花音がどこを見ているのかを、
その視線が花火に向いてないことを、
私は全然気づかなかった。
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