10話 優しいルームメイト —花音Side※
寮長さんは「いつでも希望を出していいから」と言って、部屋を出て行ってしまった。いい人なんだろうなぁ、こんなに気にかけてくれるなんて。
東雲さんも自分の荷物を片付けるために、向かいの自分の部屋に戻ってしまったし、私たちも片付けなきゃね。
「じゃあ、私たちも片付けよう、花音」
「そうだね」
「ちなみにベッドそっち使う? こっち使う? それともくっつけて一緒に寝る?」
「私はどっちでも……って一緒!?」
「あはは、いい反応だね~。冗談だよ~。じゃあ、私こっち使うね~」
……葉月はからかい癖があるのかな? 女の子同士だから一緒のベッドでもいいんだろうけど、思わず良からぬ想像してしまって、また顔が熱くなってしまったのがわかった。
葉月の顔面偏差値が高すぎるのが良くないと思う。男装させたら、イケメンに仕上がりそう。
そんな意味のないことを考えてる場合じゃなかった。さっさと片付けてしまわないと。明日は入学式。答辞もやらなきゃいけないし、原稿チェックしておきたい。
さあ片付けよう、とさっき広げたスーツケースの中身を取り出していたら、葉月が話しかけてきた。
「ねえ、花音?」
「ん? 何?」
「私が言うのもなんだけど、嫌になったら、部屋すぐ替えてもらっていいからね?」
……さっきの話だ。思わず黙ってしまった。
「寮長の言う通りなんだよ。私は頭おかしいからね。まあ、花音に迷惑はかけないつもりだけど」
……やっぱり、葉月は優しいと思う。
「嫌な思いさせるのもあれだし。替えたくなったら、すぐ言ってね?」
背中を向けている葉月に、つい視線を向けてしまった。自分で頭おかしいとか言いながら、どうしてそういうこと言うかな。思わず口元が綻んでいくのがわかった。
「花音?」
黙ってしまった私を振り返って、少しきょとんとした顔をしてくる。
その顔を見て、私は少しおかしくなって、フフって笑ってしまった。
「ねぇ、葉月。私ね……ホントは今日凄く緊張してたんだ」
「んん?」
訳が分からなそうに、首をコテンと傾けている。そうだよね。いきなり何の話だろうって思うよね。でも、本当に凄い緊張していたんだよ?
「親元離れるのも初めてだし。しかも星ノ天学園はエリートでお金持ちの人がいっぱい通ってるって有名だし。私の家はお金持ちなんかじゃないし、親も普通のサラリーマンなんだよね。私みたいな平々凡々な人間が、そういう人たちの中でやっていけるのかなって。ルームメイトの人もきっと、お嬢様みたいな人なんだろうなって、話合うのかなって、ドキドキしながら今日来たんだ」
電車から降りて、この寮に来るまではドキドキしっぱなし。加えていうなら、葉月と東雲さんが現れるまで緊張しっぱなし。
「だけど、会ってみたら昨日助けてくれたあなたで、ちょっと安心しちゃった。だから、寮長さんに言われた時も大丈夫じゃないかなって思ったの」
目を丸くして、少しポカンと口を開けている。あ、全然分かってなさそう。でも、そうなの。葉月がルームメイトだって知って、すごく安心した自分がいるんだよ?
「寮長が言ってたように花音は知らないだけなんだよ? 私、結構やらかしてるよ?」
確かに私は知らないだけかもしれない。昨日会ったばかりだしね。何が好きだとか嫌いだとか、本当はどういう性格なんだろうとか、全然知らない。
「私は葉月がやらかしたっていう事を確かに知らないけど、でも昨日、雨で困ってる私を助けてくれたでしょ?」
「うん? まぁ、そだね~……」
「フフ。葉月、気づいてないの? 昨日葉月が私に服と傘を貸してくれたことって中々出来ない事だと思うよ?」
眉をハの字に曲げて「そう?」って表情で見てくる。本当に気づいていない。あんなの当然のようにする人なんて、中々いないと思うんだけど? 傘ならともかく、服まで貸さないよ。いくら濡れて透けてしまっていたからって言ってもね。
「普通は知らない人にあそこまで親切にしないと思うけど? しかも葉月、自分が濡れるの前提で傘まで貸してくれたし」
「それは、いっちゃんにも呆れられたけど……」
「自分の身を顧みないで他人に親切にできるなんて、優しい人なんだなって思ったの」
しかも見知らぬ他人に。そんな人が優しくないわけがないよ。今日会えたから良かったけど、何でもなかったかのようにさっき返してきたし。葉月にとって、当たり前すぎることなんだろうね。
目を大きく見開いて、パチパチと瞬かせてくる。少し驚いているみたい。
「優しいなんて初めて言われたなぁ……」
え、そうなの? 私の印象がそうなんだけどな。
「そうなの? 私は、葉月は優しい人なんだなって思ったよ。部屋替えだって、私が嫌な思いしないように自分から勧めてくるし」
うん、この気遣うところも優しいよね。だから大丈夫だと思う。何をしてきたかは知らないけど、でも葉月がルームメイトで大丈夫。
もし話合わないとか、漫画とかであるような、お金持ちだから貧乏な庶民の私を馬鹿にしてくるような人だったら考えたかもしれないけどね。そんな様子はサラサラないし。
あ、でも葉月の方が嫌だったりするのかな? 東雲さんとずっと一緒だったんだよね、きっと?
「大丈夫だよ、私は。それとも葉月は私と一緒じゃ嫌かな?」
「それはないよ? 花音、美少女だし。可愛い子と一緒の部屋でラッキーみたいな?」
「っ……! だから……美少女じゃないってば……」
だから、なんでそんな恥ずかしげもなくサラっと言うかな。照れるから。いくら女の子でも照れるからね。ハア、また頬熱い。そんな私を見て、クスクスと笑い出す。
「ホント、花音は可愛いね~」
「か……!? ……葉月……からかってるでしょ……?」
「やだな~、本心だよ~」
「もう……それより、片付け終わらせよう?」
「は~い」
完全にからかってる……こっちは恥ずかしくて大変なのに……こんな真正面から可愛いとか美少女とか言われたことないし、耐性がないんだから。このからかうところは慣れないといけないかも。
ハアと軽く息をついて、片付けに戻ると後ろから気分良さそうに鼻歌が聞こえてきた。
それを聞いて、思わずクスって笑みが零れる。葉月の鼻歌をBGMに片付けを進めていった。
お読み下さりありがとうございます。次話、葉月視点です。




