108話 夏祭り —花音Side
「あのね鳳凰君……何をそんなにムキになってるのよ。たかがヨーヨー釣りで」
「別にムキにはなっていない。だけど喧嘩売ってきたんだ。やらないでどうする」
「誰も喧嘩売ってないわよ。ちょっと、怜斗も止めなさいよ」
「あはは、別にいいんじゃない? 翼が苦手だったなんて知らなかったな」
「誰が苦手だと? 見てろ、次こそは」
「だからやめなさいって。何回独占してるのよ」
ハアと溜め息をつきながら、会長から東海林先輩はヨーヨー釣りで使う道具を取り上げていた。
東海林先輩の言うとおりだと思いますよ、会長。誰も喧嘩なんて売ってないと思いますけど。
それでもムキになってる会長は子供みたいに見える。少しおかしくて笑っていると、何故か不機嫌になって立ち上がってしまった。笑われて恥ずかしくなったのかな?
仕方ないと思って、近くの屋台からりんご飴を一つ買った。
「会長、これ美味しいですよ」
「誰がそんなガキが食うもの――」
「食べたことあるんですか?」
「……それはないが」
「じゃあおススメします。お祭りに来て、これを食べないなんて勿体ないですよ」
クスクス笑って、会長にそのリンゴ飴を無理やり渡すと受け取ってくれた。
会長も月見里先輩たちもこれが初めてのお祭りだって言ってたものね。食べたことあるはずないな、と思ったら正解だったみたい。
渋々といった感じでリンゴ飴を舐め始める会長。おいしかったみたいで、表情が明るくなった。よかったよかった。
それにつられて月見里先輩たちもリンゴ飴を買っていたら、東海林先輩が疲れたようにその光景を見ていた。
「東海林先輩は食べないんですか?」
「さすがにあれは甘すぎるもの」
そういえば東海林先輩はあまり甘いものが得意じゃなかったや。失念していた。あれ、でも東海林先輩は食べたことあるんですね?
「先輩はお祭りとか初めてじゃなさそうですね?」
「小学生の時は毎年友達と行ってたわよ? このボンボンたちが特殊すぎるのよ。一回も来た事ないって、有りえなさすぎる」
「そんなことないさ、椿。星ノ天の内部組はこういうとこには来ないものだよ」
「それだけ外の世界に目を向けなかったって話じゃない。威張れることじゃないわよ?」
「あはは、確かに。縁がなかったから来なかったけど、こういうのも楽しいものだね。今日は来れて良かったよ。な、綜一、宏太?」
「まあ、意外と悪くはないですね」
「(コクコクコク)」
月見里先輩、楽しそう。九十九先輩も認めたくなさそうだけど、ちゃっかり両手にリンゴ飴とチョコバナナを持っているし。阿比留先輩、口の周りがチョコで汚れていますよ?
本当、縁がなかったんだなぁ。
会長の方を見ると、あっというまにリンゴ飴は食べてしまったみたい。お好み焼きの屋台に釘付けになってる。
「食べないんですか?」
「……別に」
じゃあどうして、そんなもの欲しそうに見ているんですか。本当、素直じゃない。店主さんも困ってますよ。
会長の代わりに「一つください」と頼むと、店主さんがパックを渡してくれる。
「どうぞ?」
「お前が食べればいいだろ」
「私はたこ焼きの方を後で食べますから」
たこ焼きの屋台を指差すと、会長もつられてそっちを見ている。「あんなのまであるのか」ってありますよ。もしかして、たこ焼きもお好み焼きも初めて? 東海林先輩の言うとおり、坊ちゃんすぎる。これまで与えられたものしか食べてこなかったのかな。
東海林先輩、お好み焼きは食べるかな――と、さっきまでいたところを振り返ったら、見当たらなかった。
「あれ?」
「どうした?」
「東海林先輩たちが消えてますね」
人で混み合っているから、はぐれたのかもしれない。すぐ見つかるとは思うけど。
会長もパックを手に取ったまま、キョロキョロ見渡していた。見つからないみたい。
「会長、とりあえずそのお好み焼きをゆっくり食べたらどうですか? 他の先輩たちも、もしかしたら何かを買っているのかもしれませんし」
「まあ、そうだな」
人混みから外れると、少し喧噪が遠ざかる。とりあえず座れるところに会長を誘導して、近くのベンチに座らせた。
マジマジとパックの中のお好み焼きを見つめている会長。そんな珍しいのかな。
「変な食べ物じゃないですよ?」
「……誰も変だとは思ってない」
不機嫌そうにそっぽを向いている。恐る恐ると言った感じで口に運んでいた。あ、おいしかったんですね。会長ってこういうとこ分かりやすい。目が途端にキラキラしているんだもの。
モグモグと食べている会長を見てて、葉月のことを思い出す。
カレー、ちゃんと温めて食べてるかな。前に作り置きした時に温めないで食べてたんだよね。凍ったままの食べてた時もあったから、少し心配。
「旨い……」
会長の声にハッと我に返った感じがした。いけない。今は会長と一緒だった。
「本当に今まで食べたことなかったんですね?」
「まあ、な。禁止されてたし」
「禁止?」
「こういう低俗なモノを食べるなと」
え、低俗? どこがだろう。立派な一つの料理だと思うけども。
「だから、こんな旨いものだとは思わなかった」
お金持ちの人たちの感覚がよく分からないなぁ。葉月は前においしいって、喜んで食べてたけど。一花ちゃんも舞もそう。会長が特殊なのかな。食べるものが制限されてるの?
「なんか、勿体ないですね」
「勿体ない?」
そんなに驚くことですか?
「だってそれって、おいしいモノを知らないってことじゃないですか」
禁止にするとかおかしいと思うけど。食べたいもの食べればいいんじゃダメなのかな。まあ食べすぎとかは注意しないといけないし、栄養とかのバランスも考えなきゃいけないとも思うけど。……太っちゃうし。
「世の中には、もっと色々なおいしいモノがあると思うんですよね」
「世の中だと?」
「私だって、まだまだ知らない料理がたくさんあるんですよ。それがおいしかったら、自分でもやっぱり作ってみたいと思いますし。だけど会長は禁止されて、それすらも触れてこなかったんですよね?」
周りの人の思う自分を作ろうとしているから、会長は今まで我慢してきたのかな。我慢しなくていいと思うけど。
「お好み焼き一つとっても、色んな味があります。食べ物だけじゃなくて、他にも色々なものがあります。知らないのは勿体ないですよ。会長は禁止されたものに興味はなかったんですか?」
「それは――」
言い淀んで目が泳いでる。興味はあるんですよね? お好み焼きだって、もの欲しそうに見ていましたものね。
そんな会長を見て、思わずふふって笑ってしまった。
「何を禁止されているかは知りませんが、興味あるものを我慢する必要はないとは思いますけど。まあ、興味あるものがどんなものかにもよるとは思いますが」
「例えばどんなだ?」
「そうですね。人を傷つけたりするものはダメですよね」
「それは、そうだろうな」
「そうですよ。自分が傷つけられたら嫌じゃないですか」
自分のその言葉に、ふとまた葉月の顔が浮かぶ。
……葉月は、何かに傷ついたような目をしていたな。
何かに怖がって、震えていた。
鴻城のお屋敷に行った時、ずっとそんな様子だった。
思い出して、キュッとまた胸が苦しくなる。
色んな葉月がいる。
怖がっていたり、
震えていたり、
無邪気に笑ったり、
機嫌が悪くなって拗ねたり、
優しかったり、
辛そうだったり、
さっきみたいに、見たことない笑顔だったり、
色々な、葉月がいる。
そんな葉月を思い出す度に、
心臓がトクントクンと騒ぎ出す。
切なくなる。
苦しくなる。
同時に、心が温かくなる。
「おい?」
「え? あ、す、すいません」
不思議そうに見てくる会長がいた。知らず知らずに心臓付近の服を掴んで黙っちゃったから、不思議に思ったみたい。
い、いけない。また葉月を思い出してた。今は会長が禁止されていることの話をしていたのに。
ふうと息をついて落ち着かせて、会長に言おうとしてた事を思い浮かべた。
「会長ももっと色んなことに目を向けたらどうですか? 縛られるだけの人生なんて、つまらないと思いますけど」
「……好き勝手言ってくれるな」
「言うだけはタダですから」
そう言うと、珍しく会長が笑いだした。そ、そんなおかしなこと言ったかな。徐に立ち上がって、こっちを楽し気に見てくる。
「本当、お前は予想外のことばかりを言う」
「そうでしょうか? 東海林先輩も同じようなこと言っていると思いますけどね」
「ああ言えばこう言うようなところは東海林に似てきたな。そろそろ戻るぞ」
え、いや、あの、会長? なんで手を繋ぐんですか?
「ちょ……会長? 手を離してくれません?」
「この人混みだ。あいつらと合流するまで我慢しろ。迷子になられたら、探すのが面倒だろうが」
た、確かに面倒だけど、まず迷子にならないんですが。
困惑している私を無視し、どんどん進んでいく会長。……耳が赤いような気がするのは気のせい?
自然と握られている手に視線が向く。
握られた手。
大きな手。
ゴワゴワした手。
葉月とは、違う手。
寮を出発するときに、撫でてくれた手を思い出す。
あの優しい手が思い出される。
思い出す度に、やっぱり胸が苦しくなる。
会長は男の人。全然違う。
だけど、やっぱり思い出すのは葉月のこと。
この胸を熱くするのは、
やっぱり、葉月の笑顔。
……どうしよう。
会いたい。
今、葉月にすごく会いたい。
あの笑顔を見たい。
ギュッと胸の奥が締め付けられる。
ドクドクと心臓が脈を打っている。
分かってる。
こんなの間違ってるって分かってる。
本当はこういう感情、
目の前の会長に向けるのが正しいってこと、
私、分かってる。
だけど、もう誤魔化せない。
思い出されるのは、葉月の笑顔。
葉月の香り。
葉月の温もり。
あの優しい微笑み。
思い出す度、心臓が暴れだす。
会いたくなってたまらなくなる。
また怖がっているんじゃないかって、心配になる。
「ああ、2人して消えて、探していたのよ?」
「あのな、お前らの方がいなくなっていたんだからな?」
「まあまあ翼。合流できて良かったよ。ん? 随分、桜沢と仲良くなったんだね?」
面白そうに、合流した月見里先輩が会長と繋いでいた手を指差してきた。慌てるように会長は離してくれる。
「これはっ! 別に深い意味じゃねえ、ただはぐれないようにだな」
「誰も深い意味なんて言ってないけどなぁ?」
「てめぇ、怜斗……面白がるな。こいつには迷子の前科があってだな」
「はいはい、どうでもいいわよ。それより今から花火よ。見やすいところに移動しましょ?」
「あ……あの、東海林先輩」
声を出すと、皆が目を丸くしてた。
「どうしたの?」
「すいません、先に寮に帰っていいですか?」
パチパチと目を瞬かせて東海林先輩が見てきて、何故か心配そうにおでこに手を当ててきた。逆になんで? と思ってしまう。
「もしかして、具合悪くした? 結構な人の数だもの」
「へ? あ、い、いえ。違うんです。元気ですから」
「違うの? じゃあどうして?」
――い、言えない。葉月に会いたいからですなんて、言えない。そ、そうだ。
「やっぱり、その、葉月が1人だと思うと心配で……」
「確かに」
先輩、即答ですね。何度も頷いているし。そんなに今も心配なんですね、何かしていないかと。
「お! 寮長たち発見! かの~ん! ほら一花、花音たちいたよ!」
「そ、そうだな……」
舞に引っ張られて一花ちゃんと2人、こっちに近づいてくる。あの一花ちゃん? なんで目が泳いでるの?
そんな一花ちゃんに目もくれず、舞はいつもどおり、元気な様子で声を出していた。
「花音たちも花火見るっしょ? 一緒に見ようよ! いいですか、寮長!?」
「別に構わないけど、どうするの桜沢さん? やっぱり寮に戻る?」
「え!? 花音、もう帰るの!?」
「う……ん……葉月がやっぱり心配で」
会いたいからです……なんて言えない。
やっぱり言えない。
一花ちゃんは目を丸くして驚いてたけど。
「あいつなら大丈夫だと思うが?」
「うん……その……ちゃんとカレー温めたかな、とか色々と心配になっちゃって」
「……ボソ(それも大丈夫だがな)」
「え、何?」
「いや、何でもない。まあ、先に戻るなら、これ届けてくれ」
そう言って差し出してきたのは、たこ焼きが入った袋。舞を寮長たちに届けたら、一花ちゃんは帰るつもりだったらしい。葉月へのお土産でさっき買ったんだとか。
早く帰るって言ってたけど、残って花火を見てからにしたんだって。舞が隣で駄々こねてたから、そうしたんだね、きっと。
「わかった、届けるね」
「……花音」
「ん?」
「寮に戻って……その……意外な人がいるかもしれないが、驚くなよ?」
い、意外な人? どういうことだろう? 一花ちゃん、どうしてそんな申し訳なさそうに目を伏せているの? ま、まあいいか。頭の隅に置いてはおこう。
会長たちに一言言って帰路につく。
……もしかしたら、花火一緒に見れるかな。
少し期待に胸を弾ませ、寮に向かう足が早くなった。
お読み下さり、ありがとうございます。




