107話 メイド長とのひと時
「今回の監視はわたくしが承りました」
だからなんで?
茫然としている私を無視して、ズカズカと部屋の中に入っていくメイド長。
いや……いやいやいや、確かに今日は寮内の監視頼んだけどさ! メイド長が来るなんて聞いてないんですけど!? いっちゃん!?
「なるほど……ここが葉月お嬢様のお部屋ですか」
メイド長はゆっくり部屋を見渡して、うんうんと頷いている。
「葉月お嬢様、変なものは置いてないようですね」
「いや……」
「あーそういえば、タランチュラ君は元気ですよ。この前帰ってきた時に、お連れすれば良かったですね」
あ、そう? それなら良かった。ってそうじゃなくて!
「…………なんでメイド長が?」
「一花お嬢様から今日自分がいない時間、誰かを傍につけてくれと言われまして」
「いや、そうなんだけどね……それはそうなんだけど」
「大丈夫です。一花お嬢様と交代で帰りますので」
「いや、うん。それは帰って?」
「それに、わたくし以上にあなたの監視を任せられる人間がいるとでもお思いで?」
思わず黙ってしまった。
いっちゃん以外で確かに止められるとしたら、このメイド長だろう。そうだろうけど。
「……別に、いつもの人たちが来てくれても大丈夫だと思うんだけど?」
「大丈夫なのは事後でしょう?」
せ、正論…ド正論……この人だったら私を事前に止められる……この前帰った時みたいに。
「さて、葉月お嬢様。最初はお風呂にお入れしましょうか」
はい? いや、いやいやちょっと待って!?
「自分で入れるか――」
「ああ、そちらがバスルームですね。失礼します」
無視!? さすがメイド長! 私の扱いが雑!
「ああ、葉月お嬢様。仮面が剥がれてますよ? 大丈夫ですか?」
それすらも見抜かれてる! さっきガチ約束して、かなり意識してるからだよ! そしているはずのないメイド長がいるからだよ! とは言ってもこれは作ってない訳じゃなくて、動揺に近いんだけどね!?
「まあ、作らなくていいのは良い事なので、良い傾向なのですね」
良い傾向?
「…………あの時以来、あなたの素が出たことはありませんでしたから」
お風呂の準備をしながら、メイド長が優しい声で呟いた。
「……今日だけ特別だよ……それにこれは疲れるんだよ」
「そうですか。旦那様に報告しようと思いましたが、止めときましょう」
「…………」
「ただ……」
……ただ?
「ちゃんと“あなた”がまだいることを確認出来て安心しました」
……何言ってるのさ、メイド長。
ちゃんといるよ……最初からね……。
「さっ、こんなもんでしょう。はい、お嬢様。脱いでください」
え? 早くない? そんなすぐにお湯貯まらないよね?
「隅から隅まで磨き上げます。どうせ、あなたのことです。寮生活では適当に洗ったりしてるのでしょう?」
いや、いやいや……メイド長、私もさすがに――って勝手に脱がさないで!?
逃げようとしたら、いつもの無表情の顔をしたメイド長に捕まって、隅から隅まで磨き倒された。
いっちゃん……花音でもいい……早く帰ってきてぇ~!!
□ □ □
「ねぇ、メイド長……」
「なんですか?」
「その……すごく食べにくい……」
「仕方ありません。監視ですので」
さっきからずっと料理に顔を近づけて、ジッと見てくるメイド長。
いっちゃんに寮内の監視を許すって連絡してもらったら、何故かメイド長が現れた。何故に?
「これが報告書にあった、花音お嬢様の料理ですね」
「……まだ鍋にあったから食べれば?」
「いただきましょう」
食べるんだ?! 意外。子供の時にポテチ食べたら、「鴻城の名にふさわしい食べ物を食べなさい」って教育されたから、こういうの嫌がるかと思ったんだけど。ちなみに今日はカレーライスです。花音に甘辛にしてもらったんだよね~。
スッと立ち上がったメイド長が背中を見せたと思ったら、顔だけ振り返ってきた。な、何……?
「余計なモノは入れないように」
あ、警戒してる……いや、大丈夫だよ。いっちゃんと今日は何もしないって、ガチ約束したからね……メイド長が心配するのも分かるけども。
そう言ってさっさとキッチンにいき、カレーライスを持ってきて、私の向かいで食べ始めるメイド長。
「ふむ、これは……はちみつ、りんご、なんとコーヒーまで入れている。なのに絶妙なハーモニー……素晴らしい……旦那様に再現しなくては……」
何かブツブツ言ってるけど気にしない。無表情だから余計怖いんだけど、気にしたら負けなのは私が一番良く知っているからね~。いっちゃん……ホント早く帰ってきて……。
「お嬢様、お飲み物をお持ちしました」
食後にハーブティーを淹れてくれた。
でもさ、メイド長……あの家でこの対応なら分かるんだけどさ……ここ寮なんだよね!! あの家に比べると小さいんだよ! そこでこういう対応されても困るんだよ!
「何か?」
ジト目でメイド長を見たら、やっぱり無表情で返された。やりにくい。非常にやりにくい。
なんだか疲れた……どっと疲れた……まずお風呂で疲れた……そして今これで疲れた。
ふうと息をついて、淹れてくれたハーブティーを一口飲む。
あ、懐かしい……。
これ……ホッとする。
ん?
視線を感じて見上げると、無表情のはずのメイド長の表情が、ちょっと緩んでいた。
「……ここも変わりなかったみたいですね」
ここも?
「あの大変な時期でも……これを飲んでる時は、あなたは今みたいな顔されてましたよ」
…………そう……なんだ。
「それは……知らなかった……かな」
「……そうでしょうね」
ゆっくりまた口に入れていく。優しい味が口内にじんわり沁みた。
「お嬢様……」
ん?
「やはり……もう無理ですか?」
――メイド長、今日来たのはそれもあるんだね。
仕方ないといえば仕方ないけど。
「無理だね……」
「そうですか……」
戻るつもりはないよ。
沈黙が、私とメイド長を静寂に包み込む。
ハーブティーを飲み終わった時に、メイド長が口を開いた。
「今日は花火大会だとか。どうして一花お嬢様とご一緒されなかったのです?」
「……たまにはいっちゃんを解放したくなるんだよ」
「ふむ。確かに必要ですね。あなたの相手は色々な意味で大変ですから」
そうですよ。仰るとおり。
「お嬢様は見ないのですか?」
「何を?」
「花火です」
「別にいっかなーって」
「ここからでも見えるのでは?」
「屋上は鍵閉まってるよ。寮長にこの前取り換えられたから」
寮長、ちゃっかり定期的に変えるようになったんだよね。しかも今つけられてる鍵は最新式で、さすがに私でも開錠出来ないんだよ。
「問題ありません。行きましょうか」
はい?
「葉月お嬢様。あなたはこういうものをちゃんと見るべきですよ」
「……別に前にも見たことあるけど?」
「一年に一回しか見れないんです。そういう綺麗なものを見て、少しは浄化しなさい。さっ行きますよ」
えええ? どんな理屈? というか待ってよ、メイド長!? 屋上には鍵がついてるんだってば! というか、なんで大人しくしようとしてるのに、監視のあなたが動いてるのさ!? 逆! ホントは逆! って待って!?
振り回されるってこういうことなんだなって、頭の片隅でちょっといっちゃんに謝罪しつつ、私は仕方なしにメイド長の後を追った。一応、いっちゃんがいつ帰ってきてもいいように、テーブルの上に屋上にいると紙を残して。
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