106話 いつもと違う —花音Side※
「ぎゃああ!!」
「ハア、舞。大丈夫だから動かないで」
寮の部屋、舞の浴衣に飛んでしまったカエルを捕まえて、窓の外の縁に置いてあげる。そのカエルさんもピョンと外にジャンプしていった。きっと死なないはず。2階だし、きっと。これで5匹目。あとはもういないかな。
キョロキョロと部屋の中を見てみた。あ、葉月。こんなところに虫かご置いてたんだ。きっとここに、さっきのカエルさんたちを入れてたんだね。もう空だし、平気かな。出てくれば、また逃がせばいいか。
「かかか花音!! ありがとう!!」
「ふふ、どういたしまして」
もうさすがに慣れちゃった。何回もあるしね、こういうの。
今日は夏祭り。
行く準備をしていた時に舞が髪をセットしてくれるって言うから、部屋の鏡台の前に座った時の出来事。
ピョンっといきなりその上にカエルさんが飛んできちゃったんだよ。さすがの舞もカエルに直接触るのは無理みたいで、顔を青褪めさせていたんだよね。
一花ちゃんはもう浴衣に着替えて、寮の入り口で待ってるみたい。葉月も見送りで一花ちゃんと一緒に行ってるし。
カエルさんも逃がして、舞が改めて髪をセットしてくれた。こういう髪をいじるのは上手いよね。鏡を見て「え、これ私?」って思っちゃうもの。しかもメイクまでやってくれて余計。
「花音は元もいいから、メイクしてて楽しいよ」
「舞が上手なんだよ」
とても満足している顔で、鏡越しに見てくる舞。
「葉月っちもいじってみたいんだけどなぁ。今度やらせてくれないかな」
メイク道具を片付けながら、そんなことを呟いた。葉月のメイクか。確かに見てみたい気もするけど。
「よっし! じゃあ準備も万全だし行こう! 寮長とも入口で待ち合わせでしょ?」
「うん。あ、ちょっと待って」
忘れちゃいけないもの。この前、葉月に貰った花飾りを箱から取り出す。鏡を見ながらつけると、隣で「わお」と舞が声をあげていた。舞、わおって。
「どうしたのさ、それ? すっごい今の浴衣に似合ってる!」
「ありがとう、葉月からもらったの」
「へ~! 意外、葉月っちってセンスあったんだ。いつも着ている私服は一花が適当に選んでるって言ってたから、興味ないと思ってたのに」
あと多分、あの時の店長さんが選んでいると思うけどね。見繕うって言ってたし。
でも不思議。
舞から似合うって言われて嬉しいんだけど、あの時みたいに頬が熱くなったりしない。素直にありがとうって思うし、少し照れて恥ずかしいぐらい。
葉月に言われたときは、違かったのに。
「じゃ、いこ、花音! 会長たちも驚くだろうな! 今の花音を見たら!」
え、会長たち? 思わぬ言葉だったけど、なんで会長たち? ま、まあいいか。
舞に急かされて寮の入り口に向かうと、一花ちゃんと葉月がちょうどカエルさんの話をしていた。
「ごめんね、葉月? そのカエルさんなんだけどね。間違って入ってきたのかなと思って、外に逃がしてあげちゃった」
捕まえてきたのはわかったけどね。
苦笑いしながら告げると、口をパカっとしながらショックを受けている模様の葉月がいた。可愛い。一花ちゃんの方はニヤリと笑ってたけど。
「葉月。いいか、大人しくしとけよ?」
「むー。わかったよー」
いきなり膨れちゃった。なるほど、あのカエルさんと遊ぶつもりだったんだ。
一緒に来ればいいのにって思っていたら、舞が先に誘ってる。でも行く気はないみたい。本当に夏祭りは興味ないんだね。
……一花ちゃん? どうしてそんな心配そうに葉月を見ているの?
そんな一花ちゃんに葉月も気づいたみたいで、声を掛けている。
「……やっぱりあたしも残るか?」
一花ちゃん、今更何を? そんなに葉月を1人にするのが心配なのかな?
そう告げた一花ちゃんを、葉月は肩を竦めて苦笑していた。
「行っといでよ~いっちゃん。行きたいんでしょ~?」
「だが……」
「ちょっとちょっと一花!? 今更行かないとか!? そうするとあたし1人なんですけど!?」
「大丈夫だよ~いっちゃん。舞のナンパが全部失敗するところ見ておいで~?」
「失礼だよ、葉月っち!? あれ? 違う! ナンパしないよ、葉月っち!」
「いいから、行っといで~」
確かに、舞が1人になっちゃうけど。しかもナンパって。あれまだ考えてるのかな、舞。
ヒラヒラと手を振って一花ちゃんを促しているけど、一花ちゃんは不安そう。
やっぱり、葉月も一緒にいけば――
あ……れ……?
視線を葉月に向けた。
だけどその葉月が、
今まで見たことないくらい、
穏やかに微笑んでいて、
とても優しい瞳で、
一花ちゃんを見つめてる。
いつもと、違う。
どこがと言われても分からない。
「……今日は絶対しない。約束するから。ね?」
一花ちゃんに向けてのその声も、どこか優しくて、言い聞かせるような気がした。
葉月……だよね?
知らない人に見える。
その笑顔に、
縛られる。
茫然としてしまう。
だけど、
自然と胸が締め付けられる。
何故か一花ちゃんも目を丸くしていた。顔を俯かせて、でもすぐに葉月を見ていた。
「…………終わったらすぐ帰ってくる」
「うん……」
「行くぞ、舞」
「へっ? ちょっと待ってよ一花!」
舞が慌てて一花ちゃんを追いかけていく。
だけど、葉月から目が離せない。
とても優しい瞳で、一花ちゃんを見送っていて、
どこか切なげで、
少し辛そうで、
今にも泣きそうなのに、穏やかに微笑んで見ているから。
苦しくなる。
胸が苦しくなる。
その笑顔を見ると苦しくなる。
「……葉月?」
視線に気づいたのか、こっちを見てきた葉月に思わず名前を呼んでしまった。
葉月……だよね?
「ん~?」
……あれ、戻ってる?
「…………何でもない」
さっきのは見間違い? 不思議そうに首を傾げてた。でも、さっきは……。
「ごめんなさいね、遅れちゃって」
あ、東海林先輩が来た。
「いえ、私もさっき準備出来たところですから」
「じゃあ、行きましょうか。小鳥遊さん? くれぐれも……くれぐれも問題起こさないようにね!」
「やだな~寮長。大丈夫だよ~。寮長の部屋に入って遊ぶぐらいだよ~?」
「入らないでちょうだい!?」
「冗談だよ~冗談。さっきいっちゃんとガチの約束したから大丈夫~」
「……信用できないって恐ろしいわね」
「私もそう思うよ、寮長」
「あなたが言わないでほしいんだけどね……」
いつもと変わらないやり取りを東海林先輩としている。その葉月は普段と変わらない葉月だった。
「花音~、楽しんできてね~?」
「……うん。私も早めに帰ってくるね」
「大丈夫だよ~。ゆっくりしといで~」
私の頭に優しく手を置いてきた。ふふって笑う葉月を、思わずジッと見てしまう。その笑顔も普段と変わらない。
さっきの葉月。
見たことない葉月。
あんなに優しい瞳で一花ちゃんを見ていた葉月。
私には見せない、
穏やかな笑顔の葉月。
葉月、さっきのは……。
言葉が出てこなくて、黙っていると眉を器用にあげていた。
「花音~?」
「……葉月、あの……」
「ん~?」
なんて、聞けばいいんだろう?
今の葉月は作りモノ?
ううん、そんなはずはない。
ご飯を食べている時はおいしそうに食べているもの。
機嫌が悪くなった時も、頬を膨らませて分かりやすいもの。
じゃあ、さっきの笑顔は……?
「桜沢さん、待ち合わせに遅れるわ」
言葉が出てこないまま、東海林先輩に呼ばれてしまった。何も言えなかった私に、葉月が肩を竦めている。
「行っといで~花音」
「…………うん」
葉月も困ってる。
ごめん、上手く言葉に出来ないの。
結局、何も言えずに促されるまま夏祭りに向かった。
途中で会長たちとも合流して、会場に向かう。あの、会長たち? どうして驚いているんですか?
そんな会長たちよりも、頭の中はさっきの葉月の笑顔でいっぱいになっていた。
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