104話 夏祭りに行く前に —花音Side※
「あの、皆……ここ入るの?」
「そうだが?」
「そうだね~」
「そうだけど?」
目の前の高そうなブティックを目にして愕然としてしまう。舞も一花ちゃんも、そして葉月も一緒。皆こんなところで服を買ってるの?
別荘から戻ってきて数日。今度は皆で夏祭りに行くことになった。私は生徒会のメンバーと一緒に行くことになったけど。
何故か一花ちゃんに生徒会メンバーと行った方がいい、みたいなことを言われてしまった。東海林先輩が助かるんだとか。東海林先輩にはお世話になっているし、だから生徒会メンバーと行くことになった。
葉月は行かないらしい。また分からない話を一花ちゃんとしていたけど、1人、寮でお留守番するそう。
あの時、海で抱きしめられた時以来、葉月は普段と変わらない。
あの時みたいな声もしていないし、ニコニコとしている。何であの時抱きしめられたのかは分からない。けどまた知られたくないことなのかな、とニコニコしている葉月を見るとそう思う。
『そのままで……いて……?』
あの時の葉月の言葉はきっとそう。
あれ以来、葉月を見ると心臓うるさいけど。
あの時の声、忘れられないよ。
ああ、もう。思い出すだけで頬が熱くなってくる。
ハグだって何回かしているのに。
けど、あんな風に抱きしめられたのは初めてで、何でこんな心臓うるさくなるのかも分からない。
声も温もりも、
葉月の顔を見ると、思い出してしまうんだけど。
い、いけない。今は夏祭りの浴衣を皆で買いにきているのに。って舞?! そんな引っ張らないで!? だから私、こんなところで買うお金ないんだってば! どうして葉月も一花ちゃんも大丈夫だって言うの!?
舞がグイグイ引っ張って高そうなブティックの中を進んでいく。ま、舞! 一花ちゃんも葉月も置いてけぼりなんだけど!?
連れてこられたのは浴衣のコーナー。いや、フロア? 舞がその内の一つを手に取って見せてきた。
「ほら、ここらだったら花音でも大丈夫っしょ?」
――どこが!? 桁が6桁なんだけど!?
「ごめん! 無理!」
「そ、そう? ここら辺だったら花音でも大丈夫だと思ったんだけどな~」
「いや、舞!? さすがに無理!! ごめん!」
さすがにこれは買えないよ! 舞の金銭感覚はお嬢様の感覚なんだもの! 私のことを思って、多分舞なりに考えてここに連れてきたんだろうけど、全っ然高いから! 気持ちは嬉しいけど、高いから!
「おい、舞。何を見せた?」
「あ、一花。ここら辺だったら金額的に花音でも大丈夫だと思ったんだけどね」
葉月と一花ちゃんも追いついてきて、舞が差し出した浴衣の値段を見せていた。あ、呆れた顔をしてる。
「お前の金銭感覚がおかしいことはわかった」
「え? でも一花たちが普段着てる服はこれ以上してるんじゃない?」
「それはそうだが……花音の感覚とお前の感覚は違うってことは覚えとけ」
「い、一花ちゃんっ……!」
わわ分かってくれた。思わず感動。一花ちゃん、ありがとう!! 思わず拝みそうになったよ!
「花音~、こっちおいで~」
今度は葉月に呼ばれてビクッて肩が跳ね上がってしまう。ははは葉月? そういえば、葉月の金銭感覚もおかしい気がする。前に高級なお肉を躊躇わずに買っていたもの。
恐る恐るといった感じで、葉月の方を振り返る。葉月の前にはやっぱり浴衣が並んでいる。あああれも……きっと私じゃ手の届かないものに違いない。
「大丈夫だから~おいで~?」
「一花ちゃん……」
「大丈夫だ。安心しろ」
「わ、わかった」
い、一花ちゃんがそう言うなら信じよう。何て言ったって、私の感覚を分かってくれているみたいだから。さっきの舞への発言で、一気に信頼度が上がっているから。
葉月のところに近づくと、その中の一つの浴衣の値札を見せてきた。あれ?
「ほら、ね~? こっちだと大丈夫じゃない?」
「あ、本当だ……うん……これぐらいなら……」
ああ、うん。これぐらいだったら大丈夫。今日のお財布の中でも買える。ホッと一息。そして葉月を少し疑ってしまって後悔。ごめんね、葉月。
「色々見てみよ~花音~」
「うん。ありがとう、葉月」
ふふって笑いながら葉月は優しくしてくれる。
そうだよね、葉月は気遣い屋さんだから、高いの勧めてくるわけなかった。
隣の舞が不穏な発言して、一花ちゃんにツッコまれているけど。なるほど、舞は洋服とか見る時値段を全っ然見ないんだね。そうだよね、カード払いだもんね。あのね、舞。買う時はちゃんと値段見ようね。
「いっちゃんも舞も選ばなくていいの?」
「そうだね葉月っち。一花、ちょっと向こうも見てみようよ! さっき見たら一花に似合いそうな柄があったんだよね!」
「いや、あたしもここらで大丈――って引っ張るな! わかった! 行くから! あっ、おい、葉月! お前は大人しくしてろよ!」
一花ちゃん、引っ張られながらも葉月への注意を忘れないなんて。でも洋服屋さんで葉月だって何かを――
「大丈夫だよ、いっちゃん! 前みたいに糸引っ張らないよ! 切っておくね!」
あ、うん。出来るね。何かしら出来るね。だめだよ、葉月。いくら手頃でも、この服高いからね? それにこの浴衣だって作っている人がちゃんといるんだからね?
きょとんとした顔を向けてきたから、にっこり返す。
「葉月? 今日何かやったら玉ねぎサラダ決定だからね?」
そう告げるとあからさまに顔を背けて、目の前の浴衣を見始める。これはあれだね。聞かなかったことにしようとしているんだね。
「それより、どれにするの~?」
「話題逸らしても駄目だからね?」
葉月? 糸を切ったら絶対今夜のサラダに入れるよ? だからそんな悩まないように。頬を膨らませても、だめなものはだめです。
「あら? 葉月お嬢様? 来ていたんですか?」と葉月が少し頬を膨らませていたら、後ろから誰かに声を掛けられた。
葉月の知り合い? でもスーツ姿でにっこり笑いながら「今日は何をお求めですか?」と聞いている。ここのお店の人とか?
その人と葉月を交互に見ていたら葉月が気づいたみたい。え、店長さんなの? この人が? 一花ちゃんも知っているみたい。葉月と一花ちゃんはここの常連なのかな? ああ、うん。常連っぽい。店長さん自ら見繕うって言ってるもの。
「花音~? どうする~? 店長に見てもらう~? 高くなるけど」
「遠慮します」
ごめん、即答しちゃって。でも高くなるなら無理です。あれ、どうしてそんな驚いた様子で見てくるんでしょう?
「葉月お嬢様、その子は……」
「ルームメイト~」
「葉月お嬢様の!?」
口に手を当てて、心底驚いている様子の店長さん。そのまま何故か同情めいた目を向けられた。うん、これ知ってる。
「心中……心中お察しします……」
「へっ!? いや、あの、えーとー……」
さすがにいきなり泣かないでください!? びっくりしますから!……きっと葉月に前に何かしらやられたんだろうな。そういえばさっき、一花ちゃんに糸引っ張らないとか言ってたから、そのことかな。
そんな様子の店長さんに痺れを切らしたのか、葉月が口を開いた。
「店長~邪魔しないで~。花音が浴衣見れないよ~」
「浴衣? 夏祭り用ですか、もしかして?」
「そう。手頃な値段で買いたいの~。だからここらにいるんだよ~。店長に任せると、とてもじゃないけど買えないんだよね~」
「まあ、葉月お嬢様? 何か勘違いなさっていますが、このお店は本来誰でも買える服を売っているのです。葉月お嬢様は金づ――じゃなかった、如月沙羅様から頼まれてるので、相応の物を選ばせてもらっているのですよ」
……あの、店長さん? 今、金づるって聞こえた気がしたんですけど、気のせいでしょうか?
「とにかく、ちゃんとお客様に合わせてプレゼンするのがわたくしの仕事ですので。では、こちらのお嬢様に合う浴衣を見繕わせていただきますね?」
何故かもう確定事項!? え……無理無理。だっていつも葉月の服を見繕っているんでしょう? それに店長さん自ら選んでもらうなんて、とてもじゃないけど申し訳なさすぎる。
葉月が確認するように視線をこっちに向けてきたから、ブンブンと顔を横に振った。伝わってる――はず。
「花音~予算ちゃんと言えば、似合うの選んでくれるみたいだよ~?」
「でも……」
「安心してください。さあ、行きましょう。こちらへどうぞ」
「えっえっ――葉月!?」
「店長、花音に無理させちゃだめだよ~?」
葉月!? 全然伝わっていなかった! あっさり店長さんに渡されちゃった! あの、店長さん!? そんなグイグイ引っ張っていかないでください!? 転びそう!!
連れてかれたのは試着室。なななんで?
「それでご予算の方をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「へっ!? あ、あの、だだ大丈夫ですから。私自分で――」
「遠慮なさらずとも大丈夫ですよ? 先ほども言ったように、本来このお店は、老若男女問わず、幅広いお客様を対象にさせていただいているお店ですので。それに、わたくしはお客様に合わせた服をプレゼンすることを誇りとしておりますの。それで、ご予算の方は?」
ズイっと顔を近づけられて、思わず一歩下がってしまう。笑顔なのに……笑顔なのに怖いです。迫力凄すぎです。
仕方ないから自分の手持ちの金額を伝えて、これぐらいだったら出せますと言ったら、ふむと考え込んでしまった。
や……やっぱり私みたいなお客さんはお断りなんじゃ……。
「では、少々ここでお待ちを。いくつか候補がございますのでお持ちします」
「へっ!? あ、あのっ!?」
止める間もなく店長さんはニッコリ笑って、試着室を飛び出していってしまった。素早い……でも全然嫌そうじゃなかった。むしろ楽しそうに行っちゃった。
誇りって言っていたから、本当にどんなお客様でもプロの対応をしてくれているってことなのかな? お店のイメージが高そうなところだから、私の方が偏見を持ってしまったのかも。
店長さんはすぐに何着かの浴衣を持ってきてくれた。「はい、次これ着替えてください」って次々着替えさせられる。ものすごく楽しそう。これ、この人の趣味なのかもしれない。私、着せ替え人形になってる。そして店長さんはさすがに手馴れている。着付けもバッチリなんですね。
「これが一番ですね」
「あ、ありがとうございます……」
最後に着付けられた浴衣を見て、店長さんが満足そうに頷いていた。
淡い青色、柄は牡丹柄。しかも着ていてしっくりくる。似合っているかどうかは……自分じゃちょっと分からないや。で、でも……高そうなんだけど。
「ちなみに、こちらが値段になります」
鏡を見ていた私に店長さんが電卓を出して見せてくれた。ちゃんと予算ピッタリ。え、でも本当に?
「ほ、本当ですか? この生地着心地いいから……本当はもっと高いんじゃ?」
「ふふ、そう言ってくれるとデザイナー冥利に限りますね。ですが大丈夫ですよ。この値段でもお釣りが本来くるくらいですから。去年のものを少しアレンジさせて、今年出しているものなのです」
つまり去年の売れ残りに手を加えたってこと? だからこの値段?
「それに少し割引もさせていただきました。何ていったって金づ――じゃなかった。葉月お嬢さまのご友人ですからね」
……今、絶対金づるって言いましたよね? 店長さんの営業スマイルすごいな。あんなことポロっと口走った割には冷静。
でも……葉月の友人だから割引……か。
「……あの……割引しないと、いくらなんですか?」
「そうなるとこちらですね」
カタカタと電卓を押してまた私に見せてくれる。買えない額じゃない。
「あの、こちらで」
「いいんですよ? 先ほどの割引価格で販売いたしますが」
「いえ。店長さんの心遣いは嬉しいんですが、葉月と友人だから割引というのはちょっと……このために葉月と仲良くなったわけじゃないので」
そう言うと少し目を丸くしている店長さん。けど、葉月と友だちになったのは、割引とか優遇されるとかを周りの人にしてほしいわけじゃないから。
店長さんは何故か嬉しそうに笑っていた。
「これは失礼をしました。お詫びに先ほどの価格で大丈夫ですよ」
「はい?」
「ふふ、葉月お嬢様はいいご友人を持たれましたね」
「あの?」
「少しここでお待ちを。葉月お嬢様をお連れ致します」
全く話を聞いてくれない店長さんは、また試着室から出て行ってしまう。
あ、あれ? 結局値段どうなったの? ま、まあ、いいか。お会計の時にさっき後で表示された金額を出そう。
それにしても嬉しそうだったな。葉月はいつからあの店長さんと知り合いなんだろう? あの店長さんも葉月の子供の時のこと知っているとか?
1人になってしまったから、改めて鏡の自分を見てみる。
これ、似合っているのかな? 少し大人っぽい気がするのは気のせい? 葉月、何て言うだろう?
すぐに試着室のドアがノックされる。う、少し見せるの緊張する。似合ってないって思われたらどうしよう。「どうぞ」と言ったら、ドアが開いていく。
……葉月、それどういう反応?
目を見開いて驚いている葉月がいる。に、似合ってないかな?
「……どうかな?」
「ふふ。ちゃんとお嬢様の予算をお聞きして見繕わせて頂きました」
満足顔の店長さん。
あ、葉月も満足そうに笑っている。
「可愛いよ~花音~」
褒められた瞬間、カアっと頬が熱くなる。
褒められた。
うわ、これ予想以上に、
嬉しいかも。
「あ……ありがとう……」
恥ずかしくなってきて、返事が詰まる。
でも嬉しい。
葉月に可愛いって言われたことが、嬉しい。
いつもは照れて終わってたのに、今は凄く嬉しい。
心臓、熱い。
ドクンドクンと早くなる。
「あと、これもかな~?」
これ?
熱くなる頬を押さえてたら、葉月が近づいてきて、何かを横の髪につけてくれる。鏡を見ると花飾りだった。
え、これどうしたんだろう? 店長さんがそれを見て感心していて、葉月は嬉しそうにうんうん頷いていた。
「似合いますね」
「店長もそう思う~?」
「ええ、ですが葉月お嬢様。そちらの花飾りを入れると予算がオーバーしてしまいますが」
「いいよ~。花飾りぐらいだったら私が払うから~」
「かしこまりました」
「って――えっ!? 葉月!?」
ええ!? 払うって!? も、もらえないよ! 誕生日でも何でもないのに! なんでそんないい笑顔なの!?
「プレゼントだよ~花音~」
「いや、そんな悪いよ……! 受け取れない……!」
「むーたまにはいいんだよ~」
「でも……」
「ご飯のお礼~」
「それは……私が好きでやってることで……」
そんなつもりでご飯作ってるわけじゃないのに。
そういう風に気を遣わせるつもりじゃなかったのに。
けどすごく嬉しそうにニコニコと笑っている葉月に、そんなことも言えなくて。オロオロしていたら、葉月が手を私の頭に置いて撫でてきた。
「似合ってるからいいんだよ~」
それ、ズルいよ。
そんな嬉しい事言われたら、断れない。
プレゼントされて、それが似合っているって思ってくれるものなら……余計断れないよ。
「……ありがとう」
嬉しくて、頬も熱くなる。お礼は言えたけど、手の甲で口元を隠した。緩んでいそうで、それを見られるのが恥ずかしかった。
可愛いって言ってくれただけでも嬉しかったのに。
そんな嬉しそうにして、こんなプレゼントまでされて。
本当、心臓に悪い。
結局、その花飾りのプレゼントは貰うことになった。浴衣の会計をする時に、店長さんはあの割引した値段を提示してきたから、割引されていない方の値段を支払おうとしたんだけど、逆に断られちゃった。「満足するものを見せてくれたお礼ですから気にせずに」ってすごい良い笑顔だったけど、いいモノって何のことだろう?
「はい、花音~」
「う、うん。ありがとう、葉月」
綺麗にラッピングされた箱を無邪気な笑顔で渡してくる葉月。中にはさっきの花飾りが入っている。その箱を手に持つだけで、嬉しくなってしまう。
「大事にするね」
「今度の夏祭りにつけてね~」
……その無邪気な笑顔はズルい。そんなの断れないよ。
つけるよ、葉月が似合うって言ってくれたんだから。
ラッピングされた箱を両手で持って見つめた。
似合うからって。
ねえ、葉月。
この花飾りを選ぶとき、少しでも私の事を考えてくれたの?
そんなの、嬉しくなるに決まっている。
嬉しくなるに……
決まっている。
落ち着かない心臓を押さえて、一花ちゃんと舞と合流した。あの、舞? 一花ちゃん、すごく怒っているけど何したの?
舞が選んだっていう一花ちゃんの浴衣を見せられた。露出が激しい。これはその……一花ちゃん怒るかなぁ。
案の定一花ちゃんはその浴衣を選ばず、結局店長さんが一花ちゃんと舞の浴衣を選んでいた。店長さん、すごくセンスあるのかも。彼女が選んだ浴衣は2人にとても似合っていたから。店長を任される人だものね、センスもいいに決まっているか。
じゃあ、私のもちゃんと似合っているってことかな?
自分のことだと分からなくなるものだね。
お読み下さり、ありがとうございます。




