101話 誤魔化しきれない —花音Side※
プシュン
と、音が鳴って、ロケット花火が打ちあがり、周りにいた皆で歓声をあげてしまった。
「神楽坂さんに選んでもらったけど、綺麗ね」
「でしょでしょ!? だってこれ、あのお店のイチオシだったんですよ!」
「あ、ちょっと舞。お皿の上落ちそうだよ」
東海林先輩に答えている舞がお皿の上のお肉を落としそうになっていて、注意すると「うわっと」と、慌てて傾きかけていたお皿を水平に戻している。危ないなぁ、もう。
「それにしても桜沢、これ何のタレ? 少し辛いんだけど」
「ああ、月見里先輩は辛いの苦手ですものね。今度こっちの辛いものじゃない方を焼きますので」
少し辛そうに眉を顰めている月見里先輩。それは九十九先輩用のだから。月見里先輩は甘い方が好きですよね?
お庭でバーベキューしながら花火も一緒にやっている。皆楽しそう。葉月と一花ちゃんは少し離れているけど、あれで量足りるかな? でも2人で何か話しているみたいだから、後で焼いたものを持って行こう。本当、いつも仲良しだなぁ。
「桜沢さんも食べて? 焼くのは私が変わるから」
「そうだよ、花音! 何作ってばっかりなのさ! ほらこっち!」
2人に視線を向けていたら、舞に引っ張られた。東海林先輩は器用だから、焦がすとかはしないと思うし任せよう。自分で焼いたいくつかをお皿に乗せて、たまに花火を楽しむ。阿比留先輩は線香花火していた。……似合う。
「会長、一度に持ちすぎじゃないですか?」
「こういう風にやるものなんだろ?」
会長の方を見ると両手で4本持っていた。いや、持ちすぎ! 危ないですよ!……舞、どうして笑っているの?
思わずジト目で舞を見ると、笑いすぎたのか目尻に浮かんでいた涙を指で拭っている。
「……舞?」
「あっはっは! ごっめん! まさか本気にするとは思ってなくて!」
「ハア……会長、1本ずつでいいんですよ。そんなに持ってたら危ないですよ?」
「――神楽坂?」
「ごっめん、会長! その4本一回に火をつけるのが普通じゃないから! 1本ずつで大丈夫!」
あ~あ、会長が一気に機嫌悪くなっちゃった。というより、恥ずかしそうに顔を背けちゃったよ。大丈夫ですよ、会長。こういう手持ちの花火初めてなんですよね。だから舞を追いかけていいですよ。
その舞はさっさと九十九先輩のところに逃げているけど。「僕を巻き込むな!?」ってツッコミが入ってる。
あれ?
ふと視界に一花ちゃんが入った。葉月がいない?
「一花ちゃん、葉月は?」
「ん? ああ、あそこだ」
一花ちゃんに近づくと砂浜の方を指差され、つられてそっちの方を向いた。葉月が砂浜の方に寝ころんでいた。何しているんだろう?
「あいつは、星を見るのが好きだからな」
肩を竦めてジュースを飲んでいる一花ちゃん。そっか、星も好きなんだね。それは知らなかったな、空を見るのが好きなのは知っていたけど、星もなんだ。
だけどあれじゃ薄着じゃない? さすがに真夏でも夜は冷えるよ。それにここは潮風もあるし。
一花ちゃんの横の柵には葉月の上着がかかっている。
「それ一応届けてくるね」
「大丈夫じゃないか?」
「でも潮風って結構冷えるから。あと一花ちゃんの好きなエビも焼いてあるから、良かったら食べて?」
目を一気に輝かせ始めた。本当にエビが好きだよね。東海林先輩のところにそのエビを取りにいった一花ちゃんを見送って、上着を腕に持ち、葉月のいる砂浜に足を運んだ。
近づいても全然気づかない。ずっと星を眺めている。好きなんだなぁ。「葉月」と声を掛けて寝転んでいる葉月を覗き込むように見下ろしたら、やっと気づいたみたい。
「上着、潮風はさすがに体が冷えるよ?」
「……ん~」
「星を見てたの?」
「……そう」
差し出した上着を受け取って、大雑把に体にかけている。それじゃ意味がないような。
葉月は視線を星空に戻していた。つられて見上げると、確かに綺麗。街中の光が邪魔をする訳じゃないから、余計綺麗に見えるね。
「隣いい?」
「ん~」
寝転んでいる葉月の隣に膝を抱えて座り込んで、自分も星を見上げる。
所々に雲はあるけど、綺麗。
「あんまりこうやって見ることないよね」
「……そだね~」
「綺麗だね……」
「……うん」
こういう時でないと、星空を見上げるなんてしないかもしれない。家族とのキャンプの時に見るぐらいだなぁ。
「花音~?」
「ん?」
「思い出できた~?」
思い出、かぁ。
皆でスイカ割り、ビーチバレー、バーベキュー。うん、楽しい思い出ができたね。
葉月はどうだったかな? あんなに来るの嫌がってたけど、楽しめたかな? と思って聞いてみると「魚おいしかったかな~」って返ってくる。確かにお魚美味しかった。
でも良かった。葉月も楽しんでくれたなら。
「花音?」
「うん?」
「もう溺れちゃ駄目だよ~?」
「……気を付けます」
う、思い出させないで。まさかお魚さんが網を持って泳いでいるなんて、予想外だったんだよ。……言い訳だけど。今度からは海の中も気を付けます。あと、心配かけてごめんね。
ふうと息をついて星を眺める。葉月もそうみたい。黙ってしまった。明日からはこんな綺麗な星空は見えないから、今見ておかないと勿体ないモノね。
来て良かった。溺れたりのハプニングとかはあったけど、それでも充実してたと思うし。それに如月さんと皐月さんともちゃんと話が出来たし。如月さんはいい人だったなぁ。
あの時、葉月を無理に連れて行った印象だったけど優しい人みたい。それに皐月さんのこと好きなんだって思っちゃった。昨日この砂浜にいた時に、とても気にかけてたもの。
葉月のこともずっと気にかけてたみたいだったけどね。会長が前に溺愛しているって言ってたの本当なのかな。
そんなことを思い出していたら、いきなりクイっと服を引っ張られた。
「……?」
横を見下ろすと、ジッとこっちを見上げている葉月と目が合う。腰辺りの服を何故か掴んでいるみたい。
「どうしたの、葉月?」
問いかけても葉月は応えない。
一体、どうしたんだろう?
「葉月?」
その瞳が、切なげに見える。
何かを訴えているように見える。
心臓がギュッと掴まされたような感覚になった。
どうして、
そんな目で見てくるの?
トクントクンと心臓の音が聞こえる。
魅入られる。
「葉月……」
自然と頬に手を添えていた。
そんな切なげに見ないで?
辛そうに見ないで?
頬に添えた手をギュッと葉月が握ってきた。
震えているような気がする。
「…………花音」
ゾワっとその声を聴いて体が震える。
何、これ。
こんな声、聞いたことな――。
グイっといきなり引っ張られた。「えっ」とバランスを崩して、葉月の上に体が倒れ込む。
一気に葉月の温もりに包まれる。
背中に腕を回されて、きつく抱きしめられた。
「は……づき……?」
どうして、いきなり?
訳が分からないまま、ギュッと力を込められる。
だけど葉月は応えない。
顔も、見えない。
けど、葉月の心臓の音は伝わってきて、
葉月の香りが私を包む。
まるでしがみつくように、葉月はギュッときつく抱きしめてきた。
「葉月……ちょっと……苦しいよ……」
「うん……」
「……どうしたの?」
こんなの、今までなかった。
葉月が、こんな風にしてくること、なかった。
舞みたいに、こういうスキンシップをしてくることなかったのに。
「花音……」
――また、この声。
いつもの声なのに、いつもとは違く響いてくる。
切なげで、でも聞き入ってしまう。
体に、頭に響いてくる。
それにつられて、自分の心臓が、体が、熱くなる。
こんなのも、今までなかったのに。
バレないようになんとか「何?」と聞き返すけど、それどころじゃないよ。
体、熱い。
心臓がどんどん早くなる。
そんな私にお構いなしに、今度は首元に顔を埋めてきた。思わず肩が跳ね上がる。
息が、かかる。
葉月の息が、首筋をくすぐる。
「そのままで……いて……?」
思わず、
息を呑んだ。
耳に届いたその声は、
とても悲しそうで、
とても辛そうで、
「何があっても……そのままで……」
だけど、とても優しくて、
暖かくて、
染みこんでくる。
どういう意味かなんて、考えられない。
それ以上に心臓が早鐘を打っている。
体が熱い。
ずっと頭に葉月の声が残っている。
ゆっくりと抱きしめられている腕の力が弱められたけど、動くことが出来なかった。
ソッと葉月は背中を優しく撫でてくる。
その手が、また熱くさせる。
葉月の香りがくすぐってくる。
体温が私を包んでくる。
それがどうしようもないくらいに、心臓を掴んでくる。
嬉しいのか、
緊張しているのか、
困惑なのか、
分からない。
分からないよ、葉月。
誤魔化しきれない心臓の音は、確実に葉月に伝わっている。
けど、離れたくない。
もう少しこのままで、と思っている自分がいる。
『その人といてドキドキするとかぁ、もっとその人の事知りたくなるとかぁ、一緒にいたいなぁ、そばにいたいなぁとかかなぁ』
蛍の言葉が思い出される。
そんなわけ、ない。
そんなわけない。
だって葉月は、
葉月は女の子だよ?
背中を撫でてくる手は小さい。
会長は大きかった。
下にいる葉月の体は細くて柔らかい。
胸だって私と同じようにある。
私と同じ、女の子。
でもどうして、
どうしてこんなに心臓うるさいんだろう。
どうして、もう少し抱きしめててほしいって思うんだろう。
葉月……。
苦しいよ。
どうしようもなく、
胸が苦しいよ。
だからお願い。
もう少しだけ、このままで……。
しばらく葉月は何も言わず抱きしめてくれて、背中を撫でてくれた。
お読み下さり、ありがとうございます。




