100話 星
プシュン
と、音が鳴って、ロケット花火が打ちあがる。
それを見て、「わあっ」って皆から歓声が上がっている。
今は別荘の中庭でバーベキューしながら、舞たちが買ってきた花火をしていた。楽しそうだ。
その輪に入らずに、少し離れた場所から、ボーッと皆の楽しそうな様子を眺めた。バカな事を率先してやる私だけど、今日は先生との会話があったから疲れている。
先生と会った時はいつもこうだ。疲れすぎて、頭が回らない感じ。いっちゃんもそれを知っているからか、今日のツッコミは少ない。
「さっき兄さんから連絡あったぞ」
「……そっか」
「今度は予定通りだと助かると」
「……」
「今日もまたか……」
「いっちゃん」
「ん……?」
「もうやめたい……」
「……無理だ」
「…………そっか」
ハァと息をついて、ジュースを飲んだ。また先生に会わなきゃいけないと思うと、自然に出るよ。
「……いっちゃん」
「何だ?」
「もう叔母さんとお兄ちゃんに頼まれてもだめだよ……?」
「…………」
「最近……抑えがきかないんだよ」
「……知ってる」
「いっちゃん……」
「何だ?」
「ごめんね……」
「……やっぱり、兄さんと会った日は疲れてるな」
……そうだね……その通りだよ。
空を見上げる。
星が目一杯に広がってる。
「いっちゃん」
「今度は何だ?」
「ちょっと出てくる」
「1人でか?」
「大丈夫だよ。そこの砂浜……星、ゆっくり見てくる」
「……わかった。見える所にいろよ」
「……わかってる」
いっちゃんに許可を取って、1人その場から離れた。ちょっとした喧噪から離れると静寂が訪れる。
砂浜に着いて裸足になった。砂を踏む感触が奇妙だ。波打ち際まで行くと、いっちゃんからは見えなくなるね。適当なところでゴロンと転がった。
目の前には、星が広がっている。
何だかゆっくり見たくなったんだよ。
都会だとここまでハッキリ見えないから。
海風が少し気持ちいい。潮の香りを運んで、鼻をくすぐってくる。
ぼーっと星を眺める。キラキラしてる。
実家にいた時は、よく夜は星を眺めてた。
あそこは余計な光がないから、良く見えたんだよね。
そう、あの時も。
ああ……どうせだったらって……。
そう願いながら、星を眺めた。
でも、もうあそこで見ることはないかな。
戻るつもりないからね。
今日は満月じゃないから、少し月が欠けていた。
ぼーっと眺める。
瞬く星を見つめる。
「葉月」
声がしたと同時に、花音が上から覗き込んできた。
またぼーっとしながら、見下ろしてくる花音を眺める。
クスっと笑って、花音が手に持っていたものを差し出してきた。
「上着。潮風はさすがに体が冷えるよ?」
「……ん~」
「星を見てたの?」
「……そう」
寝た状態で花音から上着を受け取って、そのまま適当に体にかけた。花音から視線を外して、向こう側にある星を眺める。
「隣いい?」
「ん~」
何故か許可を取って、花音が私の隣に膝を抱えて座った。横目でチラッと見てみると、顔が上に上がっている。星を見てるみたい。私もまた視線を星に戻した。
「あんまりこうやって見ることないよね」
「……そだね~」
「綺麗だね……」
「……うん」
花音と2人、ぼーっと星を眺める。
ああ、そういえば。
「花音~?」
「ん?」
「思い出できた~?」
「……うん、楽しかった。葉月は?」
う~ん。今日の先生とのあれがなければなぁ。もう少し何か面白い事出来たんだけどな~。でもな~昨日の釣りはちょっと面白かったかな~、足りないけど。まあでも……。
「……魚、おいしかったかな~」
「そう、良かった」
「うん……」
海ってやること限られるからな~。もうほとんどやっちゃったんだよね~。だから今回、釣りぐらいしか思い当たらなかったんだよ。
でも、花音は違うよね? 夕方、見た感じだと会長と楽しそうだったし……うん、花音にとってはいい思い出になったのかな。あ、でも、昨日のは駄目だけど。
「花音?」
「うん?」
「もう溺れちゃ駄目だよ~?」
「……気を付けます」
うんうん、気を付けてね? いつも助けにいけるわけじゃないからさ~。
あ~でも、
そっか~。
これからは会長がいるじゃん。
そっか。
会長がいるんだよ。
会長に助けてもらえばいいんだよ。
『花音さんを離すべきじゃないと僕は考えてる』
午前の先生の言葉が頭に過った。
『君は花音さんに心を許している』
『眠れる場所を見つけたんだ』
だけど先生?
花音には会長がいるんだよ。
それでいいんだよ。
『……花音さんに知られたくないんだね?』
そうだね……だって知ったら――
レイラみたいに壊れちゃう。
花音は普通の女の子だから。
でも、
もし知ったらどうしようか。
隣にいる花音を見上げる。横顔が視界に入る。
花音……?
もし私が、
私がね、
花音が視線に気づいた。
「……?」
知らずに花音の服を掴んでいた。
「どうしたの、葉月?」
言葉は出てこない。
口に出せない。
「葉月?」
花音、
私がもし、
戻れなくなるぐらい、壊れてるって知ったら、
もう、自分でも止められないと知ったら、
「葉月……」
花音が私の顔に触れてきた。そっと優しく頬に触れる。
その手を握って、キュッと掴んだ。
花音は知ったら――どうする?
「……花音」
ピクッと掴まれた手が震えた。
その手を引き寄せる。バランスを崩した花音が「えっ」っと小さく声をあげた。
私に倒れ込んできた花音の背中に腕を回して、ギュッと抱きしめた。
「は……づき……?」
花音の細い体に回していた腕に、力を込める。
花音の香りが広がって、温もりが伝わってくる。
知らなくていい。
花音は知らなくていい。
花音には会長がいる。
トクントクンと花音の鼓動が伝わってくる。
それに、
花音じゃ私は止められない。
誰にも私は止められない。
いっちゃんでさえ、本当は止められないんだから。
そして、私は止める気がないのだから。
ギュッと力を強くする。
「葉月……ちょっと苦しいよ……」
「うん……」
「……どうしたの?」
困惑してる花音を抱きしめる。
「花音……」
「……何?」
知らないでいて?
そのまま会長のところに行って?
花音の首元に顔を埋めると、少しだけ肩が動いた。
「そのままで……いて……?」
「っ……」
花音が息を呑んだのがわかった。
「何があっても……そのままで……」
そのまま、花音は黙ってしまった。
込めていた力を緩めた。
花音の温もりを腕の中に感じて、星を見上げる。
背中をソッと撫でながら眺める。
花音は腕の中からしばらく動かなかった。
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