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この世界の魔女は空を飛べない  作者: 如月美樹
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 窓一つない外壁の中の小部屋に連れて来られた伊織。だが何故か目の前にはコーヒーとお菓子が用意された。

(コーヒー……、あるんだ)

 久し振りの香りに嬉しくなる。この街にあるのなら、ぜひ手に入れたい。だが今は尋問の最中なので気を引き締めないといけない。

「その猿は君のペットかい?」

「ペット? んー……、相棒と言いますか、何と言いますか」

 大人しく膝の上に座っているタジアムのことを初めに聞いてきた。

「ああ、甘い方がいいかな?」

 そう言って、ミルクと砂糖まで用意してくれた。

「どうぞ、食べてもいいよ」

 皿の上に乗った数種類のクッキーをタジアムがじっと見ているので一つ取って手渡したら、臭いを嗅いだ後口の中に入れた。

『……不味いな』

 ぼそりと文句を言ったので、伊織は飛び上がってしまった。

 ここに来る前にタジアムは普通の人間には自分の言葉は猿のように『きいきい』としか聞こえないとは聞いていたが、それでも心臓に悪い。

「だ、駄目だよ、静かにして」

 タジアムにいうと、持っていたクッキーを返しながら睨みつけてきた。

 伊織は返されたクッキーを手に、これをどすればいいのか悩んだ後自分で食べた。

 折角、用意してくれたお菓子だ。残すのは悪い。

(あ……、本当に美味しくないわね)

 タジアムがぼやくのもわかる。ただただ甘いだけのクッキーだった。しかも極甘である。これには用意してくれたコーヒーが合いそうだ。そう思い、何も入れずにコーヒーを飲む。

「ははは、やっぱり甘かったか? 門兵の妻がお菓子作りに嵌っていてね。差し入れなんだけど、甘過ぎて一向に減らないんだよ」

 兵の中でも評判が悪いらしい。

「さて、いくつか質問されて欲しいんだ」

 いよいよ来たと伊織は姿勢を正し頷く。何も隠すことはない。青の魔女という以外は。

「君は東の方からきたようだけど……、合ってる?」

「はい」

 男性は少しの間黙り込んで、じっと伊織を見詰める。

「ああ、自己紹介まだだったね。俺はこの東門の責任者をしているトルテだ」

「あ……、伊織と申します」

 名乗られたので、名乗り返す。

「イオリ……、変わった響きの名だね」

 そりゃそうだろう。日本の名前だもの。何なら『伊織』という名は日本でも男性に多い。日本でも変わってるねと何度か言われたことがある。

 伊織はそれにも頷く。

 トルテはじっと目を逸らさずにこちらを見詰める伊織の瞳に、純真な心の持ち主だなと思った。水色の瞳がとても輝いて綺麗だった。

(この子は俺が思っているより子供ではないかもしれないな)

 そう思いながらトルテは立ち上がり、紙とペンを持ってきた。

「字は書けるかい?」

「はい。多分……」

 本は読めたので、書けるはずだ。まあ、本は読んだというよりパラパラ見ただけだが。

「ここに名前を書いて。住所はわかる? 決まった住所がない場合は書かなくてもいいよ」

 この街に引っ越してきたという場合は住所なんてないだろう。その配慮だと伊織は思った。住所ははっきり言ってわからない。でも森に住んでいるのは多分自分だけなので、東の森の中って書けばもしかしたら理解してくれるのかもしれない。

 でも東の森に住むのは青の魔女のみって決まっているらしいので、それは公表できない。少し嘘をつくのが気が引けるが、この場合は仕方がないといえる。

「ここに住む気はないのですが、住所は……ないです」

「じゃあ、空欄でいいよ。その横に年齢も書いてね」

 名と年齢を書き、伊織は紙とペンを返した。

「……十五歳?」

「……はい」

 やっぱりここでもこの身長では十五歳には見えないらしい。でもタジアムに確認しても十五歳でいいんじゃないかと言っていたので、その年齢だと思っていたのだが。設定を考え直した方がいいか悩むところだ。

(神様にきちんと聞いておけばよかった。ん? それともあの時何か言ってたっけ? あの時は死んだと聞かされたばかりで気が動転してたから……。話してくれてても聞こえてなかったのかもしれないな……)

「多分……」

 だから伊織は思わずそう返していた。

「はっきりした年齢がわからないの?」

「はい、親もいませんので」

 悪いことを聞いたとトルテの顔に書いてあった。気を遣わせたようだ。

「領内に入るにはお金が必要なんだ。君は……持ってないね?」

「はい。あの、後でお金を持ってくるのは駄目ですか? 薬を持ってきたんです。それを売れば」

「薬? 君は薬師なのかい?」

「あ、私魔女です」

「………………え?」

 一瞬動きが止まったトルテに、魔女というワードはもしかしたら言っては駄目なのかもしれないと思った。

 でも言ってしまったものはどうしようもない。出した言葉は戻って来ないのだから。

 互いに無言で見詰め合う。椅子に立てかけていた箒に、伊織は手を伸ばした。いざという時は、これで飛んで逃げるしかない。そして二度とこの街には来ない。

 そう覚悟した時、トルテが言葉を発した。

「久し振りに魔女を見たよ。でも君が魔女だとはあまり他の人には言わない方がいいよ。魔女はインチキ臭いって評判だから」

「え……? そうなんですか? またどうして?」

 確かに日本でも『私、魔女』っていう人がいたら『え?』ってなるだろう。でも魔法があるこの世界で魔女って普通にいるものではないのか? そう思うのだが。

「魔法が使えない魔女はインチキ臭いって評判なんだ。魔法が使える魔法使いは貴重がられるんだけど……」

「…………え?」

(魔女が魔法を使えない? 一体どういうこと?)

 現に自分は魔女で魔法が使える。しかも何の詠唱もなく、頭で考えただけでそれは発動する。

 そこで気付いた。魔女の勉強をしてこなかったことを。

「し、しまったーっ!!」

 伊織は立ち上がって叫んでしまった。

 突然立ち上がり叫ぶ伊織を驚いたような顔で見詰めるトルテに気付き、そっと座り直す。

「す、すみません。何でもないです」

「ああ、そう……」

 魔法が普通に使える世界と思っていたので、魔女の存在が危ういものだとは思わなかった。

(神様……言って欲しかった。そして魔女が駄目なら理由を説明して魔法使いはどう? って提案して欲しかった)

 そう思った瞬間、確か神は伊織が魔女を希望した時何か言い淀んでいたことを思い出した。あの時はあり過ぎる伊織の希望に、自分に非があるとはいえ力を与え過ぎていると考えて躊躇っていると思っていた。だから声を張り上げて伊織はごり押しをしたのだが……。

「はあぁ~……」

 思わずため息が零れる。悪いの自分だ。神の言葉を聞かなかった伊織が悪い。

「魔女は効くかわからない薬を売り、何の効果もないまじないをし高額な金を要求するって噂だからね。以前いた魔女がそういう女性だったから、そういう印象が付いてしまったんだよ」

(ああ、恨むよ。見たこともない魔女様……)

 トルテの説明に肩を落とす伊織。

(え……? じゃあ、もしかしてお守りもインチキ臭いって思われるのかな? ちょっとヤバくない?)

 できれば露店など出したかったが、石でも投げられるのかな? そう思うと少しばかり怖くなる。ここは一度家へ帰って対策し直した方がいいか? そう考えているとトルテに提案された。

「薬は持っているんだね? だったら、俺にそれを売ってくれたら領内に入るお金は出すよ?」

「え……?」

(何ていい人なの。このトルテという人は。いろいろ親切に教えてくれるし、顔も何気に男前だし)

 でも伊織は考える。領内に入るお金と薬とどちらが高いんだろう? 薬がこの世界で貴重なものならいい。でも魔女はインチキ臭いって教えられたばかりだ。魔女が作る薬なんて誰も買わない可能性の方が大きい。だったらもの凄く安いのではないか?

「何の薬を売るつもりなんだい?」

「……疲労回復と、風邪薬。あと痛み止め……です」

 説明しながら鞄から紙に包んだ錠剤を取り出す。

 トルテはそれを見て怪訝そうな顔をした。

「え? これは何? 薬は液体だと……」

 机の上に置こうとした手が止まる。

「え? 液体?」

 もしかして魔法使いが薬を用意するのだろうか? ならばゲームみたいなあの洒落た瓶に入った液体。

「エリクサー!?」

「え? えりくさ? 何?」

(あれ? ゲームの小瓶に入った薬ってエリクサーって言わなかったっけ? ゲームしたことないからよくわからないけど……)

 これは上手く説明、いや誤魔化さないといけない。魔女というだけで疑われる世の中だ。この薬はヤバいものだと思われかねない。でも効き目はあるのだ。自分でも試したのだから。

「あ、あの、私が住むところでは薬は錠剤で」

 粉の方がよかったか? 自分が飲みやすいように必死に丸めて錠剤にしたのだが、それも普通じゃないのかもしれない。

(あんなに苦労して丸めたのに……、ああ、もう)

 何もかも自分はこの世界では規格外なのだと今理解した。ここは慎重にならなければならない。

「東から来る人はそういないからね。もしかしたら地方でも違うのかもしれないね」

 その台詞を聞いて、『この人は疑うことをしないのだろうか? 大丈夫か? こんなに純粋で、隊長が務まるのか?』と少し心配する伊織だった。

「効き目はあります。自分でも飲んでいたので」

「うん。君を疑うことはしないよ」

「え……?」

 そんなことを言われるとも思っていなかった伊織は、トルテを改めて見た。

「君の目は嘘をつかない人の目だ。キラキラ輝いて美しいから」

(はあああぁぁぁぁぁ~っ!?)

 これは口説いているのか? と疑いを持ちたくなるほどの台詞に、伊織は顔を赤く染めて悶えてしまった。

「う……」

 突っ伏する伊織に、他の門番から横やりが入る。

「隊長、それじゃあ口説いているように聞こえますよ。そんなことばかり言ってると、いつか背中から女に刺されますよ」

「は? 嘘ではないぞ」

「それが駄目なんだよ~」

 彼の部下たちだろうか。休憩中の人たちから笑いが生じる。

(何だこれが普通じゃないのか。この世界でこれが普通でなくてよかった)

 こんなことを言われ続けていたら、自分の心臓が持たない。

 伊織は復活するのにしばらく時間を要した。

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