5
部屋の中に戻った伊織。
祭壇らしき暖炉に戻るが、まだ白い猿タジアムは起きていない。
あんなに外で叫んだのに、聞こえなかったのだろうか? やっぱり役に立ちそうにはないが、ここには誰もいないのでこの小さな存在でも側にいてくれたら心強い。
幸せそうなタジアムの寝顔を見ていると、少しは慰められた気分になる。
布団の上からちょんとお腹を押してみる。
『う~ん……』
眉に皺を寄せ、嫌そうに寝返りをうった。こちらに顔を向けているので、その様子がよくわかる。
もう一度ちょんと今度は頭を押してみる。
『もうちょっと、寝かせてくれ……』
滅茶苦茶低い男前な声に少々驚き、伊織は手を引っ込めてしまう。
「……、可愛い見た目なのこの声って」
そのギャップに驚きだ。
神が言った通り、言葉も話せるようになっているみたいだ。それならこの家に一人で過ごすのも退屈しなくていいかもしれない。
この世界に慣れるまで、しばらくはこの家にいようと思う。食料も困らないみたいだし。
「今が何時なんてわからないけど、何となくお腹が空いたように思うんだよね。何か作るか」
台所にあった巨大な冷蔵庫。あの中に何か入っているだろうと予想する。
家の外に出て太陽は真上にあったのは確認済みだ。今はお昼頃だろうと予想した。
台所に向かい冷蔵庫を開ける。
「…………、に、日本のレトルト?」
まず目に飛び込んできたのは、転生する前によく使っていたレトルトカレーのパック。よくよく中を覗くと、マーガリン、ケチャップ、マヨネーズなども入っている。すべて転生前に使っていたメーカーのものだった。その他にも、お肉や魚も種類多くある。
「これって使ったら、補充されるとか……ないよね?」
冷蔵庫の横には扉が一つ。それが気になったので中へと入ってみる。備蓄倉庫になっているようだった。
お米や小麦粉。醤油や油もペットボトルごと箱である。
「どれだけ私に忖度してるの……神様」
これでは日本にいた時と同じような食生活ができるだろう。有り難い。有り難いのだが……。
「……、……ま、いっか」
伊織はまたもここで考えることを放棄した。
まずは腹ごしらえだ。ベーコンもスライスしたのと塊とあったので、スライスした方と卵でベーコンエッグを作ろう。
壁に吊るされていたフライパンを手に取り、コンロの上に置く。
「……火、どうやって点けるの?」
ガスの元栓らしきものがないのだ。
ここにきていきなり異世界使用なのが憎い。
「私は魔女、私は魔女。頭でイメージするだけで魔法が使える……はず」
そう自分自身に言い聞かせて、頭の中で火が点くイメージをしながらスイッチを押すとポッと出た。
「おぉ~、凄い。初めて魔法使った。ん? でもこれ本当に魔法かな?」
初めてが生活魔法だというのは少しばかり情けないが、お腹が空いているので仕方がない。
ベーコンの焼く匂いにつられたのか、タジアムが目を擦りながら台所に入ってくる。ぴょんとテーブルの上に乗り、こちらを凝視してきた。
「おはよう」
『うむ……』
何とも偉そうだが一応返事はしてもらえたので、フライパンの中に意識を向ける。
『それは……我のものもあるのだろうな』
「え? お猿さんでもベーコンエッグって食べてもいいの?」
ちょっと不安になってそう声を上げる伊織。猿は野菜や果物を食べているイメージがあった。
「あ……、でも雑食か。でも塩分強過ぎない? 大丈夫かな」
『我は猿ではない。神獣だ』
(あ……そうだった。すっかり忘れていた。彼? 彼でいいか。無駄にイケメンボイスだし)
「神獣でもお腹が空くの?」
『食事は必要ないが、何故だか食したくなった』
匂いにつられた訳か。
(本人が食べたいって言ってるんだし、いいかな?)
そう考えて、いざ出そうと思ったのだが、お皿を用意していなかった。
「あ~、お皿。焦げちゃうっ!」
慌てる伊織の元にタジアムがスッと適度な大きさの皿を突き出す。
「あ……、ありがとう」
『うむ』
返事の仕方はどうかと思うが、案外役に立つ猿なのかもしれないなと伊織は思った。
『食器類などはあの棚だ。備蓄倉庫はわかるか? その冷蔵庫の先にある扉の中にいろいろ揃えてある。備蓄は基本減っても足されると神様が仰られていた』
いきなり説明を始めたタジアムに、伊織は目が釘付けだ。
何故か仕草と表情が男前なのだ。可愛らしい見た目なのに強がって男前に見せているみたいな? 何とも面白い構図になっている。
『洗濯機もあるらしいぞ。屋上だ。洗ったものを干せるらしい』
屋上まであるらしい。でもこの家は木。先程伊織が見た時は葉が生い茂った木に見えたのだが、屋上?
別の空間に繋がっているのだろうか? 台所と同じように。
『基本的にはこの家は日本とそう変わらない生活基準で満たされているようだ。何かわからなければ我に聞け』
「うん、ありがとう……」
オレンジジュースもあったのでグラスに注ぎ、テーブルの上にちょこんと座ったタジアムの前に置く。彼は器用に大きなフォークを使い、食べ始めた。
『いただく』
食べる前にちゃんとお礼らしいものも言ったので、彼は結構真面目タイプかも知れない。
「どうぞ……。美味しい?」
はむはむと食べるタジアムの顔を覗き込む。別に味付けらしいものはしていないのだが、それでも自分が作ったものを食べさせるのだ。美味しいかどうかは気になるところ。
『初めて食すが、案外美味いものだな。これからは我も共に食すから、用意して欲しい』
「うん。わかった」
もしかしてここに一人きりでいる私のことを気遣ってくれているのかな? と思った。だけど口の周りを卵の黄身だらけにしているタジアムを見て、それはないかと思う伊織だった。