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この世界の魔女は空を飛べない  作者: 如月美樹
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 挨拶してくれたのはいいが、精霊が発した言葉の方が気になった。

「青の魔女? ふふふ、私の髪が紺で、瞳が水色だから?」

『そう』

『そう、この世界で一番』

 そう教えてくれた精霊が姿を現し、肩に乗ってきた。銀のストレートの長い髪の、それは美しい精霊だった。皆同じような姿をしていて、伊織には見分けるのが難しいようだ。

 自分の肩に精霊が乗ってくれたことに普通なら嬉しい筈なのに、伊織はそれどころではなかった。

「………………………………ん?」

『魔力、一番』

『世界で一番』

『きゃあっ』

 精霊が喜んでいる。

 でも伊織は驚き過ぎて、口をあんぐりと開いてしまった。しばし、そのまま固まる。

 そしてしばらく後、伊織は力一杯叫んだ。

「どれだけチート付けているのよ~っ!!」

 伊織の叫び声に、集まっていた精霊たちが驚いて姿を消した。

「……はあ」

 もういいや。あんまりそのことは考えないようにしようと、伊織はため息をつく。

 家の周りを囲むように腰くらいの高さで木の柵が設置されていた。

「……獣とか、魔獣? こんなので大丈夫なの? 防げないんじゃない?」

 何しろここから外は丸見えなのだ。ということは、外からこちらも丸見え状態のはず。ここにはか弱い少女一人、狙い放題である。

「森の中なのかしら? 木だらけね……」

 玄関から見えるのは木のみ。他の家など見当たらない。

「まあ、魔女は森の中に住むってイメージはあるわよね」

 玄関からはデッキが続いている。数段の階段があって地面へと繋がっているようだ。

「一応ここを一周しよう」

 デッキを歩くと程無くして先程の台所の窓が見えた。勝手口もあるようだ。そして嬉しかったのが、ゆらゆら揺れる椅子と小さな丸いテーブルが設置されていた。

「ここでお茶しながらの居眠りもいいわね」

 今の気候は寒くもなく暑くもない。森の中の割には日本のような湿気もない。まさに快適状態である。

 デッキを一周し終え、玄関から下へと降りた。

 芝生が目の前に広がっているが、玄関から続く道はそれらが刈られ土が見えていた。道の周辺には小さな花までもが咲いている。

 どこまでも可愛らしさにこだわっているのが、何故だか笑えた。

「容姿を可愛くしてって言ったのが、神様の心に響いたのかしら? 可愛いもの好きと思われたのね」

 こんな家、日本では持てなかっただろう。神に感謝する。

 今度は庭をぐるりと見回った。柵は結構大きい円を描いている。

 そして離れてみてわかった。

 家は何と木そのものだったのだ。

「木の中が家? え? でもリビングは丸かったけど、他にも寝室や台所なんてこの丸から飛び出てなかったっけ?」

 しかし外から見ても木から何かが飛び出ているようには見えない。

「もしかしてこの中って……不思議空間?」

 これもあまり深く考えない方がいいのかもしれない。考えるときっと頭がおかしくなる。

 家の裏に回るといろんな種類の木が一本づつ植えられていた。実が生っているものもある。

「季節感がバラバラね……。でも桜の木があるのは大歓迎だわ。一番好きな花? 木っていった方がいいのかな?」

 日本でも桜を見に行きたかった。でもそんな暇なんて伊織にはなかった。暇があっても若者やサラリーマンたちが、桜の木の下でどんじゃん騒ぎをしているのを見ると興醒めしただろう。伊織はひっそりと静かに桜の花を眺めたかっただけなのだ。酔っ払いにからかわれるのは御免だ。

「可愛い、綺麗」

 薄い桃色の花が風に揺れた。

「林檎に梨、柿に葡萄? 蜜柑もあるし。野菜もいろいろあるな。あっちはハーブかな?」

 試しに、近くに生っていた林檎の実を捥いでみる。

 捥いだ後から、にゅうっと新しい林檎が生えてきた。その不思議な光景に伊織は目を丸める。

「……、これ、食べても大丈夫だよね?」

 伊織は恐る恐る林檎を齧る。

「んっ! 甘~いっ」

 こんなに甘い林檎、初めて食べた。完熟の林檎を、しかも捥ぎたてだから甘いのだろうか。それとも魔女の家に生っているからなのか?

「これなら食材には困らないわね」

 もうここで起こる不思議なことは何でも魔女の家だから、神の采配だからと思った方がいい。じゃないと、頭がおかしくなる。

「よし、何でもありの世界なのね。ん、そう思おう」

 それにしても先程の精霊は可愛かった。また来ないかな? と伊織が遠くの方へ視線を向けた時だった。

 もの凄い巨大な猪と目があった。

「…………でか」

 恐怖のあまり声が出る。それを合図に猪が突進してきた。

「ぎ、ぎやああぁぁぁーっ!!」

 慌てて伊織は玄関へと戻ったが、獣の足には敵わない。

 もう木の柵のすぐ側まで巨大な猪は迫っていた。

 伊織は腰を抜かしたように玄関前の階段に座り込む。

「柵が、柵が潰されちゃう~っ!」

 伊織が叫んだ途端、ボインっと猪が何かにぶつかり遥か彼方へと飛ばされていった。

「………………、え?」

 柵は無事だった。どこも壊れていない。

「も、もしかして結界的な? ……は、早く言ってよ~」

 力のない伊織の声が、虚しく森の中に響く。

 せっかく新しい世界に転生できて、第二の人生これからって時に、もう早くも死んでしまうのか? なんて思ってしまったではないか。

「はあぁ~。でもこの森、やっぱり魔獣がいるのね。それともあれがこの世界の標準で、普通の猪なのかしら?」

 もの凄く大きかった。多分目の前に立たれると今の伊織の背の高さの三倍はあっただろう。

「あんなのに突進されたら飛ばされるというより死ぬわね」

 あの猪はどこまで飛ばされたのか。死んでいるのか、それとも生きているのか。伊織にはわからなかった。

「はあ~、この世界、とんでもないわ」

 ちゃんと暮らしていけるか不安になる伊織だった。

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