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この世界の魔女は空を飛べない  作者: 如月美樹
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 東の森の中にある家から真上に飛んだ伊織の側に、またも風の精霊たちが寄ってくる。しかもその数は前回より多いようだ。

『イオリ』

『おはよう』

「おはよう」

 朝の挨拶は大事である。

『露天市、行く?』

『行く?』

 風の精霊たちの見分けは伊織にはできない。皆同じような顔をしているし、色も同じなのだ。髪の長さは微妙に違うような気がする。

 違いがわからないって彼女たちに言ったら叱られてしまいそうだ。だから伊織は黙っておくことにする。

 しかし一人から『露天市』という言葉が出たので、その子は前回一緒に行った子だろう。

『一緒』

『いい?』

 やはり目当ては街へ一緒に行くことらしい。しかし伊織はここでも迷った。

「前行った時、嫌な事あったでしょう? それでも行きたいの?」

『面白かった』

『皆に話した』

『だから行きたい』

 前回行った子たちが他の風の精霊に話したらしい。だから今日は人数が増えたのかと納得した。

 風の精霊同士、仲がいいのはいいことだ。

「どうしようか、タジアム」

『精霊は本来自由なもの。奴らはそれなりにお前に気を遣っている。普通なら聞きもしないだろうし、側にも寄らないだろう。まあ、……いいのではないか』

「そっか……」

 タジアムの言葉を聞いて、風の精霊たちははしゃぎ出した。嬉しそうな姿を見たら断ることはできない。

『いい?』

『イオリ、いい?』

「タジアムの了承も得たし、いいよ~」

『『『きゃああぁぁ~ッ!!』』』

 凄い喜びようだ。伊織はちょっと耳を塞ぎたくなってしまった。

 予想していた旅の友を得て、伊織は風圧を防ぐ魔法をかける。

「じゃあ、行くよ~」

 時間は朝七時。もうすでに日は昇っている。

 露天市は十時から夕方の四時まで。冒険者ギルドに寄って自分が配置された場所を聞かなければならないし、店の準備もある。結構ぎりぎりの時間だと思う。

「明日はもう少し早く家を出ようね、タジアム」

 伊織の言葉にタジアムは顔を歪ませる。彼は朝は弱いのだ。

「タジアムは寝てていいよ。ついてこなくてもいいんだよ?」

『いや、行く』

 タジアムはやはり伊織が死んだ最大の原因でもあるし、罪の意識があるのだろうと思う。この世界にきて、彼が伊織から離れたことは一度もない。家の中以外では必ず目線に入る場所にいた。

 普通なら見張られているようで嫌だろう。でもこの世界で気を許せる存在はタジアムだけなのだ。何もかもすべて事情を知っているタジアムならどんな相談でもできる。

 タジアムがいれば心強いっていうのもある。

 気にはしていないつもりであったが、やはり伊織はこの世界で心細かったのだ。

 日本に居ても一人というのは変わらない。家族はすべて亡くなってしまったし、親戚とは疎遠になっている。

 だからこの世界に転生できた方がよかったのだ。

 家族皆が病に倒れ、金銭面も苦労した。その時親戚を一度頼った時、酷い扱いを受けたのだ。

 離れがたいというほどの親友も知り合いもいない日本より、タジアムが側にいてくれるこの世界の方が数倍伊織にとっては喜ばしい状況なのだ。

 それをいつかはタジアムに教えてあげたい。

 でも今は言わない。今言ってもタジアムは自分を許さないだろうから。

「タジアム、……ありがとう」

 小さな声で呟いたが、タジアムには聞こえたようだ。箒の先にいるタジアムが、少し身じろいだ。

 真っ白な毛がなかったら、もしかしたらこの大きな耳は赤くなっているのがわかるかもしれない。

 いや耳に毛はなかった。黒い肌だからわかりづらいだけだった。よく見ると慣れてわかってくるかもしれないと、伊織は微笑みながらタジアムの後姿を見詰めた。

『おい、伊織。例のものがついてきているぞ』

「ん? 例のもの?」

 タジアムが振り返りもせずに、そんなことを言ってきた。ついてきているということは自分たちの背後からだろうと、伊織は視線を後ろに向けた。

 すると土煙を濛々と上げながら、丸い大きな獣が追ってきていた。

「あ~……、猪ちゃん」

 もう何度も何度も家にも襲来してくる彼。同じ固体なのかは伊織には判断できない。タジアムはどうだろうか、聞いてみることにする。

「あの子、いつも一緒の子なのかな?」

『それは我にもわからぬ。弾く前に印を付けておけばよかろう。また殺す気はないのだろう?』

 何かとんでもない言葉が、タジアムから発せられた。

 伊織にはもちろん殺す気はない。というか殺す勇気はない。

 ぶるると身を震わせながらも、その前に聞いた言葉を反芻する。

「印……、それはいいかも」

 ハートとか星型を額に焼き印みたいにつけるか。それも切り傷……は駄目だ。彼らも毛があるので遠目ではわかりづらいだろう。それに痛むことがわかるのに、そんなことしたくない。それなら焼き印も一緒か。さて、どうするか。

 伊織が悩んでいると風の精霊が声をかけてきた。

『また来た』

『あいつ、しつこい』

「え? あの子、やっぱり同じ子なの?」

『そう』

『一緒』

『前の奴』

 口々にそう教えてくれる。

 好いてくれているのか、それともいつも取り逃がすのが悔しいのか。彼にとっては伊織は粗食する対象なのかとも思うが、どうなのだろう。

 ただいつも弾かれるから、彼なりのプライドが傷ついているのかもしれない。

 いずれにしてもこのまま連れて行けば、街にぶち当たるのは確実だ。

「やっぱり弾くしかないよね~、何か嫌だな」

『私がやる』

『私もやる』

 風の精霊が数人離れていった。その後すぐに『ぎゃうっ!』と猪の魔獣が叫んだので、遠くへ飛ばされたのだろう。

『終わった』

『遠く、飛ばした』

「お疲れ様~」

 労いの言葉を伊織は風の精霊にかけたのだった。

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