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伊織が目を覚ましたら、そこは真っ暗な世界だった。何も見えない。身体の感覚もない。まさに無の世界。
伊織はぼんやりと辛うじて白く光っている? と問いたくなるような丸い球になっていた。
「これが魂というものなのかな……。あ、声が出た」
どちらが上で下かもわからない空間。
なのにその白い球が自分であると伊織は認識した。
「私、死んだのね。死の世界って真っ白だって聞いてたけど、違ったのね」
どこかに先に亡くなった家族がいないかと伊織は視線を彷徨わせたが、ここには自分以外誰もいないようだ。
どうしたらいいのかわからずその場に漂っていたら、大きなカーテンが開けられたように一気に明るくなった。
「お待たせして申し訳ありませんっ! そして私のペットが悪さをして申し訳ありませんっ!」
謝る声を発したのは大きな球だった。もの凄い光を発するクリスタルのような球体。
カーテンを開けたというイメージは間違っていた。その球が発した光がそう思わせたのだ。
「あ、貴方は……誰?」
「私はクドナ。神の一人です」
「クドナ……」
人間も死ねば球に。そして神もこの空間では球体であるのかと、伊織は変な納得をしていた。
視線を下の方へ向けると、真っ白な猿がちょこんとお行儀よくお座りしていた。
多分神に散々叱られた後なのだろう。大きな瞳は涙で滲んでいた。
「この子、タジアムが私が目を離している隙に地球に降りたようで……。まさか人間である貴女に接触を図るとは思いませんでした。しかもいたずらし、本来死ぬはずのなかった貴女の魂が身体から離れてしまった。本当に、申し訳ありません」
「私、死ぬはずじゃなかったんですね……」
でもまあいい。伊織はそう思った。家族はもうすでに皆他界し、守るべき者も生き甲斐もなくなってしまったのだ。この世に何の未練もない。
最後に自分が下敷きにしてしまった女性二人がどうなったのかは気になるが、自分にとってはそう悪い人生ではなかった。人によっては家族の看護で縛られた生活なんて幸せだと言えるのか? と疑問に思う人もいそうだけど、家族皆仲良く身を寄せ合って生きてきた。病気や不幸はあったが、皆自然に笑顔が溢れる家庭だったのだ。
「これから私はどうなるのですか? 天国に行くのですか? まさか地獄に? 地獄に堕とされるほど何かした記憶もないけど……」
「いえ、貴女は本来亡くなるはずがなかった命です。神である私クドナが貴女の魂を拾い上げたので、死んだというのとは少しばかり違います」
意味がわからないことを言い始めた神クドナ。
でも自分のことなので、伊織はわからないながらも必死に理解しようと神の言葉に耳を傾けた。
「人は死ねば魂となります。生まれ変わってもその魂は受け継がれていくのです。余程の悪事や世界に影響を及ぼすほどのことをしない限りは、この魂の消滅はありません。その魂のまま記憶をなくし、そして新たな身体に生まれ変わる。それが生命の誕生なのです」
わかりやすく説明してくれる神に、頷く伊織。丸い球のままなので、頷いているようには見えないが。
「貴女には私が作った星に移動していただきます」
「星……」
では地球には戻れないということなのか。
「申し訳ありませんが、地球を管理する神は私ではないのです。今回は私のペットの不始末。地球の神が自分で責任を取れと仰ったので……」
クドナは地球の神より立場が下なのだろうか? 敬語で話すクドナに少し親近感が湧く。
「クドナはどういった星なのですか?」
「まだできたばかりの世界です。約百億年ほど経つでしょうか」
神の少しは果てしなく長い時だった。
「地球も何度も生まれ変わっているのですよ。この星クドナはまだ生まれ変わってはいない、新参者なのです」
「へぇ~……」
伊織にそう応える以外、何が言えただろう。あまりにもスケールの大きな話に伊織は呆然とした。
「地球とは違い魔法使いや魔女がいたり、魔獣などを倒す冒険者たちがいる物語のような世界です。といっても街中に住む人たちにとって魔獣など見たこともない者もいるとても平和な星です」
「他国との戦争などないのですか?」
「多少の諍いはあれど、人たちは友好を保っているようです。何より魔獣がいる世界ですから、敵は魔獣といったところでしょうか」
魔獣が蔓延る世界なので、人などに構っている場合ではないということなのだろうか? それとも国が豊かであるから、わざわざ他国を攻めるまでもないということなのだろうか?
これは行ってみないとわからないなと伊織は考えた。
「貴女にはこの星へ行ってもらうことになります。申し訳ないのですが、拒否権はありません。何か要望はありますか? 叶えられる限りはお応えいたします」
要望。それは細かく言い出したらきりがないほどある。
まずは自分の身の安全。魔獣がいるのなら、それに対抗できる力が欲しい。
あとは一生生活の困らないだけの能力。手に職を持っていた方がよいだろう。冒険者たちがいて魔法使いがいるのなら、科学は発展していないと思った方がいい。今までの便利な生活とは何もかも違うだろう。
そして詫びというのなら、できれば美人に生まれ変わりたい。もしくは、可愛いでもいい。
女性は容姿がいいほど得だと伊織は思っているので、できれば可愛くして欲しい。
「わかりました。すべて叶えましょう」
「へ?」
まだ話してもない。なのに神クドナにすべて伝わってしまったようだ。
「魔獣に対抗する術は何がいいですか? 剣を振る力? それとも……」
「魔法があるなら、それがいいです。刃物や弓で魔獣とはいえ、生きているものを殺すのは私にはハードルが高いです」
「わかりました。では職業も魔法使いがいいですか?」
魔法使いと魔女の違いは多分、男女の違いだろうと思い伊織は声を上げる。
「魔女でお願いしますっ!」
魔女っ子、可愛いではないか。変身するのかどうかはわからないが、実に夢がある。
「え、でも……」
「お願いしますっ!」
少し躊躇うように言葉を発する神。これはチートを与え過ぎては駄目だと思ったに違いないと勘違いした伊織は、少々強引に願う。
「……わかりました。魔女ですね。貴女が使う魔法は想像力のみで発動するようにいたしましょう」
伊織が想像する魔法の遣い方は、言い回しが難しく長ったらしい呪文をつらつらと連ねるというイメージがある。それがいらないとは、何て有り難い能力だろうか。
それには大いに賛成なので、伊織は何も口を挟まなかった。
「あと見た目と性別ですが、貴女の思考を読み取りました。若くて可愛らしい女の子、ですね?」
「はいっ!」
大きな球の神が少し猿に寄る。
「この子をお連れください。人の言葉を話せるようにしました」
「え……」
いらない。いやはっきりいって迷惑だ。何故いたずら好きの猿など連れて行かなければならないのだ。悠々自適な生活が、猿の世話で一生終わってしまう恐れがある。
「この子の成長のためにもお連れください」
「それは神様のお役目ですよね? ご自身のペットなのだから……」
飼育放棄だけは許さない。それに魔女になるのだ。いただけるのなら猿ではなく、できれば黒い猫の方がいい。
「この子はただのペットではないのです。神獣です。連れていて損はありません。それに私の加護をもう一つお付けしましょう」
加護……。果たしてそれはどんな加護なのか。神は今告げる気はないようだった。
沈黙が長く続く。神もこれだけは譲る気がないらしい。
伊織は仕方なく大きなため息を吐きながら、言葉を発した。
「わかりました。でもいい子にしない場合は叱ったりしますからね」
「それで構いません。それもまたこの子の修行になるのですから」
猿はテテテと伊織の方へと駆けてきた。あのいたずらっ子はどこへ行ったというほどの、しおらしさだ。神がいるから大人しくしているのか、それとも本気で反省したのか。今はわからない。
「それでは南條伊織さん。新たな人生を謳歌なさいませ」
神の球が目も開けていられないくらい眩い光を放つと、伊織の意識はスゥとなくなっていった。




