8話 あーん
すみません! 8話分ですが、1つにまとめようとしたところ、文字数が多くなってしまったので8話、9話と分けて投稿したいと思います! 今日の21時ほどにまた投稿するので、よろしくお願いします!
翌日の昼、俺は言われた通り冬香の家へと向かった。
向かったと言っても、お隣さんだし、特別苦労するなんてことはない。自室からリビングへ行くようなものだ。
ただ、それでもやはり緊張はあった。
前日の夜に冬香からLIMEがまた届いていたのだが、ナツタロウ自慢とかではなく、ひたすらに長文の連続。
なんでお母さんの言ったこと簡単に了承したの!?
みたいな主旨のものがたくさん届いた。
一応謝りはしたけど、許してくれてんのかなあいつ……。
とまあ、そんな感じでモヤッとした思いを抱えながらの訪問なわけだから、緊張もするわけだ。
俺は生唾を飲み込み、冬香の家のインターフォンを押した。
『はい、どちら様でしょうか?』
「あ、えっと、青山です。青山春也です」
『あら、シュン君ね~。はいは~い、ちょっと待ってて~』
インターフォン越しでママさんに言われ、俺はしばし待機。
玄関の扉はすぐに開かれた。
「いらっしゃい、シュン君。約束通り来てくれてありがと~」
「いえいえ。あ、これお袋が持っていけって」
「え、嘘。マミちゃんいいのにこんなことしなくたって~」
渡したのはウイスキーボンボンだ。ママさんはこれが好きだってことを俺もお袋もよく知ってる。
「一応今日はお邪魔になるんで。役割もただの味見役ですしね」
「お邪魔だなんてそんなぁ。こっちの方が迷惑かけちゃいます、よ。うふふっ」
軽いやり取りを交わし、さっそくリビングへ案内される。
リビングのキッチン。そこに冬香はエプロン姿で立っていた。今日の髪型はポニーテールだ。
「よ、よう」
「……っ! う……うん……」
俺がサッと手を上げてぎこちなく挨拶すると、冬香は怒ってるというより、どこか照れてるような反応で返してくれた。
ちょうど俺の横に立っているママさんが、すごくニマニマしてその様を見てくれていたわけだけど、この人は完全に何かを勘違いしている。
「ごめんねシュン君。本当なら二人きりでやらせてあげたかったけど、今日は冬香の指導役が必要なの。おばさん付きだけど、我慢してね?」
「い、いや、我慢だなんてそんな!」「お、お母さんっ!」
発言の内容は違えど、俺と冬香の声が重なって一斉にママさんへ向けられる。
そのことがママさん的にはさらに機嫌を良くする材料になったんだろう。クスクスと笑われてしまう。
「そう言ってくれるなら私は嬉しいんだけど。……残念ね、冬香」
「な、何がっ!?」
「あははっ。それじゃあ、さっそくお料理の練習始めましょっか~」
大いに色々と勘違いなさってるママさんは、そう言って楽しそうな足取りで冬香の元へ向かった。
〇
そんなこんなで始まった料理の練習。
この日作るのは、主に基本的なものだった。
卵焼きと野菜の肉巻き、ポテトサラダの三つだ。
けど、この三つは作るとなると割と難しい気がする。
卵焼きなんて焼くまではいいけど、焼き始めてから綺麗な形にするのは案外大変だ。
肉巻きだって巻くために野菜を細長く切らなきゃいけないし、包丁技術が要求される。
ポテトサラダは工程自体は簡単なものの、味付けを細かく行っていかなきゃいけない。
どれも不器用な冬香にできるのだろうか。包丁で指切ったりしないよな? 油が飛んで火傷するかもしれない。
ハラハラしつつも、ママさんの指導で、練習は的確に行われていった。
そして、まずは出来上がった卵焼き。これの味見が俺に回ってきた。
「おぉ……」
まず、驚いたのが見た目。
ダークマターと称された黒々としたものが、今ではしっかりとした黄色で、形も綺麗。失礼だけど、とても冬香が作ったものには思えなかった。ママさんパワーおそるべしである。
「は、早く食べてよ……」
「お、おう――」
と、返事した直後だ。
突如ママさんからストップがかかる。
「ダメよ冬香。こういうのは、しっかりと愛情をもって食べさせてあげなきゃ」
「へ!?」
――え!?
「ね、シュン君。冬香にあーんってしてもらった方が美味しいに決まってるわよね?」
「な、ななな何言ってるのお母さん! そんなことないよねシュン!?」
「……いや、案外あーんってしてもらうのも悪くない気が……」
「ちょ、ちょっとぉ!」
真っ赤になり、涙目の冬香にはすごく悪いのだが、俺は欲望に抗うことができなかった。
いや、だってそりゃあそうですよ。好きな女の子にあーんしてもらうとか、男子の夢ですからね、ええ。
「ふふっ。そういうことよ冬香。シュン君に食べさせてあげて?」
「っ~! うぅぅぅ~……!」
エプロンの裾をギュッと握り、心底恥ずかしそうにし、やがて決心したのか、俺の方を潤んだ瞳で弱々しく見つめてくる冬香。
俺も俺でド緊張だった。動悸がめちゃくちゃに早くなり、もはや本来の目的である味見がしっかりとこなせるのかも怪しい。
「……じゃ、じゃあいくよっ……」
「お、おう……! 来いっ!」
「ぷっふふふ……!」
震える手つきで作った卵焼きを箸で掴み、俺の口元へと近付けてくれる。
それを……パクリ。
ゆっくり咀嚼し、味わった。
「……ど、どう……かな……?」
「………………」
「……っ」
「………………美味い」
「……へ?」
「めっちゃ美味いよこれ。たぶん、世界一美味い」
言った瞬間、さすがに褒めすぎたかと思い、変な恥ずかしさが襲い掛かってきた。
――が、それ以上に嬉しそうにする冬香を見て、そんなことはすぐにどうでもよくなった。
「ふ、ふぅん……。そ、そうなんだぁ……」
フイっとよそを向くが、見えている口元がほころび、声は上擦りまくりだった。
「まだまだあるよ……? 食べる……?」
「お、おう……」
冬香は褒められて嬉しかったのか、またしても俺に卵焼きを食べさせてくれた。
全部で切った分7つほど。
俺はその7つ分のあーんを、しばらくは忘れないだろうと心底思うのだった。
〇
その後、冬香はママさん主導の元、野菜の肉巻き、ポテトサラダと作っていった。
もちろん手際よくとは言えず、細かい包丁さばきが必要になってくる野菜の肉巻きはかなり苦戦していたが、それでもしっかりと作ることができた。
全部で通して三品作ったわけだが、それらを作り終えた頃には時計も18時を指し示そうとしていた。
まあ、途中途中で色々会話もしたしな。妥当な時間だろう。
俺の役割も終わり、お開きな雰囲気も出ていたし、キリのいいところで帰ろう。そう思った矢先、家のインターフォンが鳴る。
誰かと思えば、やって来たのはお袋だった。
俺が久しぶりに冬香の家に行ったから、それが心配で~なんてことを口では言っていたが、ちょうどいい休日でもある。恐らく単純に冬香ママと会話がしたかっただけだろう。
そうやってさらに時間が過ぎていき、友人とゴルフに行っていたらしい冬香のパパも帰宅。
どうせならということで、うちのオヤジも呼ばれ、その日は冬香の家で夕飯を食べることになった。
そして――
「シュンくーん! 明日は日曜日だし、今日はもううちに泊まっていって~!」
「それがいいそれがいい! 久しぶりにお泊りだ! 冬香も喜ぶしな!」
「ちょっとお母さん! お父さん!」
完全に酔っ払ってしまった冬香パパとママに押され、俺はお泊りまですることになってしまったのだった。




