7話 ママさん
そんなこんなで放課後。
俺は人気のなくなったタイミングを見計らって教室を出る。
いつもならそのまま家に直行し、自室でギャルゲーの続きをやるというのが日課なのだが、この日は違った。
冬香にもらった弁当。その弁当箱を返さなければならないため、あいつの家に行くことにしたのだ。
実に一年半ぶり。家に冬香がいるかはわからないが、最悪冬香ママに預けておけばいいだろう。
冬香ママに関して言えば、ちょくちょく休日に俺んちに来てたりしてたし、気まずい関係ではない。
すごく美人でオーラがあるけど、気さくな人だから話自体は凄くしやすいんだ。
むしろ今の状況だと、冬香本人に会う方が気まずい。
同い年の幼馴染である娘より、母親の方が話しやすいって、それもどうかとは思うけど、仕方ない。
とりあえず、冬香の家を目指した。
〇
「あら、シュン君じゃない。こんにちは~」
家に着くと、まず冬香ママが俺を出迎えてくれた。
久しぶりの光景だ。
「こんにちは。冬香いますか?」
「え、シュン君、冬香に何か用事!?」
「え、あ、はい」
軽く驚かれたのだが、俺が頷くと、冬香ママは「きゃー」なんて言いながら、くるりと一回転。
何がきゃーなんだろう……? よくわからんが……。
「その、朝冬香からこれもらいまして」
「あ、やっぱりシュン君のために作ってあげてたのね~。わざわざ返しに来てくれてありがとう」
「いえ」
俺のためだと冬香ママが思い込んでる辺り、あいつはナツタロウと付き合ってることを家族に話していないようだ。
珍しい。家の中ではあいつおしゃべりだから、恋人ができたとかいう話は真っ先にするはずなのに。
「すみません。それじゃあ俺はこれで。冬香に美味しかったって伝えておいてください」
「ちょっと待ってシュン君」
特に長居する理由もなかったから、軽く会釈をし、玄関の扉に手をけようとした時だ。
冬香ママが俺を制止させてくる。
「もしよかったら、久しぶりに上がっていかない?」
「え」
「シュン君が好きなお菓子もあるから。ね?」
言って、冬香ママはウインクしてくる。
男子高校生をお菓子で釣るってのもなかなか笑える話だけど、まあいっか。
俺は苦笑しながら了承した。
〇
家の中に入ると、俺はリビングへ通された。
一年半……いや、もっと前のように感じる。
中学一年までか。二階の冬香の部屋で遊んで、ママさんがおやつを用意してくれればリビングまで行って、よく二人で食べていた。
ママさんの方は冬香と違ってすごく器用で、色んなものを作れる。
俺の好みはずっとこの人の作るアップルパイだった。
だから――
「シュウ君、これ好きだったわよね? 食べて食べて」
「あ、ありがとうございます」
またこうして用意してくれる日が来るとは、思いもしなかった。
フォークで食べると、全然変わっていない懐かしい味が口いっぱいに広がる。
「うふふ。私ね、今日はなんとなーくシュン君が来るんじゃないかなって思ってたの」
俺と向かい合うようにして、テーブルに肘を突きながら言うママさん。
「……すごいエスパーっすね……」
「あははっ。そうよー? だからね、おばさんには色んな事がわかっちゃうの」
「色んな事……」
「うん。冬香のことはもちろんだけど、シュン君のことも」
言われ、ドキッとする。
それはつまり、俺たちが不仲であるということを暗に指し示しているのだろうか。
そのことについては当然ママさんも知ってることだろうし、嫌い始めたのは冬香側だ。俺の非をこれから責め立てられるんじゃないか。
そう思い、ついママさんから目を逸らしてしまった。
「あの子はあの子で色々と不器用だからね。本当のこと言いたいのに言えなくて、それでいっつも後悔ばかりしてるのよ」
「……それ言ったら、俺もそういうことあるんで似たようなもんですね」
「そう? 私はシュン君のこと、結構色々正直に話してくれる素直ないい子だと思ってるけど」
「エスパーにも限界がある。つまりはそういうことです」
「ふふっ。そっかぁ。……うん、でもやっぱりそうなのかしらね……」
ママさんは優しく微笑みながら、傍で湯気の立っていたマグカップに口を付けた。
俺も俺で、サクッとアップルパイにフォークを入れる。
「ねえ、シュン君」
「何ですか?」
「あの子の作ったお弁当、本当は美味しくなかったでしょ?」
「……え?」
「だって、あんなに真っ黒だったのよ? 物体Xって感じだったし」
宮田と同じこと言ってるよこの人。
「正直に言ってくれていいからね? あの子、今後もお弁当作るって言ってたし、正直に言った方が身のためよ?」
「いや、それは別に……」
主に食べるのはナツタロウだ。俺が今日弁当を渡されたのは明らかなイレギュラーだし、今後はない。
だから、物体Xのままでいいんだけどな……。
とは思いつつも、そのことを知らないママさんだ。俺は正直に頷いた。
「……まあ、確かに人が食べるものではなかったですね……。あ、さすがにこのことは冬香には内緒ですけど」
「ううん。内緒なんてダメよそんなの。しっかり現実を教えてあげなくちゃ。失敗を繰り返して技術は上がっていくからね」
ぐうの音も出ない。間違いないなそりゃ。
「そ、こ、で、よ。明日は土曜日なんだけど、お昼辺りからシュン君、うちにまた来れる? 暇してるかしら?」
「明日もですか?」
「うんうん。暇?」
「……まあ、暇といえば暇ですけど……」
また家に行くとなると、確実に冬香と会うわけだ。しかもママさんとパパさんを挟んで。
……冬香との関係も関係だし、気まずいなぁ……。
「ならオッケーね。明日のお昼辺り、冬香に料理の作り方教えてあげるんだけど、シュン君も来て欲しいの」
「えっ、料理の作り方ですか?」
「ええ。シュン君は味見係」
「ええっ!?」
あの黒いのを延々と食べさせられる!?
そう思ったが、俺の思惑を悟ったか、ママさんはクスッと笑って否定してくれた。
「大丈夫。私がしっかりと付いて教えるから、今日みたいなことにはならないわ」
「あぁ……。それならまだ何とかいけますかね」
「ええ。じゃあ、明日約束よ」
ママさんに言われ、俺は了承するしかなかった。
冬香のいないところで勝手に約束を取り付けたわけだけど、いいんだろうか?
色々と思うところはあったが、俺はその後もアップルパイと紅茶をごちそうになって家を後にした。