6話 一生懸命のお弁当
翌日の朝、俺は冬香に言われた通り朝7時30分に家を出た。
もちろん、そのまま学校に向かうというわけではなく、家の前で待つわけだ。
結局何が目的なのか教えられることがなかったから、俺はなんとなく緊張し、微かに動悸も早くなっている。
もしかしたら、俺が彼女ができたなんて言って対抗したから、ナツタロウ本人を目の前まで連れて来て、それで自慢しようとか考えてるのかもしれない。
けど、そうであるのならば、それはそれで時間が早すぎる気がするし……。
って、いや違う! ナツタロウが冬香の家に泊まってたら、なんだかんだそれも可能だろ!
うわっ、まさかそういうオチ!? そんなことされたら俺もう本当に立ち直れないんだけど!? けど、カップルだったらそれもおかしな話じゃないし……。
と、そんなことをグルグルと考え、頭を抱えている最中だ。
ちょい、ちょい、と背中をつつかれる。
つい、体をビクッとさせてしまい、その方向へ視線をやると、
「うぉっ! ふ、冬香!」
「お、おはよ……」
うつむき加減で、チラチラと俺を上目遣いで見てくる冬香の姿があった。
何というか、幼稚園の時を思わせてくれる、もじもじとした仕草だ。
「あ、ああ、おはよう。えっと……それで冬香、なんで朝から……?」
「ねえ、シュン」
「な、なんでしょうか?」
つい敬語になってしまった。
「……その……あ、アキナコって子、どんなの女の子なの……?」
「……え?」
「つ、付き合ってたんでしょ……? 私の知らないところで……こっそり……」
「あ……。お、おお、おう! そ、そうだけど!?」
ぎこちなく言った瞬間、冬香は顔を上げ、今にも泣きそうな表情で俺を見やってきた。
「……ほんと……なんだ……?」
「う……じゃなくて、本当です……」
冬香の悲しそうな表情を見て、思わず嘘だと言いそうになってしまった。
けど、なんでこいつこんな目で俺を見てくるの……?
冬香だってナツタロウっていう彼氏がいるんだろ……? 俺なんてもういらないはずじゃ……?
「……冬香、なんか悲しそうにしてる?」
「ぜ、ぜんぜんっ! 私にはナツタロウ様が……い、いるんだもん! は、はいこれ!」
首を横に振って否定し、カバンから取り出したものをグッと俺に突き付けてくる冬香。
これは……。
「……弁当、か……?」
問うと、冬香は真っ赤になってクルっと俺に背を向ける。
「あ、あくまでナツタロウ様に作ってあげたものの練習台だからね! シュンのために作ってあげたとか、そんなんじゃ――」
「いや、それでも全然嬉しい。半端なく嬉しい」
「っ! うぅぅ……そ、そう……?」
「ああ。なんなら、もう土下座して感謝の気持ち伝えたい気分」
「はぅっ……! そ……そうなんだ……」
耳まで真っ赤。
わかりやすい。
「で、でもでも……どうせそんなのアキナコって子にも……」
「え、なに?」
「な、何でもない! じゃあね!」
言って、脱兎のごとく俺の前から去って行った冬香。
取り残された俺は、しばし呆然とした後、渡された弁当袋をジッとその場で見つめる。
ついでとはいえ、あの不器用な冬香が俺に弁当を……。
弁当袋を渡してくれた時、あいつの手には何枚かバンソウコウが貼ってあった。もしかしたら、作ってる最中に怪我でもしたのかもしれない。
「ついででも、礼くらい言うべきだな」
俺は呟き、弁当袋をカバンの中にしまって、学校へと歩き出した。
〇
そんでもって、いつも通り授業を終えた昼休み。
相も変わらず俺の元へやって来てくれる宮田に、一つ提案をする。
「ちょっと今日はまた前みたいに体育館裏で飯を食おう」
宮田は「春也からなんて珍しい」と目を丸くさせたが、理由を話すと快く了承してくれた。
そしてそのまま体育館裏へと二人で向かう。
前と同じポジションで腰を下ろし、弁当を開くことにした。
「で、それが瀬名川さんが春也に作ってくれた弁当ってわけか」
「いや、あくまでも彼氏のついでだ。俺のためにってわけじゃない」
「ついでねぇ……。ふーん。ま、いいや。開けてみようぜ」
「お、おう」
なんかドキドキする。
冬香は俺の知る限りだと不器用で料理が下手。
けど、不仲になってからの一年半で技術が進歩したのかもしれないし、色んな意味で緊張した。
――が、
「……これは……」
「………………」
可愛らしい弁当箱の蓋を開けた先にあったもの。
それを見て、俺と宮田は絶句。
「だ、ダーク……マター……?」
捻りだされた言葉と言えば、宮田のそんな感想だ。
確かにその通りで、何から何まで真っ黒。
それは焦がしたからなのか、特徴的な味付けをしたからなのかはわからない。
唯一の救いといえば、別の小さいタッパーに入れてあったイチゴくらいなのだが……。
「お、おい春也……、これ食えるのか……?」
「わ、わからん。わからんけども……食べるしかない……。冬香の作ってくれたものだから……」
「お前、声震えてんぞ……?」
「ううううるせえよ! じゃあ食べるぞ!」
恐怖しかなかったが、俺は恐る恐る箸を伸ばし、卵焼きなのか何なのかよくわからない物体Xを口元へ運び、それを食べる。
もっしゃ……もっしゃ……もっしゃ……。
「ど、どうだ? う、美味いか?」
「………………」
「おい、春也……?」
「………………」
――バタッ。
「春也ァァァァァァァァァ!」
宮田の叫び声が聞こえる。
俺はその時初めて学習した。
人間、あまりにも不味いものを食べると意識を失ってしまうのだということを。
〇
「やべえだろこれ! もはや兵器だぞ!? お前、よく食い切ったな!」
「今話しかけないでくれ……。気を抜いたらまた意識持ってかれそうになるから……」
「すげえなぁお前も……」
コンクリートの上で仰向けになりながら、俺は宮田からの称賛を受けていた。
傍には冬香のくれた弁当箱。俺は根性で弁当の中身をすべて食べたのだ。
「けどよぉ、瀬名川さん大丈夫なのか? この料理の腕前で彼氏に弁当作るって、その彼氏も最悪死ぬだろ」
「俺としては死んでくれると助かる……」
「いやいや、さすがにそれはやべえから。ったく、ナツタロウ、だっけか?」
「ああ……」
俺が弱々しく仰向けのまま頷くと、宮田は考え込むような仕草をする。
「……俺はさ、そのナツタロウって奴のこと聞いたことないんだけど……、宮田は知ってるか?」
「この学校内、同じ学年だっていうのなら、思い当たる奴はいる。D組にいる高身長イケメンだよ。確か本名は高岸夏太郎だ」
「あぁ……、じゃあたぶんそいつだろうな……」
本名を聞いただけで脱力する。
触れたくなかったものが輪郭を帯びて、一気に俺へ攻撃してくるようだった。
「でもなぁ……うーん……」
「? なんだよ?」
「いや、これはまあ確信のないことだから何ともなぁ……」
「は?」
「何でもねーよ。それよりもさ、瀬名川さんにお前からちょっと料理上手くなるよう言っとけよな。死人出すぞーって」
宮田は何か誤魔化すかのように話題を逸らした。
まあいいか。今は追及するような元気もない。
「んなの言えるわけないだろ。俺、未だにあいつのこと好きなんだから」
「はっはっ。未練たらしい男だねー。でも、その意気だぜ親友?」
「お前、俺のこと弄んでないか?」
「ははっ! 気のせい気のせい!」
言って、宮田は死にかけの俺の腕をバシバシ叩いてくる。
やれやれだ。