5話 対抗手段は嘘の彼女でした。
LIMEで久々にチャットを交わし合った俺と冬香だったのだが、その日以降、あいつは本当にナツタロウとかいう彼氏の自慢をし始めた。
学校から帰ってきて夜になると、毎日毎日ナツタロウ様がどうだったとかこうだったとか、色々自慢してくる。
俺も俺で、最初の2日くらいは冬香が自分からLIMEを送ってきてくれたということが嬉しくて何とか耐えきれていたものの、それが3日、4日、5日と続いてくると、徐々にそんな感情も薄れていく。
なんでこんなことをしてくるのか、俺としては理解できない。
理由を聞いてもお得意のはぐらかしモードに突入するし、自慢7日目で遂に俺の堪忍袋の緒は切れてしまった。
どうにかして冬香に対抗してやろう。どうにかして冬香にも嫉妬の感情を味わわせてやろう。
沸々と湧き出てくる邪悪な感情の元、案を考える。
「一番手っ取り早いのは俺も彼女を作ることだが……」
その瞬間、頭の中でほわわーんと優しかったころの冬香が次々と連想される。
「うあああああっ! やめろっ! 今お前は出てくるなぁぁぁっ!」
幼稚園時代、俺に着いてきてばかりだったころの可愛い冬香etc……。
小学生時代、恥ずかしそうにしながら一緒にお風呂に入ろうと言ってくる可愛い冬香etc……。
中学生時代、夕暮れの中の帰り道で俺と手をつなごうとしてくる可愛い冬香etc……。
「ああああああああああああああっ!」
気付けば頭を抱えて床に突っ伏していた。
ダメだ。リアルの彼女を作ろうとか、俺には死んでもできん。
そもそも作れる前提なのが間違ってる。クラスで俺は冴えないモブAみたいな立ち位置なのに! 万年非モテ男だというのに!
「お、俺は……どうすればいいんだ……!?」
そうやって懊悩している時だった。
ふと、積み重ねられているギャルゲーの箱が目に映る。
「………………そうか。そうだよ……! これだ!」
パッと浮かんだ逆転の発想に俺は歓喜した。
冬香の知ってなさそうなギャルゲーのヒロインの名前を拝借するのだ。
もちろん、そんなのすぐにバレるだろとは思うのだが、この点においてはたぶん大丈夫。どうせ俺たちは最近疎遠だし、コミュニケーションを取る方法だってLIMEのみだ。
画面上だと嘘を付いてるとか表情がわからないからバレないし、もし仮に追及されたとしても、「冬香にはナツタロウ様がいるから、別に関係ないだろ?」とか言っておけばいい。
そういうことだ。
冬香、俺を怒らせたお前が悪いんだからな! 訳も分からず彼氏自慢ばっかしやがって! そっちがナツタロウ様なら、こっちはアキナコちゃんじゃ!
部屋の中で俺は一人邪悪に笑うのだった。
〇
翌日の夜、ナツタロウ自慢8日目を告げる冬香からのチャットが届き、俺はコキコキと指を鳴らす。
戦闘態勢は万全だ。昨日立てた作戦。これで戦ってやる。
『今日もナツタロウ様が~』
呑気に何も知らずチャットを送ってくる冬香。
フッと思わず笑みがこぼれてしまう。
『残念だが、冬香。今日は俺にも言いたいことがある』
『? なに?』
『ここ最近のことでな、俺にも彼女ができた。名前をアキナコちゃんという』
『え?』
『黒髪ロングですごく可愛いんだ。昨日もお弁当を作ってくれてな。それがまた美味しくて』
嘘八百もいいところだが、あたかも本当のように淀みなく送ってやった。
弁当の件は追及されたらお袋に頼み込んでおけばいい。ケチャップでLOVEって書いてくれとか、ハート型のおかず多めに入れてくれってな。めちゃくちゃ変な勘違いされそうだけど……。
『それいつから? 具体的に教えてよ』
『昨日だ。帰り道の公園で告白されてな』
『シュン、二次元の女の子しか興味ないんじゃないの?』
『そんなことない。確かに三次元は二次元には勝てないけど、だからって三次元の女子に魅力がないわけじゃないからな』
『あ、そう。じゃあ聞くけど、そのアキナコって子はシュンにどんなお弁当作ってあげたの? お肉がたくさん入れてあるもの? それともカラフルなもの? フルーツ入り? 量がたくさんあってお腹いっぱいになれるもの? 教えて。隅々まで、具体的に教えて』
「うぉ……」
急にすごい長文が送られてきた。しかも変わらぬ早さで……。
俺は少しだけ考え、文字を打ち込み送信。
『中身はバランスがよくて普通の量だよ。けど、LOVEとか、ハート型のおかずとか多かったな』
『あ、そう。ならちょっと明日の朝、7時30分に家の前で待ってて』
……なんで?
疑問符が浮かび、それを文字にしようとしたのだが、
「ちょ、おい……」
冬香はさっさとチャットルームから出て行ってしまった。




