4話【冬香視点】 夜のチャット交流
私、瀬名川冬香は幼馴染であるシュンのことが大好きだ。
特別にかっこいいってわけじゃないし、勉強もすごくできるってわけじゃないし、スポーツだって得意ってわけじゃない。
けど、そんなことがどうでもよくなるくらい生まれた時からずっと一緒だったし、嬉しい時も、悲しい時も、いつも隣にはシュウがいてくれた。
シュンの顔を見てるだけで胸がキュッとする。
優しくて、いざって時に頼りになって、本当に世界で一番大好きな人。
だから私は――
「ね、ねえ、シュン……。私……シュンのことが……す、しゅ、しゅしゅしゅっ……あぅぅ……」
自分の部屋の中で、かれこれ十年ほど告白の練習をしている。
けど、その練習ですら一度も上手くいったことがない。
どうすれば上手く発音できるのか、色々試行錯誤して考えてみるんだけど、それでもなかなか上手く言えない私は本当にどうしようもないんだなと、つくづく思う。
「はぁ……」
どうしようもないつながりでいうと、中学三年生の時を境に私はシュンを邪険に扱い始めた。
きっかけはほんの些細なことで、いつも通りシュンの家でギャルゲーをしてた時のことだ。
いつ、どのタイミングで告白をしようか伺っていた私は、それとない質問を繰り返していたんだけど、
『やっぱ彼女は二次元に限るな。三次元では作らなくていいわ俺~』
この発言を聞いて、一気に希望が薄れていった。
シュンは現実で彼女を欲しがってない。告白しても、断られるかもしれない。
冷静になって考えてみると、これはたまたま口から出たいつものジョークだったのかもしれない。
けど、今だってそれは確信を持てて言えるようなことじゃないし、当時緊張と恥ずかしさでずっとドギマギしていた私にとっては、決定打になりうるものだった。
その日から、私は表向きでシュンを嫌い始めた。
本当は全然嫌いじゃないのに、強がって勢いで拒否し、シュンを困らせてしまっているのだ。
おまけに素直じゃない私は、それでも構って欲しいということを理由に彼氏ができたという嘘までついてしまった。
現実の彼氏なんているわけがないし、乙女ゲーム趣味のオタクだし、シュン以外の男の子なんて好きになれるはずがない。
結果、そんな嘘のせいでシュンには避けられ始めるし、もう私は色んな意味で終わってた。
とことん不器用で嫌になってくる。
「……シュン……好き……」
極めつけには、最近の趣味がスマホのアルバムフォルダに入ってるシュンの写真をずっと眺めることだ。
――ベッドに横たわって悶々としている暇があったら、素直になればいいのに。
頭の中でもう一人の私がそう言うんだけど、そんなことができるんだったらとっくにそうしてるよ……。
と、ため息をついてる時だ。
――ピロリン♪
スマホがバイブしたのと同時に私はギョッとした。
「へ!? しゅ、シュン!?」
シュンからLIMEのチャットが届いたのだ。
実に一年半ぶり。
何だろうと思ってすぐにアプリを開き、チャットルームへ行く。
『ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?』
「聞きたいこと……!? なになに……?」
嬉しさでニヤケながら、チャットを返すために文字を打ち込……もうとしたのだが、そこで私は手を止めた。
「……ちょっと待って……。私、思わず速攻で既読付けちゃったよね……?」
――それで、興味津々で『なになに?』とか送るつもり……?
――今、シュンのこと嫌ってる設定なのに……?
頭の中でもう一人の私がそう囁いてくる。今囁いてきてるのはさっきの私とは違う、悪そうな恰好をした私だ。
――それって大好きなことバレバレだよ?
――バレバレどころかデレデレ。あ、まあ間違いじゃないかーw
「うぅぅっ……!」
恥ずかしさから、結局こんなことを打ち込み、送信してしまっていた。
『あほ』
「何送ってるの私ー!」
疑問形で送ってきてくれたのに、まるで答えになってないような罵倒文句。
確実に頭おかしな人じゃんこんなの! どんだけ素直になれないのよ!
ベッドの上をゴロゴロ転がって悶えていると、すぐに返答が返ってきた。
『悪い。忙しかったか?』
「シュン……」
頭のおかしい私にこんな優しい対応をしてくれるなんて……。
もっと好きになってしまった。
すぐに返信する。
『忙しくないよ(-“-)』
余計な顔文字はもう知らないうちに入力してた。気にしないで欲しい。
『なら聞くけど、昨日冬香、俺んちに何の目的があって来たんだ?』
「うっ……!」
痛いところを突く質問。
でも確かにそうだよね。昨日の家凸はいくら何でも突然過ぎたし、シュンも完全に困惑してた。
一か月も避けられて、シュンの顔を見れなくてどうにかなりそうだったから、なんてこと言えるはずがないし、どうしよう……。
と思ってたら、連続でチャットが届いた。
『もちろん嫌だったとかそういうわけじゃなくて、単純に気になったから質問しただけだ。いつでも俺んちには来てくれていいからな』
「ふぁぁ……」
い、イケメンすぎだよ私の幼馴染ぃ!
どの乙女ゲーに出てくるイケメンキャラよりもイケメンだった。思わず傍にあった枕をボフボフ殴ってしまう。こんなのズルだ。
「で、でもなぁ……、この質問、どうやって返そう……?」
一通り悶え終えた後、画面に再び向き合う。
それらしい返しはまるで見つからなかった。
「本音なんて言えるはずがないし……。だからって、嘘もどうやってつけば……」
シュンの顔が見たかったなんてのは最初から却下だし、シュンの家の匂いを久しぶりに嗅ぎたかったっていうのはもっとマズい。
……仕方ないかぁ……。
『別にそんなの何でもいいじゃん』
超絶にそっけない。可愛げのなさ選手権に出たら優勝できそうなほどそっけない返信だった。本当にごめんね、シュン……。
『何でもいいけど、気になるんだよ』
『なんで?』
そう送ったところで、少しだけ間が空いた。
出てくるのはため息ばかりだ。
素直になれない病気を治す方法はないんだろうか?
気になって、なんとなくググろうとしたタイミングで返信が届く。
『だって、よくわからん質問されたまま俺取り残されたんだぞ? 家に来た理由聞きたくもなるよ』
「……?」
よくわからない質問?
疑問符が浮かんだが、一瞬で思い出す。
そうだ。私、好きな人いるかって聞いたんだ……!
途端にとんでもない質問をしたことに気付き、沸騰しそうなほど顔が熱くなる。
ますます逃れようのない状況を作ってしまった。
どどどど、どうしよう!
「ま、マズいよこれ……! なんて返したらいいの……!?」
そうやって困惑してる時だ。
おなじみのもう一人の私が頭の中で会議を始める。
――ヤバい状況だよ! このままだと、シュンに好きだってことがバレちゃう!
――いっそのこともう開き直ってみたら? 楽になれると思うよ?
――そんなのダメだよ! シュンに振られたらどうするの!? 生きていけないよ私!
――大丈夫。振られないように色仕掛けで告白すればいいんだよ。高校生男子っていうのはそういうのに絶対弱いからね。
――でも、それって具体的にはどうするの?
――家には来てもいいって言ってくれてるからね。『家に行った理由、今度またシュンの家に行った時にしっかり話す』って言って、シュンのおじさんとおばさんがいないタイミングを見計らって押し倒すの。あ、その時は一番エッチな下着を付けていくことね。
――む、無理だよそんなの! ほら見て、現実の私だって恥ずかしすぎてシュンにスタ爆し始めちゃってるよ!
――うわぁ、本当じゃん情けないなぁ……。だったらもう最終兵器を使うしかないよ?
――最終兵器?
――シュンには彼氏がいるって嘘ついてるんでしょ? その嘘を利用して、適当に誤魔化しなよ。
――どうやって?
――ゴリ押しだよ、ゴリ押し。部屋に行った理由より、彼氏の自慢話聞かせてあげるーってね。
――鬼じゃん……。ますますシュンが離れていっちゃうよ……。
――でもそれしかもうないから。ほら、やってやって。
『わかんないなら、ちょっとは自分で考えてみればいいでしょ? ばか』
『ナツタロウ様はすぐに何でもわかってくれるよ? シュンとは全然違う』
『ナツタロウ様? 誰だよそれ?』
『私の彼氏』
『今日もシュンのいないところですごく私に優しく接してくれたし、イケメンボイスでささやいてくれた』
『ナツタロウ様が世界で一番好き。シュンは大嫌い』
『幸せ過ぎて困ってたから、部屋になんで来たかよりもナツタロウ様との話してあげる』
『それはいい』
『でしょ? じゃあ、明日もまた夜になったらLIMEするね!』
仏の心。
つまり無心。
無心になって私は文字を打ち込み、送信しまくった。
そして、シュンの言葉を待たずしてチャットルームから抜ける。
「はは……は……。や、やっちゃったぁ……」
私は力尽き、ベッドに横たわったまま、壊れたロボットのように同じ言葉を繰り返すのだった。
「やっちゃった……」と。