48話 四人でまた
バスから降りると、辺りはもう既にお祭りムード一色だった。
花火が上がり始めるのはあともう少しだけ暗くなってからなのだが、それより前に屋台は立ち並び、みな、それぞれが思い思いに楽しんでいた。
くじ引き、金魚すくい、りんご飴に焼き鳥、かき氷やお好み焼き、他にも挙げ始めればキリがないほどの屋台の種類だ。
「ねえ、シュン。私、まずはかき氷食べたい」
「え、かき氷から行くのか?」
「ダメ……かな?」
「んー、ダメじゃないんだけど……、いきなり冷たいもの食べてお腹壊したりとかしないか?」
「むー……、なんか、言ってることお母さんみたい」
「お母さんって……。ま、いっか。じゃあ、かき氷買いに行くか」
「うんっ」
そんな調子でかき氷を買い、綿あめを買い、りんご飴を買ったりとしながら、そろそろ花火も上がり始めるだろうという時だった。
「おっ、おーいそこのお熱いお二人さーん!」
聞き慣れた声に呼ばれ、振り返ると、そこにいたのは宮田と佐々木さんだった。
冬香は、サッと俺の手から自分の手を離す。
が、宮田はそんなことお構いなしにニヤニヤしながら近付いてきた。
「あれあれあれれー? さっきまでラブな感じで手つないでたのに、離さなくてもいいじゃん瀬名川さーん」
「っ! う、うるさい宮ぽん! べ、別に手なんか……」
「つないでたよね~? 春也のこと、もう絶対に離さない~みたいな感じで~」
「っ~……/// ち、違っ……///」
「まあまあまあ! いいじゃないいいじゃない! そりゃあようやく付き合えた幼馴染同士だし、募る思いもあったでしょうよ。俺なんて春也から散々――ぐふぇっ!」
言いかけたところで、宮田の頭をビシッとチョップしてやった。
同じタイミングで、佐々木さんがいい具合の右ストレートを静かに宮田の腹へぶち込む。
「り、りんちゃ……ん……つ……強すぎ……」
「ごめんね、冬香ちゃん。青山君。ゆー君、調子に乗るといっつもこうだから」
「あ……ははは……いえいえ、そんな……」
不気味にスマイルを浮かべ、宮田の代わりに謝罪してくる佐々木さん。
傍で宮田が倒れてるのにお構いなしな辺り、この人を怒らせてはダメだということがひしひしと伝わってくる。怖い……。
「じゃあ、二人共、邪魔してごめんなさい。私たちはここらへんで失礼させてもらうから」
「あ、ちょ、ちょっと待ってりんちゃん!」
冬香が声を上げ、去ろうとする佐々木さんと宮田を呼び止める。
それによって、二人は脚を止めて振り返った。
「せっかくこうして会えたことだし、久しぶりに四人でお話ししない?」
「へ?」
驚き、佐々木さんは素っ頓狂な声で反応した。
俺もちょっとだけ驚き。宮田は腹の痛みがまだ消えないのか、無反応である。
「ね、いいでしょシュン? まだ時間全然あるし」
「お、おう。俺は全然いいけど」
「でも冬香ちゃん、今日って特別な日なんじゃ――」
「しーっ! り、りんちゃん、しーっ!」
特別な日?
よくわからないが、何か言ってはいけない言葉があったのだろうか。
佐々木さんは冬香に言われ、口元を隠してみせた。ギリギリセーフらしい。
「四人で一緒とか、中学一年以来だもん。私はりんちゃんとお話ししたりしてたけど」
「……なるほどな。なら、どっかでいったん休憩するか。いい、佐々木さん?」
「う、うん! 大歓迎だよ! ていうか、そんなこと言われて嫌って言う人いない!」
「オッケー。じゃ、宮田俺が支えるよ。ほら、捕まれ宮田」
「わ、悪いな春也。ゴホッゴホッ!」
そういうわけだ。
俺たちは四人で一時的に移動し、食べたいものを適当に買って、花火の見える海岸沿いのコンクリートに揃って腰掛けるのだった。
〇
四人で集まって駄弁ることは、冬香の言う通り、中一以来だった。
あの時は俺も冬香も特に何もなく、宮田と佐々木さんも付き合う前だったのが懐かしい。
それが、ここ約三年ほどで関係性にだいぶ変化があったわけだが、それでもいざ話始めると、懐かしい感覚がよみがえってきて、なぜか勝手に涙が出てきた。
辺りが暗かったことで、目を潤ませてるのもなんとかバレずに済んだけど、もしもこれを宮田あたりに知られたら、すごくいじられそうだ。
まあ、そのいじりも別に悪い気はしないんだが、恥ずかしさはある。
だから、暗くて一応助かった。
「でもさー、青山君から冬香ちゃんが他の誰かと付き合ってるって聞いた時は、私すごいびっくりしたんだよ?」
「ご、ごめん……。それはもう……忘れて……」
「はっはっ! けどまあ、その後に春也からゲームの登場人物だって聞かされた時はもっとびっくりしたけどな!」
「こ、声が大きいってば、宮ぽん!」
「ははははっ!」
会話の最中に、花火が上がり始めた。
去年、俺は花火大会に行かなかったから、かれこれ二年ぶりくらいになる。
いつ見ても最高なのだが、それを今年は冬香と、いや、この四人で見ることができたんだから最高だ。
「綺麗……」
「ああ、本当に」
花火を見上げる冬香の横顔をチラッと見やる。
可愛い。
つい、「花火もだけど、冬香も綺麗だよ」なんて言葉が脳裏によぎるが、クサすぎてつい頭を抱えてしまった。
二人きりなら、言ってしまってたところだな今の。
そうやって四人で少しばかり花火を見て、なんとなくムードが変わったのか、俺たちはまた二、二で分かれて祭りを楽しもうということになった。
〇
「なんか、よかったね。りんちゃんと宮ぽんと話せて」
「うん。ちょっとびっくりしたけどな。冬香がいきなり提案してきたの」
「え? どうして?」
「だって、冬香どっちかというと引っ込み思案じゃん。そういうの、提案係ってより、流されるタイプだろ」
「それは…………そうかも、だけど……」
「まあでも、気持ちはわかる。四人で話せてよかったよ確かに」
「……だよね?」
「ああ」
「仕方ないことで、りんちゃんには迷惑かけたし……」
「それを言うなら、俺もバカみたいなことで宮田に迷惑かけた。あ、あと佐々木さんにも」
「だったら私も宮ぽん追加しとかなきゃ」
「ははは! だな」
「うん」
花火が上がる中、静かなところを目指して二人で歩いていた。
屋台も密集地帯からは遠ざかり、チラホラと見えるだけの過疎地帯だ。ライトが少なく、暗さも強くなってきた。
そんな時だ。
「……あ、ごめんシュン。私ちょっとこれ、捨ててきていい?」
「ん、何捨てんの?」
「綿あめの棒と、りんご飴の棒。さっきからずっと持ってたんだ」
「じゃあ、俺も一緒に行くよ」
「ううん。すぐそこの屋台のとこで捨てられそうだから、一人で行ってくる。
「大丈夫か、一人で?」
「もう。だから大丈夫。お母さんみたい、ほんと」
「普通に心配だろ。夜だし、冬香可愛いからさらわれそうでお父さん心配だ」
「お父さん属性も追加されちゃった!」
ははは、と笑い合う。
「とにかく、大丈夫だから。捨ててくるよ」
「はいよ。気を付けてな」
「気を付けるも何も、少し歩いたところの屋台じゃん」
「まあな」
言って、冬香は俺の元から離れてトテトテ屋台の方へと駆けて行った。
そして俺は一人になる。
幸せだった。
その幸せに溺れないよう、黒の空を見上げて一つ息を吐く。
それから、顔を元の位置に戻した時だ。
「……あ」
「……ハル君……」
目の前に佇む女の子と目が合った。




