44話 すれ違って、泣いて、また笑い合って。
冬香の言葉通り、俺はその後温かい紅茶を飲み、沸かしてくれた風呂へ入り、服を乾燥機にかけることができた。
代わりに貸してくれたのはパパさんのTシャツと半ズボンなのだが、下着、いわゆるパンツの方は貸してくれたというより、冬香がくれた。パパさんのを。
洗っているから綺麗だとはいえ、他の人が普段履いているパンツを履くというのは、正直な話少しためらわれた。
こうなるんだったら、紅茶を飲んでいる間にでも自分の家にパンツだけでも取りに戻ればよかったと思ったのだが、それもよくよく考えれば苦しい。
小さい頃ならまだ笑って済ませることのできる話だが、この歳になって「冬香の家で風呂に入る」なんてことは軽々しく口にできないのだ。
それを言ってしまえば、お袋やオヤジは必ず食いついてき、今は家に冬香一人だということもすぐにバレる。
そうなればますます話がややこしくなるし、もう素直に冬香パパのパンツを履くしかなかったというわけだ。本当になんだこれ、な状況である。
「うん。サイズはお父さんのでぴったりね」
「………………」
「どうしたの? なんかすごい複雑な顔」
「いやだって、幼馴染のお父さんで昔から知ってる人だけど、他人のパンツを履くというのはどうも……」
「気にしなくていいよ。お父さん服とかパンツたくさん持ってるし。一つや二つ無くなっても、たぶん気付かない」
「そういう問題じゃないんですけど……」
「? じゃあどういう問題なの?」
「……や、もう何の問題もないっす……。ないことにします……」
「?」
冬香は不思議そうに小首を傾げてみせた。
まったく、鈍感な奴だ。デリケート部分を他人と共有するんだぞ。普通なんか色々思っちゃうだろ! 綺麗だとはいえさぁ!
思うところもあったが、もう考えないことにして俺はリビングの椅子に座った。
風呂上がりだということもあって、少しばかり暑い。
それを察して冬香は俺に扇風機を向けてくれた。こういうところの気は利く。
「ありがと」
「……うん」
ブーン……と扇風機の音がリビングに流れる。
風呂上がりの暑さを退けてくれるそれは、最初のうちは俺の体温を下げてくれていたのだが、徐々に役割を果たしてくれなくなってくる。
故障ではない。
冬香の頷いた返事を皮切りに、俺たちの間にはなんとも言えない沈黙が流れたのだ。
その沈黙のせいで俺は気まずさを覚え、焦りを覚え、恥ずかしさを覚え、気付けば知らず知らずのうちに自らの体温を上昇させていた。
さっき、雨の中でした告白。
その反動が今になってやって来た。
そうなれば、扇風機と言えど、効果は期待できない。
だから、この何とも言えない沈黙をどうにかしないと、と真っ先に思い、冬香に声をかけようとするのだが、
「……ねえ、シュン……」
先を越された。
よく見てみれば、冬香も気まずさを感じていたのだろう。どこかもじもじしている。
「今日、さ……実は……お父さんもお母さんも……帰ってこないの……」
「……え……?」
「……明日、金曜日だよね。お父さんがお仕事のお休み取って、それで二人で旅行に行っちゃったの」
「は……!? な、なんで……!? 冬香がいるのに……!?」
「……うん。けど、それは私のお願いでもあった」
「お、お願い……? どういうことだよ?」
「……しゅ、シュンを……私の家に泊めるから……二人きりに……なりたいからって」
「……あ、は、はぁ!?」
恥ずかしそうに、振り絞るようにして言う冬香だが、俺は驚きのあまり思わず大きな声で反応してしまう。
それに対し、冬香も応戦して俺の方を真っ赤な顔で見据え、続けてきた。
「だ、だって、もう正攻法でやったってシュンは振り向いてくれないと思ったんだもん! 相生さんと仲いいって聞いたし!」
「だ、だからそれは――」
言いかけて、言葉を飲んだ。
冬香は泣いていた。
俺を見据える瞳から涙が浮かび、それが頬を伝っていた。
そんな姿を見て、恥ずかしいとか、何やってんだとか、諸々の思いはすべて吹き飛んだ。
冬香は続ける。
「……知ってる。……さっき言ってくれたから……外で……」
「……あれは本心だ。紛れもない……俺の本心」
「……なんで……?」
「?」
「だって、不意打ちだよ。私、ずっと嫌われてたんだって思ってた。中学三年生の時から、シュンは全然私のこと好いてくれてないんだって」
「中学……三年……?」
俺が問うと、冬香は涙を拭いながら頷く。
「一緒にゲームしてる時、言ってた。『三次元の女はクソだ』って」
「は、はぁ!? そ、そんなの……い、言ったかもしれないけど、冗談みたいなもんだろ!? ネットとかでもよく言われてんじゃん! 冗談みたいなもので、それが冬香のことを嫌いだとか、そういう意味にはなんないって!」
「何なのそれぇ! 私、ずっと信じてたんだよ!? 一緒にいて傍にいて、ずっと大好きだったのに、そんなこと言われたからすごくショックだったのにぃ!」
「だったらもう俺たちバカじゃん! だからお前、俺のことそっから遠ざけてたのかよ!? あぁぁぁ、もう! アホすぎるぞ俺たち!」
泣いてるのか笑ってるのか、冬香の顔はよくわからないことになってた。
でも、たぶんそれは俺も同じだったはずだ。
ずっと誤解してた。
好きなのに、一緒にいたのに。
本当にバカらしい勘違いで、俺たちはすれ違い合ってたんだ。
だったら、もう今度は――
「冬香」
「……?」
「もう面倒くさいのはなしだ」
答え合わせをしていこう。
一緒にまた、ゲームをやりながら。
完結ではありません。あとほんの少しだけ続きます。
 




