42話 梅雨の夜。幼馴染の傘。
「……冬香……」
降り注ぐ雨の中、わずかな街灯の灯りだけが辺りを照らすすべて。
そんな場所で、俺は傘を持って立つ幼馴染と会った。
――が、
「っ……!」
「ま、待ってくれ!」
恐らく出会ったのは偶然だったんだろう。
想定外の出来事に冬香は何も言わず、立ち去ろうとする。
それをなんとか止めるため、声を上げるのだが、あいつは止まってくれない。
俺は必死に追いかけた。
濡れようが、関係ない。
直感だけど、ここで冬香を止めないと、そこでもう何もかもが終わりな気がした。
「待ってくれ冬香!」
「……っ!」
走る彼女の腕を握って引き留める。
冬香の腕は、相変わらず華奢で何も変わらない。
久しぶりにこうして触れたような気さえした。
「……どうして……?」
「……どうしてって……何が……?」
「どうして止めるの?」
「………………」
その答えはすぐに出るはずだった。
ここで止めないと、冬香を失ってしまうと思ったから。
けど、「どうして止めるのか」なんてことを言われ、俺は少なからずショックを受けてしまった。
あの日、城下町でデートした日の最後に言った言葉。そして、それからの俺の対応。
そのすべてが未だ俺たちの間で引きずられているのはわかってる。
俺もそれからは冬香を避けるように動いていたし、冬香も同様だった。
だけど……それでも、俺はその言葉に軽く傷ついてしまっていたのだ。
「冬香……その……ごめん……」
「……謝らないでよ。……別にシュン、悪くない。悪いのは……私なのに……」
「……そんなことない。俺だって……」
言いかけたところで、冬香はゆっくりと俺の方へ振り返ってくる。
そして、傘も何も差していない俺の頭上に、自らの差していた傘をこちらへくれた。
表情はよく見えない。
首を小さく横に振り、冬香は口を開いた。
「……違うよ。悪いのはどう考えても私。……シュンが濡れる必要なんて……ほんとは少しだってなかった……」
「……っ、だ、だからそんなことは――」
「あるよ。そんなこと、ある」
「……冬香……」
「知ってるの。最近、シュンの身の回りであったこと。高岸君から聞いた」
「……」
「相生さんと……仲良くなってたって……」
「そ、それは……」
軽くうろたえていると、冬香はクスッと笑った。
「シュン、優しいもんね。……城下町で……デートした日の最後……あれ、私のことなんてもっと拒否してくれてよかった……。私なんかより、ずっと――」
「それは違う!」
「……っ……」
「断じて違う! 言っとくが、俺の中で冬香より大事な女子なんているはずない! お前は俺にとって特別なんだよ! ずっとずっと、ずっっっっっっと一緒にいたんだから!」
「……で……も……」
「でもなんてない! ないんだよ!」
胸に秘めていたものを、隠すことなく思い切り伝える。
それが俺にとってどれだけ遠かったか、今になって思い知らされた。
冬香から、鼻をすする音が聞こえる。
もう何も迷うことなんてなかった。
「……シュン……」
「……?」
「濡れてる、よね? ……体も……冷えてる」
「……大丈夫だよこれくらい」
「大丈夫じゃないよ……。私の家、来て。風邪ひくと……いけないから……」
そう言って、冬香は俺の手を引いてきた。
街灯の光によって顔の半分が照らされた冬香の表情は、すごく柔らかくて、すごく懐かしさを感じさせてくれた。




