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41話 雨の中の帰り道

 またこの景色か。


 家に帰るために乗った電車内で、俺は車窓に映る夜闇を見ながら、そんなことを考えていた。


 黒は楽だ。


 目まぐるしく変化がわかる他の色と違って、多少のことが起こったとしても、それはすべてなかったことにでき、ただ茫然と眺め続けることができる。


 だから、俺はその黒に浸った。


 どうしようもない自分を、これでよかったんだと何度も何度も言い聞かせながら、一人で。



 電車から降り、駅構内を死んだように歩いていると、ふと行き交う人々の手に持たれているものに目が行く。


 傘。


 雨でも降っているのか。


 いや、今は梅雨だ。雨が降っていなくても、念のためにと持っている人が多いだけの可能性だってある。


 けど、もしも雨が降っていた時は濡れながら帰らないといけない。


 俺は傘を持っていない。


 ……まあいいか。


 そう思いながら、外への出口を変わらぬ速度で目指し、到着。


 すると、やはり外では雨が降っていた。


 幸いそれほど強いというわけではないが、家に帰るまでに確実にびしょ濡れにはなる。


「………………」


 空を見上げ、短いため息を一つついた。


 そして、ゆっくりとまた歩き出す。


 もう、何でもいい。


 とにかく今は、一刻も早く家に帰りたい。


 それだけだった。



 濡れながら帰っている最中、ポケットに入れていたスマホがバイブした。


 電話だ。誰だ?


 このタイミングで電話をかけてくる奴なんてあまり想像できなかったが、とにかくスマホだけは濡らさないようにと、雨除けのできる場所を確保し、ポケットからスマホを取り出して画面を確認してみた。


「………………」


 表示されていたのは、『宮田』という簡素な二文字。


 なるほど。確かに宮田なら今一番かけてきてもおかしくない奴ではあるか。


 納得し、渇いた笑いの後、応答部分をタップする。


「……もしもし? どうした?」


『……まあ、なんだ、その、元気か?』


「……はは。なんだよその問いかけ。お前らしくないんじゃね?」


『いや、別にそうでもないだろ。俺だってこういう問いかけくらいするぞ』


「……まあ、そうだな。だったら言い方を変える。電話してきてまでそんなこと聞いてくるなんて、珍しいな」


『………………』


 わかりやすく宮田は口ごもった。


 何もないということはない。何か思ったことがあって電話してきたんだろう。


 それがすごくわかるような反応だ。


『……なあ、春也』


「ん?」


『……お前さ、今日放課後相生さんとどこ行ったんだ?』


「どこって、隣町」


『何しに行ったんだ?』


「そりゃ遊びに行ったんだよ。クレープ食った。美味かった」


『………………』


 またしても閉口。


 質問の意図が見えない。


「ほんとに何なんだ? 俺今帰ってる最中だし、何もないんだったら切るぞ?」


『ちょ、ちょっと待て! ちょっと待てよ!』


「だから何なんだって。気になることがあるんだったら早く言えよ」


『……いや、別に気になることとか……聞きたいこととかは特別ないんだけどさ……』


「……はぁ?」


『その……なんつーか、もうあんま思いつめ過ぎんなよお前。さっき俺にらしくねーって言ってくれたけどよ、お前もやっぱらしくねーって』


「そんなことないけど……」


『あるっつの。……こういうのって……結局はあんまし悩まない奴の勝ちだ。あれだったら、明日テストも終わったし、マックでも行こうぜ。おごるからよ』


「………………」


 やっぱり、宮田らしくないと思った。


 めちゃくちゃ気を遣ってる。


 いつもならこういう時、励ましの言葉でも雑に言ってくるはずなのに。


「……ふふ」


『あ? なんだ? 今笑ったか?』


「ふふ。うん。笑った。気持ち悪いなって。お前がそんなこと言うとか」


『は、はぁ!? き、気持ち悪いだとぉ!?』


「まあでも、マックの件は考えとく。そう言ってくれたし、おごってくれるんなら行くよ」


『っ……、お、おうよ! 任せとけ!』


「じゃあ、言いたいことはそれだけか? 切るぞ?」


『それだけだけど、春也おま――』


「あ、そうだ。最後に一つ俺も言い忘れてたわ」


『なんだよ?』


「ありがとな宮田」


『お、おぉ……』


「……何だよその反応? そこはどういたしまして、だろ?」


『いや、なんか気持ちワリーなって』


「っ……。お、お前なぁ……」


『ハハハハ! さっき気持ち悪いって言った春也の気持ちわかったわ! いや、これマジキモいな! ハハハハ!』


「ったく……」


 唐突な親友からの電話。


 それが俺をどれだけ救ってくれたか、この時ばっかりは宮田に感謝しかなかった。


 言ったこと、やったこと、それらがすべてなくなるわけじゃない。


 けど、それでも、宮田がくれた電話は本当にありがたかった。


「んじゃ、切るぞ。また明日な」


『おう! あ、放課後はマックだぞ!』


「はいはい。おごりな」


『わかってるって! じゃあな!』


「うい」


 軽く別れの言葉を交わし合い、電話を切った。


 そして、これ以上濡れながら帰るのは勘弁だと思い、雨除けの場所から走り出そうと振り返った時だ。


「……!」


 そこには、一人の女の子が傘を持って立っていた。


 ずっと昔から見慣れたツインテールを微かに揺らして。


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