38話 放課後デート
高岸と二人きりで会話した日の翌日、俺は朝から落ち着かなかった。
理由は簡単で、ちょっとした勇気を振り絞り、行動に移してみようと決心したからだ。
いつまでも悩んでいたって仕方ない。
現実を変えるのはいつだって行動した時だ。とにかく動かなければ。
――というわけで、
「秋ちゃ……じゃなくて、相生……さん。……ちょっといいかな?」
「! う、うん……」
俺は秋ちゃんに声を掛けた。
二人きりでも何でもない。朝のホームルーム前の賑やかな教室の中で。
「……今日さ、放課後は暇?」
「うん。……暇だよ」
「よかった。じゃあ、その、い、一緒に……どこか遊びに行かない?」
「……へ?」
「あ、あ、あんまり高校周辺で遊んだら、誰かに見られるといけないし、電車で隣町までって感じになるんだけど……!」
周囲の連中に悟られないよう、小さくも、懸命に伝わるよう語気を強めてみせた。
秋ちゃんはそんな俺を見て、少しだけ呆気にとられた後、クスッと笑みを浮かべる。
そして――
「わかった。じゃあ、こっそり一緒に遊ぼ」
口元に手を添えて、内緒話をするみたいに、こそっと言う秋ちゃん。
交渉は成立だ。
俺たちはその日の放課後、遊ぶ約束をした。
〇
時間というのは、早く流れればいいのに、と思えば思うほど、流れずにそこで漂うような遅さを見せてくれるものだ。
性格の悪そうな掛け時計が動かす針をじーっと見つめ続け、なんとか一日の終わった放課後を迎えた。
ざわめく教室の中、俺は先に外へ出ていくことをジェスチャーだけで秋ちゃんに伝えた。
彼女はコクリと頷き、それを了承してくれる。
出ていく最中、ふと宮田とも目が合った。
いつもならおチャラけて手招きしたり、すぐさま俺の名前を呼んでくるが、今回は違う。
何か言いたげな目で俺を見つめ、「もう行けよ」とばかりに視線を逸らした。
俺はそれを確認し、止めていた歩みを進め出す。
そして、教室の外へと出た。
〇
「……お待たせ、ハル君」
「あ、うん」
桜の木の下。
前に宮田と共に佐々木さんが来るのを待ったところでもある。
待ち合わせ場所として最適なそこで、俺は秋ちゃんと合流した。
「じゃ、じゃあ、行こっか」
「うん」
余計な言葉は交わさない。
何か一言言われるかと思ったけど、秋ちゃんは前髪をくしくし触りながら、特に何も言わず、素直に返事をするだけだった。
その様が、俺には穏やかなようで必死に見えた。
何かに触れないように、波風立てないように。
それがどうも居心地悪く、けれど、俺も俺でそのことに関して言及できるはずもなく、二人して歩き出した。
「……ねえ、ハル君」
「ん、ん? なに?」
「数学のテストだけどさ、あれ何点だった?」
「あ、え、数学のテスト?」
「そ。数学のテスト。一応アタシも勉強少しだけ手伝ったし、どんなものだったか聞きたくてさー」
「……な、なるほど……」
言われ、俺は歩きながら横の方へと視線を外した。
結果は……正直最悪だったから……。
「あははっ。その様子だと、あんましよくなかったねー?」
「……ま、まあ……」
「ふふっ。で、何点だった? アタシは七十二点」
「結構いいな……。俺、二十三点」
「あー。なるほどなるほど。だったら、赤点君ってわけだ」
「そういうことです……」
すっかり忘れてたけど、赤点の場合、追試がある。
追試会なる強制勉強会に一週間ほど無理やり参加させられ、最終的に課せられる試験で五十点以上取らなければいけないのだ。
取れなかった場合、そこで留年確定。
マジで次こそは真剣に勉強しないと……。夏が迎えられんぞ……。
「まあ、追試会で頑張んなきゃだね」
「だなぁ……。はぁ……憂鬱……」
肩を落とし、げんなりとした時だ。
俺の制服の肘の部分を、秋ちゃんがつついてきた。
わずかに紅潮した顔で。
「次は……ちゃんとアタシが力になるから……大丈夫」
「……っ! あ、ありがとうございます……」
反射的に返事をしてしまう俺。
バカだな、と思いつつ、またやってしまったと、軽く落ち込んでしまうのだった。




